TS女子になるって、正直結構疲れるもんですよね。

星加のん

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第三章 Hello, my friend

第48話 この雨みたいに泣いてみたかったけど

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「もしもし、十一夜君? あの、華名咲ですけど」

『華名咲さん、どうした? 何かあった?』

「さっき進藤君を見かけて、何だか挙動不審な様子で気になったから、ちょっと後を追いかけたの。体育館裏に行ったんだけど、そこで突然見失っちゃって、彼のシャツの袖が落ちてたの! それも血痕が付いてる状態で、何か千切られたみたいに破けてて……意味分かるかな。何かわたしびっくりしちゃって、ちゃんと言えてないかもしれないんだけど」

『大丈夫、分かるよ。華名咲さん、今何処なんだ?』

「今まだ体育館の裏にいる」

『そうか、じゃあこのまま電話を切らずに、なるべく人が多い場所に移動して』

「う、うん。分かった……校庭の方に移動する」

『ああ、僕も今そっちに向かっている。進藤君はどんな様子だったんだい?』

 わたしの移動中も、十一夜君が色々と話しかけてくれる。恐らく移動中に何かあった場合にすぐ気付けるように、会話を続けてくれているのだろう。

「えっと……靴箱付近で進藤君を見かけて、ほら、昨日話してた件で話せないかなと思って、声を掛けたの」

『なるほど、そして?』

「うん、それでね。進藤君はそわそわした様子で、わたしには気付いてない感じだったのね。あれ? と思って、ちょっと追い掛けたんだけども、どうも周囲の様子を窺ってキョロキョロして、小走りを始めたのよ」

『うん。それは確かに挙動不審だ』

「でしょ? それでわたしも不審に思って、距離を取りながら後を付けたの。進藤君はずっとキョロキョロしてたけど、後を追うわたしには全然気付かない様子で、そのまま体育館の裏に向かって行ったわ」

『うん、それでさっきの状況になったわけだね』
「そうそう。もうびっくりしちゃって」
『それは驚くな。よし、華名咲さんが見えた。そのままそこにいて』

「え、あ、うん。分かった」

 十一夜君がわたしを見つけてくれたと聞いて、急に緊張感から安堵感へと気持ちがシフトして、その場にへたり込んでしまった。

「お待たせ、華名咲さん。大丈夫?」

「あぁ、十一夜君。はぁ。十一夜君が来てくれて安心したら、何だか急に力が抜けちゃった」

 十一夜君は自分もしゃがんで目線を合わせてくれて、わたしの手を取ってくれた。

「手、冷たくなってる」

 そう言って、両手で包むように手を温めてくれる。

「華名咲さん、一人で行動しちゃ駄目だよ」

「あ、そうだったね。ごめん、つい」

「うん、頼むよ。約束、ね?」

 十一夜君が優しく手を握る。包まれた自分の手に感じる、十一夜君のちょっとゴツゴツしてるけど温かい手の感触にドキドキしてしまう。何だ。男同士、若しくは女同士で手を握って温めてもらっているだけのことなのに、何でドキドキしてしまうんだろう。おかしいんじゃないか? こんなのおかしくないか?
 何だかよく分からない。わたしは元男だけど、今は女で……もう中身もほぼ女だし……。十一夜君は元女で今は男……多分、中身ももう男だ……。じゃあ、ドキドキしても大丈夫なのか? いや、大丈夫っていうのはおかしいな。ドキドキしても普通……? あ~~~っ、何かもう分かんね。

「温かくなってきた。大丈夫かな?」

「あ、ごめん。うん、大丈夫。ありがとう、十一夜君」

「おぉ、気にするな」

「あはは、十一夜君のいつものだ」

「え?」

「ううん、何でもない」

 落ち着いてきたのでゆっくり立ち上がると、十一夜君も追随するように立ち上がった。

「現場、戻っていい?」

 十一夜君が遠慮がちに、でも何だか有無を言わせないような空気を放ちつつ、そう告げた。そして今一度、今度は十一夜君と連れ立って、進藤君が消えたあの体育館裏へと向かった。

