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09. レザン村のチサ村長
「おや、オークさんこんにちは、いつも出迎えてくれてありがとうよ」
「ようこそ、チサ村長。道中危険はなかったか」
「おかげさんでのぅ、あんたが道を整備してくれたから、ずいぶん歩きやすくなったよ」
チサ村長はオークに勧められて、小屋の前に置かれた椅子に腰掛けた。
「はあ、どっこらしょっと。ありがとさんよ。まだまだ若いもんには負けないと思ってたが、年々体力が落ちてくるわ」
いくつか世間話をしたのち、オークはおもむろに、ユキナのことを切り出した。
「実は昨日、森の中で難儀していた若者を小屋に招いたのだ。まことに正直な、気持ちの良い人間だ。紹介しても?」
「オークさんがそう言うなら、いいとも」
オークの合図で、ユキナは小屋から出てきた。頭を下げて、きちっと挨拶をする。
チサ村長は優しい雰囲気の老婆で、ユキナの丁寧な挨拶にうんうんと頷き、感じの良い笑みを浮かべた。
二人の挨拶が済むと、オークが再び口を開いた。
「ユキナはニホンとかいう遠い遠い最果ての国からやって来られたのだと。森に迷い込んで困っていたところ、いつの間にやら女神から幸運を授かったそうだ。ユキナ、ステータスを村長に」
ユキナは頷くと、チサ村長にステータスを開示した。それを見たチサ村長は、感動の声を上げる。
「おお、ほんにのぅ、『女神ノルの幸運』を授かりなさるとは、なんとめでたいこと! それになんとまあ、稀有(けう)なスキルをお持ちで。自動翻訳と無限収納空間……この二つのスキルを活用して、旅商人をなさっておいでなのですね。なるほどなるほど」
チサ村長にそう言われて、ユキナはハッと気付いた。いつの間にやら自分のステータスに変更が生じて、名前のところがこんな風に表示されている。
――――――――――――――――
継未雪成/通称ユキナ/人間/二十八歳/旅商人
――――――――――――――――
どうやら、先程のオークとの会話で職業が決定されてしまったらしい。
(旅商人か。いいじゃないか。うん、この職業なら、他の人たちにもきっと怪しまれずにすむ。自動生成ステータス、便利だなぁ)
そんな風に思いながらユキナがにこにこしていると、村長はステータスを確認し終えて、言った。
「商人さんと出会えたのはちょうど良かった。実はわが村では、冬に向けて蓄えを準備しているところでの、何か分けてもらえるとありがたい。あまり高価な物は買えんし、物々交換になることもあるじゃろうが、それでもよければ、近いうちに村に立ち寄ってもらえますかの?」
「もちろんです! こちらとしてもありがたいお申し出です!」
「ほほ、それならお待ちしておるよ。ノル様のお目に留まったあなた様を、歓迎しましょう。ところでユキナさんは、当分の間、オークさんの小屋にお泊まりかの? それとも村での滞在をご希望かの? 粗末な簡易宿でよければ、提供できますが」
(え、どうしよ⁈ どうしたらいいんだろ、俺⁈ これ以上オークさんの迷惑にならないよう、出て行くべき? いやでも、これは村長さんの社交辞令で、村の人たちだって、余所者(よそもの)を泊めるなんて本当は迷惑かも……)
返答に詰まったユキナの代わりに、オークが助け舟を出してくれた。
「ユキナさえよければ、当分はこの小屋でもてなそうと思う。まあ、何もない小屋でたいしたことはできないが、ここには俺一人だけなので、気兼ねもいらんだろうし」
「そうじゃの、それがええ。村には子供たちが大勢おるし、ユキナさんの気も休まらんじゃろう。あの子たちは刺激に飢えとるから、珍しい旅商人さんに一日中付きまとうじゃろしの」
ほほほ、と村長が朗らかに笑う。ユキナはホッとして、オークに頭を下げ、感謝の気持ちを表した。
「そうじゃ、忘れるとこじゃった。あんたにお裾分けを持ってきたんじゃ。ありがたいことに今年は小麦も葡萄(ぶどう)も豊作での、ほれ、たんとあるから二人で分けて食べるといい」
村長の差し出した籠(かご)には、葡萄のタルトと思われる大きな丸い焼き菓子が入っていた。
「おお……これはありがたい。あとでいただくことにする。明日あたり、また薪(まき)を運ぶ予定なので、この籠の返却はその時でも構わないか?」
「もちろん。それでのう、オークさんや。いつも持ってきてくれる薪の量を増やしてほしいんじゃが、頼めるじゃろか」
「構わないが、どれぐらい必要だ?」
「各家に新しく作った薪小屋がいっぱいになるぐらい、欲しいんじゃ。もちろん、オークさんの都合のつくときに、数日に分けて運んでくれたらええ。来年以降は今年より消費量が増えそうなんでの、多めに蓄えておこうと思うんじゃよ」
「いいとも。いつも通り見返りは一切要求しないから、安心してくれ。ここに住まわせてもらうだけで充分だ」
オークの快諾(かいだく)に、村長はホッとした様子で笑顔になり、続けて言った。
「ありがとの、大助かりじゃ。薪作りはいつもなら村の男衆の仕事じゃが、今時分はやることがたんとあっての。今年はオークさんに引き受けてもらえて、ほんに助かっておる」
和やかなムードに、ユキナは緊張が解けていくのを感じた。どうやら村長をはじめ村人たちはみな、オークと友好的な関係にあるようだ。この分なら、村での商売も円滑にできそうだと、ユキナは胸を躍らせた。
(あれ? 俺……ワクワクしてる? 知らない人に会って、いわば営業するのに?)
