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Ⅰ.小学校での生活
クラスのボッチが恋愛する話。3
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──キーンコーン
五限目の終了を知らせる鐘が鳴る。
「ふぅ、これで今日の授業は終わりなわけだけど……美咲ちゃんはどうする?」
「私はここでお兄ちゃんを待ってますね」
即答でそう言った美咲は、机の上に並んでいた教科書やノートをさっさとランドセルに仕舞うと、そのままジッとして、まるで石像のように動かなくなった。
現在、小学校四年生の美咲はまだ五時間目の授業までしかない。そのため、本来ならば既に下校時刻は目の前に迫っている。
だが、六年生の志貴はそうもいかない。高学年たる彼の場合は、基本的に六限まで授業がある。そのため、本来なら美咲と志貴が並んで帰路につく事は、そう無い筈なのだ。
しかし、美咲がそれを許容するわけがないし、何よりも志貴が不安でたまらない。そのため、普段からこうして美咲が志貴を待ち、二人で下校をしているのだ。
勿論それは、美咲が一時間彼の授業が終わるのを待つ事を意味する。智恵が構ってやる事もできるが、彼女にも仕事があるので、常につきっきりというわけにもいかない。
そんな一人兄が来るのを待っている妹が考え出した究極の暇つぶし──それこそが、
──妄想である。
そう、妄想。頭の中で自分に甘々に接してくれる兄の姿を想像する。そしてむふふ……となりかけた頃には一時間が経っているために、目を開ければそこにはリアル志貴登場。という、完璧な作戦を思いついた彼女は、さっさく実践している。まあ、他人から見れば微動だにしないようにも見えるが。
はいそこ、ヤベーやつとか言わない。
──コンコンッ
「失礼しまーす、みーちゃんいますか?」
ふと、保健室のトビラから音がした。数回鳴ったその音が止んだかと思えば、今度はガラガラッという音を伴って扉は開かれた。
そして、扉を超えて廊下から現れたのは、少女だった。
年は美咲と同じくらいだろう。茶色い髪の毛を長いツインテールにして束ねている。丸っこい両目が可愛らしく、美咲が『儚い』なら、この子は『元気』といった感じだ。
「あ、りーちゃん。どうしたの?」
美咲の事をみーちゃんと呼んだ、りーちゃん──歌川 絵里は素早い動きで美咲の元へと駆け寄る。
「どうしたの、じゃないよ。みーちゃんがいきなり保健室に行くから、何事かと思って…………大丈夫、なんだよね? また倒れたりしたら、私……っ」
あどけない瞳に微かに涙を宿した絵里を見た美咲は、笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。今日はたまたまちょっと体調が良くなかっただけだから。念のために保健室に来ただけだし、そんなに大袈裟な事じゃないよ」
「うぅ……そうは言ったって、ただでさえみーちゃん病弱なんだし、心配もしちゃうよ……」
「ありがとう、りーちゃん。でも今日は本当に大丈夫だから、できれば布団で涙を拭くのをやめてほしいかな……後で高槻先生に怒られちゃいそうだし……」
それを聞いた絵里は顔を押し付けていた布団から、バッと離れた。その素早い動きを見た美咲は「あはは……」と渇いた笑いを出していた。
以前に似たような事で絵里が思いっきり布団を汚した時、どうやら智恵からかなり手酷いお説教を喰らったらしく、それ以来どうにも彼女は智恵を苦手としているようだ。
「まあ、もう気づいているけどね」
ふと、絵里の後ろから声が聞こえた。彼女と向かい合う位置に居る美咲には、その声の主の姿が見えているために、心の中で絵里に「が、頑張れ……」と小さな応援を送る事しかできない。
そして当人の絵里は、ギギギと壊れた歯車のような音を出しながらゆっくりと後ろを振り返る。するとそこには、ある意味で予想通りの人物がいた。
「………………こんにちは、高槻先生……」
「ええ、こんにちは絵里ちゃん。さて、これはどういう事か聴かせてくれるかな?」
ソッと智恵の手を見てみれば、そこには絵里の涙やらでシミができてしまった布団があった。勿論、洗濯をすれば落ちるのだろうが、そういう問題ではないと言いたそうな目をする智恵に、絵里はガクガクブルブルと震えていた。
「…………三六計逃げるに如かず! さよならっ!」
小学校四年生にしては随分と難しいセリフを吐きながら、絵里はつむじ風と共に保健室から逃げてしまった。
「あ、待ちなさいっ!」
そして智恵はそれを追いかけていってしまった。
つまりは、美咲は今保健室に一人になっていた。
「行っちゃった…………りーちゃん、頑張ってね……」
美咲は、半分諦めたかのような祈りを込めた言葉を呟いた。
そもそも大人と子供では体格が違いすぎる。大方、一〇分をすれば捕まって戻ってくるだろうなぁ……と遠い目をしていた美咲だったが、その目にはすぐに輝きが宿る。
「お、美咲居たか。……って、高槻先生はどうしたんだ? それに絵里ちゃんのランドセルも置いてあるし、二人ともどっか行ったのか?」
美咲の瞳に輝きが生まれた理由。それは、授業を終えた志貴がやってきた事だ。
「来てくれたんだね、お兄ちゃん。りーちゃんと先生なら…………お、鬼ごっこしてるよっ」
「鬼ごっこ? …………まさか、来る途中に向かいの廊下から聞こえた絶叫って……」
それ以上考えるのはやめよう。そう考えた兄妹は、露骨に話題を変えていく。
「あ、ああ、ならどうする? このまま絵里ちゃんを待ってから帰るか?」
