TS女子になるって、正直結構疲れるもんですよね。

星加のん

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第三章 Hello, my friend

第45話 今日も誰かの誕生日

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 コンビニで時間を潰しながら、丹代さんの家の様子を窺っていると、十五分ほどで十一夜君が出てきた。それを確認してコンビニを出てバイクの場所に戻る。

「お疲れ、十一夜君。はいこれ」

 コンビニで購入したドリップコーヒーを十一夜君に差し出す。

「お、サンキュー」

 十一夜君も、いつもブラックで飲んでいることを知っていたので、砂糖もミルクも貰ってこなかった。二人でほろ苦いコーヒーを立ち飲みしながら、十一夜君の報告を聞く。

「例の男な。やはりあの丹代さんが捕まっていた部屋の前で寝てた」

「え? あのお香って、そんなに強烈なの?」

「まあな。あそこはそんなに広くない空間だったから、充満させておけば一分もすればぐっすり快眠状態ってくらいには強いんじゃないかな」

「怖っ! 何それ? あのメモ用紙って、そんなに恐ろしいシロモノだったわけ?」

 あまりの劇薬振りに驚愕を隠せない。

「量を間違えたらかなり危険だね。でも適切に使ったから命に別条はないよ」

 十一夜君は平然とそう答えた。まったくいつもの十一夜君だ。

「それで、どうしたの?」

「ん? 別にどうもしないよ。この前みたいに免許証とか携帯電話のデータとかはいただいてきたけど。額に肉って書いたりもしてないし」

 あぁ~、相変わらずすっとぼけた人だよなぁ、十一夜君……。

「丹代さんは僕の方で当面は面倒見ようと思う。多分組織に狙われるだろうし、こうなったからには、彼女から色々と聞き出さなきゃならない事もあるしね」

「うん、分かった。大丈夫だよね、丹代さん……」

「あぁ。同級生のよしみだ。大切に扱わせてもらうつもりさ。それにそれだけじゃない。ちょっと酷い言い方かもだけど、個人的にも重要な調査対象だしね」

 そうだよな。十一夜君は丹代さんを追ってこの学校に入学してきたんだ。四方よもや失踪した彼女がこんな状態で見つかるなんて、予想した最悪の事態じゃないか。十一夜君の言い草は確かにちょっとクールな感じはするけれど、正直な気持ちなんだろうな。

「あとは丹代さんのご両親だよな。あの状況……親が知っていての事だったらかなり異常だ。しかもあの部屋だろう? 親が関わっている可能性も完全には否定できないと思う……」

 何となく十一夜君に任せておけば大丈夫だろうと、漠然と考えていたが、そう言われるとやはり不安だ。丹代さん、大丈夫なんだろうか。

「ホント、あの部屋は何だったのかしら……どう見ても異常だったよね……丹代さんがあんな状態でいただけでも異常事態だけど……」

「そうだね……今後は、あの警備会社の社長と丹代さんが組織とどう関わっているのか調査していくつもり。あと、華名咲さんとどう関係があるのか……。何か心当りは無い?」

 やばいな……。心当たりがあるとしたら、女子化のことだけど……。それを言っちゃっていいものかどうか……。
 十一夜君の助けになりたい。だけど、このまま十一夜君が男子化の秘密を気にせず話せる女友達でいることと、自分が実は男である事実を明かしてしまうのと、どっちが十一夜君にとっていいんだろう……。

「ふぅ……何か話せない事情がありそうだね……。まぁそれならそれで構わないよ。華名咲家ほどの家なら人に話せない事情の一つや二つあるだろうしね、それは理解できる」

 ん、まあ何かいい具合に勘違いしてくれたかな。

「妹さん……聖連ちゃんって言うのね。かわいい子だね」

「あぁ、ありがとう。伝えておくよ」

「やっぱり十一夜君と同じように、忍者なの?」

 忍者なの? って考えたらすごい質問だなぁ。普通は忍者なんていないからなぁ。

「うん、そうだね。彼女も僕と同じように訓練を受けてきたし、十分にその力がある。だからこうして応援を頼んだんだ」

「そうなんだね。何か凄いな、十一夜君のところは」

「はは。その代わりモデルとかはできないけどね」

 そう言って十一夜君はくすくす笑う。モデルな。自分だってできると思ってやってるわけじゃないんだけどね。

「あは。あれもわたしは苦手なんだけどね。母がやってるお店とのコラボ企画で仕方ないんだ」

「へぇ、そうなんだ」

「あの、十一夜君……」

「ん?」

「うさぎ屋って、知ってる?」

「うさぎ屋? ……さあ、知らないな。何なんだ、それ?」

「あ、いや……。近くにある甘味処。うさぎ屋っていうんだ。そこの抹茶エスプーマ善哉っていうのが美味しいの。十一夜君は甘いもの、好き?」

 本当は、秘密結社うさぎ屋について訊いたんだけど、知らないみたいだ。だから急遽誤魔化して、甘味処うさぎ屋の話にした。

「へぇ~、知らないけど、甘いものは嫌いじゃないよ。子供の頃ほどじゃないけど。これも男子化したせいかな」

「ホント? じゃあ今度よかったら、聖連ちゃんも一緒に食べに行きましょうか! 今日手伝ってもらったお礼にわたし奢るから」

「分かった。じゃあそれも伝えるよ」

「うん、是非ゝゝ。都合がいい時教えてくれたら合わせるし」

「さて、じゃあそろそろ帰ろうか。丹代さんのケアもあることだし」

 十一夜君はわたしが持っていたコーヒーの紙コップを取って、さっさと道路を渡ってコンビニに入って行くと、恐らくカップを捨てて来たのだろう。手ぶらで駆け足で戻ってきた。

