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第三章 Hello, my friend
第62話 Cars And Girl(中編)
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「何、さっきしておった話の続きじゃ。そう言えば、十一夜のところの孫も同窓だそうじゃの」
「え、十一夜君ですか? はい、そうですけど……」
「奇遇にも十一夜も儂の教え子でな。あの家のこともよく知っておるんじゃ」
それはつまり裏稼業のことだろうか。そっちの事情も知ってるってこと?
「そうなんですか……それは奇遇ですねぇ……」
「何じゃ、そう構えなさんな。実を言うと、十一夜家も華名咲家も一緒に仕事をしたことがあるんじゃよ。具体的なことは言えないが、信頼しておくれ」
そうは言うけど、まだ判断材料に乏しい。どこまで話していいものか……。
「十一夜の孫はちょっと前に怪我をしたそうじゃな?」
「えぇ、確か肩を痛めてましたけど……?」
それがどうかしたか? 何か掴んでいるのか?
何かを探られているのかと思うと迂闊なことは言えない。
「ふむ。十一夜の人間が怪我をするというのは、通常であれば考えられん。よっぽどの任務か、若しくはよっぽどの不測の事態でもなければの」
確かに不測の事態だった。わたしにとってもそうだったし、況してや偶々通りかかった十一夜君には余計不測のできごとだったろう。流石じっちゃん、鋭いな。
「どうしてじゃろうの。不思議なことよ、十一夜にしてはな。それとも今の十一夜はその程度か? いや~、儂の知る限りではそれはないな。あの十一夜に限って」
明らかに含みを持たせた言い方をしている。これはもう、わたしと十一夜君の怪我との因果関係を疑っているのだな。
しらを切るのか?
「そう言えば、お嬢さん。おかしな手紙を受け取っておったの」
武蔵さんが箪笥の上からレターラックのような浅いかごを下ろしてきて、細野先生が取った手紙のコピーを取り出して見せてきた。例の男女キモい、死ねというあれだ。
「これを書いた子は行方をくらましたらしいのお。……洋輔に調べさせたら、十一夜の孫と同じ中学だと言うじゃないか。その子を介してお嬢さんと十一夜が繋がったのお……」
武蔵のじっちゃんがちらちらとこちらを見ながら、じわりじわりと詰め寄ってくるかのようだ。
「この手紙の文面にある、男女……これはどういう意味かの」
「さぁ、何でしょうかねぇ……」
「ふむ。普通男女と言えば、外見が性別にそぐわない場合か、言動が性別にそぐわない場合、そのいずれかじゃな。お嬢さんを見る限り、そのどちらにも当てはまらん。他に考えられるとしたら、恋愛対象が身体的な性別と違う場合に差別的に使うこともあろうが……」
武蔵さんが、じっと視線で射抜くようにしてこちらを観察している。
こちらとしては表情を読み取られまいと必死だが、緊張で明らかに顔が引き攣るのが分かる。
「ふむ。失礼ながら、そういうわけでもないようじゃ」
はぁ。辛くもクリアだ。見ただけでそこまで分かるとも思わないが、この眼力だ。何か見通せちゃうような気がしてしまう。
元々男だからそのまま女になっても女好きのままだとレズビアン認定されるところだった。恐らく脳まで女子化した所為で女性に対して恋愛感情や性的興奮を覚えることがなくなったのだろうな。かと言って男と恋愛したいと思うこともないのだが。
「この事件の鍵はどうもそこにあると儂は踏んでいるんじゃがなあ。つまり男女の意味するところ……じゃな。そしてこの男女にお嬢さんと手紙を書いた子と十一夜の孫が、何かの形で関係しておる。違うかな?」
何このじっちゃん。やけに鋭いというか核心を突いている。怖すぎる。
「ほれ、もういいじゃろ。洗い浚い喋ってしまいなさい。儂は味方じゃよ」
しらばっくれようかとも思っていたのだが、これ以上隠し果せない気もしてくる。
しかし武蔵さんが指摘した通り、この事件には丹代さんは勿論のこと、進藤君たちや麻由美ちゃん、十一夜君たちの秘密も関わっており、わたしの一存では最早決断できない部分でもある。
「どれ、世話が焼けるお嬢さんじゃわい」
そう言うと武蔵さんは、電話機のところへと行き、何処かへ電話を掛けた。
「おお、十一夜か。久しいな、儂じゃよ。知っておるか、最近お前のところの孫と華名咲のところの孫が連んで何やら面白そうな遊びをしておっての。今華名咲のお嬢さんに儂も混ぜろとお願いしておるところじゃ。どうじゃ、構わんのだろう? おお、じゃあお前のところの孫にも言っておけ。頼んだぞ。おお、お前も偶には顔出せ。うん、じゃあな」
受話器を置くとまたこちらに戻ってきた。
間違いない。これは十一夜君のお祖父ちゃんに直談判したのだろう。何か凄いな。あの十一夜家にこれだけ強気で言えるってことは、ただならぬ信頼関係があるってことだ。
「さ、これで問題ないじゃろ。十一夜の方はこれで儂が何を知っても文句なしじゃよ。晴の字のやつにも一報入れておくか? じゃが華名咲は簡単に親に頼るのを良しとはせん家風だからな。どうせ家族にも言っておらんのじゃろ?」
すべてお見通しか。うちの家風まで知っているとは敵わんな。
詰みだ。役者が一枚上だ。
そのことを悟ったわたしは、諦めてそれからこの事件に関して知っているすべてを洗い浚い話すと腹を決めた。
そう、すべて、洗い浚いにぶっちゃけたのだった。
すべてを話し終えると、相槌を打ちながらずっと話を聞いていた武蔵さんも流石に驚きを隠せないようだったが、大きく息を吐くと瞑目してゆっくりと頷いた。
「これからは儂が力になる。洋輔のやつにはこのことは一切話さんから大丈夫じゃ」
武蔵さんは秘密の厳守と全面協力を約束してくれた。
その後、先生と武蔵さんの奥さんであるすみれさんが帰宅し、お土産のめでたい焼き——要するにたい焼きだ——を皆でいただきながら談笑し、夕方早目の時間にお暇することにした。
またあの爆音轟くガタピシ車に乗り込んで帰途に着く。
「どうだった、じっちゃんと話はできたのか?」
「えぇ。全面的に協力してくださるということでした」
「そうか、それはよかった」
二人で大きな声を上げながらそんなことを話しながら帰った。
細い一方通行の道に入ったところで、前を行く車がやけにとろとろと走りだした。走るというより徐行だ。
するとその車が停止し、中から人が降りてきてこちらへ来た。
何だ何だ? トラブルか?
その人は運転席の先生の横まで来ると、道が分からなくて教えて欲しいと話しかけてきた。銀行を探しているのだという。
車の方は相変わらず徐行しながらも前進し続けているので、何となく違和感を感じていたのだが、特に何もなく道を訊きに来た人は駆け足で戻って行ってしまった。
わたしは何となく気になって車を目で追っていたのだが、脇を人が歩いているのが見えた。なるほど、道が分からないだけでなく、人が歩いているからとばせなかったんだな。
歩行者の女性も、車が気になるのかちょくちょく後ろを振り返りながら早足で歩いている。
「ん? おい、あれ……丹代花澄じゃないか?」
「へ?」
唐突に言われて間抜けな声が出てしまったが、今まさに見ていた歩行者が、言われてみれば確かに丹代さんだ。
こんなところにいるはずがないので、それが丹代さんと結びつかなかったのだが、先生に言われてあらためてそれが丹代さんだと確信した。
「あっ、ちょっと!」
車からさっきの人が降りたかと思うと、丹代さんを無理やり車に引きずり込んだ。
「うわ~っ、何だあれ、何だあれ! どうした、どうした? 何が起こってるんだ?」
先生がパニクって喚き散らしている。
「先生! 取り敢えず落ち着いて!」
「お、おぉ。そ、そ、そ、そうだな、うん」
「落ち着いたら追いかけて! ほら、逃げられちゃう!」
そら、散々名車だと吹かしたルノーの出番だよ。ここで実力見せずにどこで名車の実力見せるんだよ。
先生がまるで車にムチを入れるかのようにアクセルを煽ると、ルノーが矢のように加速し始めた。
どうして丹代さんがここに……?
