14 / 117
3
妖精の願い(3-3)
しおりを挟む
こんなに平和な田舎で、犯罪などあるはずがない。そう、自分自身に言い聞かせる。それからおそるおそる、それぞれの馬房の中を覗いた。
ロリポップ、ウイングレイ、フィリップ、ワイリー。みんな、どの馬も藁の上に横になったり、座り込んで眠っている。彼らの穏やかな寝顔を見れば、ほっと安堵し、僕は胸を撫で下ろした。やはり、さっきの物音は勘違いだったのかもしれない。
「よかったぁ……」
思わず呟いた。だが――、次の瞬間。僕は奥の馬房を見て、目を瞠った。
「……っ」
声を失った。目はそこに釘付けになったまま離せない。なにか、馬房の中が光り輝いている。これは月灯りでそう見えるとか、電灯がどこかに反射しているのでもない。明らかに、青白く光っている。そうして気付いた。そこは――スノーケルピーの馬房だ。
「スノーケルピー……!」
なにが起こっているのか全くわからない。しかも、こんな異変を前にして冷静ではいられず、僕は慌ててそこへ駆けつけた。すると――。
「え――」
そこはスノーケルピーの馬房。つまり、その部屋の中にはスノーケルピーという葦毛の馬しかいないはずだった。ところが今、そこにいるのは馬ではない。人だ。しかも、その体からは青白い光が輝いている。その光はすぐに消え去ったが、僕はもう光の正体など、どうでもよかった。
「あ、あんた、誰だ……! ここでなにをしてる!」
恐怖で足が震えながらも、必死に声を振り絞り、フォークを振りかざす。何度確認しても、馬房には今、馬ではなく、人――恐らくは青年が一人いるだけ。灰色をした長い髪の、背の高い青年だ。
いつもそこにいるはずのスノーケルピーはどこにもいない。周りを見渡しても、どこにも葦毛馬の姿は見えなかった。僕はハッとする。この青年、もしかしたら、馬泥棒かもしれない。
「ケッ、ケルピーは……、スノーケルピーをどこへやったんだ……!」
おどおどした声しか出せなくて情けないが、それでもフォークを突きつけ、必死に問う。すると、青年は柔らかな笑みを見せて、口を開いた。
「オリバー……。君、来てくれたんだね」
「な……」
青年が僕の名前を呼んだ。妙だ。僕はこの青年を知らない。少なくとも、彼はこのウィンダミア乗馬クラブで働いている従業員ではない。僕はますます混乱して、とにかくその青年に向かってフォークを向けた。しかし、彼は馬房からいとも簡単に出てきてしまって、僕の持つそれを難なく取り上げてしまったのだ。
彼は取り上げたフォークを馬房の中へぽい、と放り投げた。同時に馬房には、カーン……という金属音が鳴り響く。
「ちょ……っ、なにをするんだ! 返せ!」
「オリバー、怒らないで。ぼくだよ」
青年が近づいてきて、そう言った。まろやかな声と口調で、笑みまで見せている。どういうことか全くわからない。僕は眉をしかめ、身構えた。
「僕は君なんか知らないよ。どうして、君が僕を知ってるのかわからないけど……」
「あぁ……、そうか……」
「それより、スノーケルピーはどうしたんだ……! 答えろ!」
僕は声を荒らげる。青年は残念そうな表情をして、自分の体や手や足を、確認するようにくまなく見ている。全く奇妙だった。よく見れば、青年は裸足で、瞳は左右違った色をしている。
左目が青、右目は褐色――あるいは、琥珀色といってもいいかもしれない。少し尖ったような耳には青く美しいピアスが揺れている。なんだか服も変だ。どう見ても、流行りの服ではない。まるでおとぎ話か、昔の絵画に描かれたような雰囲気がある。おまけに尻の辺りには、ふさふさとしたしっぽがついていた。
ん……? しっぽ?