「ここに落ちてたの」

 手にしていた進藤君のシャツの袖を十一夜君に見せながら、それがあった場所を指差して示す。

「ちょっと見せて」

 十一夜君が手を差し伸べてきたので、進藤君の袖を手渡す。

「普通は縫い目から糸が切れて破けて行くものだけど、この袖は布地の途中から破けているね。恐らく鋭利なもので布地を引き裂かれるか、穴を空けられたんだな。引っ張られてそこから生地が裂けたんだろう。そういう破け方をしている。もしかしたらその時に傷つけられて出血したのかもしれない」

 十一夜君が冷静な分析で推察しながら状況を説明していく。それから地面の状況を確認し始めた。ここはコンクリートなどで舗装されていない土の地面だ。

「これは急に体の向きを変えた跡。こっちは恐らく引き摺られたような跡だね」

 そう言って十一夜くんは、地面に付いたその筋状の跡の延長線上を辿るように視線を動かした。その先にはプールと更衣室の間に細い通路が通っている。

「ここを抜けて行ったんだろうね。この先は川沿いの道路に面したフェンスだ。人家もないし、人目に付き難いな。だけど外部の人間がおいそれと侵入できるとも思えないよね。防犯カメラに写るはずだ」

 確かにそうだ。学園内には防犯カメラが各処に設置されていて、外部侵入者があれば必ず写ってしまうはずだ。

「どうしよう……進藤君、さらわれちゃったのかな……」

「一体誰が……。彼が組織に関与していたような兆候はまったく見られなかったから、僕が捜査している事件と関わりがあるとも言えないし」

 そうか……。この頃、その十一夜君が言うところの組織絡みの事件に翻弄されてきたけど、この件がその組織絡みの事件とは限らないわけなのか……。でもまったく別ルートの事件だとして、そんなに身の回りで危険なできごとが起こるなんて、幾ら何でもおかしいだろう。

「取り敢えず、向こうに行ってみようか」

 十一夜君は既に視線の先の通路の方に歩き始めている。慌ててわたしも十一夜君の後を追う。通路はコンクリートで舗装されているので足跡などは残っていない。

「血が滴るほどの傷は負っていないようだね」

 歩きながら十一夜君は冷静に状況を分析して行く。通路を抜けると、舗装が切れ、フェンス沿いに陽の当たらないじめじめした場所になる。十一夜君が立ち止まって、地面に残っている足跡を見つけたようだ。

「見て、ここ。足跡が残ってる。まだ新しいから、多分進藤君を拉致した奴の足跡だ。どうやら一人……いや、普通の靴の跡がもう一つあるようだな。これは生徒のものだろうか。……サイズからすると女子かな。大きい方の靴底は典型的なパナマソールだな。このめり込み具合からすると、進藤君を担いだ状態で移動したようだね」

「パナマソール? 何それ、美味しいの?」

「食べられない。軍靴で使われる靴底のパターンだよ。校内には軍靴履くような生徒はいないよね。校則でローファーと決められているから。となると、やっぱり外部から侵入した人間の仕業か……」

 十一夜君はスマホを取り出して誰かに電話を掛けた。パナマソール? 奇しくもパナマの名を冠した靴底の奴に進藤君は拐われたのか。だからと言ってまさか父さんの仕事絡みのトラブルだとは思えないしなぁ。

「あ、聖連? 今から時間取れる? うん、じゃあこの前のうさぎ屋に集合で。うん。仕事を頼みたい。じゃ、よろしくね」

「聖連ちゃん?」

「うん。防犯カメラをハッキングしてもらう。聖連はそっち方面のスペシャリストなんだよ」

「へぇ~~」

 ってまたこの兄妹は違法行為を……。
 しかし今はそれより進藤君の身が心配だ。ここは頼りになる十一夜兄妹のお力を借りるに限る。十一夜君はまだ足跡を調査しているようだ。

