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第一章 Boy Meets Girl
第13話 Salade de Fruits
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入学から三週間ほども経っただろうか。新生活にもちょっとは慣れてきたかという頃、クラスでの席替えイベントがあった。基本的には定番のクジ引き方式で、視力等の事情を考慮して調整を図るという感じだ。
ぶっちゃけ俺としては窓際が好みだが、窓際は紫外線を浴び続けるので絶対避けろと秋菜から口を酸っぱくして言われていた。Dioskouroiのモデルとして撮影もあるので、あまり日焼けとかはよろしくないらしい。面倒くさいが一応は仕事として請け負うわけなので、責任を持たなくてはならないと思っている。
最終的には廊下側の後ろから三番目の席に落ち着いたので、今までとそう代わり映えのしない席になった。今度は隣に楓ちゃん、後ろに友紀ちゃんという、何かの力が働いたのじゃないかというような席順となった。俺の前の席は、十一夜圭という男子になった。
十一夜君は細身でシュッとした感じの女子に受けそうなタイプの男子だ。
プリントを回してくるときの指が長くて手がきれいで、どことなく色気がある。十一夜君はクラスの女子たちの間でも話題に上ることの多い名前で、かなりの人気があるようだが、本人は至ってクールな感じで、あまり女子と積極的に関わろうとはしなかった。
そんな彼と席が近くになって、俺や楓ちゃんは結構女子たちから羨ましがられたりしたのだが、もちろん俺的に十一夜くんと近くになったからといってちっとも嬉しいことはなかった。別に嫌なこともないけどね。
十一夜君について強いて言うとすれば、細い割に広い背中に俺が隠れてしまうのがメリットでもあり、ノートを取るとき邪魔になることもあるのがデメリットというくらいかな。
隣の楓ちゃんは授業中にチラチラと俺のノートを気にしていた。まぁ、自慢する気はないが俺のノートはよく整理されていると中学の頃も評判だったので、大方俺のノートに興味を持ったのだろう。そして最終的にはノート見せてと言ってきた。
勉強はなるべく授業内で終わらせて家ではあまりダラダラ勉強しないようにしているので、基本的に授業中にしっかり理解することに力を注いでいる。その為のノートなので、かなり理解しやすく整理されているのだ。予習もしているので授業の内容は前もって大体の流れを把握しているし、疑問点もチェックしておくので聞き漏らさずに済むしね。板書はいつもスマホで撮って、スキャナアプリでPDF化してファイルにしてあるので万が一にも書き漏らしが無いようにしてある。
まぁ、このノートがお役に立つのならと思い、快く貸した。楓ちゃんは即行でどこかでコピーを取ってきていた。しかもカラーで。スマホやタブレット全盛のこの時代にあって意外にアナログ派なのだね。
「夏葉ちゃん、ありがとね~。わたしこのノートを分析してノートの取り方勉強するわ」
「え、それって普通に勉強した方が良くない?」
「いやいや。一時的にはそうだけど、長い目で見れば良いノートの取り方をマスターする方がためになるはずだよ。『魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えよ』だよ、夏葉ちゃん」
「はぁ、そんなもん?」
「そんなもんだよ」
エヘン、なんて聞こえてきそうなくらいに胸を張って、楓ちゃんはよく分からないことを言ってたが、清々しいまでに自信ありげなのでまあいいかという気にさせられた。人間、自信を持つのは大事だね。よく知らんが。
因みに楓ちゃんがエヘンと自信満々に張った胸は、割と慎ましやかだった。これ、豆な。
そんな感じで日常も落ち着いてきたところで世間はゴールデンウィークに突入。当初、俺の両親のところへみんなで旅行するという案も出ていたのだが、例の撮影が入ってしまい、その案はキャンセルとなってしまったのだ。それで海外はやめにして、箱根の温泉旅館に二泊三日で旅行することとなった。ま、今更言うまでも無いだろうが系列の旅館なんだけど。