今、僕の頭の中は大混乱していて、冷静ではない。しかし、彼が奇妙で、普通ではないということだけは理解できた。なぜなら、どんなに風変わりで奇妙な人間にも、しっぽは存在しない。
「どうなってるんだ……。君は……」
「オリバー、ぼくだよ。わからない?」
「わ、わ、わかるわけ――」
「ぼくをちゃんと見てよ」
言われなくても、さっきから穴が空くほど見ている。だが、知らないのだ。こんな容姿で、夜更けに馬房に忍び込む青年なんか、僕の知り合いにはたったの一人も思い当たらない。ところが、青年は僕の肩をぐっと強く掴み、瞳を覗き込むようにして顔を近づけた。
「な……っ、なにす……」
「ね、ぼくの目を見て」
「やめろよ、離せ……!」
「オリバー……」
「離せって……! トーマスさんを――社長を呼ぶからな……!」
慌てて振り放そうとしたものの、青年の力はあまりに強かった。もうどうしようもなくなって、僕は大声を出そうとする。ところが、次の瞬間――。
「ん……、うっ」
突如、唇に温かい熱が重なって塞がれた。呼吸ができない。苦しくなって思わず目を瞑ると、柔らかな感触と同時に、頭の中には映像が次々と浮かび、入ってきた。まるで夢でも見ているような感覚だ。
「んぅ……」
それは、いつも通りの朝の風景だった。従業員たちが馬房の中で忙しく動き回り、馬の世話をしているのが見える。だが、その中で僕はじっとこちらを見つめる馬の姿に気がつき、そこへ誘われるように近づいた。見つめていたのは、スノーケルピーだった。
スノーケルピー……。
そっと手を伸ばす。そういえば、いつかもこんなことがあったかもしれない、と思い出しながら。だが、次の瞬間、僕の心臓が跳ねた。
『オリバー……、君は優しくしてくれる?』
思わず、ハッと目を開けた。それから掴まれていた肩をなんとか振り放し、青年を突き飛ばす。
ロリポップ、ウイングレイ、フィリップ、ワイリー。みんな、どの馬も藁の上に横になったり、座り込んで眠っている。彼らの穏やかな寝顔を見れば、ほっと安堵し、僕は胸を撫で下ろした。やはり、さっきの物音は勘違いだったのかもしれない。
「よかったぁ……」
思わず呟いた。だが――、次の瞬間。僕は奥の馬房を見て、目を瞠った。
「……っ」
声を失った。目はそこに釘付けになったまま離せない。なにか、馬房の中が光り輝いている。これは月灯りでそう見えるとか、電灯がどこかに反射しているのでもない。明らかに、青白く光っている。そうして気付いた。そこは――スノーケルピーの馬房だ。
「スノーケルピー……!」
なにが起こっているのか全くわからない。しかも、こんな異変を前にして冷静ではいられず、僕は慌ててそこへ駆けつけた。すると――。
「え――」
そこはスノーケルピーの馬房。つまり、その部屋の中にはスノーケルピーという葦毛の馬しかいないはずだった。ところが今、そこにいるのは馬ではない。人だ。しかも、その体からは青白い光が輝いている。その光はすぐに消え去ったが、僕はもう光の正体など、どうでもよかった。
「あ、あんた、誰だ……! ここでなにをしてる!」
恐怖で足が震えながらも、必死に声を振り絞り、フォークを振りかざす。何度確認しても、馬房には今、馬ではなく、人――恐らくは青年が一人いるだけ。灰色をした長い髪の、背の高い青年だ。
いつもそこにいるはずのスノーケルピーはどこにもいない。周りを見渡しても、どこにも葦毛馬の姿は見えなかった。僕はハッとする。この青年、もしかしたら、馬泥棒かもしれない。
「ケッ、ケルピーは……、スノーケルピーをどこへやったんだ……!」
おどおどした声しか出せなくて情けないが、それでもフォークを突きつけ、必死に問う。すると、青年は柔らかな笑みを見せて、口を開いた。
「オリバー……。君、来てくれたんだね」
「な……」
青年が僕の名前を呼んだ。妙だ。僕はこの青年を知らない。少なくとも、彼はこのウィンダミア乗馬クラブで働いている従業員ではない。僕はますます混乱して、とにかくその青年に向かってフォークを向けた。しかし、彼は馬房からいとも簡単に出てきてしまって、僕の持つそれを難なく取り上げてしまったのだ。
彼は取り上げたフォークを馬房の中へぽい、と放り投げた。同時に馬房には、カーン……という金属音が鳴り響く。
「ちょ……っ、なにをするんだ! 返せ!」
「オリバー、怒らないで。ぼくだよ」
青年が近づいてきて、そう言った。まろやかな声と口調で、笑みまで見せている。どういうことか全くわからない。僕は眉をしかめ、身構えた。
「僕は君なんか知らないよ。どうして、君が僕を知ってるのかわからないけど……」
「あぁ……、そうか……」
「それより、スノーケルピーはどうしたんだ……! 答えろ!」
僕は声を荒らげる。青年は残念そうな表情をして、自分の体や手や足を、確認するようにくまなく見ている。全く奇妙だった。よく見れば、青年は裸足で、瞳は左右違った色をしている。
左目が青、右目は褐色――あるいは、琥珀色といってもいいかもしれない。少し尖ったような耳には青く美しいピアスが揺れている。なんだか服も変だ。どう見ても、流行りの服ではない。まるでおとぎ話か、昔の絵画に描かれたような雰囲気がある。おまけに尻の辺りには、ふさふさとしたしっぽがついていた。
ん……? しっぽ?
