TS女子になるって、正直結構疲れるもんですよね。

星加のん

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第一章 Boy Meets Girl

第2話 Controversy

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 ただ今、我が華名咲かなさき家のリビングには祖父母、叔父叔母、従姉弟、父母に妹が大集結中。
 ちなみに我が家はちょっとしたビルになっていて、地下は駐車場、一階がコンビニと雑貨店、二階はテナントオフィスで、三階が叔父さんたちの家族、四階がうちの家族、五階が祖父母のそれぞれの住居となっている。
 華名咲家は代々事業をやっている財閥系で、今では結構手広く展開しているらしい。先日まで通っていた我が母校も、その系列事業とのことだ。
 さらに言うと、階下に住む従姉弟たちの両親、つまり俺から見ると叔父さん叔母さんはそれぞれが、俺の両親と双子の兄弟姉妹同士という関係なのだ。
 叔父さんは俺の父親の双子の弟で、叔母さんは母の双子の妹ってことになるのかな。あれ、伯母さんが姉だったかな? ちょっと分かんなくなったがまぁ概ねそんな感じだ。
 そんな家庭事情なので、同い年の従妹の秋菜あきなとはちっちゃい時からいつも一緒で、それこそ双子の兄妹のようにして育った。両親同士がそっくりなだけに、俺たちの外見もよく似ているしね。
 それで秋菜の下には弟の祐太ゆうたっていう今度中学二年生なるのがいて、うちには今度六年生の梨々花りりかっていう妹がいる。お互い従兄妹って言うよりか兄弟姉妹みたいなもんだけどな。
 その親族たちが今うちのリビングに大集結して何をおっ始めようとしてるのかって言うと、親族会議ということになる。俺がこんなことになっちゃったんでね、俺の家族の引越しのこととかもあるし、まぁその関係で。

 そして今、親族一同が父親によるプレゼンを聞かされながら、俺はリビングの外で出番を待っているという状況。
 親父はなんかプロジェクターとKeynote使って張り切ってプレゼンをしている。何のプレゼンかざっくり言うと、俺が女の子になってしまったっていうことについて。途中、いかに女の子になってしまった俺がかわいいかっていう話をちょいちょいぶっ込んでくるのには息子としてはドン引きだったが、リビングの皆が妙に熱い雰囲気で盛り上がっていそうな気がするのが些か心配だ。

 そろそろ入っていいはずなんだが、親父がまた引っ張りに引っ張ってるもんだから、正直タイミングを逸してしまった感がある。というか、こんなプレゼン形式で始めたもんだから、親族会議というよりはむしろ何かの新作発表会といった趣になっている。新型俺、誕生みたいな。
 それにしても、息子が女の子になってしまうというこの珍事件。いや息子っていうのは隠喩的な意味じゃなくて、あ、珍事件っていうのも別に引っ掛けてないから変に勘違いしないで欲しいんだけども、参ったな……。
 いやそんなことはどうでもよくて、要は俺の性転換問題だ。
 世間一般的にはこれはつまりタイ辺りで手術しましたとかそういうことでしょ? それを親族一同にカミングアウトする状況っていうのを想像するとかなりの緊張感を禁じ得ないんだが、うちの家族の反応にはそういう重さっていうものが皆無だった。むしろ歓迎ムードっていうか、祝福ムードっていうか、ひょっとして男としての俺って嫌われてたの? って疑いたくなるレベル。

 悩みに悩んだ末、最初に俺の体の変化に気づいた母には、俺の男の砦が陥落してしまったことをやはり最初に打ち明けることにした。
 それはいいんだけど、その日は赤飯は炊くは張り切って女の子の体についてのレクチャーを始めるは、そりゃもう大変な騒ぎだった。
 赤飯炊くとか一体何がめでたかったんだ? ちなみに今のところ俺に生理は来てませんし? って、考えただけでゾッとするわ。近々来るのか、俺にも? いやいやそれは怖いって。
 で、母から説明を受けて、女の子になった俺を見た妹は、最初こそ動揺した様子だったが、すぐにお姉ちゃんお姉ちゃんと懐いてきてびっくりである。だって俺は思春期真っ只中、妹だって難しいお年頃で、最近じゃあんまり会話のやり取りとか無くなってたんだよ。
 ま、その代わりってわけでもないんだが、今までは秋菜のことをお姉ちゃんお姉ちゃんって慕ってたんだけど、今や俺が女性化したら見た目は一層秋菜にそっくりになっちゃったもんで、妹としてもあまり違和感なく馴染みやすかったのかね。よく分からんが。
 そして親父である。最初は俺のことを秋菜だと思って、何かのドッキリだろうって疑ってまるで信じちゃくれなかったんだけど、実際に秋菜にその場で電話して話した結果ようやくという感じで信じてくれた。
 それまではまぁそれなりに大変だったんだ。本物の夏葉かようだったら、脱いでチン◯ン見せろなんて言い出したりしてね。いや、だから無くなっちゃったんだっつうのにさ。知らない人が見たら娘に向かって何ていうセクハラをする父親だってことになるわ。
 そして最終的には、子供を二人も嫁に出さなきゃならないのかって泣き出しちゃう始末で大変だった。

