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12.耳飾り
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「……あれから、あの不思議な女性には会えていないんですけど……錬金術師を志すうちに、いつか再会できたらって願っているんです」
満開のスノウモルなんて物語でもなければそうそうお目にかかれるものじゃないし、きっと子供心を慮って少しロマンチックに脚色してくれたんだろうと今では分かっている。
それでも、あの時から抱き続けている憧れは少しも曇っていない。彼女が灯してくれた光を標にして、今日まで真っ直ぐ歩いてきたつもりだ。
話が前後してしまったり、まとまらなかったり、聞き苦しいところも沢山あっただろうけれど、レクス先輩は最後まで一度も遮ることなく話を聞いてくれた。
大切な人と「愛してる」と言い合うことに対して長年の憧れがあったということだけは濁したけれど、それでも概ね話し終えて小さく息を吐く。明るい話ばかりではなかったけれど、レクス先輩はどう思っただろう。
そろりと隣を見上げれば、彼は何だかもどかしそうな表情を浮かべていて戸惑ってしまった。そんな私に気がついたのだろう、彼は決まりが悪そうに頬を掻いて目を逸らした。
「……いや、ごめん。小さい時の健気なシェルちゃんを、すごい抱きしめたくなって」
「えっ」
予想だにしない返答に目を見開いて思わずぶわ、と頬を染めた私に、レクス先輩は誤魔化すような笑みを浮かべて、いや忘れて、と両手を振ったけれど、とてもそんなことはできそうにない。彼がそう言ってくれるのなら幼い時、成長した今なら呆れてしまうようなことで延々と悩んでいた私も、不思議と魔法みたいに救われてしまうような気がした。
小さな私じゃなくても抱きしめてくれていいのに、なんてはしたないことを私が考えていることなんて露知らず、彼は失言を取りなすように口を開いた。
「でも、いじめっ子にはすげぇ腹立つけど、その錬金術師のおねーさんのお陰でちょっとスカッとしたな。それでシェルちゃんは宣言通り、翌日そいつらをぼこぼこにしてやったの?」
「えっ!?……い、いえ、その、恥ずかしながらやるぞと意気込んではいたんですけど、その日から私には泥ガエルの女神が憑いていて、手を出すと丸呑みにされるなんて噂が流れて……いじめられるどころか、卒業まで怯え切ったみんなに敬語で恭しく扱われるようになってしまい……」
「ぶはっっっ」
不意打ちだったのか豪快に吹き出した彼に、私は恥ずかしさから両手で顔を覆った。最終的には憑いているという設定すらどこかに吹き飛んでしまい、女神降臨というあだ名がついたことだけはどうか墓場まで持っていかせてほしい。
変なツボに入ってしまったのかくつくつと笑いが止まらない彼を横目に睨みつけてみれば、ごめん、でもちょっと待って、と思いの外切羽詰まった声で言われて、私は何だか肩の力が抜けてしまった。
正直恥ずかしくて思い出したくないくらいだったのだけれど、それで彼がこんなに笑ってくれるのなら本望というものだ。
面映いような何とも言えない気持ちで彼のことを見守っていれば、ふと彼の耳に揺れる白い花弁を模した魔石のピアスが目に入って、私は少しだけ逡巡した。
多分、そのピアスはスノウモルの花がモチーフになっているのだろうとは前から思っていて、それは魔法使いの名門である彼の生家、ソルシエル家が魔力を象徴するその木を家紋にあしらっているからだ。
あまり自分の実家に良い感情を抱いていない彼に、それについておいそれと尋ねるのは気が咎めて、今まで素敵なデザインだなと見つめるだけだったけれど……私の魔石の髪飾りについての話題が出た今ならば、聞いても許されるかもしれない。
全寮制で彼の家の目の届かないこの場所ですら外さないのなら別に強制されているものではないだろうし、何よりそれは、彼が心から尊敬する兄のラン先輩とお揃いのものなのだから。
「その、……レクス先輩の魔石のピアスも、素敵ですよね。ラン先輩とお揃いで」
勇気を出して、それでも当たり障りなくそう言ってみれば、漸く笑いの発作が治まったらしい彼が顔を上げて、ああ、と言いながら何気なくそれに手をやった。