「よし、じゃあ乗って」

 そうして、無免許のバイクに二人乗りというとんでもない悪道を突き進むわたしだった。その内校舎のガラスでも割って回るような悪い子にならないか、心配になるな。まぁならないけど。

 その晩十一夜君からメールが届き、丹代さんは安全な場所でかくまうよう手はずを整えたことが知らされた。当面はまずは体と精神面を中心にケアするとのことだった。
 会って話したいこともあるけれど、一先ず十一夜君に任せておけば彼女のことは安心だろう。色々落ち着いたら話せればいい。あの手紙のことは、組織について探る上でもかなり重要な手掛かりになると思うのだ。
 それより例の警備会社の社長と部下とのやり取りが大騒ぎだった。奴らにしてみりゃそりゃそうだろうね。
 三件ほどの盗聴記録が更新されており、丹代邸からの定時連絡が無く、電話しても出ない為、現場に向かうという報告が一本目。現場に駆けつけた者とも連絡が取れなくなったので何か異常事態が考えられる、これからチームで現場へ向かうというのが二本目。先に向かっていた者が全員倒れており、丹代さんが監禁されていた部屋のドアノブ周りが焼き切られ逃げられていたという報告が三本目だった。

 あの高校生カップル——つまりわたしたちのことだが——の仕業なのかという意見も出たが、高校生にできるようなことではないので、恐らく高校生が出て行ってからプロが潜入したのだろうという結論になっていた。

 十一夜君はプロだけども、誰も高校生のプロがいるだなんて思いもしないだろう。何のプロなのかって言うとよく分からないけど、スパイ的な職業ってことでいいのかな。忍者の家系とは言ってたけど。
 まさかスパゲッティを使って鉄板を焼き切ったなんて誰も思うまい。十一夜君は痕跡を一切残さないように几帳面に後片付けをする人だ。
 それで、誰が何のためにやったのかという話題になっていたが、その中で不思議と丹代家ではないかという意見は一切出てこなかった。普通なら娘が酷い目に合わされている丹代家が真っ先に思い浮かぶのではないだろうか。それなのにその線がまったく話題にも登らないということは、この監禁にはまさか家族も関わっているのか、若しくは家族には絶対知られるわけがないという確信がるのか、それとも他に家族が手出しできない事情があるのか……。
 今回の丹代さん脱出劇が、家族の耳に入った場合にどんな反応なのか……。色々と気になることだらけだ。やはり丹代さんと話してみたいなぁ。わたしが気にしなくても十一夜君がしっかり隈無く情報を聞き出してくれるんだろうけど。ある程度十一夜君も情報開示してくれるかな。
 しかしわたしが同じように謎の性転換現象で女子化してしまったこと、十一夜君には打ち明けた方がいいんだろうか……。正直何か騙してるようで気が咎める面もある。本当のことを話した方がより十一夜君は打ち解けてくれるんじゃないかという気もするし、逆に事情を知っている女友達でいた方がいいのか、どっちなんだろうか。
 十一夜君にとっても、自分にとっても、最優先なのは性転換現象の謎の究明と、元の体に戻ることだと思う。彼に確認したわけじゃないけど、その調査をしているってことはそういうことなんじゃないだろうか。だとしたら? だとしたら……丹代さんからわたしに宛てられたあの手紙のことや、鉢が降ってきたことを知らせた方が、二人の目的に適っているのじゃなかろうか……。などと思ったりもするんだがな。今度十一夜君の話を聞いてみようかな。何を望んでいるのか確認して見ようと思う。もし全部わたしが話せば、十一夜君は更なる情報を得ることができるだろうと思う。丹代さんからもその件で更なる情報を引き出そうとするだろうしね。
 と、まぁ、いつもながら取り留めもないことを考えながら夜は更けて行く。
 そしていつものようにいつの間にか眠りに就いていた。

 翌朝、いつもの様にジョギングしてシャワーを浴びた後、メールの着信に気付いた。
 パソコンのメールはスマホでは設定していなかったのだが、十一夜君から時々メールが来るので最近スマホでも送受信できるように設定したのだ。
 メールの内容は、丹代さんの件も含めて色々話しておくことがあると言うような内容だった。
 十一夜君の妹さんの聖連ちゃんも十一夜君と一緒にこの学校の中等部に編入しているということなので、一緒に甘味処うさぎ屋に行くことにした。秋菜がうさぎ屋に寄ったりしなければいいけどな。予定を確認しておかねば。聖連ちゃんかわいいメガネっ娘キャラだったな。友達になれるといいな。そんなことを思い、ちょっと楽しい気持ちになるのだった。
 あれ……そう言えば色んなごたごたがあったせいで、進藤君の妹さんの誕生会のこと、すっかり忘れてたんだけど……どうだったのかな。あれから進藤君と全然会わないんだけど。どうしてるんだろう。ま、何か言ってくるかな。
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