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23.魔女の処遇

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暫くノエルを腕の中に囲い、無意識にか機嫌が良さそうに喉を鳴らしていたアダンは、ふと思い至ったように顔を上げた。

「……そうだ、つまりノエル────……ノエル嬢は、最初から黒猫ではなくて、獣人だったん、だよね。……そうとは知らず、レディに……俺は……」

「い、いえ……」

沈んだ様子の彼に慌ててお気になさらず、と口にしようとして、彼のすぐ隣で眠る日々を思い出しノエルは声を詰まらせるとそっと顔を逸らした。仕方のないことだったとはいえ、むしろ彼に撫でられて喉を鳴らして喜び、自分から擦り寄っていたノエルこそ淑女とは程遠いんじゃないだろうか。猫の身体に引き摺られていたとはいえ、今あの日々を思い返すと顔から火が出てしまいそうだ。顔を淡く染めたノエルを愛おしげに見つめて、アダンはそっと内心で安堵した。ノエルが猫でなかった以上、過去に僅かにでも誰かと愛を語らったことがあったらと思うと────じわりとまた狂気が染み出すくらいには穏やかではいられなかったけれど、この様子ではあまり心配はいらなそうだ。アダンはそっと、ノエルの心配になるほど華奢な手を取って立ち上がった。

「────……まだ夢みたいで、いつまでもこうしていたいけれど。でも流石にこうなってしまったからにはそんな訳にはいかないし、何より君をこんな場所に座らせたままにはしておけないから……────そうだ、まさかどこにも怪我はしていないよね」

「は、はい。魔女さんが靴や服を貸してくださったから……」

途端焦燥に顔を染めてノエルの身体を検分し始めたアダンに、ノエルは目を瞬かせると慌てて否定した。流石に一部でも肌を晒したままだったらどこかしら傷くらいは負っていたかもしれないけれど、魔女が貸してくれたローブはかなり頑丈で、ノエルの華奢な身体を守ってくれた。とはいえ転んで汚してしまったのは申し訳ないけれど、それは洗って返すしかない。ほつれたりはしていないはず、とノエルが己が纏うローブを見下ろして検分していると、酷く温度のない声が上から聞こえてノエルは思わず背筋が粟立つのを感じた。

「魔女────────ああ、そうだ。そうだった」

弾かれたように顔を上げたノエルのルビーの瞳が、エメラルドの瞳と合わさることはなかった。ノエルの腕を取ったまま、それでもその視線は背後を振り仰いでいて。その視線を辿り、ノエルは思わず目を見開いた。───────ノエルにとって馴染みのある、薄紫の瞳の魔女を筆頭に、未だ魔女の全員が、そこに微動だにしないまま立っている。その顔からは例外なく血の気が引いていて、暑くもないのに額から汗が伝っていた。

勿論、ノエルはアダン様と墜落したとき、彼女たちがその場にいたことを知っていたけれど。でもその後の視界はほとんど、アダン様に抱き込まれていたことで塞がれていたから─────まさか彼と長いこと抱き合っていた間もずっと、動くことも話すこともしないまま魔女たちがその場にいるなんて思っていなかった。けれど一部始終を見られていたことを恥じ入る暇もなく、ノエルは息を呑んだ。暗がりと砂埃と、アダン様を引き留めることに必死になって気づかなかったけれど─────魔女たちは、例外なく。アダン様が取り込んだはずの魔力─────竜の血が、未だ鮮烈な赤を放っていた。あの竜の血を、アダン様は好きに操ることができるわけで。それを理性が戻った後も、残しておく理由なんて─────────

……その時かつての声が脳裏を過り、す、と血の気が下がる感覚がした。黒猫の姿のままでは逆鱗の儀ができないと知り、元の姿に戻るためノエルのことを一度殺してほしいと願った時に、魔女に一蹴された過去の言葉。

『あのね、何の為だったとしても竜王の番を一度殺したなんてことが後から発覚したら、私どころかこの世から魔女の存在が消えるわよ。竜人は番の、特にその生命に関しては理性なんて効きやしないんだから』