「え、十一夜君ですか? はい、そうですけど……」
「奇遇にも十一夜も儂の教え子でな。あの家のこともよく知っておるんじゃ」
それはつまり裏稼業のことだろうか。そっちの事情も知ってるってこと?
「そうなんですか……それは奇遇ですねぇ……」
「何じゃ、そう構えなさんな。実を言うと、十一夜家も華名咲家も一緒に仕事をしたことがあるんじゃよ。具体的なことは言えないが、信頼しておくれ」
そうは言うけど、まだ判断材料に乏しい。どこまで話していいものか……。
「十一夜の孫はちょっと前に怪我をしたそうじゃな?」
「えぇ、確か肩を痛めてましたけど……?」
それがどうかしたか? 何か掴んでいるのか?
何かを探られているのかと思うと迂闊なことは言えない。
「ふむ。十一夜の人間が怪我をするというのは、通常であれば考えられん。よっぽどの任務か、若しくはよっぽどの不測の事態でもなければの」
確かに不測の事態だった。わたしにとってもそうだったし、況してや偶々通りかかった十一夜君には余計不測のできごとだったろう。流石じっちゃん、鋭いな。
「どうしてじゃろうの。不思議なことよ、十一夜にしてはな。それとも今の十一夜はその程度か? いや~、儂の知る限りではそれはないな。あの十一夜に限って」
明らかに含みを持たせた言い方をしている。これはもう、わたしと十一夜君の怪我との因果関係を疑っているのだな。
しらを切るのか?
「そう言えば、お嬢さん。おかしな手紙を受け取っておったの」
武蔵さんが箪笥の上からレターラックのような浅いかごを下ろしてきて、細野先生が取った手紙のコピーを取り出して見せてきた。例の男女キモい、死ねというあれだ。
「これを書いた子は行方をくらましたらしいのお。……洋輔に調べさせたら、十一夜の孫と同じ中学だと言うじゃないか。その子を介してお嬢さんと十一夜が繋がったのお……」
武蔵のじっちゃんがちらちらとこちらを見ながら、じわりじわりと詰め寄ってくるかのようだ。
「この手紙の文面にある、男女……これはどういう意味かの」
「さぁ、何でしょうかねぇ……」
「ふむ。普通男女と言えば、外見が性別にそぐわない場合か、言動が性別にそぐわない場合、そのいずれかじゃな。お嬢さんを見る限り、そのどちらにも当てはまらん。他に考えられるとしたら、恋愛対象が身体的な性別と違う場合に差別的に使うこともあろうが……」
武蔵さんが、じっと視線で射抜くようにしてこちらを観察している。
こちらとしては表情を読み取られまいと必死だが、緊張で明らかに顔が引き攣るのが分かる。
「ふむ。失礼ながら、そういうわけでもないようじゃ」
はぁ。辛くもクリアだ。見ただけでそこまで分かるとも思わないが、この眼力だ。何か見通せちゃうような気がしてしまう。
元々男だからそのまま女になっても女好きのままだとレズビアン認定されるところだった。恐らく脳まで女子化した所為で女性に対して恋愛感情や性的興奮を覚えることがなくなったのだろうな。かと言って男と恋愛したいと思うこともないのだが。
「この事件の鍵はどうもそこにあると儂は踏んでいるんじゃがなあ。つまり男女の意味するところ……じゃな。そしてこの男女にお嬢さんと手紙を書いた子と十一夜の孫が、何かの形で関係しておる。違うかな?」
何このじっちゃん。やけに鋭いというか核心を突いている。怖すぎる。
「ほれ、もういいじゃろ。洗い浚い喋ってしまいなさい。儂は味方じゃよ」
しらばっくれようかとも思っていたのだが、これ以上隠し果せない気もしてくる。
しかし武蔵さんが指摘した通り、この事件には丹代さんは勿論のこと、進藤君たちや麻由美ちゃん、十一夜君たちの秘密も関わっており、わたしの一存では最早決断できない部分でもある。
「どれ、世話が焼けるお嬢さんじゃわい」
そう言うと武蔵さんは、電話機のところへと行き、何処かへ電話を掛けた。
