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ウィンダミアへ(1-3)
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湖のほとりを沿うように、北へ向かって車は走っていく。ちょうど三、四十分ほど経ったころだろうか。風に乗って漂ってくる獣臭に、僕は気付いた。これは馬房の独特な匂いだ。獣と、草と、土と、馬の糞の混ざった匂い。ふと見れば、湖のほとりには開けた草原と古い石垣が広がっていた。遠くに小さく、馬の姿がちらほら見える。
「さぁて、到着」
「ありがとうございます……」
車はだだっ広い砂利の駐車場で停まった。
「すぐ事務所へ行こう。ついてきて」
ライルさんはそう言うと、車のエンジンを切り、ドアをバタン、と閉めて、歩いていく。僕も慌てて車を降りた。周囲の景色を気にする余裕もなく、ライルさんの背中を追って、荷物を引きずりながら、彼の少し後ろを歩く。駐車場から砂利道を歩き、馬房のすぐそばを通る。開いている窓のすき間から、ほんの一瞬、馬の背が見えて、胸が高鳴った。
馬だ……。
「おーい、こっち! 早く」
「あっ、はい!」
ライルさんに呼ばれ、返事をする。事務所はそのさらに先にあるようだった。ライルさんは小さな建物のドアを開けて、中へ入れ、と言うかのように顎をしゃくっている。
僕はおそるおそる、その扉の中へ足を踏み入れた。中にはふたつの黒い革のソファが向かい合って置かれ、その間には大きな木製のローテーブルが置かれている。大きな木の切り株を薄く切って、そのままテーブルに加工したような、しゃれたテーブルだ。
その奥には小さなカウンターがあり、部屋の棚には鞍や馬着、それから数々の写真が飾られていた。写っているのは、美しい黒い馬と若い男性だ。どれもすっかり日に焼けてしまって色褪せているが、その馬が美しいことは確かにわかる。写真立てには「名馬ゴールドティターニアとトーマス」と書かれていた。
「トーマス……」
ぽつりと呟く。そうして、しばらく写真を見つめていると、不意にバタン! と音がした。直後、野太い声が耳に飛び込んでくる。
「やあやあ! ようこそ、ウィンダミアへ!」
「あ……っ」
「君がオリバーくんだね。よく来てくれた!」
カウンターの奥からやってきたのは、鼻の下にちんまりした髭を蓄えた、ふくよかな男性だった。チェックのシャツに土汚れのついたジーンズを穿き、足下は長靴で、それもまたずいぶんと土汚れがついている。彼は僕の手を取って、両手でぎゅっと握った。
「あ、あの――」
「私はトーマス・ウィリアムズ。このクラブのオーナーだよ」
「ウィリアムズさん……! あの、このたびは本当にありがとうございました。祖父がくれぐれもよろしくと――」
「あぁ、もう、そういうかたっ苦しいあいさつはなしなし!」
僕の言葉を遮り、トーマスさんはかぶりを振った。話すたびに鼻の下の髭が、ひょこひょこと動くのが実にチャーミングだった。
「それからね、私のことはトーマス、でいいから」
「はい、トーマスさん……」
「ようし。それじゃ、遠路はるばるやって来て早々悪いんだが、すぐ仕事に取り掛かってもらおうか。うちは猫の手を借りても足りないくらい忙しいんだよ。おい、ライル!」
「……ここにいますよ」
ライルさんは壁に寄り掛かり、腕を組みながら、呆れたような目でトーマスさんを見て言った。トーマスさんは、大きな体をくるりと返し、腕時計に目を落とす。
「あぁ、そこにいたか。まず、オリバーを宿舎に案内してやってくれ。部屋は二〇二号室だ」
「はい」
ライルさんが返事をすると、トーマスさんはズボンのポケットを探り、鍵を投げた。それをライルさんはうまくキャッチする。ごく慣れたやり取りのようだ。
「それが終わったら、すぐに着替えて馬房だ。さっきワイリーとフィリップが帰ってきたところだから、あいつらに昼メシをやってくれ。もうすっかり腹ペコらしい。まったく、行きはそこら辺の草を食ってばかりいるくせに、帰りはすたこら帰ってくるんだから。やんなっちゃうよ」
「はい。……あれは、どうしました?」
「あれ?」
「スノーケルピーです」
「あぁ……、あいつはだめだ。あんなのを新人に任せたら殺されちまうよ。ライル、当分はお前さんとオークリーで分担して世話してくれ」
「はい」
そう言うと、トーマスさんは「それじゃ」と言い残し、カウンター奥の扉の向こうへ消えていった。まるで嵐が過ぎ去ったあとのように静かになった部屋の中で、僕は呆気に取られ、扉の向こうを見つめる。それから、ふと思い出して、棚に飾られた写真に目をやった。そこに映っている若い男性、トーマスというのは、おそらく彼だ。それを肯定するように、ライルが言う。