 言われてみると俺、このまま男に戻れないようなら、男と恋愛して結婚して出産とかいう未来が待ってるの? そんなのおぞまし過ぎるって。つまり恋愛とか出産とかってことはあれだよね。その、あれだよね? 俺が男とあれだよね!? あり得ないし。絶対あり得ないし! 一気に俺の未来に暗雲が立ち籠めてきたわぁ。
 それはそれとして、取り敢えず俺自身はもちろん今回のことでとんでもなく動揺しまくりだし、不安でいっぱいな状況なんだけど、今はひとつそういう気持ち的なことについては置いておくことにしている。俺のせいで家族の引っ越しはどうなるのか、俺は当面どういうスタンスで行けばいいのか……方針が決まらないことにはどうにもならない。
 だって外見が女の子になっちゃったけど、決して望んだことではないんだし、俺自身中身はまるっきり男のままだよ? そういう方針的なことをきっちり詰めていかないと話が前に進まないと思う。
 というわけで何よりまずは今回の親族会議だ。
 今日ここに集まっている親族は、多分一般的な親族関係よりもちかしいだろうと思う。俺たちなんて生まれた頃から一緒にいたようなもんだ。叔父さん家なんてそれこそ我が家と変わらず行き来してきたし、小さい頃は親同士がお互い俺たちのことを預けたり預かったりというのもしょっちゅうあったし。
 しかしそんな仲だとしても、いやもしかするとそんな仲だからこそかもしれない。すっかり変わり果ててしまったこの姿を晒すっていうのは、もの凄く抵抗を感じることなのだ。正直言うと恥ずかしい。叔母さんとかめっちゃ弄ってきそうだし。
 あぁ、もう泣きてぇ……。なんて思ってたらついにその時が来てしまった。

「さて、大変長らくお待たせいたしました。いよいよ発表です。わたくし、皆さんにお披露目できるこの時を待ちに待っていました。それでは新型夏葉かようです。どうぞ!」

 案の定、新型が出た事になりました。居た堪れない感が酷いがここは行くしかない。意を決してリビングに入ると、「おぉ」という静かなどよめきが起こった。
 叔父さんは「秋菜だ、秋菜が二人いる」と呟いていた。
 お祖父ちゃんは「あれは秋菜だろ?」とお祖母ちゃんに確認している。やはり秋菜と見間違えているようだ。ていうか秋菜そこにいるのに。耄碌もうろくするにはまだ早いぞ。
 お祖母ちゃんは「あら、カー君、かわいくなったのねぇ~」と喜んでいた。
 祐太は「げっ」と言葉にならない声を発したきり言葉が見つからない様子だ。分かるぞ、祐太。秋菜が二人いるなんて最悪だな、お前にとっては。
 そんな中、叔母さんの目はひときわ輝いていた。

「いやぁ~ん、今日から秋菜ちゃんと夏葉ちゃんは双子の姉妹になったのね。わたし、俄然張り切っちゃうわ」

 なんておかしなことを言っているが、俺たち従姉妹同士だから。ていうかいきなり女になってしまった俺の方がむしろおかしいな、うん。
 妹の梨々花は、しきりに俺と秋菜とを見比べながら目が行ったり来たりしている。実際に秋菜とツーショットで現れるのは女になってからは初めてだしな。
 で、さっきから俺そっくりと言われている秋菜は、ぽかーんと口を開けて俺を見ている。
 まぁそうだろう。それこそ双子の兄妹のようにして育ってきた俺が、いきなり女になってしまって、しかもあろうことか自分そっくりとは。流石にどうリアクションしていいのかさっぱり分かるまい。俺もそうだからな。

