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2章・チト
ヒミツのキモチ・6
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それを聞いて、余計に心臓の鼓動が速くなった。昨夜、モエに見せた植物日記に記されていた月下美人は、叔父の家に行った際に見せてもらったものだ。
叔父の家は、千葉県勝浦市の山間部に位置しており、千葉県内でも比較的、涼しい地域にあった。そこは夏場でも30度ほどまでしか上がらないうえに、冬は温暖なので、植物を育てるのには向いた土地らしい。叔父はそこで、妻――つまりチトの叔母と、山野草店兼花屋を営んでいる。決して利便性のいい場所ではないのだが、SNSでの口コミ等が評判を呼び、リピーター客が大勢来てくれるそうだ。
そんな叔父夫婦の家には、大きなガラス製の温室がある。その中は空調が24時間、365日効いていて、夏場は暑さに弱い植物の、冬場は寒さに弱い植物の避難場所になっていた。月下美人も、冬場はそこに置かれるが、温かくなると自宅のテラスの前に出され、そこで夜間、見事な花を咲かせるのだ。
あれよりも立派な月下美人を、チトは見たことがない。長年、叔父夫婦が育ててきただけあって、株がとても大きく、立派なのだ。夜間に蕾を開き、たったひと晩でしぼんでしまうその花は、甘い香りが強く、蜜が多い。咲いているかどうか確認せずとも、外に出ればすぐにわかるほどだった。
まだ小学生だったチトは、叔父の家ではじめてそれを見て、幼いながらにも感激した。それから毎年、夏休み前になると必ず叔父に連絡を取り、月下美人の開花に合わせて、叔父の家に行ったものだ。そうして、あまりに美しく、幻想的なその花に魅せられ、チトは子どもながらに思った。この花をいつか友だちができたら、一緒に見たい。友だちと、この感動を共有したい――と。その思いが、チトの初期の植物日記には書いてあったのだった。
ただし、チトの自宅から勝浦へは、行きだけで3時間強かかる。日帰りで行って帰ってくるのは不可能ではないが、あまりにハードだ。
「本当に行く? おじさんちは勝浦にあるから、泊まりがけになっちゃうんだけど……」
「え……!」
泊まりがけ、という言葉に、モエは声をあげた。チトは密かに落胆する。やはり友だちといっても、チトとふたりで泊まりがけで出かけるなんて、面倒なのかもしれない。そこまで心を許した仲ではない、と言われるのが怖くて、チトは言う。
「た、大変だからさ、やっぱりやめる? モエくんは行かなくっても、僕が写真だけ送って――」
「なーに言ってんだよ、俺は平気! っていうか、勝浦行きたいし! 一緒に行こうって言ったじゃーん!」
文句を言うように返されて、チトは嬉しくてたまらない。彼に背を向けたまま、頬が緩んでしまう。あの頃、漠然と憧れていた「友だち」という存在が今、目の前にいる。そうして今年の夏、その夢が叶おうとしているのだ。ただし、その一方で、モエの言葉や声、そして明るい笑顔に魅せられてしまう。どう控えめに言っても、これは友だち以上の感情だ。
どうしよう、すごい嬉しい……。嬉しくて「好き」が爆発しそう……。
だが、この感情は仕舞っておかなければならない。絶対に知られてはいけないし、伝えてもいけない。せっかくモエと友だちになれたのに、それ以上の感情を持っているなんて知られたら、チトはまたひとりぼっちに逆戻りだ。
「じゃあ……、おじさんに連絡してみる。毎年、夏休み前くらいに咲くんだ」
「夏休み前かぁ……。もうすぐじゃん! ワクワクすんなー!」
こうして彼の声を聞いていると、昨夜、抱きしめられたことが嘘のようだ。モエはまったくいつも通りで、昨日、チトを抱きしめたことなど、なんら気にしているふうではない。当然だろう。彼にとって、あんなハグはきっと、日常なのだろうから。
僕だけが特別じゃない……。そんなのわかってる。でも、僕にとっては――……。
特別だった。昨夜、モエに抱きしめられたこと――だけではない。これまでのモエとの出会いも、何気ない会話も。中庭のランチも。ペナルティではじまった園芸作業も。モエの家で彼の家族と庭の計画を立てたことも。そして、昨夜のハグと、「一緒に月下美人を見に行こう」と言ってくれたことも。