二度目の生理が来てまた憂鬱な数日間を過ごしたが、旅行前にギリギリ終わったのでそれは救いだった。秋菜から生理の周期をメモっておけとアドバイスされる。
こういう話もうちはオープンなので、男性陣がいようがお構い無しだ。俺もこういうのは元々慣れてるが、実際に女子側に入ってみるとちょっと気兼ねしてしまう。その場に居合わせる男子側の気不味さというか、全然意識してませんよ、という雰囲気を醸すのに、ちょっと気を遣うのが分かるからだ。うちの女性陣はそんなこと全然お構い無しなんだよね。
ゴールデンウィーク初日はDioskouroiとCeriseの撮影及びロケ日だった。
午前中にスタジオでコーディネートを数種撮影。その後はいろんなシチュエーションでのロケだった。今回は美味しいスイーツのお店と雑貨店を紹介することになっており、そこで似合うコーディネートに着替えて撮影するという流れだ。
記事自体は別途ライターがいるらしいが、Dioskouroiのサイト版では動画もアップされるらしく動画の撮影もあった。
慣れないことの連続で仕事終わりの頃にはすっかり疲れてしまった。一方の秋菜の方は想像した通りノリノリだった。
何はともあれ、ずっと重く伸し掛かっていたこの撮影をどうにか乗り切って、随分と気持ちが軽くなった気がする。これが月一で続いていくということは、この際何処かへ追いやっておきたい。
明日からの箱根温泉旅行に思いを馳せ、ちょっとウキウキしながら、旅の準備に勤しんだ。
すっかり風呂が日々の楽しみの一つとなっている俺としては、これから温泉旅館が待っていると思うとほんわか温かな心持ちになるのだ。露天風呂なんかあったら最高だな。のんびり浸かって上せそうになったら風に当って、なんて繰り返しながらゆっくりまったり過ごす休日。気心知れた家族だけで過ごせるのでいつもの様に気を張る必要のない贅沢なひとときを思うと自然と頬が緩む。
下に降りるとみんなもう準備は済ませているのだろう、リビングにそろっていた。俺はみんなと挨拶を交わし、朝食の準備をすべくキッチンへと向かう。もう手伝いはすっかり習慣化している。
「おはよぉ~」
「はいおはよう、夏葉ちゃん。サラダ盛り合わせちゃってくれる」
叔母さんもいちいち細かいことは言わないが、今ではそれでお互い通じるのだ。
「りょうかーい」
勉強でも何でもそうなんだけど、俺は段取りを考えて事に当たるのが好きだ。自然と洗い物も並行しながら料理も準備するのでそんなに散らかさないで済む。
後ろで髪を束ねて手を洗い、レタスを千切ったりトマトをカットしたりしてサラダを準備する。今回はフルーツも使ったサラダだ。今サラッと言ったけど、ゴムを口に加えて髪を両手で束ねるやり方もすっかり堂に入ったものだよ。男としてはちょっと切なくなるくらいにね。はぁ。
うちではドレッシングも大抵その日ごとに手作りだ。今日はオリーブオイルとシードルビネガー、塩胡椒で作るシンプルなフレンチドレッシングなのでちゃっちゃと作る。隠し味にマヌカ・ハニーを使ってみた。ちょっとした甘味も入ったほうが美味しいと思うからね。
そして叔母さんがコールドプレスマシーンを自宅に導入したので、最近は毎朝コールドプレスジュースも作る。スムージーの時もあるが、俺は単純に生ジュースが好きなので色々とミックスを試して好みの味を探求している。叔母さんや秋菜は美容意識が高い上にミーハーなところがあるので、金に飽かしては色々と流行りものを導入する傾向にある。
「祐太ぁ~、運んで~」
「おぉ」
祐太に頼んで準備ができたのから運ばせる。秋菜は朝からゴロゴロしながらテレビを見ている。全くダメな奴だな。
しかし祐太は相変わらず俺と全然目を合わせようとしない。頼めばこうして一応言うことを聞くが、無愛想な感じで俺はちょっと寂しい。こいつとの関係を元に戻すためにも早く男に戻りたいよ。
そんなことがありつつも、いつも通りに華名咲家の朝食は和気藹々と過ぎて行く。
