暁の彼方

Mono

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#24 食堂事件の軌跡

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「……どうして私が姉さんと……」

「レン! えへへ、あーん」

「──! レン様、こっちのお肉も美味しそうだよ! あ、あーん……」

「それにしても、どうして理事長まで……」

「あら、担任教師の貴女が居るのだから、私が居ても問題は無いでしょう?」

「はわわわわわ、なんだか凄い光景ですっ」

「……とりあえず、僕はとばっちりでしかないんだけど……。レン、今日はお前の奢りだからな」

 剣呑な雰囲気のノーザン姉妹とエリーゼ、呆れ気味のアイリス先生とそれを揶揄うセリカ、状況が理解できずに混乱するメイちゃん、がくりと項垂れながらもちゃっかり奢らせるセドリック。相当にカオスな空間となっていた。

 偶々食堂に居た生徒達もなんだなんだと集まってきて、かなりの数の見物客が俺達見守っていた。セドリックやエリーゼのファンクラブや、アルティナやアイリス先生の隠れファン、セリカやエレナを一目見ようとする者も居た。

「姉さん、邪魔。レンの隣は私の特等席なんだから」

「え~、こういうのって早い者勝ちでしょ? ま、アルティナが私に勝つなんて天地がひっくり返っても無理だけどね~」

 とりあえず、ここの姉妹からなんとかしなくては。

 席順としては──エリーゼ、俺、エレナ、アルティナ、向かい合うようにセリカ、アイリス先生、メイちゃん、セドリックとなっている。

 つまり、この姉妹は俺のすぐ左隣でバチバチやりあっているのだ。……まあ、一方的にアルティナが揶揄わられているようにしか見えないけど。

「……エレナ、とりあえず今は俺に免じて抑えてくれないか?」

「うーん……レンが言うんなら吝かじゃないんだけど……あ、なら頭撫でてよ」

「それで抑えてくれるなら、いくらでも撫でるよ……。ほら」

「えへへ、これはヤバイね~」

 俺が頭を優しく撫でると、エレナはいつかの狂気的な笑みからは想像も出来ない程にダラシない表情になると、そのまま俺の腕に抱きつきながらも押し黙ってくれた。

「むぅ……姉さんばかり不公平だと思うんだけど……」

「──? なら、後でいくらでも撫でるけど」

「まったく、レンはしょうがない人だね。それで手を打ってあげるよ」

 そうは言いつつアルティナも口角はニヤニヤと上がっているし、心なしか先程より機嫌が良いように見える。

 それに対してエレナも突っかからないし、どうやら俺との約束を守ってくれる気はあるようだ。

 ……なんというか、この二人は猫みたいなんだよな。猫耳とか尻尾が生えても、全然違和感がなさそうだ。

 ともあれ。お次は……。

「…………もっと私に構ってもいいのに……」

 ちょっと拗ねてそっぽを向いているエリーゼのご機嫌取りだな。

「悪い悪い。でも、俺はエリーゼとこうして一緒に飯が食べられて嬉しいよ」

「……まあ、王宮ではお茶菓子ばかりだったからね。こうしてご飯をお供するというのは、なんだかんだ初めてだね」

「そうだろう? だから、俺としては今後も一緒に飯を食べられたらな~……と思うんだけど」

「私もだよ! むしろ、死ぬまで一緒に居ても……」

 身を乗り出してそう言ってきたエリーゼは、そのまま俺の体に頬擦りをしてきた。

「死ぬまで一緒だよ。病める時も、健やかなる時も、貧しい時も、富める時も、何があってもずっと一緒だからね……」

 ブツブツと呟きながら頬擦りするエリーゼの目のハイライトがストライキをしているようにも見えたが、恐らく気のせいだろう。気のせいと言ったら気のせいなのだ。

 ハイライトが頑張っている事を祈りつつ、視線の向きをセリカとアイリス先生に向ける。そこでは、二人が何かの話で盛り上がっているようだ。

「……というか理事長、来月のクラス予算を急遽減らすのはどうかと思いますよ」

「それはそうなのだけれどね。でも暫くはアスタライトへの寄付金・・・で忙しいのよ。ねぇ?」

「………………………………」

 寄付金とは名ばかりの賠償金の支払いという現実を言われたアイリス先生は、そのまま押し黙ってしまった。とはいえ、こういった予算などに関する話なんて上下関係の間では当然ある話だろうし、本気で対立しているというわけではないだろう。

「そうですか、それは残念です。来月末には白錬金魔術研究所の見学に行こうと思っていたので、理事長にも付き添いをお願いしようと考えていたのですけど……予算が無いなら仕方ないですね、先方には申し訳ないないですが取り止めにしましょう」

「っ……そういえば二年生にはそれがあったわね……」

 白錬金魔術──通称《白金》は、生命に対して直接干渉する魔術で、それを研究する白錬金魔術研究所では合成獣キメラの研究なども行なっている。

 とはいえ、《白金》もあくまで《白》に類する魔術である事には変わりないため、生命への直接的な攻撃性能は殆どない。むしろその逆──究極的には、死者の蘇生などを目的としているのだ。

