やさぐれ令嬢は高らかに笑う

どてら

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悪役と手下

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 アイリーン・ベーカーはどうしようもない我儘でいつも偉そうにアイザックの横を陣取っている、そんな噂を囁かれるのに時間はかからなかった。


 アイザックについて行った茶会でも表向きは歓迎されていたが若干顔をひきつらせている者が何人も居た。
「どうしてあの子もいるの?」
「だってアイザック様がどうしてもと」
「でもあの子にもし認められてみなさいよ、家族公認って事にならない?」
「えっ、アイリーン様にお姉様って呼ばれるの!? 何それめちゃくちゃ頑張る」
一部妙な声もあったが概ね順調だ。アイザックに来ていた茶会の誘いも私のところに回ってくるようになった。アイザック個人を誘ってもどうせ引っ付いてくるので最初から私の機嫌を取り運が良ければアイザックも来るかも.......という期待をしているらしい。



「順調すぎて怖いくらい」
「お嬢様の悪人面よりマシだと思いますよ」
常に失言護衛のルイがいつもの無表情で言い放つ。招待状一つ一つに目を通しているとサラが紅茶を淹れてくれた。私が悪役令嬢になると宣言したことを二人は知っている、これから多大な迷惑を被るだろうがこれといって苦情はきていない。サラもルイも私がアイザックを思ってのことだと理解してくれているのだろう、ありがたい限りだ。
「少しお休みになっては?」
「大丈夫ですよ。今が大事な時期なので土台はきっちり積み上げて置かないと」
差出人を確認し、仕分けていく。返事を出す順番や定型文にも手を加えないといけないな。アルフレッドから貰ったリストに隈無く目を通しこれから築き上げたい関係性を頭に入れながら返事を.......。

「お嬢様」
サラがピシャリと声を張り上げた。驚いて彼女を見上げると何か言いたそうにでも言いにくそうに顔を歪めている。
「サラ?」
「.......あまり無茶をなさらないように」
その圧のある物言いに黙りこくって頷くとサラは頭を冷やしてくると言って部屋を出ていってしまった。
「何だったのでしょう?」
「最近家内でもお嬢様の悪評が広まっていて機嫌悪いんですよ」
こっそり耳打ちしてくるルイ。
「悪評?」
「ほら、お嬢様の内情はこの家に仕えるものならいずれ知ることでしょう? リリアン様の肩を持つ使用人達がこぞってお嬢様の悪口を言ってるんです」
そりゃ向こうからしたら愛人の子がいきなり家に来てアイザックに甘え好き放題しているように思えるから仕方ないな。むしろベーカー家にまでちゃんと浸透していることを喜ぶべきだろう。
「サラは根が真面目だから」
彼女は仕える主に忠誠を尽くすタイプだ。主としては嬉しい限りだがこの状況だと申し訳ない気持ちが溢れてくる。
「先日も少々揉めたようでして」
「えっ!?」
大変じゃないか、何か傷つけられるような目に合わされたんじゃ.......。
「リリアン様の付き人達と『チキチキどちらがより優れた主か対決!?』をして口論になっていました」
「平和そうで何よりです」
まぁ実際問題侍女同士が喧嘩沙汰を起こせば即解雇だし、妥当か。ただでさえ忙しいのに彼女たちは日々どうやって過ごしているんだろう?

「ルイは何か言われたりしましたか?」
「自分はそもそも他人に認識されないので」
可哀想な人みたいになってるな。
隠密を極めている彼は私の前以外だと殆ど可視化しない。


「もっと別のやり方は無かったんですか?」
「今はこれが一番手っ取り早いんです」
そうは言ってもまだ若いサラにあまり負担をかけるぐらいならいっそ侍女を交代させるのも手か? けど日替わり制にすると人柄を把握しづらい分警戒しないといけなくなる。
「どうしたものか」
「そうやって一人で抱えるからサラが心配するんですよ、あと悩んでる時ぐらい手を止めたらどうです?」
私の手元にあるのはレベッカ・ダミアン嬢から届いた茶会の誘い状だ。宛名はアイザックではなく私、彼女も私に取り入るメリットを理解したらしい。レベッカには先ず近づくとしてダミアン家には一人黙認できない人物がいる。

クロード・ダミアン、レベッカの一つ上の兄だ。アイザックの親友でありながらライバル令嬢の兄。しかし意外な事に彼は正規の攻略対象ではなかった。
ゲーム内では設定をいじることで攻略対象になる幻のルートが存在するとかしないとか都市伝説並に騒がれていたようだが、熱狂的だった郁でさえ最後まで攻略できなかった。主人公とは付き合う気がまるで無い稀すぎるキャラクターだ。
どこまでも主人公とアイザックの関係を応援し相談に乗っていた人物であり、また唯一アイリーンの悪行を庇う発言をした人物でもあるらしい。郁曰く「クロードはアイリーンのことが好きだったのよ!」らしい。
勿論私自身鵜呑みにしているわけじゃないが、クロードがアイリーンに対して理解があったのは事実だ。アイザックの親友としての立場なら出来ることも多いだろう。こちらとしても引き込めるなら彼の協力を仰ぎたい。

 だからレベッカから誘われた茶会にはアイザックも連れていくつもりだ。こちらが彼女に好意的であることを示して向こうの出方を見よう。

「ほらお嬢様、お茶でも飲んで休憩しましょうよ」
「ルイの淹れた紅茶は不味いので嫌です」
早く戻ってきてくれないかな~サラ。
「二人には面倒をかけますね」
私の呟きにルイは穏やかな口調で言った。
「それも仕事のうちですから。お嬢様が悪役令嬢? なら差し詰め自分達は悪の手先ってところですね」
「嫌ですか?」
「いえ、どちらかといえばカッコイイです」
ルイは右手が疼く年頃なのか?



「お嬢様!!」
やっと戻ってきたサラが珍しく取り乱した様子なので私とルイは何事かと身構えた。
「お手紙がっ、ブラウン・ギルバート様からの返事が届きましたよ!!」
「えっそんな事!?」
ルイは敵襲かと武器まで構えているのに。
「そんな事とはなんですか。婚約者からの文ですよ? 甘酸っぱい文通ですよ?」
サラは堅物そうな見た目に反してロマンチックなところがある。私とブラウンの関係もゆくゆくは乙女が夢見るような淡い恋愛になると信じているようだ。まぁ、彼女の機嫌が直ったなら今回はブラウンに感謝しておこう。

「さあ早く読んで下さい!」
「分かりましたよ」
私は手紙に目を通し、固まった。
「お嬢様? どうされました? もう、焦らさないで下さいよ」
「.......ません」
「はい?」
「読めません」
分からない言語があったわけじゃない。言語が書かれているのかすら分からないのだ。手紙にはミミズの水墨絵だと言われた方がまだ納得が出来る文字が羅列していた。字が汚すぎるぞブラウン。
「これは、酷い」
サラも顔を顰めながら唸っている。ルイは無表情で肩を震わせていた、多分笑ってるな。




 私は速やかに「解読不可能」と書き綴りブラウンへ返事を出す。





後日「お前のせいで家庭教師をつけられることになった、どうしてくれる」と何とか読める字になって返ってきたのは別の話だ。



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