今、僕の頭の中は大混乱していて、冷静ではない。しかし、彼が奇妙で、普通ではないということだけは理解できた。なぜなら、どんなに風変わりで奇妙な人間にも、しっぽは存在しない。
「どうなってるんだ……。君は……」
「オリバー、ぼくだよ。わからない?」
「わ、わ、わかるわけ――」
「ぼくをちゃんと見てよ」
言われなくても、さっきから穴が空くほど見ている。だが、知らないのだ。こんな容姿で、夜更けに馬房に忍び込む青年なんか、僕の知り合いにはたったの一人も思い当たらない。ところが、青年は僕の肩をぐっと強く掴み、瞳を覗き込むようにして顔を近づけた。
「な……っ、なにす……」
「ね、ぼくの目を見て」
「やめろよ、離せ……!」
「オリバー……」
「離せって……! トーマスさんを――社長を呼ぶからな……!」
慌てて振り放そうとしたものの、青年の力はあまりに強かった。もうどうしようもなくなって、僕は大声を出そうとする。ところが、次の瞬間――。
「ん……、うっ」
突如、唇に温かい熱が重なって塞がれた。呼吸ができない。苦しくなって思わず目を瞑ると、柔らかな感触と同時に、頭の中には映像が次々と浮かび、入ってきた。まるで夢でも見ているような感覚だ。
「んぅ……」
それは、いつも通りの朝の風景だった。従業員たちが馬房の中で忙しく動き回り、馬の世話をしているのが見える。だが、その中で僕はじっとこちらを見つめる馬の姿に気がつき、そこへ誘われるように近づいた。見つめていたのは、スノーケルピーだった。
スノーケルピー……。
そっと手を伸ばす。そういえば、いつかもこんなことがあったかもしれない、と思い出しながら。だが、次の瞬間、僕の心臓が跳ねた。
『オリバー……、君は優しくしてくれる?』
思わず、ハッと目を開けた。それから掴まれていた肩をなんとか振り放し、青年を突き飛ばす。
20
あなたにおすすめの小説
【BL】死んだ俺と、吸血鬼の嫌い!
ばつ森⚡️8/22新刊
BL
天涯孤独のソーマ・オルディスは自分にしか見えない【オカシナモノ】に怯える毎日を送っていた。
ある日、シェラント女帝国警察・特殊警務課(通称サーカス)で働く、華やかな青年、ネル・ハミルトンに声をかけられ、【オカシナモノ】が、吸血鬼に噛まれた人間の慣れ果て【悪霊(ベスィ)】であると教えられる。
意地悪なことばかり言ってくるネルのことを嫌いながらも、ネルの体液が、その能力で、自分の原因不明の頭痛を癒せることを知り、行動を共にするうちに、ネルの優しさに気づいたソーマの気持ちは変化してきて…?
吸血鬼とは?ネルの能力の謎、それらが次第に明らかになっていく中、国を巻き込んだ、永きに渡るネルとソーマの因縁の関係が浮かび上がる。二人の運命の恋の結末はいかに?!
【チャラ(見た目)警務官攻×ツンデレ受】 ケンカップル★バディ
※かっこいいネルとかわいいソーマのイラストは、マグさん(https://twitter.com/honnokansoaka)に頂きました!
※いつもと毛色が違うので、どうかな…と思うのですが、試させて下さい。よろしくお願いします!
好きになったのは異世界の王子様でした(ルーシェン編)
カム
BL
「異世界で働きませんか?」
偽営業マンみたいな男、如月隼人にスカウトされたので、再び異世界トリップすることにした修平。
運が良ければまたルーシェン王子と会えるかも、そんな期待を抱いて王宮にやってきたけれど…。
1week本編終了後の番外編です。
一番続編希望の多かった王子様とのその後の話なので、他の攻めキャラは登場しません。
王子様×主人公
単独で読めるように簡単なあらすじと登場人物をつけていますが、本編を読まないと分かりにくい部分があるかもしれません。
本編のネタバレあり。
美しい世界を紡ぐウタ
日燈
BL
精靈と人間が共に生きる世界。
“ウタ”を紡いで調和をもたらす、カムナギという存在がいた。
聖界から追放された一族の末裔である少年、リュエルは、 “ウタ紡ぎ” として独自の活動をする日々の中、思いがけずカムナギを育成する学び舎への招待状を渡される。
意を決して飛び込んだそこは、貴族ばかりの別世界。出会いと波乱に満ちた学生生活の幕が上がった。
強く、大らかに開花してゆくリュエルの傍には、導き手のような二人の先輩。ほころんだ心に芽生えた、初めての想いと共に。
――かつて紡がれた美しい世界が、永久になるまで。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
ユキ・シオン
那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。
成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。
出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。
次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。
青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。
そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり……
※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)
うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)
藤吉めぐみ
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。
そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。
けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。
始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる
ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる