TS女子になるって、正直結構疲れるもんですよね。

星加のん

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第三章 Hello, my friend

第55話 AFFAIR

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 抹茶エスプーマ善哉は美味しい。
 抹茶のほろ苦さ、それを泡状に加工することで苦味をマイルドに、それでいて芳醇な香りを楽しめる。
 この泡の状態のことをエスプーマというらしいが、これが善哉に掛かっているところがまた良い。
 餡このちょっとくどい部分を、抹茶エスプーマが優しく包み込んで、そしてエスプーマが溶けて行く時にはほろ苦さと清涼な緑茶の香りが洗い流してくれる。

 だが、当然のことながら抹茶エスプーマ善哉をいくら食べたところで、わたしの不安まで洗い流してくれるわけではない。進藤君達や丹代さんを巻き込んだこの一連の事件の行く末を思えば、不安はいっぱいだ。

 十一夜君は続けて、丹代さんの様子について話してくれた。

「丹代さんのことなんだけどさ。うちの医療チームによれば、かなり体調が戻ったみたい。それで、少しずつ事情聴取を始めてるんだけど、組織との繋がりについて訊ねると、まるでセキュリティロックでも掛けられているみたいにフリーズしてしまうんだ。相当意識の深い階層に催眠術でも掛けられているんじゃないのかという分析なんだけど……そんな調子で事情聴取も捗らない状況でね。思った以上に手こずりそう」

 そう言って十一夜君は少し困ったように肩を竦めてみせた。

 十一夜君の言う、意識の深い階層に掛けられている催眠術というのが邪魔するのだろう。十一夜君の術は、その階層より上に掛かっている状態らしく、上書きができないそうだ。
 より深い階層に十一夜君の術が効くようにするためには、丹代さんの意識の深い層に掛けられている術をまず取り除く必要があるそうなのだが、それがかなり根深くて簡単には取り除けないらしい。

「十一夜君にでもなかなか難しいものなのね……」

 聖連ちゃんが話し出すタイミングを推し量っていたようで、わたしが沈黙したのを見て話し出した。

「今度はわたしからの報告いいですか? まず進藤先輩の家に仕掛けてあるカメラと盗聴器からの分析結果なんですけど。あ、便宜上敬称は略して報告します。やはり今回の件に母親は関わってはいないようです。そして進藤杏奈は進藤洋介に対してかなりの執着を見せており、親のいないところでは執拗に進藤洋介に迫る場面も見られます」

「うわぁ~、何その乱れた義妹キャラは。……て言うか聖連ちゃん、そんなの見て大丈夫……?」

 少なくとも中学生の女子が見ていいものだとはどう考えても思えないよ。青少年育成保護条例的にもね。
 もっとも男子時代に熱心なエロ動画鑑賞者だった見地からは偉そうなことは言えないけども。あの頃のそんな自分を思い出すと、今となっては恥ずかしさと懐かしさが入り混じった何とも言えない、鼻の奥がツンとするような感じになってしまう。

 そんな郷愁のような、ブラジル人が言うサウダージってこういうことかとか、いや多分違うなとか、色々と思いを彷徨わせているわたしを他所に、聖連ちゃんの話は続く。

「妹モノのラノベや漫画、ゲームなど、一通りチェックしていますので大丈夫でふ。あ……」

 動揺してるじゃん、聖連ちゃん……。て言うかそういうのが好みか?

「僕も一応チェックしているけど、進藤君も巧くかわしているし、身体的に際どいような接触にまでは至ってないよ」

 と、十一夜君がフォローするように説明してくれた。
 そうか、まあそうであれば心配する程のものじゃないけど……。

「え、圭ちゃんも妹モノをチェックしているの?」

 え、チェックって、そっちのチェック? あれ、十一夜君、そっち系の趣味だった?

「違うよ。カメラや盗聴器の方をチェックしたってこと」

 だよねだよね。ちょっと安心したよ。

「それで、パソコンの方のウェブ閲覧履歴なんですけど、特に怪しいものはありませんでした。ただ、メールで気になる点がありました。一件だけ不審なメールがありまして……」

 不審なメール? どの辺が不審なのかといぶかしく思っていると、聖連ちゃんが続きを話し始めた。

「そのメールというのが、実は暗号化されていましてね。不審だったのでデコードを試みたんです。分散コンピューティングで十五時間かかりました。それでデコードした中身なんですが、THE TOWERという署名入りで出されてまして……」

「THE TOWER……? 聖連ちゃん、それってあのタロットカードのやつだよね……?」

 聖連ちゃんはわたしの問い掛けに黙って頷く。

 そうだ、靴箱に入れられていた塔から人が落っこちている様子が描かれていたカードがTHE TOWERだった。そして進藤君の義妹さんの部屋で見つかったタロットカードだが、十一夜君が言うには、THE TOWERはそのカードの束の中には見つけられなかったそうだ。
 つまり、わたしの靴箱に入れられていたTHE TOWERのカードは、進藤君の義妹さんの物だったのだろう。カードのメーカーが一致していることは十一夜君によって確認済みだ。