 …………もっとも、今日に至るまで数百年と研究された《白金》でも、ある一つの方法を除けば・・・・・・・・・・蘇生など不可能だ。そしてその唯一の方法も、倫理的な観点から魔術協会によって使用を禁止されている。実質的に、現状では蘇生は叶わぬ夢だという事だ。

 あとついでに言うと、白錬金魔術研究所がある場所は本土から離れた孤島にあるため、天然のビーチを楽しむ事もできる。俺が一回だけアインに連れていってもらった時に、あいつは水着姿で誘惑とか言っていた。まあ、アインが楽しそうだったから良いけど。……研究所を見学していた時のアイン、なんだか辛そうだったから。

「……そうね、それがあったわね。それを使えば彼を誘惑することも……でも、それは逆もあり得て……いえ、今回は二年生だけ、要警戒の彼女は三年生だから来れない……それなら、充分に勝ち目はある……っ」

 セリカは何かをブツブツと呟きながら逡巡しているようだ。

 そして数秒が経過すると、何かを決意した様子の彼女はアイリス先生の方を向き、

「二年生の白錬金魔術研究所の見学に関してだけ、特例で予算を出してあげる。ただし、今回限りよ。あくまで、この見学が生徒達にとって有意義なものになるからと判断したからであって……何をニヤニヤ笑っているのよ?」

「いえいえ、なんでもありませんよ。それよりも、予算ありがとうございます。新しい水着買わないとですね」

「…………………………まあ、そうね」

 どうやら二人の間で納得がついたようだ。

 アイリス先生もそれ以上食い下がる様子がないし、最初からこの見学への予算を搾り取るのが目的だったのかもしれない。そう考えれば、結果的に何もかもがアイリス先生の思惑通りだったということか……。

「レンさんも、楽しみですよね?」

 アイリス先生に話を振られた俺は首肯で返す。

「ええ。どちらにしても俺に扱うことは叶わないですけど……それでも《白金》の分野に全く興味がないわけじゃないですし。それに間近でキメラを観察できる数少ない機会でもありますしね」

 キメラは犯罪者魔術師がよく使う常套手段だ。その構造をより理解できれば、さらに効率よくキメラを殺せる。そうすれば、結果的に犯罪者を素早く捕えることに繋がる。

 ……なんというか、もはや職業病になりつつあるな。

「いえ、それもですけど……私達の水着姿、興味ありませんか?」

 俺のちょうど正面に座っているアイリス先生が、手をテーブルに乗せながら身を寄せてきた。手で挟まれた胸がムギュッとさらに押し寄せられ、いつもより大きく見えてしまう。加えて、俺の位置からでは谷間が丸見えだ。

「……まあ、興味が無いと言えば嘘になりますね……」

 正直、この光景を見ながらでは誰だってこう答えてしまうだろう。

 男子の欲望なんてそんなものだ。

「えへへ、嬉しいです。先生の水着、楽しみにしていてくださいね」

 幸せオーラ全開のアイリス先生。しかし、その横に居るセリカは俺をジーッと不満そうな目つきで見ている。

「……ふーん、私の水着姿はいらないのね……」

 なんか明らかにめんどくさい雰囲気になったセリカだが、これは放置していた俺にも責任の一端はあるだろう。フォローするためにも、セリカに声をかける。

「そんなことない。こういう言い方、セリカは嫌いだろうけど──セリカのプロモーションで水着を着てくれるなら、見たくないわけがない」

「そうなの? なら、私も張り切っちゃおうかな…………君のためにね」

 最後の一言は大方リップサービスなのだろうが、先程のような邪な発言がセリカの機嫌を損ねなかっただけマシだ。

 うふふ、えへへ、と頬を緩ませる二人を一瞥した俺は次にメイちゃんとセドリックを見やる。

 そこでは二人が楽しそうに話していた。

「ほー、女学院でのエリーゼはそんな感じだったんだ」

「はい。優しくお淑やかで、正に学院の憧れの的でしたね。…………それで、その~……」

「ああ、分かっているよ。学園でのレンの様子だろ? 実は先日もこんなことが……」

 どうやらメイちゃんはエリーゼの、セドリックは俺の話をしているようだ。

 確かに、セドリックもいくらエリーゼと兄妹とはいえ学校が変われば一緒にいられる時間も減るわけだし、女学院でどんな様子だったか気になるのは当然かもしれない。

 そしてそれはメイちゃんも似たような感じだろう。いくら昔に会ったことがあると言っても、たったの一度きりだ。お互いに知らないところがいっぱいありのだし、それを知りたがるのは道理だろうな。

