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2章・チト
ヒミツのキモチ・3
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原因はわかっている。昨夜、モエの家に行って、荒れ地だという庭を見て、彼の家族に庭づくりのアドバイスをしたあと、モエの部屋で、チトは彼に抱きしめられた。間違いなく、あれからおかしいのだ。
チトの古い植物日記を彼に見せて、そこに書いてあった恥ずかしいセリフを見られて、慌てて日記を隠したあと、彼はチトに約束をしてくれた。「一緒に月下美人を見に行こう」と。そうして――。
――行こう! 僕も……、モエくんと行きたい!
そう答えた直後。彼はチトの体を、突然引き寄せ、強く抱きしめたのだ。
モエくんは友だちなのに……。こんなのおかしいって……。
モエはチトを数秒ほど抱きしめていたが、急にハッとしたようにチトを離して「ごめん、なんか熱くなっちゃった!」と言って笑った。その笑顔はいつも通りだった。明るくて優しげで、はつらつとしたいつものモエの笑顔だった。いつもと違っていたのは、チトの心の中だけだ。
モエにとってはあんなもの、きっとただのスキンシップに過ぎない。友だち同士のハグなんて、教室内でも、休み時間でも、至るところで見かける光景で、なんらおかしいものではない。きっと、チトはモエとハグをするほどに仲良くなったということだろう。けれど、友人とのハグで、こんなに胸がドキドキするだろうか。――否。それくらいのことは、これまでひとりぼっちだったチトにだってわかる。
モエくんは男だし、友だちじゃないか……。なんで……、せっかくできた友だちなのに。なんで僕は――……。
友人だってろくにできたことがなかったのだ。恋なんかしたことがない。そういうものとは、縁がないのだとばかり思っていた。チトはこれまで植物のことばかり考えていたし、なによりも欲しいものは友だちだった。それなのに――。
やっとできた友だちを好きになっちゃうなんて……、絶対どうかしてる……。絶対おかしい……。だけど……。
今、抱えているこの感情を、自分ではとてもコントロールできそうにない。それは爆発寸前の爆弾のようでもあり、生まれたばかりの温かい生き物のようでもあり、触れたら呆気なく壊れてしまいそうな、脆い宝石のようでもある。
途方もなく苦しくなるほどの愛おしさ。込み上げる感情。これが恋でないなら、チトはきっとこの先、どれだけ長く生きたとしても、そんなものわかるようにはならないだろう。チトは今、たったひとりの誰よりも大切な友に、恋をしていた。ただし、これが正常ではないということはわかる。
どうしよう。僕……、モエくんが好きだ……。
***
水やりを終えると、だいたい1時間ほどが経っている。チトはぼんやりとモエのことを考えながら、ホースを片付け、家に入った。すると、途端にふんわりと漂うコーヒーの香りに鼻をくすぐられ、体が空腹を思い出す。
「チト、ありがとうね。朝ごはんできてるよ」
「うん、ありがとう」
チトはそう言って、洗面台で手を洗い、食卓の席につく。花咲家の朝食は、決まって和定食だ。食卓には今日も、白飯と味噌汁、漬物、鮭の塩焼き、玉子焼きが並ぶ。
「今日のお味噌汁はね、お隣さんからいただいたジャガイモちゃんのお味噌汁なの。新鮮だからおいしいわよぉ」
母、麗美が得意気にそう言って、食卓の席に着く。チトは味噌汁に浮かぶじゃがいもをじっと見つめ、それを箸で摘まむと、口の中へ放り込んだ。
「おいひいね……。しかもこれ……、アンデスレッドさんじゃない?」
ほくほくした食感と、ジャガイモにしては、やや黄味がかった色。口に入れた瞬間にわかる、なんともいえない味の濃さ。これは男爵でも、メークインでもない。間違いなくアンデスレッドだ。そう確信して訊ねたチトに、麗美はにっこりと微笑んで、声を弾ませた。
「当たりーっ! さすがは、チト」
「アンデスレッドさんは、味が濃いからね……。わかりやすいよ」
チトは冷静にそう答えたあと、ちら、と時計を確認する。時刻はもうすぐ6時半になるところだ。
もうこんな時だ……。急がないと……。
今日も園芸部の部長として、チトは学校へ行かなければならない。こうしてゆっくりできるのも、あと30分ほどだ。チトの家から学校までは、自転車で1時間弱かかる。7時には家を出ないと、8時前に学校へ着けない。
モエくんは、もう起きたかな……。今日も、中庭に来てくれるかな。
今頃は、モエも起きて支度をしている頃だろうか。そう思った時、チトはまた、ふと。昨夜のことを思い出してしまった。たちまち心臓がうるさくなる。
チトの古い植物日記を彼に見せて、そこに書いてあった恥ずかしいセリフを見られて、慌てて日記を隠したあと、彼はチトに約束をしてくれた。「一緒に月下美人を見に行こう」と。そうして――。
――行こう! 僕も……、モエくんと行きたい!