ユキナは意外に思った。
人付き合いが苦手で緊張すると言葉が出てこなくなるユキナは、いつも失敗を恐れ、入念な準備をして商談に挑んでいた。この六年で慣れはしたが、苦手意識を払拭(ふっしょく)することはできずにいた。
はっきり言って、自分に営業職は合わない。ずっとそう思っていたが、大学卒業後、何十社も受けて内定をもらった唯一の会社だったため、転職先を探す気にもなれなかったのだ。
(まあ、旅商人として取り引きに出向くのは商談ってほどじゃないし、会社の歯車としての商いじゃなく、俺個人の小売りだし、気楽と言えば気楽……あ、そうか……)
ユキナは気付いた。
組織の一員としてのプレッシャーが、ないのだ。失敗しても、会社に迷惑がかかることはない。誰かに責められたり、次は結果を出そうと焦ったりしなくていいのだ。上司からの圧も、同僚からの白い目も、無能な自分への自責の念も、すべてない。
(そうか……)
パッと、目の前が開けたような心地になった。
(もう、俺、好きに生きていいんだ)
異世界で暮らす不安よりも、この先の自由度の高さに、心が躍る。
ユキナは、今まで自分を縛っていた見えない枷がすっかり取り払われたのを感じて、爽快な気分になった。
「ようこそ、チサ村長。道中危険はなかったか」
「おかげさんでのぅ、あんたが道を整備してくれたから、ずいぶん歩きやすくなったよ」
チサ村長はオークに勧められて、小屋の前に置かれた椅子に腰掛けた。
「はあ、どっこらしょっと。ありがとさんよ。まだまだ若いもんには負けないと思ってたが、年々体力が落ちてくるわ」
いくつか世間話をしたのち、オークはおもむろに、ユキナのことを切り出した。
「実は昨日、森の中で難儀していた若者を小屋に招いたのだ。まことに正直な、気持ちの良い人間だ。紹介しても?」
「オークさんがそう言うなら、いいとも」
オークの合図で、ユキナは小屋から出てきた。頭を下げて、きちっと挨拶をする。
チサ村長は優しい雰囲気の老婆で、ユキナの丁寧な挨拶にうんうんと頷き、感じの良い笑みを浮かべた。
二人の挨拶が済むと、オークが再び口を開いた。
「ユキナはニホンとかいう遠い遠い最果ての国からやって来られたのだと。森に迷い込んで困っていたところ、いつの間にやら女神から幸運を授かったそうだ。ユキナ、ステータスを村長に」
ユキナは頷くと、チサ村長にステータスを開示した。それを見たチサ村長は、感動の声を上げる。
「おお、ほんにのぅ、『女神ノルの幸運』を授かりなさるとは、なんとめでたいこと! それになんとまあ、稀有(けう)なスキルをお持ちで。自動翻訳と無限収納空間……この二つのスキルを活用して、旅商人をなさっておいでなのですね。なるほどなるほど」
チサ村長にそう言われて、ユキナはハッと気付いた。いつの間にやら自分のステータスに変更が生じて、名前のところがこんな風に表示されている。
――――――――――――――――
継未雪成/通称ユキナ/人間/二十八歳/旅商人
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どうやら、先程のオークとの会話で職業が決定されてしまったらしい。
(旅商人か。いいじゃないか。うん、この職業なら、他の人たちにもきっと怪しまれずにすむ。自動生成ステータス、便利だなぁ)
そんな風に思いながらユキナがにこにこしていると、村長はステータスを確認し終えて、言った。
「商人さんと出会えたのはちょうど良かった。実はわが村では、冬に向けて蓄えを準備しているところでの、何か分けてもらえるとありがたい。あまり高価な物は買えんし、物々交換になることもあるじゃろうが、それでもよければ、近いうちに村に立ち寄ってもらえますかの?」
「もちろんです! こちらとしてもありがたいお申し出です!」