そして締めのコーヒーの担当はいつも叔父さんだ。ダイニングにコーヒーの香りが漂うと何とも気分が落ち着くものだ。カップから湯気を立ち上らせながら俺は美味しいコーヒーを啜る。これもまた小さな幸せのひとときだ。
食事を終えると各自旅の荷物を持ってガレージに移動する。父も叔父さんも車道楽で、新旧織り交ぜかっこいいスポーツカーがガレージに並んでいる。もちろんこいつらじゃ家族旅行には向かないので、こういう家族の行事やレジャー用にでっかいレンジローバーもある。
カートをガラガラ引いて行くと叔父さんが車に積んでくれる。祐太はやはり何となく俺を避けているようで、俺のことは無視して叔母さんや秋菜の荷積みを手伝っている。叔父さんからレディ扱いされているのは何となく居心地悪く感じてしまうが、祐太の余所々々しい雰囲気にも、俺はそろそろ気まずさを感じ始めている。
車中ではカーステレオに音楽プレイヤーを繋いでもらい、ドライブ向けにセレクトした音楽を流す。今回は叔父さんのリクエストで、古いソウルとソフトロック系を中心にセレクトしてある。俺の音楽の趣味は叔父さんの影響が強いので趣味が合うのだ。
助手席の叔母さんからお菓子が回ってきた。後部座席の真中に座っている俺が受け取ると、「いただきー」と右隣から秋菜の手が伸びてくる。
「祐太は?」
と左を見ると、既にくぅくぅ寝息を立てていた。こうしている分には以前と何も変わらないんだけどなぁ。俺はちょっとばかし複雑な心持ちでお菓子を一口頬張った。
「おいひぃ(美味しい)、これ」
気が付けば、俺を含む後部座席の3人はすっかり寝入っていたようで、俺は思いっきり裕太に凭れ掛かっていた。
「わりぃ。完璧寝てたわ」
祐太に一応一言謝るが、まだ眠っているようで返事はない。
姿勢を正そうとするのだが、俺には爆睡中の秋菜がしなだれかかっていてポジションを戻せなかった。秋菜の奴を一先ず反対側に押し戻して、俺も元のポジションに戻る。
「叔父さん、今どの辺?」
「あと30分位かなぁ。もう小田原入って少し経ってるからそう遠くないよ」
小一時間も爆睡していたようだ。そうこうしている内に有料道路を降りて国道に入った。秋菜も起きたようで、俺がお菓子を頬張っていると横から取り上げた。
「夏葉ちゃん、そんなにバクバク食べてたらお昼食べられなくなるよ」
「大丈夫だって、これくらい」
「ホントかなぁ。いつまでも男の子気分が抜けないでいるとブタになるよ。撮影の仕事だってあるんだから、自重しなさい」
「お前はオカンか」
秋菜は煩いことを言いながら、俺から強奪したお菓子を自分が頬張った。自分は食うのかよ、まったく。
今度は祐太が俺の肩に凭れ掛かってきたが、それには構わず秋菜とお菓子の争奪戦が始まる。激戦が繰り広げられる中、程無くして車は目的地である旅館に到着したようだ。
「ほら二人共、着いたわよ」
という叔母さんの言葉で俺たちはピタリとお巫山戯を止める。そろそろいい加減にしておけよという響きを言外に感じ取ったからだ。
チェックインって普通夕方からのような気がしたが、まぁ大方またいつもの経営者権限でも発動したのだろう。便利だな経営者権限。
「祐太、着いたよ。起きて」
俺の肩に凭れて寝入っている裕太を起こすと、顔を真赤にしてサッサと車から降りていった。
そんなに恥ずかしいか? 俺は俺だし、見た目ほぼ秋菜になっちゃったけど、それにしたって姉みたいなもんなんだから、別に恥ずかしがることもないと思うんだけどなぁ。よく分からんよね、思春期。まぁそういう俺だって思春期真っ只中なんだが。ていうか女子化した俺が一番訳分からんよね、うん、知ってた。
宿に着いて案内された部屋からの眺望は素晴らしかった。天候にも恵まれ、こんなに富士山がはっきり大きく見えると何だか感動する。旅館なので和室なのだが、襖で仕切られて三部屋もある。
寝る時の部屋割りをする際に、俺はうっかり叔父さんや祐太と同じ方に行こうとしてみんなから止められた。家族旅行ということで安心し過ぎていたのか、うっかり自分が女になってしまったことを忘れていた訳ではないが、意識していなかったのだ。