「ちょっとカー君、せめてその眉毛なんとかしようよぉ。わたしとおんなじ顔してそういう所ちゃんとしてないとか許せないんだけど」

 あれ、ぽかーんとしてた理由そこだったの? そんなこと言ったってな、いきなり女になったばっかりで、そんな女々した細かいことまで気が回るかって言う話だ。一応、男の身だしなみとして軽く眉は整えているんだけどなあ。
 秋菜の奴は俺の頭の天辺からつま先まで、穴が空くんじゃないかと不安に思えるくらいに観察した挙句、結局また不満そうな顔をしている。

「伯父さんたち、話し進めてて。ちょっとカー君借りてくね」

 秋菜は俺のすっかりか細くなった二の腕をガシっと掴むと強引に引っ張って部屋を出た。

「ちょちょちょ、何だよいきなり!」

「いいから。うち来て」

 そのまま引き摺られるかのように秋菜の部屋へと連行された。

「適当に座ってて」

 秋菜はメイク道具を出してきて、俺の頭からヘアバンドすっぽり被せて、ぐいっと引き上げた。

「眉毛整えるからちょっとじっとしてなよね」

「うふぇ、大丈夫か?」

「何が? いっつもやってるから全然平気だよ」

「い、痛くしないでね」

「ぷっ。やだ何よそれ。なんかカワイイんだけど」

 笑いつついつの間にか秋菜は毛抜きを右手にしており、手際よく俺の眉毛が引き抜かれた。

「あいたっ!? いってぇ~よ」

「ちょっと。カワイイ声でそういう言葉遣いしない・のっ」

「痛っ」

 最後の「のっ」で思いっきりぶっこ抜かれてまた悲鳴が出てしまう。

「大袈裟。言うほど痛くないでしょ?」

「いってぇよ、馬鹿秋菜」

「だからぁ、そういう言葉遣いはやめな・さいっ」

「あ痛ーーーっ! ちょ、お前さぁ。いい加減にしろよ、痛いんだっつってるだろうがぁ!」

「あ~、カー君かわいくない。そのしゃべり方が全然かわいくないよ」

「うるせぇよ。俺は中身は男なんだからかわいくなくっていいの!」

「はぁ? 何言ってんのよあんた。わたしとおんなじ顔してかわいくないとか、やめてよね。あんたの恥はわたしの恥なのよ!」

「お前さぁ。自分で自分のことをかわいいとかよく言えんな。それこそあり得ねぇわ。性格ブスなのか?」

「フッフーン。何? カー君は秋菜のことかわいくないと思うんだ? ふーん、そっかそっか、そうなんだ?」

「別にそうは言ってないだろ。自分で言うなよって言ってんの!」

 実際、秋菜は美人でカワイイとは思う。思うけど、ちっちゃい頃からいっつも自分のことカワイイでしょカワイイでしょってうるさいのだ。そのくせ他所様ではそんな態度おくびにも出さないところが腹が黒いっていうか、まぁなんかイラッと来ることもあるわけだ。