 そう考えれば、俺もメイちゃんの事や、女学院でのエリーゼの様子も聞いてみたいかもしれない。

「二人とも、盛り上がっているみたいだな?」

「ああ、レンか。──まあな。実際、メイさんの話は分かりやすくて助かるよ」

「いえいえ、滅相も無い! 私だって、レンくんのことがいっぱい知れて嬉しいですし……」

 首をぶんぶんと横に降るメイちゃんを見て、俺とセドリックは同時に苦笑した。謙虚なのはいいことだが、ここまでやられると、もはやギャグの域だ。

「そういえば、俺ってメイちゃんのこと全然知らないんだよな。良かったら、メイちゃん自身のことについても教えてくれないか?」

「わ、私のですか? でも、私の話なんて聴いてても面白いくてないですよ……?」

「それでも構わないよ。単に俺がメイちゃんのことを知りたいだけなんだから」

「そ、そうですか……それでは、僭越ながら少し私のことを語らせてもらいますね」

 コホンッと喉の調子を整えたメイちゃんは、分かりやすく聴き取りやすい口調で話していく。

「元々私は平民の生まれで、これといった特技も才能も無い一般人だったんです。……いえ、それどころかドジで鈍臭くて、近くに住んでいた男の子にも何度もイジメられて……」

「それって、単にメイさんのことが気になっていただけなんじゃ……」

「──その男は誰だ? 今すぐボコりに行こう」

 こんな健気な女の子をイジメるとはその罪、万死に値する。セドリックが何かを言いかけていたが知ったことではない。今すぐにでもその男に絶望を見せてやらなくては……。

「いやレンはもう少し落ち着けよ」

「これが落ち着いていられるものか。メイちゃんみたいに可愛くて献身的で優しい女の子をイジメるなど、例え王家が許そうとも俺が許さん」

「安心しろ、マジモンの王族を前にそれを言えるレンの度胸の方がヤバいから。メイさんからも、この大馬鹿に何か言ってあげて……」

 そう言いながらセドリックが横に座るメイちゃんの方を向くと、そこには顔を真っ赤にしたメイちゃんが居た。

「……可愛い……献身的……優しい…………あぅ……」

 顔から湯気を出しながら恥ずかしがる彼女の姿は、まさしく先程の俺の言葉が間違っていないことを証明していた。こんなに可愛い反応をするメイちゃんをイジメるとは……益々、その男が許せなくなってきた。

「──こうなったら《灰》を使ってでも……」

「いやいや、落ち着けよ。さっきの男の子ってのは大方、好きな子はイジメたくなる少年特有の行動に出ていただけだろ」

「──? どうして好きな子をイジメるんだよ? そんなことをしたら、余計嫌われるだろ」

「まあ、そういうのって理屈じゃないだろう。例え嫌われても自分を見てほしい……そういう考えなんじゃないのか? レンにもそういう時期なかったか?」

「……俺の少年期、親のアホらしい喧嘩しか見てこなかったから……」

「…………すまん…………」

 なんかもう、俺とセドリックの空気がどんよりとしてきたところに修復完了したらしいメイちゃんが入り込んできた。

「え、えとえと、大丈夫ですか……?」

 あわあわとしながらも俺達を気遣うその姿は、本当に微笑ましいものだった。

「ああ、悪いなメイちゃん、話の腰を折っちゃって。続きを聴かせてくれよ」

「わ、分かりました。──えっと、それでですね、そうして落ち込んで泣いている時に一人の少年と出会ったんです。その子は一生懸命になって私の事を励ましてくれて──当時の私には、それこそヒーローのように見えたんです。……なんて、えへへ、自己解釈し過ぎですかね」

 苦笑する彼女の話を聴いて、俺は口を開く。

「……そんなことないと思う。きっとソイツも、メイちゃんが今みたいに頑張ってくれたのなら本望なんじゃないか? ……俺には関係無いことだけど」

 セドリックがニヤニヤしながら俺を見てくるが、そんなものは無視だ。

 ただ実際、こうしてあの時も言葉を胸に一生懸命になるメイちゃんの姿を見ると、当時の自分が肯定された気分になって、俺も救われたような気がする。

「えへへ、ありがとうございます。……それから、私は人の為に何かできたらなって思って、それでメイドさんを目指したんです。と言っても、まだまだ道半ばですけどね」

 人の為に、か。心優しいメイちゃんらしい志だな。あの日泣きじゃくっていた女の子がここまで立派に成長するとは……なんだか感慨深いものがあるな。

「ありがとう、メイちゃん。こうして話を聴かせてもらって嬉しかったよ」

「ああ、僕もだ。これからも妹のことをよろしく頼む」

「私なんかに……その、ありがとうございます。誠心誠意努めさせていただきますねっ」

 彼女のその笑みは、あの日の俺の行いが無駄じゃなかった──そう胸に抱かせるには、充分なものだった。

 何はともあれ、これで全員と話をすることができた。なんとか空気も緩和してくれた……ような気がする。

 色々と気になる事もあるが、それ以上に今はとりあえず眼下にある昼食を早く食べなくては。みんなと話していたらすっかり遅くなってしまった。

 ──斯くして、フェイト魔術学園に居る超絶美人達が全員集まって食べる最初の昼食は終わりを迎えた。

 家族、体質、過去、才能、立場、それぞれが違ったものを抱えながらも笑い合う。その光景が偽りに塗れたものだとは思えなかった。
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