侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

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第23話 再戦

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 翌日、稽古後の天流剣術道場にまた沖田幸四郎がやって来た。今度は道場主の斎藤ではなく息子の新之助が応対した。昨日と同じく道場の方へと案内する。今日は話をしにきただけなのに、座敷ではなく道場なのかと沖田は不思議に思ったが、黙ってそのままついて行った。

 道場に入ると、その中央に累が目を瞑り正座をしていた。その姿を見て沖田は声をかける。
「中沢殿、それで答えはいかがなりましたでしょうか」
 声に反応して累は目を開く。そうして沖田に向かってこういった。
「少々思う所がございまして。お手数をおかけしますが、もう一度お手合わせの方をお願いできますでしょうか?」
 それを聞いて沖田は一瞬考えた素振りをする。女慣れしている彼は、丁寧な物言いであっても女の発言の調子を微妙に読み取ることができる。これは何か機嫌を損ねるような事があったに違いない。そういう時は理由を聞いたりしてはいけない。放置するのが一番だ。稽古で体を動かせば、或いは気持ちも晴れるのかもしれない。

「承知しました。もう一度お手合わせ致しましょう」
 そう言って沖田は昨日と同じく、道場の壁に掛けてあった木刀を一本手に取ると、道場の中央に進んで累に対峙した。
 新之助は道場の隅に座してその様子を見守る。両者が中段に構えた所で累は深呼吸をした。そうしてその目は真紅に染まる。

 昨日とは違い最初に攻撃をしかけたのは累の方だった。沖田が昨日と同様に右肩に木刀を担ぐように構えた所で、もの凄い速度で累の木刀は沖田の面に向かって打ち込まれた。しかしそれをかろうじて沖田は横に寝せた自分の木刀で受ける。そうして受けた勢いそのままで。木刀で半円を描きながら累の胴を狙って振って来た。それを累も自分の木刀をひいて受ける。そうしてすぐに後ろに下がって距離を置いた。が、静止することなく今度は前に進み出た。同時に突き技で沖田の喉元を狙う。沖田は昨日と同じく首を横に振ってそれをよけようとしたが、累の木刀の先は途中で軌道を変えて、喉ではなく沖田の右肩を突いた。沖田は肩をひいて威力を落としはしたが、木刀の先端はその体を押した。一瞬バランスを崩した沖田に今度は間髪入れずに左肩を狙って累の木刀が振り下ろされる。沖田はかろうじてそれを木刀で受けるが、受けたとたんにまた累は後ろに下がって、すぐにまた突きを繰り出して来た。今度はそれは沖田の喉よりも下に命中した。その痛みに沖田の構えは一旦下に下がる。

 そこから累の怒涛の打ち込みが始まった。足さばきで前後に動きながらありとあらゆる方向から木刀が沖田に打ちおろされる。何本かはかろうじて受けたものの、その半分以上は沖田の体を殴打した。体だけではない、その美しい顔にも容赦なく木刀は振り下ろされた。左頬に木刀を打ち込まれたところで沖田は堪らず後ろに下がると、参ったと言いながら頭を下げた。

 その言葉を聞いて累は打ち込みをやめ、後ろに下がって床に正座した。
 沖田も同じく木刀を置いて床に正座したが、先ほど打たれた右ほおは見る見るうちにはれ上がっていく。体のあちこちも痛むのか手をあてがっている。言葉もなくうなだれる沖田に累はこう言った。

「昨日は調子が悪かったようだ。しかしこれでは話になりませんね。法具の方は私が預かることに致します。もし持っていかれるたいという事であれば、もっと腕の立つ方を寄こしてください」
 累はそう言ってから新之助の方を見た。新之助は今までの二人の壮絶な戦い……いや、累の一方的な打ち込みを見て内心震えあがっていた。