「人一人を抱えてこのフェンスを乗り越えたのか?」

 そう言って十一夜君はフェンスを掴んでぐらぐら揺らしている。フェンスの強さを確認しているのだろう。

「ここだね」

 十一夜君が何メートルかおきに据えられているフェンスの支柱の一つを掴んでそう言う。十一夜君によれば、足跡から判断できるらしい。

「この場所ならカメラにバッチリ写り込むのにな。よっぽど大胆な奴なのか? ……それとも敢えて写った?」

 顎に手をやって思案している様子の十一夜君だが、そうしながらもカメラの位置関係や何か他の手掛かりがないかを確認しているのか、視線は忙しなく動いている。

「ここにいてもこれ以上の手掛かりは得られそうにないね。華名咲さんは時間ある?」

「え? あ、うん。大丈夫」

「じゃあ、うさぎ屋に集合。華名咲さん、先に出て。僕は少し遅れて行くから。危険が無いように見張りながら付いていくから心配いらない」

「うん、分かった。秋菜が待ってると思うから、ちょっと連絡するね」

 そうしてわたしたちは甘味処うさぎ屋へと向かった。

 うさぎ屋に着くと、聖連ちゃんが一足先に到着しており、席に一人でちょこんと座っている。両手で湯呑みを持ってお番茶を啜る姿が、何ともかわいらしい。手を振って聖連ちゃんに挨拶すると、慌ててガタンと椅子を引く音を立てて起立し、ペコペコこちらにお辞儀をしている。聖連ちゃんは結構礼儀正しくて、上下関係をしっかり守ろうとするところがある。わたしはあんまりそういうの気にしないんだけど。
 すぐに十一夜君も到着し、例のごとく抹茶エスプーマ善哉を食べながら、聖連ちゃんに事の経緯を説明する。

「それで聖連に頼みたいのは、学校の防犯カメラの録画を確認できるようにして欲しいんだけど」

「うん、分かった。やってみるね。圭ちゃんたちも写ってる?」

「ああ、写ってるね。痕跡消せる?」

「大丈夫。写ってない部分をループさせて編集するから」

「頼むね。えっと、まずは体育館裏の映像がほしい」

「はいは~い。任せて、圭ちゃん」

 聖連ちゃんは鞄からモバイルパソコンを出してきて、何やらキーボードをカチカチやりだした。

「え? ここで今?」

 こんな甘味処でカジュアルにそんなことできちゃうのか。ていうかやっちゃうのか……。最早いつものことながら、この兄妹のすることには呆気に取られてしまうよ。
 時々落ちてくる眼鏡を片手で上げる仕草がまたかわいい。顔がちっちゃいから眼鏡が大き過ぎてずり落ちてくるのだ。

「意外にセキュリティきちんとしてますね、この学校」

 そ、そうなんだ。それは良かったわ……。

「何時くらいの映像にアクセスすればいいかな?」

「そうだな……取り敢えず今から四十分前の映像、見せてもらえる?」

「了解……はい、どうぞ」

 えぇ? セキュリティきちんとしてるって言ったよね? もうハッキングされちゃったわけ? セキュリティ全然駄目じゃん、それ!

「セキュリティがしっかりしていると言っても、所詮一般的なレベルでの話です。例えば軍事レベルで考えた場合のセキュリティとは比べ物になりません」

 口をあんぐり開いて呆気に取られているわたしを見て、そんな解説をしてくる聖連ちゃんに、わたしはもう顎でも外すしかないくらい呆気に取られた。
 聖連ちゃんが見せてくれたパソコンの画面には、防犯カメラごとの録画映像のリストが表示されており、十一夜君が出してきたパソコンとデータ共有されているらしい。
 そうしていると俄に外が暗くなってきて、物凄い音を立てて雨が振り始めた。ついさっきまで晴れていたのに、結構な豪雨で、何だか先行きの不吉さを暗示しているかのようだ。
 十一夜君は録画データを確認して行く。

「……あ、これが体育館裏のカメラか」

「うん、データはここからどこの場所まで必要?」

「あぁ、えっとプールと更衣室の間の通路を通って、フェンス側から逃走したはずだよ」

「了解。じゃあそこまでダウンロードしちゃうね」

 十一夜君が動画再生ソフトを起動して、スライドバーを動かしながら進藤君が写っている時間帯を探している。

「来た来たっ。……ん? 誰か女子生徒と会っているね」

 誰だろう……確かに女子生徒と会っているな。
 呼び出された感じだろうか。

「何か言い争っているような感じだ。あっ……」

 さっき通った通路から下半身だけ戦闘服で上半身はタンクトップの男が出てきて、進藤君を捕まえようとしてやり合っている。あっという間に進藤君は気を失い、担いで連れて行かれた。言い争っていた女子生徒も後を付いて出て行ってしまった。

「えぇっ、やっぱり本当にこんな人に拉致されたの、進藤君? 嘘……やだ……」

 十一夜君の推察は聞いていたが、そんなドラマや映画みたいなことが実際に行われている場面を目にするのはかなり衝撃的で、思わず涙ぐんでしまった。ところが次の瞬間、そこへ現れたわたしが何とも間抜けで、涙も引っ込んでしまったのだが……。

