甘やかな香りと闇の眷属

オオカミ

文字の大きさ
15 / 15

終焉の業火

しおりを挟む
 私の愛する国、スウァルテルムが、今地獄のように紅く、恐ろしい炎に覆われている。周囲に響き渡るのは、兵士たちの怒声と、突然の事態に見舞われ、驚き嘆く人々の声。
 私は、現実から逃避したい気持ちに抗いながら、スウァルテルムを守るために即座の判断と指示を行っていた。
「ここまで火が燃え広がってしまっては、もう兵士たちだけでは対応できないわ! 少しでも多くの住民に応援を頼んで!! それと同時に、白の兵士たちが侵入してくるであろう経路を予測して、迎撃の準備を!!!」
 臣下たちは、私の命を受け、すぐさま対処へと移ってゆく。その様子を眺めながら、私は自責の念に駆られ続けていた。

 ああ、どうしてこんなことに……。私が甘かったんだわ…………。この国スウァルテルムは、分厚いに森に守られている。だから、そう簡単に攻められることはできない……そう、思っていたのに……。

 どれだけ後悔しても、私の大切な国を、森を焼き尽くそうとする火の勢いは一向に衰える様子はない。その上に、混乱に乗じて白の国、サントニアの兵士たちが徐々に国の内側へと攻め入ってきている。今は凌げても、この森の炎が途絶える頃には、彼らの圧倒的な兵力によって蹂躙されてしまうだろう。
「クシェリ様、このままではいずれこの城の内部にまで敵兵どもはやって来ます!! あなただけでも、この城から脱出を!!!」
 三大臣のうち、この国を守護する役目を持っている守護大臣、クラッススが私にそう進言する。
「……いいえ、クラッスス、私にそれはできないわ……。私の役目は、この国を守り、そして、この国と命運を共にすることよ。自分だけのうのうと生き残るなんていう選択、王として……いえ、黒の民の一員として、選ぶわけにはいかなかいわ」
「……この国は、あなたあってこそのものです。先代の王様を、あなたのお父上を失い、ただ途方にくれるばかりだった我々を束ね、導いてくださったのは、あなたなのです……」
「クラッスス……」
「……無礼は承知の上です。そのような選択をなさるのは、あなたにとって死よりもつらいことだということも、充分に理解しているつもりでございます。……ですが、どうか、どうか、あなた様だけには、生き延びていて欲しいのです。……あなたは、我々の希望です。この国の希望です。あなたさえ生きていれば、この国は、我々黒の民の誇りは、永遠にあり続けることができるのです。……だから、どうか、お願いいたします……」
 いつも勇敢で、恐れを知らないかのように振る舞い、この国を守るために戦ってきた守護大臣、クラッススが、今はとても悲しそうな顔で、ほんの少し目に涙を浮かべてさえいた。
「……ごめんね、クラッスス。これが、私の最後の我が儘だから……。お願い、最後まであなた達と一緒に戦わせて」
「クシェリ様…………」
「私、本当はね、王なんて立場ではいたくなかった……。本当は、みんなとおんなじように、この国の民として、同じ立場で、同じ目線で、一緒に生きていきたいって、ずっとそう思ってたの……。だから、せめて最後は、みんなと一緒に、ありふれた黒の民として、戦わせて欲しい」
 そう伝えると、クラッススはついに両方の目から大粒の涙を流し、泣き叫びそうな声を抑えるように、口を固く結びながら、首を縦に振った。
 
 ……きっと、私もこの国も、もう助からないだろう……。いつか、このような事態に遭遇することは覚悟していたけれども、事前情報もなしに、これほどわ大軍が迫ってくるとは、思ってもみなかった。一体、どのような変革が、サントニアにて起こったというのだろうか……。
 
 暗く傾いてゆく思考の中、はっとひとつの考えが思い浮かぶ。
 
 ――この国で生まれ育った私は、この戦いの中で命を落とそうとも構わない。……だけど、レイオスは? 彼は、この国にやってきてからまだ十数日しか経っていない。そんな彼を、この戦いの中で死なせるわけにはいかない!
 
 戦いに備えるための雑務を終え、私の傍らまで戻ってきたリュメに、レイオスの所在を訪ねる。
「リュメ! 今レイオスはどこにいるの!? 彼を、彼だけでも逃がさないと……!」
「クシェリ様……。私も城内を探索しましたが、レイオスの姿は見つけられませんでした……。ただ、城の周りを警備している兵に聞いたところ、全身に鎧を纏い、槍を持った一人の兵士が、城を出て森の方へと向かったそうです……」
「そんな!? まさかそれって……!!」
 凍えるような寒さが全身を駆け巡る。その鎧を纏った兵士と言うのは、きっとレイオスのことだ……! 
「リュメ! お願い! 今すぐレイオスを捜して!!」
 本来なら、その兵士がレイオスであるという確証はどこにもない。だけどこの瞬間、理解できない何かが、私の心に強くそう訴えかけていた。
 
 ――お願い、レイオス……どうか無事でいて……!!
 


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

処理中です...