「新之助殿、沖田殿はお帰りの様だ、玄関までお送り願えるか」
「ふぁい」
 緊張のあまり新之助の返事はおかしなものになってしまったが、それでも玄関まで沖田を誘導してくれた。沖田は自分の体のあちこちを触りながら終始無言だった。道場に一人残された累は誰もいない空間に向かって声をかける。
「今日の動きはどうであったかな綿二殿」
「へぇ、あっしと手合わせした時よりも鋭かったですね。 なんかしらの理屈があるんですかね?」
「私にもよく分かってはいないのだ。どうも我が一族の特異体質は、感情でその能力が変わるという事らしい。しかし感情とは言っても自覚している頭の中は至極冷静なのだがな」

「へっへっへ。あっしと同じでその目は特異体質の現れなんですね。しかし争いごとだけじゃなくて男を見る目も鍛えた方がいいですぜ」
 綿二のその言葉に累は返す言葉が無かった。
「沖田の旦那は性格はともかく剣の腕では、うちの組では右に出るものはいやせんからね。それがああ子供同然にあしらわれたんじゃ、他の組の者が果して来るかどうか……うちらの大将が出張って来るかもしれませんね」
「大将? それはどのような人物なのだ?」
「ん? それは剣の腕の話ですか? それとも面相の話ですかい?」
「いや、その総合的な話だ」
「とりあえず言っておくなら妻子持ちですから、変な期待はしない方がいいですぜ」

●●●●●●●●●●●●

 翌日は沖田は当然道場には現れなかった。顔はともかくあれだけ滅多打ちにされれば、当面はまともに動くこともできないだろう。しかし無傷の累は稽古の後斎藤に呼ばれて、道場ではなく座敷の方で向かい合って茶を啜っていた。昨日は不在だった斎藤だが新之助から事の顛末を聞いていたのだ。

「いや、てっきり婿入り候補かと思っておりましたが、滅多打ちにされたそうですな」
 先に口を開いたのは斎藤だった。
「お恥ずかしい限りです。一昨日は見た目に呆けたというか、どうにも亡き父上に面目も立ちません」
「お父上の直光殿も不思議な技をお持ちでしたが、自分は一族としての血は薄いと申されておりました。累殿はその素養を色濃く受け継いだと、以前文には書かれておられましたな」
「私自身、この赤い目の力についてはよく分からないのです。斎藤殿は父から何かお聞きになってるんでしょうか? 緒方殿は何かご存知の様ですが何も教えてはくれませぬ」
「拙者も詳しくは聞いていないのですよ。ただ一族の伝承などは書にまとめられていて、相応の立場になった時には伝わるようになっているみたいなことは言っておりましたな」

「相応の立場とはどういった事でしょうね?」
「子をもつ……つまりは所帯を持つという事ではないのでしょうか? 私との修業時代に直光殿も分かっていないという事は、元服という事でも無さそうだ」
「しかしその書というのは、一体誰がどこに保管しているのでしょうか? もしかして同じ一族が他にもいるのでしょうか?」
「いや、私もそこまで詳しくは知らないのです。緒方殿は何かご存知かもしれませんが……」
「斎藤殿と父上はなぜ緒方殿を師事される事になったのでしょうか?」
「全くの偶然ですな。ん? 中沢殿はどなたかからの紹介では無かったかな? そのあたりも緒方殿であればご存知のはず。聞いてもお教えいただけないのなら、何かしらの事情があるのでしょう」

 そこまで話して斎藤はまた一口茶を啜った。
「それで累殿は昨日から又、緒方殿の所に戻られたのだとか……」
「はい、色々と状況が変わりまして、佐吉殿の所に居候を続けると逆に彼に危険が及ぶとも限りません。昨日緒方殿に相談したところ、ならばうちにいた方がいいだろうとおしゃっていただきました。心苦しくはありますが、緒方殿であれば滅多な事で相手に後れを取ることもありますまい」
「まぁ隠居の振りを決め込んでますが、あの剣技を超えるものなどこの江戸にいるのかどうかも怪しいですからな。ああ、緒方殿も独身と言えば独身でしたな」
 そう言って斎藤は高笑いをした。
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