あの時とは、状況も何もかも違うけれど────まさかそんなこと、と一笑に付すには、ノエルが目にしたアダンの狂乱はあまりにも鮮明に眼裏に焼き付いていて。ゆっくりと血の気が引いていく感覚を覚えながらノエルがアダン様の顔を見上げると、獣人の王は瞳孔が開いたままに魔女を一心に射貫き、そこから鋭い殺気を覗かせていた。その身体から発せられる声は空気をびりびりと震わせ、人であろうと獣人であろうと、関係なく跪かせるほどの威圧に満ちていて。

「獣人の王───────竜人の、番に。……お前達は、散々な、扱いをしてくれたようだ。……かつて狂うほどに番を求めた俺の目から覆い隠し、挙句に獣人の尊厳を奪って獣に姿を変え……隷属などと馬鹿げたことを。漸く手の中に落ちたそれすらも連れ去り、俺の番であると知りながら、命欲しさにその後も隠蔽したな。───────番を喪った竜人が、どうなるか知らなかったとは、口が裂けても言わせない。今まで、益も害も齎すお前達を、掟に従い目溢ししていたが……竜の怒りを買ったんだ、覚悟はあるだろう。───────さて、どうしてやろうか」

公の場での王に威厳は必要だけれど、親しい者には、大切にしたい者には、できるだけそれにふさわしい声と口調で。そう考えて生きてきたアダンにとっては、当然逆も然りだった。既にここにいる者達──────魔女は、既にアダンにとって価値のない、それどころかとんだ大罪人だ。ノエルはできるだけ庇うように説明していたが、魔女が慈善事業で厄災を運ぶ存在の封印を買って出るわけがない。ノエルが王宮に迷い込んで竜王の番であると発覚しなければ、その後魔女の手元でどのような扱いをされたかなんて簡単に予想がつく。待ち受けていたかもしれないそれを想像するだけで、アダンは憎悪に胃の腑が煮え立つようだった。剥き出しの竜王の憎悪を加減なく向けられて、魔女のうち何人かが腰を抜かす。───────その中で、ストロベリーブロンドの髪を翻しながらも、毅然と前に出たのは。

「……一応、貴方の命が助かったのは魔女の術によるものよ。……私の命だけで、とはいかないにしても。ある程度は残してくれてもいいんじゃないかしら」

「──────口を開くことを、許可した覚えはない。お前達は血を被ったから己の身惜しさにそうしただけだろう。そもそもの原因を思えば、精々死に方が楽になるくらいだ。交渉できる立場などと思うなよ─────特に、紫目の魔女。お前はな」

唸るような声と業火のような怒りを浴びて、流石の魔女も背筋に冷や汗が伝うのを感じた。魔女はお互いに滅多に干渉することはないけれど、それでもその目的は何も長い生の中人々を手玉に取って遊ぶことだけではない。禁忌とされる魔術や生の研究、知識、表に出してはいけない歴史。世界の裏を、闇をそれぞれ収集し受け継ぐことを担う存在、要は集合知なのだ。いくつか欠ける分には気にならないけれど、それの大部分が消えてしまっては、魔女の継いできた歴史が途絶えてしまう。それだけは、どうにか避けなければならない─────この瞳の色に宿る、魔女の誇りにかけて。……やはり、正気に戻った竜王と交渉する道ではなく、そのまま命を奪う道を選んだほうがマシだっただろうか、という思考が脳裏を掠めた。この国に滞在していて竜の血を被った魔女と国民は道連れだけれど、それならば遠方の魔女は生き延びることができただろう。魔女にだって欠片も情がないわけじゃない、魔女は人間の醜さを愛しているのだから。だからこそ大量に市民が死ぬとなれば普段ならその道は避けるけれど、途方もない時間受け継がれた魔女の集合知と天秤に掛ければそれはあっけなく傾く。