そう答えた直後。彼はチトの体を、突然引き寄せ、強く抱きしめたのだ。
モエくんは友だちなのに……。こんなのおかしいって……。
モエはチトを数秒ほど抱きしめていたが、急にハッとしたようにチトを離して「ごめん、なんか熱くなっちゃった!」と言って笑った。その笑顔はいつも通りだった。明るくて優しげで、はつらつとしたいつものモエの笑顔だった。いつもと違っていたのは、チトの心の中だけだ。
モエにとってはあんなもの、きっとただのスキンシップに過ぎない。友だち同士のハグなんて、教室内でも、休み時間でも、至るところで見かける光景で、なんらおかしいものではない。きっと、チトはモエとハグをするほどに仲良くなったということだろう。けれど、友人とのハグで、こんなに胸がドキドキするだろうか。――否。それくらいのことは、これまでひとりぼっちだったチトにだってわかる。
モエくんは男だし、友だちじゃないか……。なんで……、せっかくできた友だちなのに。なんで僕は――……。
友人だってろくにできたことがなかったのだ。恋なんかしたことがない。そういうものとは、縁がないのだとばかり思っていた。チトはこれまで植物のことばかり考えていたし、なによりも欲しいものは友だちだった。それなのに――。
やっとできた友だちを好きになっちゃうなんて……、絶対どうかしてる……。絶対おかしい……。だけど……。
今、抱えているこの感情を、自分ではとてもコントロールできそうにない。それは爆発寸前の爆弾のようでもあり、生まれたばかりの温かい生き物のようでもあり、触れたら呆気なく壊れてしまいそうな、脆い宝石のようでもある。
途方もなく苦しくなるほどの愛おしさ。込み上げる感情。これが恋でないなら、チトはきっとこの先、どれだけ長く生きたとしても、そんなものわかるようにはならないだろう。チトは今、たったひとりの誰よりも大切な友に、恋をしていた。ただし、これが正常ではないということはわかる。
どうしよう。僕……、モエくんが好きだ……。
***
水やりを終えると、だいたい1時間ほどが経っている。チトはぼんやりとモエのことを考えながら、ホースを片付け、家に入った。すると、途端にふんわりと漂うコーヒーの香りに鼻をくすぐられ、体が空腹を思い出す。
「チト、ありがとうね。朝ごはんできてるよ」
「うん、ありがとう」
チトはそう言って、洗面台で手を洗い、食卓の席につく。花咲家の朝食は、決まって和定食だ。食卓には今日も、白飯と味噌汁、漬物、鮭の塩焼き、玉子焼きが並ぶ。
「今日のお味噌汁はね、お隣さんからいただいたジャガイモちゃんのお味噌汁なの。新鮮だからおいしいわよぉ」
母、麗美が得意気にそう言って、食卓の席に着く。チトは味噌汁に浮かぶじゃがいもをじっと見つめ、それを箸で摘まむと、口の中へ放り込んだ。
「おいひいね……。しかもこれ……、アンデスレッドさんじゃない?」
ほくほくした食感と、ジャガイモにしては、やや黄味がかった色。口に入れた瞬間にわかる、なんともいえない味の濃さ。これは男爵でも、メークインでもない。間違いなくアンデスレッドだ。そう確信して訊ねたチトに、麗美はにっこりと微笑んで、声を弾ませた。
「当たりーっ! さすがは、チト」
「アンデスレッドさんは、味が濃いからね……。わかりやすいよ」
チトは冷静にそう答えたあと、ちら、と時計を確認する。時刻はもうすぐ6時半になるところだ。
もうこんな時だ……。急がないと……。
今日も園芸部の部長として、チトは学校へ行かなければならない。こうしてゆっくりできるのも、あと30分ほどだ。チトの家から学校までは、自転車で1時間弱かかる。7時には家を出ないと、8時前に学校へ着けない。
モエくんは、もう起きたかな……。今日も、中庭に来てくれるかな。
今頃は、モエも起きて支度をしている頃だろうか。そう思った時、チトはまた、ふと。昨夜のことを思い出してしまった。たちまち心臓がうるさくなる。
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