「あんたその調子で男風呂に入りそうで怖いわ」
と秋菜に言われたが、自分としてもうっかりやりそうな気がして背筋が寒くなった。
ていうか、よく考えたら俺女風呂に入るの? 女の裸見放題? 何その神展開、鼻血出そう。ヤバ過ぎでしょ。うわぁ、風呂入りたくなってきたぁ。
とまぁ、そんな風に夢を膨らませていた俺が浅はかでした。
近くのレストランで昼食を摂ってから暫く部屋でゆっくりして、いよいよお待ちかねの風呂の時間がやってきたのだが……。風呂には子どもから綺麗なお姉さまからびろーんってなったお婆ちゃんまでいらっしゃいましたが、結論から言えば全然、何とも思わなかった。大浴場で大欲情なんてバカな展開になることはなく、至って冷静だった俺。何だろう、綺麗だなーっとか、俺の方が断然勝ってるなーとかは思ったんだけど、性的な興奮を覚えるような感覚は全然無かったのだ。
俺の感覚もすっかり女側になってきちゃったってことなのかと思うとちょっと、いやかなり切ない。
それはそうと叔母さんや秋菜の堂々としたことよ。ま、そりゃあれだけのスタイルなら何の引け目を感じることも無いんだろうけども、何処も隠すことなくあまりに堂々としているので、こっちの方が目のやり場に困ってしまった。と言いながらもバッチリ見えてしまったんだけども。
驚いたのは、二人の毛の状態だ。あまりジロジロ見るわけにも行かず、そんなに凝視したわけではないけれど、叔母さんは最低限の毛しか無かった。秋菜に至ってはツルッツルで何にも生えてなかった。
こんな公衆浴場じゃそれって却って恥ずかしくないのかなとかちょっと疑問が過ぎった冷静な俺だが、二人があまりに堂々としていたので寧ろ何の処理もしていない自分の下半身の方が恥ずかしいような気分になった。俺のもそもそもそんなにもじゃもじゃって程には濃くないんだがね。色も髪の毛同様に栗毛色でそう目立たないし。それでもちょっと恥ずかしくてタオルで前を隠していたら、体を洗っている時に秋菜に覗かれていたようで、結局ムダ毛の処理のことで露天風呂に入っている時説教されてしまった。
「夏葉ちゃん、何それモジャモジャじゃん。それ、何にも処理してないの?」
「あ、う、うん」
何だか非常に気まずい俺。思わず目を逸らしてしまう。この親子といると、女子トークが明け透け過ぎて中身男の俺にとってはどぎついんだよな。
「ダメじゃん。今時男の子でもちゃんとしてるでしょ」
「え? そんなの聞いたこと無いって。やってる奴なんかいないよ」
多分、と思うんだけど。違う? つうかこいつ、そういう男知ってるの? あれ、もしかして秋菜ってもう俺より先に大人の階段上っちゃってるんだろうか。マジかよぉ。俺なんて未だDTだっていうのによ。しかもこのままだと一生DT卒業できないじゃんかよ。魔法使いになったらどうするんだよ。
「あら、うちのパパもきれいにしてるわよ」
と叔母さんが話に入ってくる。
「「げ、聞きたくなかったその情報」」
思わずユニゾンで言ってしまう秋菜と俺だった。何が悲しくて叔父さんの陰毛の処理状況について知らされなきゃいけないんだよ。
「ちゃんと清潔にしておかなくちゃ。欧米じゃ普通よ、アンダーヘアの処理は。うちのサロンに予約入れておくから、帰ったら行きなさいね夏葉ちゃん。そこのサロンは病院の皮膚科に併設されているから医療レーザーが使えるのよ。サロンっていうかクリニックね。うちの家系は色素が薄いから、普通のレーザーだと反応し辛いんだけど、そこのは大丈夫よ。完全にブロンドだと難しいんだけど。産毛までバッチリだから」
マジかぁ。また何か憂鬱の種を抱え込んでしまった気がするんだが。思わず遠い目になってしまうなぁ。
あ、因みにうちのお祖母ちゃんはフランス人で、親父も叔父さんもハーフなわけだ。母と叔母さんもヨーロッパの血がいくらか入ってるそうで、華名咲家には結構欧米的な文化が入り込んでいたりするんだよな。よもやこんなところに伏兵が潜んでいるとは想像もしなかったわけだが。