「あはは、何これ、映像に写ってる連中かしら。サーバーに侵入してきてファイルを書き換え始めたよ。うふふ、ウケる」

 何か不味い事態のように聞こえたのだが、聖連ちゃんは極めて落ち着いた様子だ。というか嬉しそう? 聖連ちゃんは、物凄い勢いでコマンドを入力している。何かの漫画で見たことある風景だな。漫画では甘味処じゃなかったけれども。

「う~ん、こっちの回線が細すぎる」

 そう言いながらもタイピングの勢いは衰えない。それどころか寧ろ速くなってる気さえする。

「うふふ、侵入成功っ、あは」

 侵入? 何だろう、敵がセキュリティシステムに侵入して録画データを書き換えているんじゃなかったの? 眼鏡の奥で聖連ちゃんの目が座ってるよ。怖いよ、聖連ちゃん。

「うふふ、あはは。お相手さんのローカルネットワーク制圧」

 怖い怖い。聖連ちゃんが完全に危ない人になってるよ!

「ザックザック出て来るわ。あは、あはは、あははは」

「聖連、大概にしときなね。バックドア仕掛けておけばいつでもアクセスできる」

 十一夜君が、呆れ顔でまた始まったかとでも言いたそうに聖連ちゃんをたしなめている。

「は~い。うふふふふ、あはははは」

 って聖連ちゃん聞く気がねぇ~~。やばい。完全にやばいぞ、聖連ちゃん。この子は危ないわ。ハッキングし始めると人が変わるな。何か壊れてるぞ。

「聖連、やり過ぎちゃ駄目だよ。敵に警戒される」

「は~ぃ。仕方ないなぁ」

 そう言って漸く手を止めた。

「聖連ちゃん、今一体何が起こっていたの?」

「わたし以外の何者かがサーバーに侵入して来たんですよ。動画ファイルを別のファイルに書き換えようとしてたから、多分進藤先輩を拉致した人だと思います。証拠を消そうとしたんでしょうね。なので、元ファイルを避難させながら、侵入してきた相手のパソコンをハッキングしました。そこから向こうのローカルネットワークに侵入して、繋がってる機器にバックドア仕掛けたり、データ抜いたりして来ました。勿論、こちらが侵入した痕跡は一切残してないですよ」

「あはは……。その辺はやっぱり十一夜君の妹だねぇ……」

 やば過ぎて何も言えねぇ~。

「向こうに繋がってる機器のMAC Addressというのをぶっこ抜きましたので、この情報からパソコンのメーカー程度はすぐわかりますよ」

「へぇ、そうなんだぁ」

「はい、MAC Addressにはベンダーコードと言うものが割り当てられていまして、それは公開されています。ほら、こんな具合です」

「はぁ~、何かよく分かんないけど凄いんだね」

 ホント、専門的なことはさっぱり分からないけど、凄いんだなってことはよく分かった。
 十一夜君は引き続き自分のパソコンを使って録画をチェックしているようだ。時々スクリーンショットを撮っている。

「聖連、今車両の画像を送ったから、今度はその車両追跡して」

「は~い、了解で~す」

 とまぁ至って簡単そうに返事を返している聖連ちゃんだが、そんなことまでできるのか? どうするんだろうか。

「Nシステムに侵入しま~す。うふふ」

「Nシステム? 何それ、美味しいの?」

「食べられません」

 あ、やっぱり十一夜君と同じリアクションするんだ。兄妹だねぇ。て言うかNシステムって何なの?

「Nシステムっていうのは、警察が道路に設置している、自動車のナンバーの自動読み取りシステムだよ」

 十一夜君が説明してくれる。

「ほぇ~~、そんなものがあるんだぁ~」

「うん、これを使って該当車輌を追跡することができるんだ」

「ハイ、ビンゴで~す」

 と、聖連ちゃんがNシステムが捉えたポイントを結んだ経路を地図上に表示して十一夜君に見せた。十一夜君はその地図を見て、目を見開いた。

「これは……!」

 何々! 何なの? 車、どこ行ったわけ?
 雨足はいよいよ強まってきているようだ。激しく叩きつける雨の音で会話する声さえも聞こえ難くなってきたほどだ。

「それにしても十一夜君、引っ張るね、おい……」
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