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第四章 Love And Hate
第87話 ドギー & マギー
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「外であなたを監視している人間がいます」
いきなり隣で物騒なことを呟く見知らぬ男にビビるわたし。そりゃそうだ。そんなことあったら普通怖い。
こえ~とか思って固まってるわたしにはお構いなしに、その男はぶつくさ呟き続ける。
「そのまま本を探してるフリをして聞いてください。わたしは十一夜朧と言います。あなたの警護に就いている者です。裏口から出ますので、わたしが動いたらゆっくり五つ数えて後についてきてください。分かったら一冊本を手に取ってすぐ戻して。質問があれば今そのままの体勢で訊いてください」
え、何々!? 監視されてる?
ん、十一夜? ということは、十一夜君の親戚の人?
ていうか普通に分かりましたって口で言えばよくない? この人だってぶつくさ喋ってるし。質問あったら訊けって言ってるし。監視の人って外だよね?
まあそれは兎も角、このめっちゃ怪しい人が十一夜を名乗ったからといって、それで安心できるのかと言えばそういう訳でもなく、心拍数は跳ね上がるし鼓動も激しくなる。
このところその手の危険はなかったのに、今になって一体何なのだろう。
しかし十一夜君の暗躍について外部に知る者はいない。ということはつまり、十一夜家がわたしの警護をしていることを知る人間も外部にはいない訳で、敵対的な立場の人間が十一夜を語ってわたしを騙そうとする可能性は極めて低いと言える。だからある程度は信用してもいいのじゃないかと判断した。
わたしは言われた通り参考書を一冊手に取って表紙を少し眺めると、そのまま元の場所に戻した。
……ねぇ、この手順やっぱ必要なくない?
それを確認した十一夜を名乗るその人は、すぐに奥の方へと動いた。
1、2、3、4、5。言われた通りゆっくり五つ数えてから、その人の後を追う。
その人はStaff Onlyと書かれたドアの前でわたしを待っていてくれたのだが、わたしが動くのを確認するとドアを開けて、
「お疲れ様でーす」
と、大胆に声を掛けて中に入って行った。
慌ててわたしも付いて行くと、中はまだ開封されていない書籍や雑誌の束が山積みになっている。奥に店員さんもいるようだが、
「お疲れでーす」
と声は返ってきたものの、こちらを見ることはなかった。
その人――朧さん――はそのままずいずい進んで、出入口のドアを開けてさっさと出て行った。わたしも後に続いて表に出ると、朧さんがドアの脇で待っていてくれた。
「では、こちらへ」
案内されるままに歩いて行くと、近くのコインパーキングに入った。
黒いビーグルの前に来ると、後部座席のドアを開けて、乗るように促された。
本当に信用していいのだろうかと少し躊躇したが、その車の運転席にはなんと聖連ちゃんが座っているではないか。
「夏葉先輩、お久し振りです」
聖連ちゃんは相も変わらずかわいらしい。そして相も変わらず当たり前のように無免許で車を運転してるのね。
それはそうと、聖連ちゃんの姿を目にして漸く本当に信用していいのだと安心することができたのだった。
「先輩、外から見えないようにシートに横になって伏せていてください」
そう言って聖連ちゃんがエンジンを掛けたので、朧さんは乗らないのか訊ねると、わたしの監視者が何者なのか調べるために残るのだと言う。
「ありがとうございました」
朧さんにお礼を言うと、小さく黙礼してドアを閉めてくれた。駐車場代も払ってくれたようだ。
そのまま送ってくれると言うので、家まで短い距離だがお言葉に甘えることにした。
道すがら、今わたしの護衛をしてくれているのが朧さんで、先日の火事騒動の時に助けてくれたのも朧さんだったことを教えてもらった。