そう言えば欧米モノのAVなんかじゃほぼ男女ともアンダーヘアきれいに処理されてるもんな。と、男の子時代の恥ずかしい記憶を呼び起こしつつ、こんな場面でこんな記憶を役立てていることにちょっぴり凹む俺だった。
ぶっちゃけ俺としては窓際が好みだが、窓際は紫外線を浴び続けるので絶対避けろと秋菜から口を酸っぱくして言われていた。Dioskouroiのモデルとして撮影もあるので、あまり日焼けとかはよろしくないらしい。面倒くさいが一応は仕事として請け負うわけなので、責任を持たなくてはならないと思っている。
最終的には廊下側の後ろから三番目の席に落ち着いたので、今までとそう代わり映えのしない席になった。今度は隣に楓ちゃん、後ろに友紀ちゃんという、何かの力が働いたのじゃないかというような席順となった。俺の前の席は、十一夜圭という男子になった。
十一夜君は細身でシュッとした感じの女子に受けそうなタイプの男子だ。
プリントを回してくるときの指が長くて手がきれいで、どことなく色気がある。十一夜君はクラスの女子たちの間でも話題に上ることの多い名前で、かなりの人気があるようだが、本人は至ってクールな感じで、あまり女子と積極的に関わろうとはしなかった。
そんな彼と席が近くになって、俺や楓ちゃんは結構女子たちから羨ましがられたりしたのだが、もちろん俺的に十一夜くんと近くになったからといってちっとも嬉しいことはなかった。別に嫌なこともないけどね。
十一夜君について強いて言うとすれば、細い割に広い背中に俺が隠れてしまうのがメリットでもあり、ノートを取るとき邪魔になることもあるのがデメリットというくらいかな。
隣の楓ちゃんは授業中にチラチラと俺のノートを気にしていた。まぁ、自慢する気はないが俺のノートはよく整理されていると中学の頃も評判だったので、大方俺のノートに興味を持ったのだろう。そして最終的にはノート見せてと言ってきた。
勉強はなるべく授業内で終わらせて家ではあまりダラダラ勉強しないようにしているので、基本的に授業中にしっかり理解することに力を注いでいる。その為のノートなので、かなり理解しやすく整理されているのだ。予習もしているので授業の内容は前もって大体の流れを把握しているし、疑問点もチェックしておくので聞き漏らさずに済むしね。板書はいつもスマホで撮って、スキャナアプリでPDF化してファイルにしてあるので万が一にも書き漏らしが無いようにしてある。
まぁ、このノートがお役に立つのならと思い、快く貸した。楓ちゃんは即行でどこかでコピーを取ってきていた。しかもカラーで。スマホやタブレット全盛のこの時代にあって意外にアナログ派なのだね。
「夏葉ちゃん、ありがとね~。わたしこのノートを分析してノートの取り方勉強するわ」
「え、それって普通に勉強した方が良くない?」
「いやいや。一時的にはそうだけど、長い目で見れば良いノートの取り方をマスターする方がためになるはずだよ。『魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えよ』だよ、夏葉ちゃん」
「はぁ、そんなもん?」
「そんなもんだよ」
エヘン、なんて聞こえてきそうなくらいに胸を張って、楓ちゃんはよく分からないことを言ってたが、清々しいまでに自信ありげなのでまあいいかという気にさせられた。人間、自信を持つのは大事だね。よく知らんが。
因みに楓ちゃんがエヘンと自信満々に張った胸は、割と慎ましやかだった。これ、豆な。
そんな感じで日常も落ち着いてきたところで世間はゴールデンウィークに突入。当初、俺の両親のところへみんなで旅行するという案も出ていたのだが、例の撮影が入ってしまい、その案はキャンセルとなってしまったのだ。それで海外はやめにして、箱根の温泉旅館に二泊三日で旅行することとなった。ま、今更言うまでも無いだろうが系列の旅館なんだけど。
二度目の生理が来てまた憂鬱な数日間を過ごしたが、旅行前にギリギリ終わったのでそれは救いだった。秋菜から生理の周期をメモっておけとアドバイスされる。