「同一人物だよ。昔は痩せてたんだってさ」
「へえ……」
「忙しないけど、あの人はいつもあんな感じなんだ」
「そうなんですか……」
「行こう。宿舎に案内するよ」
ライルさんはそう言って、再び顎をしゃくり、部屋を出るように僕を促した。
「さぁて、到着」
「ありがとうございます……」
車はだだっ広い砂利の駐車場で停まった。
「すぐ事務所へ行こう。ついてきて」
ライルさんはそう言うと、車のエンジンを切り、ドアをバタン、と閉めて、歩いていく。僕も慌てて車を降りた。周囲の景色を気にする余裕もなく、ライルさんの背中を追って、荷物を引きずりながら、彼の少し後ろを歩く。駐車場から砂利道を歩き、馬房のすぐそばを通る。開いている窓のすき間から、ほんの一瞬、馬の背が見えて、胸が高鳴った。
馬だ……。
「おーい、こっち! 早く」
「あっ、はい!」
ライルさんに呼ばれ、返事をする。事務所はそのさらに先にあるようだった。ライルさんは小さな建物のドアを開けて、中へ入れ、と言うかのように顎をしゃくっている。
僕はおそるおそる、その扉の中へ足を踏み入れた。中にはふたつの黒い革のソファが向かい合って置かれ、その間には大きな木製のローテーブルが置かれている。大きな木の切り株を薄く切って、そのままテーブルに加工したような、しゃれたテーブルだ。
その奥には小さなカウンターがあり、部屋の棚には鞍や馬着、それから数々の写真が飾られていた。写っているのは、美しい黒い馬と若い男性だ。どれもすっかり日に焼けてしまって色褪せているが、その馬が美しいことは確かにわかる。写真立てには「名馬ゴールドティターニアとトーマス」と書かれていた。
「トーマス……」
ぽつりと呟く。そうして、しばらく写真を見つめていると、不意にバタン! と音がした。直後、野太い声が耳に飛び込んでくる。
「やあやあ! ようこそ、ウィンダミアへ!」
「あ……っ」
「君がオリバーくんだね。よく来てくれた!」
カウンターの奥からやってきたのは、鼻の下にちんまりした髭を蓄えた、ふくよかな男性だった。チェックのシャツに土汚れのついたジーンズを穿き、足下は長靴で、それもまたずいぶんと土汚れがついている。彼は僕の手を取って、両手でぎゅっと握った。
「あ、あの――」
「私はトーマス・ウィリアムズ。このクラブのオーナーだよ」
「ウィリアムズさん……! あの、このたびは本当にありがとうございました。祖父がくれぐれもよろしくと――」
「あぁ、もう、そういうかたっ苦しいあいさつはなしなし!」
僕の言葉を遮り、トーマスさんはかぶりを振った。話すたびに鼻の下の髭が、ひょこひょこと動くのが実にチャーミングだった。
「それからね、私のことはトーマス、でいいから」
「はい、トーマスさん……」
「ようし。それじゃ、遠路はるばるやって来て早々悪いんだが、すぐ仕事に取り掛かってもらおうか。うちは猫の手を借りても足りないくらい忙しいんだよ。おい、ライル!」
「……ここにいますよ」
ライルさんは壁に寄り掛かり、腕を組みながら、呆れたような目でトーマスさんを見て言った。トーマスさんは、大きな体をくるりと返し、腕時計に目を落とす。
「あぁ、そこにいたか。まず、オリバーを宿舎に案内してやってくれ。部屋は二〇二号室だ」
「はい」
ライルさんが返事をすると、トーマスさんはズボンのポケットを探り、鍵を投げた。それをライルさんはうまくキャッチする。ごく慣れたやり取りのようだ。
「それが終わったら、すぐに着替えて馬房だ。さっきワイリーとフィリップが帰ってきたところだから、あいつらに昼メシをやってくれ。もうすっかり腹ペコらしい。まったく、行きはそこら辺の草を食ってばかりいるくせに、帰りはすたこら帰ってくるんだから。やんなっちゃうよ」
「はい。……あれは、どうしました?」
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「はい」
そう言うと、トーマスさんは「それじゃ」と言い残し、カウンター奥の扉の向こうへ消えていった。まるで嵐が過ぎ去ったあとのように静かになった部屋の中で、僕は呆気に取られ、扉の向こうを見つめる。それから、ふと思い出して、棚に飾られた写真に目をやった。そこに映っている若い男性、トーマスというのは、おそらく彼だ。それを肯定するように、ライルが言う。
「同一人物だよ。昔は痩せてたんだってさ」
「へえ……」
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