「メールの内容は、報告のようなものでした」

「報告……」

「はい。ただ詳しいことは書かれていなくて、『Page of swords 完了』という一文だけが書かれていました」

「それだけ……」

「それだけでした。だけどその『Page of swords』という言葉と、そのメールの宛先が興味深かったんです」

「宛先?」

「はい。より正確に言えば、宛先と言うより、宛先になっているメールアドレスの方ですね。thehighpriestess@xxxxx.comとなってました」

 THE HIGHハイ PRIESTESSプリーステス? 何なんだろう、意味が分からないけど……。

「それが?」

 ぽかんとしたわたしの質問に呆れることもなく、聖連ちゃんが説明を続けてくれた。いい子。

THE HIGHハイ PRIESTESSプリーステスというのも、タロットに含まれるカードの一枚だったんです」

「あ~、なるほど。つまり進藤君の義妹さんとそのメールの宛先の人物とは、タロットカード繋がりということ?」

「そういうことになりますね」

 ははぁ、これはつまりジョジョのスタンド使いと同じシステムか。

「そのカードにもやっぱり意味があるの?」

 わたしの質問に応じて、聖連ちゃんは直ぐにパソコンでWikiの当該ページを開いて見せてくれた。

 そこには女教皇と書かれていた。つまりTHE HIGH PRIESTESSというのは、女教皇という意味なのだろう。
 見出しに続く、カードの意味という項目には、正位置の意味として直感、知性、安心、満足、期待、聡明、雰囲気とある。続けて逆位置の意味として、悲観、無気力、無神経、現実逃避、疑心暗鬼、ヒステリーとあった。また、アーサー・エドワード・ウェイトのタロット図解における解説では「秘密・神秘・英知」を意味するとされる。と、このような説明がそこに加えられている。
 何だかわたしに送られてきたTHE TOWERよりポジティブで良さげな意味が含まれていて軽く屈辱を感じてしまう。

「恐らくその相手、女教皇が進藤杏奈を裏で動かしている人物か、あるいはそれに関わる人物じゃないのかと想定されます。どれくらいカードが暗示している意味と人物とに整合性があるのか分からないですけど、女教皇というからには女性じゃないのかと思われますね」

 それが聖連ちゃんの『THE HIGH PRIESTESS』に対する見解だ。

 続けて聖連ちゃんは、メール本文に書かれていた『Page of swords』という言葉についても、それがタロットカードの中に含まれるカードであることを示し、Wikiの該当ページを開いた。
 そのページは表になっていて、横列が左から順に、棒、聖杯、剣、硬貨、縦行は1から10までの数字に続けてPage(小姓)、Knght(騎士)、Queen(女王)、King(王)と並んでいる。
 『PAGEペイジ OFオブ SWORDSソード』は、剣とPage(小姓)の組み合わせということになるので、剣の列とPage(小姓)の行が交差する欄を見るとその意味するところが説明されていることになる。
 その欄の説明によると意味はこうだ。監視、警戒、スパイ、試験。

「面白いです。最後の試験は兎も角、監視、警戒、スパイ……。それってわたしたち十一夜家の、言わばお家芸ですよ。その分野に関しては誰にも負ける気がしません。うちとしてはまるで挑戦状を叩き付けられたような気分です。上等だこの野郎ですよ。これは俄然萌え……じゃなかった燃えるシチュですよ」

 そう言う聖連ちゃんを見ればパソコンのブルーライトが反射して眼鏡が光っている。黒い聖連ちゃんだ。
 十一夜君の方を見やれば、こっちはこっちで不敵な笑みを浮かべている。も受けて立つと言わんばかりの様子だ。
 客観的な立場から言わせてもらうと、恐らく相手は十一夜君達に探られていることなど知らないだろうし、当然十一夜君たちに挑戦しているつもりもないと思う。少なくとも現時点では。

「一応広告メールを装って添付ファイルにバックドアを仕組んだメールを送ってみましたが、流石に引っ掛かりませんでした」

 まぁそうだろうね。今時スパムメールなんて無視されるかスパムフィルターに引っ掛かって目に留まることすらないのも普通だろう。それにしても、もう聖連ちゃんがそれくらいのことやってても驚かなくなってきたな。

「ただ、送ったメールは某大手アプリケーションソフト会社の広告を装ったもので、HTML形式のメールだったんです。注意深い人はHTMLメールが送られてきてもテキスト形式でしか開かないように設定していたりするんですよ。でもTHE HIGH PRIESTESSさんはHTML形式のメールもそのままの形式で開く設定になっていたようです」

「へ~、そんなことも分かるんだね」

「えぇ。メールを開くとそこに含まれる画像を表示させるために、リンク先からダウンロードするようにリクエストがサーバーに送られます。そうすると、向こうさんのIPを始めとする情報が一緒にサーバー側に送られてくるわけなんですね。わたしはその情報を元に、向こうさんのパソコンをハッキングすることができるようになるわけです」

 ニヤリという擬態語が似合うその笑みは、聖連ちゃんの美少女振りにはとても似つかわしくない。

「何だかよく分からないけど、ハッキングできるようになったということだよね?」

「はい、そういうことです。ウフフ」

 眼鏡の奥で不敵に笑う聖連ちゃんは自信満々、そしてとても挑戦的に見えた。
 十一夜君もその辺りの話はまだ聞いていないようで、ここまで聖連ちゃんの報告に黙って耳を傾けていた。

「それで、何か掴めたの?」

「えぇ、それなりには」

 控えめに言う聖連ちゃんだが、その目は自信を覗わせている様に見えて、十一夜君とわたしは息を呑んだ。
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