こういう話もうちはオープンなので、男性陣がいようがお構い無しだ。俺もこういうのは元々慣れてるが、実際に女子側に入ってみるとちょっと気兼ねしてしまう。その場に居合わせる男子側の気不味さというか、全然意識してませんよ、という雰囲気を醸すのに、ちょっと気を遣うのが分かるからだ。うちの女性陣はそんなこと全然お構い無しなんだよね。
ゴールデンウィーク初日はDioskouroiとCeriseの撮影及びロケ日だった。
午前中にスタジオでコーディネートを数種撮影。その後はいろんなシチュエーションでのロケだった。今回は美味しいスイーツのお店と雑貨店を紹介することになっており、そこで似合うコーディネートに着替えて撮影するという流れだ。
記事自体は別途ライターがいるらしいが、Dioskouroiのサイト版では動画もアップされるらしく動画の撮影もあった。
慣れないことの連続で仕事終わりの頃にはすっかり疲れてしまった。一方の秋菜の方は想像した通りノリノリだった。
何はともあれ、ずっと重く伸し掛かっていたこの撮影をどうにか乗り切って、随分と気持ちが軽くなった気がする。これが月一で続いていくということは、この際何処かへ追いやっておきたい。
明日からの箱根温泉旅行に思いを馳せ、ちょっとウキウキしながら、旅の準備に勤しんだ。
すっかり風呂が日々の楽しみの一つとなっている俺としては、これから温泉旅館が待っていると思うとほんわか温かな心持ちになるのだ。露天風呂なんかあったら最高だな。のんびり浸かって上せそうになったら風に当って、なんて繰り返しながらゆっくりまったり過ごす休日。気心知れた家族だけで過ごせるのでいつもの様に気を張る必要のない贅沢なひとときを思うと自然と頬が緩む。
下に降りるとみんなもう準備は済ませているのだろう、リビングにそろっていた。俺はみんなと挨拶を交わし、朝食の準備をすべくキッチンへと向かう。もう手伝いはすっかり習慣化している。
「おはよぉ~」
「はいおはよう、夏葉ちゃん。サラダ盛り合わせちゃってくれる」
叔母さんもいちいち細かいことは言わないが、今ではそれでお互い通じるのだ。
「りょうかーい」
勉強でも何でもそうなんだけど、俺は段取りを考えて事に当たるのが好きだ。自然と洗い物も並行しながら料理も準備するのでそんなに散らかさないで済む。
後ろで髪を束ねて手を洗い、レタスを千切ったりトマトをカットしたりしてサラダを準備する。今回はフルーツも使ったサラダだ。今サラッと言ったけど、ゴムを口に加えて髪を両手で束ねるやり方もすっかり堂に入ったものだよ。男としてはちょっと切なくなるくらいにね。はぁ。
うちではドレッシングも大抵その日ごとに手作りだ。今日はオリーブオイルとシードルビネガー、塩胡椒で作るシンプルなフレンチドレッシングなのでちゃっちゃと作る。隠し味にマヌカ・ハニーを使ってみた。ちょっとした甘味も入ったほうが美味しいと思うからね。
そして叔母さんがコールドプレスマシーンを自宅に導入したので、最近は毎朝コールドプレスジュースも作る。スムージーの時もあるが、俺は単純に生ジュースが好きなので色々とミックスを試して好みの味を探求している。叔母さんや秋菜は美容意識が高い上にミーハーなところがあるので、金に飽かしては色々と流行りものを導入する傾向にある。
「祐太ぁ~、運んで~」
「おぉ」
祐太に頼んで準備ができたのから運ばせる。秋菜は朝からゴロゴロしながらテレビを見ている。全くダメな奴だな。
しかし祐太は相変わらず俺と全然目を合わせようとしない。頼めばこうして一応言うことを聞くが、無愛想な感じで俺はちょっと寂しい。こいつとの関係を元に戻すためにも早く男に戻りたいよ。
そんなことがありつつも、いつも通りに華名咲家の朝食は和気藹々と過ぎて行く。
そして締めのコーヒーの担当はいつも叔父さんだ。ダイニングにコーヒーの香りが漂うと何とも気分が落ち着くものだ。カップから湯気を立ち上らせながら俺は美味しいコーヒーを啜る。これもまた小さな幸せのひとときだ。