なにもかもが、チトにとって特別だった。おかげで、思いがけず恋まで知ってしまったわけだ。これが報われない恋だとしても、チトはかまわなかった。チトにとって、モエは正真正銘、初恋の相手で好きな人。それから、たったひとりの友だち。唯一無二の、途方もなく大切な存在には変わりなかった。
叔父の家は、千葉県勝浦市の山間部に位置しており、千葉県内でも比較的、涼しい地域にあった。そこは夏場でも30度ほどまでしか上がらないうえに、冬は温暖なので、植物を育てるのには向いた土地らしい。叔父はそこで、妻――つまりチトの叔母と、山野草店兼花屋を営んでいる。決して利便性のいい場所ではないのだが、SNSでの口コミ等が評判を呼び、リピーター客が大勢来てくれるそうだ。
そんな叔父夫婦の家には、大きなガラス製の温室がある。その中は空調が24時間、365日効いていて、夏場は暑さに弱い植物の、冬場は寒さに弱い植物の避難場所になっていた。月下美人も、冬場はそこに置かれるが、温かくなると自宅のテラスの前に出され、そこで夜間、見事な花を咲かせるのだ。
あれよりも立派な月下美人を、チトは見たことがない。長年、叔父夫婦が育ててきただけあって、株がとても大きく、立派なのだ。夜間に蕾を開き、たったひと晩でしぼんでしまうその花は、甘い香りが強く、蜜が多い。咲いているかどうか確認せずとも、外に出ればすぐにわかるほどだった。
まだ小学生だったチトは、叔父の家ではじめてそれを見て、幼いながらにも感激した。それから毎年、夏休み前になると必ず叔父に連絡を取り、月下美人の開花に合わせて、叔父の家に行ったものだ。そうして、あまりに美しく、幻想的なその花に魅せられ、チトは子どもながらに思った。この花をいつか友だちができたら、一緒に見たい。友だちと、この感動を共有したい――と。その思いが、チトの初期の植物日記には書いてあったのだった。
ただし、チトの自宅から勝浦へは、行きだけで3時間強かかる。日帰りで行って帰ってくるのは不可能ではないが、あまりにハードだ。
「本当に行く? おじさんちは勝浦にあるから、泊まりがけになっちゃうんだけど……」
「え……!」
泊まりがけ、という言葉に、モエは声をあげた。チトは密かに落胆する。やはり友だちといっても、チトとふたりで泊まりがけで出かけるなんて、面倒なのかもしれない。そこまで心を許した仲ではない、と言われるのが怖くて、チトは言う。
「た、大変だからさ、やっぱりやめる? モエくんは行かなくっても、僕が写真だけ送って――」
「なーに言ってんだよ、俺は平気! っていうか、勝浦行きたいし! 一緒に行こうって言ったじゃーん!」
文句を言うように返されて、チトは嬉しくてたまらない。彼に背を向けたまま、頬が緩んでしまう。あの頃、漠然と憧れていた「友だち」という存在が今、目の前にいる。そうして今年の夏、その夢が叶おうとしているのだ。ただし、その一方で、モエの言葉や声、そして明るい笑顔に魅せられてしまう。どう控えめに言っても、これは友だち以上の感情だ。
どうしよう、すごい嬉しい……。嬉しくて「好き」が爆発しそう……。
だが、この感情は仕舞っておかなければならない。絶対に知られてはいけないし、伝えてもいけない。せっかくモエと友だちになれたのに、それ以上の感情を持っているなんて知られたら、チトはまたひとりぼっちに逆戻りだ。
「じゃあ……、おじさんに連絡してみる。毎年、夏休み前くらいに咲くんだ」
「夏休み前かぁ……。もうすぐじゃん! ワクワクすんなー!」
こうして彼の声を聞いていると、昨夜、抱きしめられたことが嘘のようだ。モエはまったくいつも通りで、昨日、チトを抱きしめたことなど、なんら気にしているふうではない。当然だろう。彼にとって、あんなハグはきっと、日常なのだろうから。
僕だけが特別じゃない……。そんなのわかってる。でも、僕にとっては――……。
特別だった。昨夜、モエに抱きしめられたこと――だけではない。これまでのモエとの出会いも、何気ない会話も。中庭のランチも。ペナルティではじまった園芸作業も。モエの家で彼の家族と庭の計画を立てたことも。そして、昨夜のハグと、「一緒に月下美人を見に行こう」と言ってくれたことも。
なにもかもが、チトにとって特別だった。おかげで、思いがけず恋まで知ってしまったわけだ。これが報われない恋だとしても、チトはかまわなかった。チトにとって、モエは正真正銘、初恋の相手で好きな人。それから、たったひとりの友だち。唯一無二の、途方もなく大切な存在には変わりなかった。
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