そういうことならその件についてきちんとお礼を言っておくべきだったと思うが、さっきまでそんなことは知らなかったし、登場の仕方があれだけ怪し過ぎたのだから仕方がない。
あっという間に家に着き、上がってお茶でも飲んでいくよう誘ったのだが、テスト期間だからと丁重に断られてしまった。
中等部も今テスト期間中だったのか。そんな中をわたしのために貴重な時間を割いて助けに来てくれたことに改めて感謝して別れた。
それにしても久し振りの緊迫感だった。
わたしを監視って、誰が? 理由も分からないけど、MS絡みだったらやだなぁ、怖いから。
でも今のところその関連しか思い当たる節がないんだよなぁ。ヒィ~、怖っ。
こんな時に十一夜君に頼れないって辛い。今まで如何に十一夜君の力に頼り切っていたのか、改めて痛感させられる。
いやまあ、十一夜君は代わりに朧さんをわたしの警護に付けていてくれるのだし、いざとなったら朧さんが今日みたいに助けてくれるのだろうけどもさ。
だけど、何て言うかな、その……。
前みたいに、また十一夜君が助けに来てくれたらいいのにな……。
あれ。
気が付いたらまたぽろぽろと頬を伝って落ちた滴が、机の上に小さな水溜りを作る。
最近のわたしは情緒不安定だろうか。よっぽど今日のことで不安を感じているのか……。いや、でも朧さんと聖連ちゃんのお陰で何の問題もなく帰ってこられた訳だし、別に身の危険を感じるようなことが実際にあった訳じゃないのだし、泣くほど不安になることもないだろうに。
そう自分に言い聞かせるのだが、何故か涙は止まらないし、段々悲しい気持ちになってくる。
目の前の十一夜君謹製の編み包みをそっと手に取って眺めた。
これをただギュッとするだけで、十一夜君と繋がることができるのに……。
以前には何も知らずに握り締めて、駆け付けた十一夜君に救われたこともあったのに。なのに今はそれだけのことが躊躇われて、ただこの編み包みを眺めているだけ。
わたしは一体どうしちゃったんだろうな。
原因不明の苦しい気持ちに今一つ釈然としないまま、唯々その気持ちを抱え込むよりないのだった。
その後、温かいものが飲みたくて紅茶を淹れて独りで啜ってから、使用した茶葉をティッシュに包んで瞼にパックした。
これも腫れ瞼防止対策の一つである。
夕食時、フランスから留学してくる予定の親戚のディディエが来日する日取りが決まったという話が話題に上った。
ここのところのゴタゴタですっかり忘れていたけれど、そういえばそういう話もあったのだった。
こちらの夏休みに入ってすぐの、最初の週末に来るとのことだ。
お祖父ちゃんたちのところに滞在するということだが、食事は我々と一緒に取るらしい。
今にも増して賑やかになるな。
部屋に戻って入浴後、充電中のスマホをチェックすると、LINEの通知が来ている。
誰からのメッセージかが目に入って一気に鼓動が激しく暴れ始める。
元々そんなに連絡をくれる方ではなかった上に、最近では桐島さんに掛かりっきりの彼から連絡が来るなんてことは益々無くなっていたので、瞬時にいろんな思いが交錯して顔がカーッっと熱くなるのが分かる。
メッセージは十一夜君からだ。
何か悪い知らせだろうか。それとも何か嬉しい知らせが?
やっぱり他の奴には任せておけない。これからはまた十一夜君がわたしを守ることにしたとか。
なんてね、なんてねー。って、いやいや、そんなことはないか。がっかりするからあんまり都合いい方には考えない方がいいって。
色々と複雑だ。
多少逡巡したが意を決して、エイッとスマホの十一夜君とのトークをタップする。
でも目を開ける勇気はまだない。
そう、思い切ってスマホをタップしたはいいものの、ビビりのわたしはタップした瞬間に目を瞑ってしまったのだ。
再度意を決して、ゆっくりそっと重い瞼を持ち上げて、スマホに目を落とす。
『朧に連絡先を教えてもいい?』
たったそれだけ? って、本当にそれだけかよ!
思わず二度見しちゃったじゃないか!