「いいじゃん別に。カー君にしか言ってないよ。ていうかさ、カー君って絶対カワイイって言ってくれないじゃん。だから自分で言ってんの! 女子力磨け、このにぶちんがぁ」

 似非金八先生風の口真似と共にクッションが飛んできて俺の顔面直撃。全然痛くないけど。

「あぁ? 女子力とか今関係無いし」

「チッチッチ。分かってないなぁ、夏葉ちゃん」

「夏葉ちゃんって言うなし」

「照れてんの? あらかわいい。夏葉ちゃん」

 なんて腹の立つ。これ以上まともにこいつの相手してたら切れそう。

「もういいか? 皆を待たせてるから戻るぞ」

「ダメダメ。まだ全然途中なんだから! ステイ! オスワリ!」

「はぁ……。マジムカツクわ。何だよ、さっさと終わらせろよ」

「ハイハーイ。じゃぁ、いちいちギャーギャー騒がないこと」

 その後も恐怖の眉毛抜きはしばらく続いた。まぁ、何となく慣れてきたんだけどそんな自分がこれからどうなって行くのか想像するとちょっと怖い。

「はい完成。じゃあ今度は軽くメイクするからね」

「ちょっとちょっと。メイクとかいらねえよ。てかやっと中学卒業したばっかりなのにもうメイクとかしてんの?」

「してるよぉ。早い子だと小学生でもしてるんだよ? 高校生ともなれば普通にしてるって」

「マジかよ。んじゃあ梨々花とかもしてんの?」

「いやぁ~、梨々花はまだしてないよ。てかする必要ないもん。あんなお肌つるっつるの肌理きめ細かい小学生にはいらないって」

「なんか言ってること矛盾してんじゃね?」

「全然?」

 言いながら秋菜はテキパキと手際よく化粧を施していく。メイクって言うからどんな作り込みをされるのかと戦々恐々だったが、考えてみれば秋菜だってメイクしてるかどうか俺なんか気づかないぐらいだし、結果は確かにスッピンとは違ってるんだが、極めてナチュラルな仕上がりだ。

「ほら、どうよ。結構かわいくない?」

「うむ。さすが俺。超絶美少女|(キリッ)」

 ドヤ顔のキメ顔でおどけて言ってみせると、秋菜も満更でない様子でニヤニヤしている。断っておくけど俺が美少女って自分で言ったのは、腹黒秋菜のとは違って、あくまで戯けて言っただけだからね。

「はい、超絶美少女いただきましたぁー。うふふ、嬉しい。カー君から超絶美少女って言われちゃったぁ」

「アホか。秋菜のこと言ったんじゃないし。オ・レ・の・こ・と・だ・よ!」

「ふふーん、十分です。だってカー君とワタシの顔、ほぼ一緒じゃん。カー君が褒められたらワタシも褒められたってことよ」

「ちっ、都合のいい奴」

「その代わり、カー君が間抜け面下げて歩いてたら秋菜の恥になるんだから、くれぐれもちゃんとしてよね」

「ていうかやっぱそんなに似てる? 俺ら」

「似てる似てる。本物が言うんだから間違いないよ」

「本物言うなし。俺が偽物みたいじゃねーかよ」

「ワタシの方が先にこの顔やってんだから本物でしょ。はい次、着替えるよ。服脱いで」

「はぁっ? 着替えとかいいよもぉ、早く戻ろうぜ」

「いいから、さっさと脱ぐ」

「いやいいってマジで。恥ずいわ」

「ていうかあんたさ、ブラ着けてなくない?」

「当たり前だろ。変態さんか、俺は」

「ちょっとやめてよね、ノーブラとか。ノーブラで出歩かれる方がむしろ変態っぽいわ。ちゃんとしないと形崩れちゃうよ。お婆ちゃんみたいに垂れったれになっちゃうぞ。うちのお祖母ちゃんはキレイだけども」

「うーん。確かにそれは嫌かもな」

「でしょ? ていうかさ、あんたブラ持ってないの?」

「持ってるわけ無いだろ! 持ってたらマジで変態だろうが。バッカじゃねーの?」

「うーん、見たところ、まだバストはワタシの域に達していないようね」

「何勝ち誇ってんだよ。男に勝って嬉しいか」

「ふっふっふ。まだまだだね、夏葉ちゃんも。うふふ」

「キモいぞ」

「しょうがないな。わたしの中二の頃のブラ使ってみる?」

「あのなぁ~。恥じらいとかないのか? 他人に下着貸したりして気持ち悪くないの?」

「え、だってカー君だよ? 全然。ちっちゃい時から一緒にお風呂も入ってたし、パンツだって貸し借りしたことあったよ。秋菜は平気だけど? え、何。カー君わたしのブラ気持ち悪いわけ?」

「いや、そういうことじゃないだろ。秋菜の下着つけてる俺とかキモいだろうが。うわ、言ってて気持ち悪いわ。そもそも女同士でも下着の貸し借りとかしないんじゃね?」

「う~ん、そう言われればあんまりしないかな。でも初めてのブラがお姉ちゃんのお下がりって娘は結構いるよ? わたしは平気だし」

「だからそうじゃなくて、そんなことしたら俺が変態みたいだろうが」

「え? 全然。だってカー君女の子じゃん」

 ……。
 まぁそこを突かれるとぐうの音も出ないわけなんだが。
 抗う気力をマルっと持って行かれて絶句した俺は、こうしてなし崩し的に削り取られていく、男としての矜持きょうじみたいな大切な何かを切ない気持ちで見送りながら、俺、人生初ブラジャーを着けました(泣)。
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