─────けれど。本当に厄介だ、と魔女はため息を吐いた。竜王だけならそれでもいいけれど、最高に最悪なことに竜王の番は黒猫の獣人だ。竜王が死ねば、当然あの黒猫だって後を追うだろう。本当の神話をある程度研究していた魔女は、黒猫が死んだ時の呪いにある程度の指向性があることを知っていた。鈍臭いようでいて妙に賢しいところのあるあの黒猫が魔女が竜王を見殺しにしたと気がつけば、その呪いは結局集中的に魔女という存在に向くだろう。つまりはどちらにせよ、魔女は存亡の危機に陥れられるという訳だ。……あとは。どうせ遅かれ早かれだったとしても、一度命を救われたという事実を鑑みて、魔女はその道を避けた。魔女は気まぐれで、他人のことも、同族でさえ基本はどうでもよくて。────────ただ、命を救われた恩を忘れるほど、薄情じゃないというだけだ。さて、諦める訳にはいかないけれどまだ交渉の材料になりそうなものはあったか、次に口を開いた時には首が飛んでいるかもしれないけれど────……と、魔女が思考を巡らせ始めたとき。

「……あ、アダン様……」

震える声で、青ざめた顔で、ノエルはアダンの手を引いた。アダンが、ノエルの声を無視する訳が無い。すぐに振り向いたそのエメラルドの瞳にはもう先ほどのような憎悪や怒りはどこにもなくて、ただ番に名前を呼ばれたという甘やかな幸せがあるだけだ。

「ノエル嬢……申し訳ない、こんなところに立たせたままで。────────すぐ終わらせるから。もう少しだけ待っていて」

「お、おわらせ、るって……」

「……ああ、そうか。君には目を閉じていてもらわないといけないかな。気が利かなくてごめんね」

とりあえず目の前にいる分はすぐだよ、とふわりと微笑みを浮かべるアダン様に、ノエルは今更のように思い出していた。─────そうだ、このひとは王なのだ。獣人の王として、不利益を齎す存在に躊躇いなく武を振りかざす存在。その気になれば国を滅ぼせるほどの力を持つ、絶対的な権力者であり、その傲慢が許されている。……穏やかな物腰や話し方で覆われたその本質は───────荒事を司る者なのだ。それでも、その事実を実感してなお、もう畏れは湧かない。ノエルを喪って嗚咽を溢す、酷く小さく見えた己に縋り付く彼を、知っているから。だからこそ、ノエルは確信していた。────────今彼を止められるのは、自分だけだ。ノエルは必死になって、離さないというようにアダンの腕を引く手に力を込めて言い募った。

「あ、アダン様は……魔女さんには手を出さないと、あの時約束してくれたはずです。それに他の魔女さんに至っては、今回巻き込まれただけじゃないですか……!」

「?今回のことは魔女という括り全てに累が及ぶほどの咎だし、どこの国も快く魔女狩りに協力してくれると思うよ。それにノエル嬢があの紫目の魔女を慕っているように見せていたのは、俺の為の演技だったんだよね?それなら、あの忌々しい魔女は、君にとっても不愉快な存在のはずだ」

「そんなことっ……」

「───────まさか。違うの?……君はまだ、あの魔女を庇うの?」

す、とアダンの淡い笑みが消えて、そのエメラルドの瞳が細められる。そこに澱んだ色を見つけて、ノエルは思わず言葉に詰まった。かといって、ここで引き下がるわけにはいかない。確かに、ノエルが魔女に向ける感情は、純粋な好意や親愛とは言い難いかもしれないけど、それでも。

「……私は……私は魔女さんに、酷いことなんてされていません。黒猫の姿にしてもらったのだって、本当に私も納得してのことだったんです。深く愛してくれた両親が亡くなって、それが自分のせいだと思っていて────────だから自分の持つ力で、誰かを傷つけるのが恐ろしくてたまらなかった。あの時、確かに安心したんです。……私がアダン様と出会うのは、遅れてしまったかもしれないけど……それだって、元は両親が私のために頼んだことで、魔女さんの師匠さんの咎じゃない。……それに、それに、魔女さんと出会って連れ出してもらわなかったら、あの村に留まっていたら……私は、今こうして生きてアダン様の前にはいなかったかもしれない」