食事を終えると各自旅の荷物を持ってガレージに移動する。父も叔父さんも車道楽で、新旧織り交ぜかっこいいスポーツカーがガレージに並んでいる。もちろんこいつらじゃ家族旅行には向かないので、こういう家族の行事やレジャー用にでっかいレンジローバーもある。
カートをガラガラ引いて行くと叔父さんが車に積んでくれる。祐太はやはり何となく俺を避けているようで、俺のことは無視して叔母さんや秋菜の荷積みを手伝っている。叔父さんからレディ扱いされているのは何となく居心地悪く感じてしまうが、祐太の余所々々しい雰囲気にも、俺はそろそろ気まずさを感じ始めている。
車中ではカーステレオに音楽プレイヤーを繋いでもらい、ドライブ向けにセレクトした音楽を流す。今回は叔父さんのリクエストで、古いソウルとソフトロック系を中心にセレクトしてある。俺の音楽の趣味は叔父さんの影響が強いので趣味が合うのだ。
助手席の叔母さんからお菓子が回ってきた。後部座席の真中に座っている俺が受け取ると、「いただきー」と右隣から秋菜の手が伸びてくる。
「祐太は?」
と左を見ると、既にくぅくぅ寝息を立てていた。こうしている分には以前と何も変わらないんだけどなぁ。俺はちょっとばかし複雑な心持ちでお菓子を一口頬張った。
「おいひぃ(美味しい)、これ」
気が付けば、俺を含む後部座席の3人はすっかり寝入っていたようで、俺は思いっきり裕太に凭れ掛かっていた。
「わりぃ。完璧寝てたわ」
祐太に一応一言謝るが、まだ眠っているようで返事はない。
姿勢を正そうとするのだが、俺には爆睡中の秋菜がしなだれかかっていてポジションを戻せなかった。秋菜の奴を一先ず反対側に押し戻して、俺も元のポジションに戻る。
「叔父さん、今どの辺?」
「あと30分位かなぁ。もう小田原入って少し経ってるからそう遠くないよ」
小一時間も爆睡していたようだ。そうこうしている内に有料道路を降りて国道に入った。秋菜も起きたようで、俺がお菓子を頬張っていると横から取り上げた。
「夏葉ちゃん、そんなにバクバク食べてたらお昼食べられなくなるよ」
「大丈夫だって、これくらい」
「ホントかなぁ。いつまでも男の子気分が抜けないでいるとブタになるよ。撮影の仕事だってあるんだから、自重しなさい」
「お前はオカンか」
秋菜は煩いことを言いながら、俺から強奪したお菓子を自分が頬張った。自分は食うのかよ、まったく。
今度は祐太が俺の肩に凭れ掛かってきたが、それには構わず秋菜とお菓子の争奪戦が始まる。激戦が繰り広げられる中、程無くして車は目的地である旅館に到着したようだ。
「ほら二人共、着いたわよ」
という叔母さんの言葉で俺たちはピタリとお巫山戯を止める。そろそろいい加減にしておけよという響きを言外に感じ取ったからだ。
チェックインって普通夕方からのような気がしたが、まぁ大方またいつもの経営者権限でも発動したのだろう。便利だな経営者権限。
「祐太、着いたよ。起きて」
俺の肩に凭れて寝入っている裕太を起こすと、顔を真赤にしてサッサと車から降りていった。
そんなに恥ずかしいか? 俺は俺だし、見た目ほぼ秋菜になっちゃったけど、それにしたって姉みたいなもんなんだから、別に恥ずかしがることもないと思うんだけどなぁ。よく分からんよね、思春期。まぁそういう俺だって思春期真っ只中なんだが。ていうか女子化した俺が一番訳分からんよね、うん、知ってた。
宿に着いて案内された部屋からの眺望は素晴らしかった。天候にも恵まれ、こんなに富士山がはっきり大きく見えると何だか感動する。旅館なので和室なのだが、襖で仕切られて三部屋もある。
寝る時の部屋割りをする際に、俺はうっかり叔父さんや祐太と同じ方に行こうとしてみんなから止められた。家族旅行ということで安心し過ぎていたのか、うっかり自分が女になってしまったことを忘れていた訳ではないが、意識していなかったのだ。
「あんたその調子で男風呂に入りそうで怖いわ」
と秋菜に言われたが、自分としてもうっかりやりそうな気がして背筋が寒くなった。
ていうか、よく考えたら俺女風呂に入るの? 女の裸見放題? 何その神展開、鼻血出そう。ヤバ過ぎでしょ。うわぁ、風呂入りたくなってきたぁ。