相変わらずこの男はエコモードか。
わたしの逡巡は何だったんだ……。
思わず溜息の一つも吐きたくなるってもんだ。
あ~ぁ……。はぁ。
はいはい。構いませんよ。
『どうぞ』と。
半ば呆れたような、諦めたような気持ちで、わたしもエコモードの返信をしたのだった。
いきなり隣で物騒なことを呟く見知らぬ男にビビるわたし。そりゃそうだ。そんなことあったら普通怖い。
こえ~とか思って固まってるわたしにはお構いなしに、その男はぶつくさ呟き続ける。
「そのまま本を探してるフリをして聞いてください。わたしは十一夜朧と言います。あなたの警護に就いている者です。裏口から出ますので、わたしが動いたらゆっくり五つ数えて後についてきてください。分かったら一冊本を手に取ってすぐ戻して。質問があれば今そのままの体勢で訊いてください」
え、何々!? 監視されてる?
ん、十一夜? ということは、十一夜君の親戚の人?
ていうか普通に分かりましたって口で言えばよくない? この人だってぶつくさ喋ってるし。質問あったら訊けって言ってるし。監視の人って外だよね?
まあそれは兎も角、このめっちゃ怪しい人が十一夜を名乗ったからといって、それで安心できるのかと言えばそういう訳でもなく、心拍数は跳ね上がるし鼓動も激しくなる。
このところその手の危険はなかったのに、今になって一体何なのだろう。
しかし十一夜君の暗躍について外部に知る者はいない。ということはつまり、十一夜家がわたしの警護をしていることを知る人間も外部にはいない訳で、敵対的な立場の人間が十一夜を語ってわたしを騙そうとする可能性は極めて低いと言える。だからある程度は信用してもいいのじゃないかと判断した。
わたしは言われた通り参考書を一冊手に取って表紙を少し眺めると、そのまま元の場所に戻した。
……ねぇ、この手順やっぱ必要なくない?
それを確認した十一夜を名乗るその人は、すぐに奥の方へと動いた。
1、2、3、4、5。言われた通りゆっくり五つ数えてから、その人の後を追う。
その人はStaff Onlyと書かれたドアの前でわたしを待っていてくれたのだが、わたしが動くのを確認するとドアを開けて、
「お疲れ様でーす」
と、大胆に声を掛けて中に入って行った。
慌ててわたしも付いて行くと、中はまだ開封されていない書籍や雑誌の束が山積みになっている。奥に店員さんもいるようだが、
「お疲れでーす」
と声は返ってきたものの、こちらを見ることはなかった。
その人――朧さん――はそのままずいずい進んで、出入口のドアを開けてさっさと出て行った。わたしも後に続いて表に出ると、朧さんがドアの脇で待っていてくれた。
「では、こちらへ」
案内されるままに歩いて行くと、近くのコインパーキングに入った。
黒いビーグルの前に来ると、後部座席のドアを開けて、乗るように促された。
本当に信用していいのだろうかと少し躊躇したが、その車の運転席にはなんと聖連ちゃんが座っているではないか。
「夏葉先輩、お久し振りです」
聖連ちゃんは相も変わらずかわいらしい。そして相も変わらず当たり前のように無免許で車を運転してるのね。
それはそうと、聖連ちゃんの姿を目にして漸く本当に信用していいのだと安心することができたのだった。
「先輩、外から見えないようにシートに横になって伏せていてください」
そう言って聖連ちゃんがエンジンを掛けたので、朧さんは乗らないのか訊ねると、わたしの監視者が何者なのか調べるために残るのだと言う。
「ありがとうございました」
朧さんにお礼を言うと、小さく黙礼してドアを閉めてくれた。駐車場代も払ってくれたようだ。
そのまま送ってくれると言うので、家まで短い距離だがお言葉に甘えることにした。
道すがら、今わたしの護衛をしてくれているのが朧さんで、先日の火事騒動の時に助けてくれたのも朧さんだったことを教えてもらった。
そういうことならその件についてきちんとお礼を言っておくべきだったと思うが、さっきまでそんなことは知らなかったし、登場の仕方があれだけ怪し過ぎたのだから仕方がない。