「おお、十一夜か。久しいな、儂じゃよ。知っておるか、最近お前のところの孫と華名咲のところの孫が連んで何やら面白そうな遊びをしておっての。今華名咲のお嬢さんに儂も混ぜろとお願いしておるところじゃ。どうじゃ、構わんのだろう? おお、じゃあお前のところの孫にも言っておけ。頼んだぞ。おお、お前も偶には顔出せ。うん、じゃあな」
受話器を置くとまたこちらに戻ってきた。
間違いない。これは十一夜君のお祖父ちゃんに直談判したのだろう。何か凄いな。あの十一夜家にこれだけ強気で言えるってことは、ただならぬ信頼関係があるってことだ。
「さ、これで問題ないじゃろ。十一夜の方はこれで儂が何を知っても文句なしじゃよ。晴の字のやつにも一報入れておくか? じゃが華名咲は簡単に親に頼るのを良しとはせん家風だからな。どうせ家族にも言っておらんのじゃろ?」
すべてお見通しか。うちの家風まで知っているとは敵わんな。
詰みだ。役者が一枚上だ。
そのことを悟ったわたしは、諦めてそれからこの事件に関して知っているすべてを洗い浚い話すと腹を決めた。
そう、すべて、洗い浚いにぶっちゃけたのだった。
すべてを話し終えると、相槌を打ちながらずっと話を聞いていた武蔵さんも流石に驚きを隠せないようだったが、大きく息を吐くと瞑目してゆっくりと頷いた。
「これからは儂が力になる。洋輔のやつにはこのことは一切話さんから大丈夫じゃ」
武蔵さんは秘密の厳守と全面協力を約束してくれた。
その後、先生と武蔵さんの奥さんであるすみれさんが帰宅し、お土産のめでたい焼き——要するにたい焼きだ——を皆でいただきながら談笑し、夕方早目の時間にお暇することにした。
またあの爆音轟くガタピシ車に乗り込んで帰途に着く。
「どうだった、じっちゃんと話はできたのか?」
「えぇ。全面的に協力してくださるということでした」
「そうか、それはよかった」
二人で大きな声を上げながらそんなことを話しながら帰った。
細い一方通行の道に入ったところで、前を行く車がやけにとろとろと走りだした。走るというより徐行だ。
するとその車が停止し、中から人が降りてきてこちらへ来た。
何だ何だ? トラブルか?
その人は運転席の先生の横まで来ると、道が分からなくて教えて欲しいと話しかけてきた。銀行を探しているのだという。
車の方は相変わらず徐行しながらも前進し続けているので、何となく違和感を感じていたのだが、特に何もなく道を訊きに来た人は駆け足で戻って行ってしまった。
わたしは何となく気になって車を目で追っていたのだが、脇を人が歩いているのが見えた。なるほど、道が分からないだけでなく、人が歩いているからとばせなかったんだな。
歩行者の女性も、車が気になるのかちょくちょく後ろを振り返りながら早足で歩いている。
「ん? おい、あれ……丹代花澄じゃないか?」
「へ?」
唐突に言われて間抜けな声が出てしまったが、今まさに見ていた歩行者が、言われてみれば確かに丹代さんだ。
こんなところにいるはずがないので、それが丹代さんと結びつかなかったのだが、先生に言われてあらためてそれが丹代さんだと確信した。
「あっ、ちょっと!」
車からさっきの人が降りたかと思うと、丹代さんを無理やり車に引きずり込んだ。
「うわ~っ、何だあれ、何だあれ! どうした、どうした? 何が起こってるんだ?」
先生がパニクって喚き散らしている。
「先生! 取り敢えず落ち着いて!」
「お、おぉ。そ、そ、そ、そうだな、うん」
「落ち着いたら追いかけて! ほら、逃げられちゃう!」
そら、散々名車だと吹かしたルノーの出番だよ。ここで実力見せずにどこで名車の実力見せるんだよ。
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