とまぁ、そんな風に夢を膨らませていた俺が浅はかでした。
近くのレストランで昼食を摂ってから暫く部屋でゆっくりして、いよいよお待ちかねの風呂の時間がやってきたのだが……。風呂には子どもから綺麗なお姉さまからびろーんってなったお婆ちゃんまでいらっしゃいましたが、結論から言えば全然、何とも思わなかった。大浴場で大欲情なんてバカな展開になることはなく、至って冷静だった俺。何だろう、綺麗だなーっとか、俺の方が断然勝ってるなーとかは思ったんだけど、性的な興奮を覚えるような感覚は全然無かったのだ。
俺の感覚もすっかり女側になってきちゃったってことなのかと思うとちょっと、いやかなり切ない。
それはそうと叔母さんや秋菜の堂々としたことよ。ま、そりゃあれだけのスタイルなら何の引け目を感じることも無いんだろうけども、何処も隠すことなくあまりに堂々としているので、こっちの方が目のやり場に困ってしまった。と言いながらもバッチリ見えてしまったんだけども。
驚いたのは、二人の毛の状態だ。あまりジロジロ見るわけにも行かず、そんなに凝視したわけではないけれど、叔母さんは最低限の毛しか無かった。秋菜に至ってはツルッツルで何にも生えてなかった。
こんな公衆浴場じゃそれって却って恥ずかしくないのかなとかちょっと疑問が過ぎった冷静な俺だが、二人があまりに堂々としていたので寧ろ何の処理もしていない自分の下半身の方が恥ずかしいような気分になった。俺のもそもそもそんなにもじゃもじゃって程には濃くないんだがね。色も髪の毛同様に栗毛色でそう目立たないし。それでもちょっと恥ずかしくてタオルで前を隠していたら、体を洗っている時に秋菜に覗かれていたようで、結局ムダ毛の処理のことで露天風呂に入っている時説教されてしまった。
「夏葉ちゃん、何それモジャモジャじゃん。それ、何にも処理してないの?」
「あ、う、うん」
何だか非常に気まずい俺。思わず目を逸らしてしまう。この親子といると、女子トークが明け透け過ぎて中身男の俺にとってはどぎついんだよな。
「ダメじゃん。今時男の子でもちゃんとしてるでしょ」
「え? そんなの聞いたこと無いって。やってる奴なんかいないよ」
多分、と思うんだけど。違う? つうかこいつ、そういう男知ってるの? あれ、もしかして秋菜ってもう俺より先に大人の階段上っちゃってるんだろうか。マジかよぉ。俺なんて未だDTだっていうのによ。しかもこのままだと一生DT卒業できないじゃんかよ。魔法使いになったらどうするんだよ。
「あら、うちのパパもきれいにしてるわよ」
と叔母さんが話に入ってくる。
「「げ、聞きたくなかったその情報」」
思わずユニゾンで言ってしまう秋菜と俺だった。何が悲しくて叔父さんの陰毛の処理状況について知らされなきゃいけないんだよ。
「ちゃんと清潔にしておかなくちゃ。欧米じゃ普通よ、アンダーヘアの処理は。うちのサロンに予約入れておくから、帰ったら行きなさいね夏葉ちゃん。そこのサロンは病院の皮膚科に併設されているから医療レーザーが使えるのよ。サロンっていうかクリニックね。うちの家系は色素が薄いから、普通のレーザーだと反応し辛いんだけど、そこのは大丈夫よ。完全にブロンドだと難しいんだけど。産毛までバッチリだから」
マジかぁ。また何か憂鬱の種を抱え込んでしまった気がするんだが。思わず遠い目になってしまうなぁ。
あ、因みにうちのお祖母ちゃんはフランス人で、親父も叔父さんもハーフなわけだ。母と叔母さんもヨーロッパの血がいくらか入ってるそうで、華名咲家には結構欧米的な文化が入り込んでいたりするんだよな。よもやこんなところに伏兵が潜んでいるとは想像もしなかったわけだが。
そう言えば欧米モノのAVなんかじゃほぼ男女ともアンダーヘアきれいに処理されてるもんな。と、男の子時代の恥ずかしい記憶を呼び起こしつつ、こんな場面でこんな記憶を役立てていることにちょっぴり凹む俺だった。
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