それから、少しだけ悩むような素振りを見せて、窺うようにこちらを見つめてくる。その視線の意図が分からなくて首を傾げれば、何だか気まずそうな素振りで目を逸らされて、私の頭の上にますます疑問符が浮かんだ。
「……、その、怒らないでほしいんだけど」
「? 怒る……? えっと、はい」
「これ、数代前から家に伝わってるもので。……その、シェルちゃん憧れのアルヒ・ソルシエルが、夫に贈った品だったり、するんだけど」
「え……えぇ!?」
全く予想していなかった返答に、私は素っ頓狂な声を上げた。伝説の錬金術師アルヒ・ソルシエルは、度々書籍などで今でもソルシエル家の一員として扱われるし、確かにそれは全くの間違いというわけではない。
彼女はその華々しい功績とは裏腹に表舞台に出ることを酷く嫌い、その容姿すら色々な姿が伝わっているほど謎多き人物だから、唯一はっきりしたその家名に目が行ってしまうのも無理はないと思う。
何せ彼女が卒業したこの学園にすら、研究結果を除いた彼女に関する個人的な情報は殆ど残っていないくらいなのだから。
ただ多少なりとも彼女のことをまともに調べさえすれば、それが本人にとってどれほど不本意なものか何となく察せられる。
何せ彼女の夫である当時のソルシエル家の当主は、家の跡を継ぎ彼女と結婚してからほんの数年で病没したのだ。強大な魔物にとどめを刺した時の特殊な瘴気の影響だという説が有力なようだけれど、詳細は分かっていない。
二人の間に子供はなく、結局当主の弟がその跡を継ぐことになった。
元々夫の実家とかなり折り合いの悪かった彼女は、その功績から彼女を手放したがらなかったソルシエル家からあっさりと出奔し、現在までその行方も生死も分かっていない。
今代までのソルシエル家に彼女の血は一滴も入っていないし、当主の妻という立場だったのもほんの数年であるにも関わらず、彼女はソルシエル家の名声の一角を間違いなく背負わされているのだから何だか釈然としない話だった。
けれど、当時ソルシエル家の中で行っていた錬金術の研究成果も、自身の記録も何もかも持ち去ったと言われる彼女が、そんな忌み嫌う夫の実家に残していったものがあったなんて。しかもそれが頻繁に目に入る彼のピアスだったなんて、誰が想像できただろう。
憧れの人に深く関連した物を、知らず知らずのうちに間近で見ていたという事実に否応なく高揚して目を輝かせていた私は、けれど、とふと首を傾げた。
満開のスノウモルなんて物語でもなければそうそうお目にかかれるものじゃないし、きっと子供心を慮って少しロマンチックに脚色してくれたんだろうと今では分かっている。
それでも、あの時から抱き続けている憧れは少しも曇っていない。彼女が灯してくれた光を標にして、今日まで真っ直ぐ歩いてきたつもりだ。
話が前後してしまったり、まとまらなかったり、聞き苦しいところも沢山あっただろうけれど、レクス先輩は最後まで一度も遮ることなく話を聞いてくれた。
大切な人と「愛してる」と言い合うことに対して長年の憧れがあったということだけは濁したけれど、それでも概ね話し終えて小さく息を吐く。明るい話ばかりではなかったけれど、レクス先輩はどう思っただろう。
そろりと隣を見上げれば、彼は何だかもどかしそうな表情を浮かべていて戸惑ってしまった。そんな私に気がついたのだろう、彼は決まりが悪そうに頬を掻いて目を逸らした。
「……いや、ごめん。小さい時の健気なシェルちゃんを、すごい抱きしめたくなって」
「えっ」
予想だにしない返答に目を見開いて思わずぶわ、と頬を染めた私に、レクス先輩は誤魔化すような笑みを浮かべて、いや忘れて、と両手を振ったけれど、とてもそんなことはできそうにない。彼がそう言ってくれるのなら幼い時、成長した今なら呆れてしまうようなことで延々と悩んでいた私も、不思議と魔法みたいに救われてしまうような気がした。
小さな私じゃなくても抱きしめてくれていいのに、なんてはしたないことを私が考えていることなんて露知らず、彼は失言を取りなすように口を開いた。
「でも、いじめっ子にはすげぇ腹立つけど、その錬金術師のおねーさんのお陰でちょっとスカッとしたな。それでシェルちゃんは宣言通り、翌日そいつらをぼこぼこにしてやったの?」
「えっ!?……い、いえ、その、恥ずかしながらやるぞと意気込んではいたんですけど、その日から私には泥ガエルの女神が憑いていて、手を出すと丸呑みにされるなんて噂が流れて……いじめられるどころか、卒業まで怯え切ったみんなに敬語で恭しく扱われるようになってしまい……」