微かに震えた声に、アダンは僅かに目を見開いて息を呑んだ。ノエルは、一度だって忘れたことはない─────泥を投げつけられる感覚を、憎悪と怨嗟の声を、身体を打つ雨の冷たさを。ノエルを殺すことで更なる厄災を呼び込むのではないかと恐れていた村の獣人達は、あの日までノエルに手を出すことはなかったけれど───────魔女が現れてノエルを連れていかなかったら、それだってきっと、いつまでもというわけにはいかなかった。味方なんていないあの村で、けれど不吉な黒猫の獣人は外に出ることだってできない。あの村にいる限り、厄災が止まることもなかっただろうから────非力なノエルの結末なんて、その先を少し辿ってみたらきっと決まっていた。

「魔女さんと出会わなければ、知り得なかった知識だって沢山あります。もし魔女さんの師匠さんが私を隠さず、──────不吉な黒猫の獣人と人々に忌み嫌われる私が、奇跡的に無事にアダン様の元に辿り着けたとして。私はきっと、素直な気持ちであなたを愛することなんてできなかった。どんな出会いだって、アダン様を愛することに変わりはなくても……いつ自分の力で愛しい番に厄災を運んでしまうのかと、怯えて過ごしていたはずです。だから、魔女さんは……魔女さんには、恩があるんです。咎があるとすれば、それは元の姿に戻る為とはいえ……魔女さんから選ぶなと言われていた方法を取ってしまった私のはず」

────……それに。かつて、水の鏡の中に呼びかけた彼女。あんなにも取り乱した魔女を見たのは、あれ一度きり。その瞳に宿る情を、寂寥を、ノエルは確かに覚えている。ノエルと魔女を取り巻く、過去から続く不思議な因果。魔女はノエルのことなんて希少な黒猫獣人ということを除けば、その辺の石ころと同じくらいの興味しかないと知っているし、ノエルは傲岸不遜で自分本位に生きる、強い力を持つ魔女の理解できない部分に畏れを抱いている。それでも、あの時の魔女の声は、瞳は。────親を喪い、恋しく思わない日はなかったノエルの想いと、どうしようもなく重なったから。同じ空間で取った食事に、心が慰められたことを覚えているから。好意でも親愛でもないかもしれない。それでも────────……少なくとも、今黙っていられないほどに、情があるのは確かなのだ。

ノエルの縋るような、それでも強い決意を秘めたルビーの瞳に、アダンは息を詰めた。どろりと胸の底を這い上がるのは、醜い嫉妬心だ。咎なんて、ノエルにあるわけがない。アダンの愛しい番はただずっと、魔女とアダンの利己の間で不利益を被っていただけだ。それでもノエルはアダンを番だと認めて、愛していると伝えてくれた。けれどそれと同じように、あの魔女すらも許し、挙句に庇おうとするとは思わなかった。

彼女は実際は獣人で、飼い主なんてものは存在しなくて。だからアダンを拒絶して魔女に擦り寄っていったあの時とは違うと分かっていても、あの日アダンを飲み込んだ狂気を鮮明に思い出せるほどには、それはアダンの胸の奥底を焦がした。─────────番の願いは、叶えてやりたい。なんだって叶えてやりたいけれど──────それでも。ノエルと出会ってからずっとその裏にちらつく魔女の影への憎しみは、既にアダンの本能に近いところまで侵食している。少なくとも、目にするだけで殺意が湧き上がるほどには。眉根を寄せながらも、アダンは苦々しい声をどうにか絞り出した。

「最初に、君に咎なんて何もないと否定させてもらうけど。でも─────……竜人の番と知りながらその存在を遠ざけるというのは、ノエル嬢が思う以上に重いことなんだ。相応の罰を与えなければ、番に関して甘く見た誰かによってまた同じようなことが起こるとも限らない。今回は俺が取った手段が途中で遮られたから被害がこの程度で留まったけれど……場合によっては、獣人の大部分が消えてもおかしくはなかった。─────────……でも君が、どうしてもと、言うのなら。あの紫目の魔女以外ならば……名前を抑えた上で国の復興作業に従事することで、ある程度、見逃すことを考えてもいい、けれど」