「ほほ、それならお待ちしておるよ。ノル様のお目に留まったあなた様を、歓迎しましょう。ところでユキナさんは、当分の間、オークさんの小屋にお泊まりかの? それとも村での滞在をご希望かの? 粗末な簡易宿でよければ、提供できますが」
(え、どうしよ⁈ どうしたらいいんだろ、俺⁈ これ以上オークさんの迷惑にならないよう、出て行くべき? いやでも、これは村長さんの社交辞令で、村の人たちだって、余所者(よそもの)を泊めるなんて本当は迷惑かも……)
返答に詰まったユキナの代わりに、オークが助け舟を出してくれた。
「ユキナさえよければ、当分はこの小屋でもてなそうと思う。まあ、何もない小屋でたいしたことはできないが、ここには俺一人だけなので、気兼ねもいらんだろうし」
「そうじゃの、それがええ。村には子供たちが大勢おるし、ユキナさんの気も休まらんじゃろう。あの子たちは刺激に飢えとるから、珍しい旅商人さんに一日中付きまとうじゃろしの」
ほほほ、と村長が朗らかに笑う。ユキナはホッとして、オークに頭を下げ、感謝の気持ちを表した。
「そうじゃ、忘れるとこじゃった。あんたにお裾分けを持ってきたんじゃ。ありがたいことに今年は小麦も葡萄(ぶどう)も豊作での、ほれ、たんとあるから二人で分けて食べるといい」
村長の差し出した籠(かご)には、葡萄のタルトと思われる大きな丸い焼き菓子が入っていた。
「おお……これはありがたい。あとでいただくことにする。明日あたり、また薪(まき)を運ぶ予定なので、この籠の返却はその時でも構わないか?」
「もちろん。それでのう、オークさんや。いつも持ってきてくれる薪の量を増やしてほしいんじゃが、頼めるじゃろか」
「構わないが、どれぐらい必要だ?」
「各家に新しく作った薪小屋がいっぱいになるぐらい、欲しいんじゃ。もちろん、オークさんの都合のつくときに、数日に分けて運んでくれたらええ。来年以降は今年より消費量が増えそうなんでの、多めに蓄えておこうと思うんじゃよ」
「いいとも。いつも通り見返りは一切要求しないから、安心してくれ。ここに住まわせてもらうだけで充分だ」
オークの快諾(かいだく)に、村長はホッとした様子で笑顔になり、続けて言った。
「ありがとの、大助かりじゃ。薪作りはいつもなら村の男衆の仕事じゃが、今時分はやることがたんとあっての。今年はオークさんに引き受けてもらえて、ほんに助かっておる」
和やかなムードに、ユキナは緊張が解けていくのを感じた。どうやら村長をはじめ村人たちはみな、オークと友好的な関係にあるようだ。この分なら、村での商売も円滑にできそうだと、ユキナは胸を躍らせた。
(あれ? 俺……ワクワクしてる? 知らない人に会って、いわば営業するのに?)
ユキナは意外に思った。
人付き合いが苦手で緊張すると言葉が出てこなくなるユキナは、いつも失敗を恐れ、入念な準備をして商談に挑んでいた。この六年で慣れはしたが、苦手意識を払拭(ふっしょく)することはできずにいた。
はっきり言って、自分に営業職は合わない。ずっとそう思っていたが、大学卒業後、何十社も受けて内定をもらった唯一の会社だったため、転職先を探す気にもなれなかったのだ。
(まあ、旅商人として取り引きに出向くのは商談ってほどじゃないし、会社の歯車としての商いじゃなく、俺個人の小売りだし、気楽と言えば気楽……あ、そうか……)
ユキナは気付いた。
組織の一員としてのプレッシャーが、ないのだ。失敗しても、会社に迷惑がかかることはない。誰かに責められたり、次は結果を出そうと焦ったりしなくていいのだ。上司からの圧も、同僚からの白い目も、無能な自分への自責の念も、すべてない。
(そうか……)
パッと、目の前が開けたような心地になった。
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