「ぶはっっっ」
不意打ちだったのか豪快に吹き出した彼に、私は恥ずかしさから両手で顔を覆った。最終的には憑いているという設定すらどこかに吹き飛んでしまい、女神降臨というあだ名がついたことだけはどうか墓場まで持っていかせてほしい。
変なツボに入ってしまったのかくつくつと笑いが止まらない彼を横目に睨みつけてみれば、ごめん、でもちょっと待って、と思いの外切羽詰まった声で言われて、私は何だか肩の力が抜けてしまった。
正直恥ずかしくて思い出したくないくらいだったのだけれど、それで彼がこんなに笑ってくれるのなら本望というものだ。
面映いような何とも言えない気持ちで彼のことを見守っていれば、ふと彼の耳に揺れる白い花弁を模した魔石のピアスが目に入って、私は少しだけ逡巡した。
多分、そのピアスはスノウモルの花がモチーフになっているのだろうとは前から思っていて、それは魔法使いの名門である彼の生家、ソルシエル家が魔力を象徴するその木を家紋にあしらっているからだ。
あまり自分の実家に良い感情を抱いていない彼に、それについておいそれと尋ねるのは気が咎めて、今まで素敵なデザインだなと見つめるだけだったけれど……私の魔石の髪飾りについての話題が出た今ならば、聞いても許されるかもしれない。
全寮制で彼の家の目の届かないこの場所ですら外さないのなら別に強制されているものではないだろうし、何よりそれは、彼が心から尊敬する兄のラン先輩とお揃いのものなのだから。
「その、……レクス先輩の魔石のピアスも、素敵ですよね。ラン先輩とお揃いで」
勇気を出して、それでも当たり障りなくそう言ってみれば、漸く笑いの発作が治まったらしい彼が顔を上げて、ああ、と言いながら何気なくそれに手をやった。
それから、少しだけ悩むような素振りを見せて、窺うようにこちらを見つめてくる。その視線の意図が分からなくて首を傾げれば、何だか気まずそうな素振りで目を逸らされて、私の頭の上にますます疑問符が浮かんだ。
「……、その、怒らないでほしいんだけど」
「? 怒る……? えっと、はい」
「これ、数代前から家に伝わってるもので。……その、シェルちゃん憧れのアルヒ・ソルシエルが、夫に贈った品だったり、するんだけど」
「え……えぇ!?」
全く予想していなかった返答に、私は素っ頓狂な声を上げた。伝説の錬金術師アルヒ・ソルシエルは、度々書籍などで今でもソルシエル家の一員として扱われるし、確かにそれは全くの間違いというわけではない。
彼女はその華々しい功績とは裏腹に表舞台に出ることを酷く嫌い、その容姿すら色々な姿が伝わっているほど謎多き人物だから、唯一はっきりしたその家名に目が行ってしまうのも無理はないと思う。
何せ彼女が卒業したこの学園にすら、研究結果を除いた彼女に関する個人的な情報は殆ど残っていないくらいなのだから。
ただ多少なりとも彼女のことをまともに調べさえすれば、それが本人にとってどれほど不本意なものか何となく察せられる。
何せ彼女の夫である当時のソルシエル家の当主は、家の跡を継ぎ彼女と結婚してからほんの数年で病没したのだ。強大な魔物にとどめを刺した時の特殊な瘴気の影響だという説が有力なようだけれど、詳細は分かっていない。
二人の間に子供はなく、結局当主の弟がその跡を継ぐことになった。
元々夫の実家とかなり折り合いの悪かった彼女は、その功績から彼女を手放したがらなかったソルシエル家からあっさりと出奔し、現在までその行方も生死も分かっていない。
今代までのソルシエル家に彼女の血は一滴も入っていないし、当主の妻という立場だったのもほんの数年であるにも関わらず、彼女はソルシエル家の名声の一角を間違いなく背負わされているのだから何だか釈然としない話だった。
けれど、当時ソルシエル家の中で行っていた錬金術の研究成果も、自身の記録も何もかも持ち去ったと言われる彼女が、そんな忌み嫌う夫の実家に残していったものがあったなんて。しかもそれが頻繁に目に入る彼のピアスだったなんて、誰が想像できただろう。
憧れの人に深く関連した物を、知らず知らずのうちに間近で見ていたという事実に否応なく高揚して目を輝かせていた私は、けれど、とふと首を傾げた。
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