魔女達は、歯切れが悪いながらも確かにその口から放たれた、アダンのあり得ない程の譲歩に色とりどりの目を見開いた。竜人の番に対する執着を魔女達は身に染みて理解していて、正直命が助かることは半ば諦めていたのだから。完全にとばっちりだの巻き込まれだの、色々思うところはあるにしても、魔女全てが竜王アダンの手によって屠られるとなれば責任の所在を追及している場合ではなく、正気に戻った竜王と交渉して僅かでも魔女という存在が残る道に賭けるしかなかった。魔女にとって己の命より重いもの、それは魔女達が紡いできた知識なのだから。

そして誰よりも安堵の息を溢したのは、名指しでお前だけは許さないと言われたも同然の薄紫の瞳の魔女だった。既に師匠が存命であれば破門になっているであろう程の騒ぎになっているけれど、魔女という存在が残り、あの人が魔女としての生涯を賭けて愛した知識が残るのであればそれでいい。確かに名前というのは、魔女にとっては魔術的に大きな意味を持つ。そうそう誰かのことを名前で呼ぶこともせず、己のものもひた隠すくらいには。それでも、少なくとも魔女がこの世から消え去るのと比べたら軽いものだ。─────……師匠が編み出し愛した魔術を、後の代に受け継ぐことはできなくなってしまうけれど。

口には出さなくとも、魔女達は安堵の空気に包まれた─────……けれど。当人でないノエルだけが、その瞳に苛烈な炎を宿していた。だってノエルが助命を願ったのは、その他大勢の魔女ではない。勿論今回巻き込まれただけの彼女達が酷い目に遭うことなんて望まないけれど、それでもノエルをあの村から連れ出したのは、知識を与えてくれたのは、薄紫の目を持つあの魔女だけなのだから。

「アダン様……私をあの村から連れ出してくれた魔女さんにだけは、許しを与えないというのですか?」

アダンはノエルの震える声にたじろぎ、瞳を逸らしながらも、こればかりは譲れないと歯切れ悪く答えた。ノエルの手を取ったままの掌の力が僅かに強まったけれど、アダンを射貫く赤い瞳は揺らぐことはない。

「……身寄りのない君を隷属し、自分の好きにしようとした相手なんだよ。そして俺が君を狂おしいほど求めていると知りながら、────喪えば狂うと知りながら。俺から君を遠ざけた。その果てに、国は危機に陥ったんだ。理性を失った俺が仕出かしたことは、俺が背負うべきものであるとしても────────原因を思えば、これで何の咎めもないなんて訳にはいかない。面目が立たないし、事態を収束するには一人槍玉に上げる必要だってある。他の魔女を助命するだけでも、相当な譲歩なんだ。どうか分かってほしい……」

先程魔女達に恫喝していたときの迫力と威厳はどこへ行ったのか、アダンはノエルのことをちらちらと伺いながらも、どうにか納得してもらおうと言葉を尽くしていた。竜王の威厳が形なしだけれど、そもそも番に対して強く出られるのならこんな事態にはなっていない。あの黒い毛玉────────否、もう毛玉ではないけれど。あれはそういえば臆病なくせにこういうところがあったな、と考えた渦中の薄紫の瞳の魔女は、ため息をつくとストロベリーブロンドの髪を払った。口を開くなと言われていたけれど、今首が飛ぼうと遅かれ早かれなのだから同じことだ。

「……情報の共有以外で、魔女が魔女を集め助力を求めることは、大きな禁忌なの。竜王が万が一私を見逃したとしても、魔女の戒律によって私は重く裁かれる。集合知として直接の同族殺しも禁忌だから命は奪われないかもしれないけれど、結末はそこまで変わらないわよ」

せっかく竜王が他の魔女の命を見逃してくれそうなのだから駄々をこねるな、という内心の声は流石に隠し、魔女はぞんざいに声を掛けた。途端竜王に人を射殺せそうな視線をもらったけれど、死を前にして覚悟を決めればそう恐れるものでもない。けれど魔女を睨んでいたアダンは、すぐに伺うように己の番を覗き込んだ。魔女の言葉で諦めてくれるのであれば都合がいいのは間違いなかったからだ。───────けれど。竜王アダンの番である黒猫の獣人の少女は、その場にいる誰もが想像もしなかったことを口にした。ルビーの瞳に烈火の如き強い光を宿して、今までにないほどに、低い声で。


「アダン様の───────……アダン様の、うそつき……!」
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