あっという間に家に着き、上がってお茶でも飲んでいくよう誘ったのだが、テスト期間だからと丁重に断られてしまった。
中等部も今テスト期間中だったのか。そんな中をわたしのために貴重な時間を割いて助けに来てくれたことに改めて感謝して別れた。
それにしても久し振りの緊迫感だった。
わたしを監視って、誰が? 理由も分からないけど、MS絡みだったらやだなぁ、怖いから。
でも今のところその関連しか思い当たる節がないんだよなぁ。ヒィ~、怖っ。
こんな時に十一夜君に頼れないって辛い。今まで如何に十一夜君の力に頼り切っていたのか、改めて痛感させられる。
いやまあ、十一夜君は代わりに朧さんをわたしの警護に付けていてくれるのだし、いざとなったら朧さんが今日みたいに助けてくれるのだろうけどもさ。
だけど、何て言うかな、その……。
前みたいに、また十一夜君が助けに来てくれたらいいのにな……。
あれ。
気が付いたらまたぽろぽろと頬を伝って落ちた滴が、机の上に小さな水溜りを作る。
最近のわたしは情緒不安定だろうか。よっぽど今日のことで不安を感じているのか……。いや、でも朧さんと聖連ちゃんのお陰で何の問題もなく帰ってこられた訳だし、別に身の危険を感じるようなことが実際にあった訳じゃないのだし、泣くほど不安になることもないだろうに。
そう自分に言い聞かせるのだが、何故か涙は止まらないし、段々悲しい気持ちになってくる。
目の前の十一夜君謹製の編み包みをそっと手に取って眺めた。
これをただギュッとするだけで、十一夜君と繋がることができるのに……。
以前には何も知らずに握り締めて、駆け付けた十一夜君に救われたこともあったのに。なのに今はそれだけのことが躊躇われて、ただこの編み包みを眺めているだけ。
わたしは一体どうしちゃったんだろうな。
原因不明の苦しい気持ちに今一つ釈然としないまま、唯々その気持ちを抱え込むよりないのだった。
その後、温かいものが飲みたくて紅茶を淹れて独りで啜ってから、使用した茶葉をティッシュに包んで瞼にパックした。
これも腫れ瞼防止対策の一つである。
夕食時、フランスから留学してくる予定の親戚のディディエが来日する日取りが決まったという話が話題に上った。
ここのところのゴタゴタですっかり忘れていたけれど、そういえばそういう話もあったのだった。
こちらの夏休みに入ってすぐの、最初の週末に来るとのことだ。
お祖父ちゃんたちのところに滞在するということだが、食事は我々と一緒に取るらしい。
今にも増して賑やかになるな。
部屋に戻って入浴後、充電中のスマホをチェックすると、LINEの通知が来ている。
誰からのメッセージかが目に入って一気に鼓動が激しく暴れ始める。
元々そんなに連絡をくれる方ではなかった上に、最近では桐島さんに掛かりっきりの彼から連絡が来るなんてことは益々無くなっていたので、瞬時にいろんな思いが交錯して顔がカーッっと熱くなるのが分かる。
メッセージは十一夜君からだ。
何か悪い知らせだろうか。それとも何か嬉しい知らせが?
やっぱり他の奴には任せておけない。これからはまた十一夜君がわたしを守ることにしたとか。
なんてね、なんてねー。って、いやいや、そんなことはないか。がっかりするからあんまり都合いい方には考えない方がいいって。
色々と複雑だ。
多少逡巡したが意を決して、エイッとスマホの十一夜君とのトークをタップする。
でも目を開ける勇気はまだない。
そう、思い切ってスマホをタップしたはいいものの、ビビりのわたしはタップした瞬間に目を瞑ってしまったのだ。
再度意を決して、ゆっくりそっと重い瞼を持ち上げて、スマホに目を落とす。
『朧に連絡先を教えてもいい?』
たったそれだけ? って、本当にそれだけかよ!
思わず二度見しちゃったじゃないか!
相変わらずこの男はエコモードか。
わたしの逡巡は何だったんだ……。
思わず溜息の一つも吐きたくなるってもんだ。
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