「う、うん、そうしようかな」
あはは……。と、虚しい二つの笑いが保健室に響いたが、それを気にしたら負けなのだろう。何にかは知らないが。
「ともあれ。絵里ちゃんは絶賛逃走中だろうし、暫く二人で待ってるか」
「──うんっ」
保健室に置かれている大きめの机に、三つずつ計六個の椅子がその机を囲むように置いてあるが、そのうち彼は入り口側の右端の椅子に座る。ちなみに、入り口側の真ん中の椅子には美咲が座っているため、二人は隣り合って座る事になっている。
「そういえばお兄ちゃん。もう帰りの会が始まっている時間だけど、戻らなくていいの?」
妹のその純真な瞳に、思わず「う……っ」と小さく呻いてしまった志貴だったが、すぐに気を取り戻す。
「その、ちょっと教室の雰囲気が良くなくてな……めんどくさくて、サボってきた」
バツが悪そうにそう言う志貴に、美咲は突如としてギューっと抱きついてきた。
「えへへ、それってつまり、早く私に会いたかったって事だよね? 私も早くお兄ちゃんに会いたかったし……つまりこれが、相思相愛っ!」
額を彼の胸板がある位置に押し付けてスリスリしながら割ととんでもない事を言い出した美咲に、志貴は微妙な笑みを浮かべるしかなかった。
正直に言えば、妹のことは愛している。ただ、それがいったい家族としてなのか異性としてなのかが、彼には分からなかった。
だがそれも無理からぬ事だろう。妹に対する愛のベクトルなど、同じ状況なら大人ですら判別できかねる。それを、ただの小学校六年生に判断しろという方が酷というものだ。
「なあ、美咲」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
急に優しい口調で話しかけてきた志貴に、彼女は疑問を抱く。まあ、頭はグリグリしたままだけど。
「美咲にとって、お兄ちゃんってなんだ?」
──やっぱなし。恥ずかしさから、彼がそう言おうとしたが、それよりも早く美咲が口を開いた。
「──大切な人だよ。私にとって、一番信頼できる人で、一番好きな人。兄妹だからどうとか、そういう問題じゃないの。私は、ただの人間として、貴方の事を愛している」
「…………それ、は……」
──ただの人間として、貴方を愛している。
とても小学校四年生の放つ言葉とは思えず、そして、小学校四年生とは思えない程の覚悟の篭った言葉だ。その言葉がどれだけの意味と重責を担うものか、志貴は勿論のこと、言い放った本人である美咲でも理解している。
兄妹だから。倫理的にダメだから。世間的にダメだから。
どんなに『ダメ』と言われたところで、感情とはそんなもので抑えつけられるものではない。まして小学生の彼女の感情を、いったい誰が止められるというのか。それこそ、血の繋がった兄ですら不可能なのかもしれない。
それでも、彼は言わなくてはならない。
「──ごめん。今の俺には、美咲の気持ちには応えられない」
「──────────ッ」
悲しそうで、辛そうで、今にも死んでしまいそうな表情。そんな妹を見た彼は、思わず先の言葉を撤回したくなるが、それではダメだと自らを奮い立たせる。
「今の俺には、美咲を守る事すらできやしない。だからどうか、こんな情けない兄でもいいんだったらさ。後、一〇年待ってくれないか? 本当の意味で俺が責任を持てるようになった、その時には──俺の気持ちを、伝えさせてほしい」
言い終わった志貴も、気付いている。これは自分の身勝手なお願いなのだと。こんな一時の感情のために、妹の人生を縛り付ける事になるかもしれないと。自分が本当に兄に徹するならば、こんな事ではダメなのだろう。
でも、彼だって未だ小学生なのだ。ほんの少しの我儘と反抗くらい、許してほしい。
「──はい。一〇年でも、二〇年でも、例え一〇〇年経っても、ずっとずっと貴方の事を待ち続けています」
満面の笑みを浮かべて、何の疑いも抱かずにそう言ってしまう美咲に、志貴はとうとう理解する。
──嗚呼、彼は愛する妹の人生を束縛してしまった。
人は彼を『勇気ある者』と称えるかもしれない。
人は彼を『最低の屑男』と罵るかもしれない。
けれど、それでいい。どんな賞賛も、どんな罵倒だって甘んじて受けよう。それで彼女の幸せが約束されるのだったら、自分はなんだってしてみせる。
それがどれだけの覚悟なのか、未だに彼は理解していない。でも、それがどれだけの地獄なのか、既に彼は理解している。
小学校六年生の身には、あまりに重すぎる覚悟。
小学校四年生の身には、あまりに辛すぎる現実。
それら全てを、この兄妹はその瞬間に背負う事になったのだ。
神もいなければ慈悲もない。過酷な運命を前に、それでも彼等は抗い続ける。例え、世界の全てが敵に回ろうとも、目の前の妹を守ると決めたから。
その先にある筈の、幸せを信じて────。
五限目の終了を知らせる鐘が鳴る。
「ふぅ、これで今日の授業は終わりなわけだけど……美咲ちゃんはどうする?」
「私はここでお兄ちゃんを待ってますね」
即答でそう言った美咲は、机の上に並んでいた教科書やノートをさっさとランドセルに仕舞うと、そのままジッとして、まるで石像のように動かなくなった。
現在、小学校四年生の美咲はまだ五時間目の授業までしかない。そのため、本来ならば既に下校時刻は目の前に迫っている。
だが、六年生の志貴はそうもいかない。高学年たる彼の場合は、基本的に六限まで授業がある。そのため、本来なら美咲と志貴が並んで帰路につく事は、そう無い筈なのだ。
しかし、美咲がそれを許容するわけがないし、何よりも志貴が不安でたまらない。そのため、普段からこうして美咲が志貴を待ち、二人で下校をしているのだ。
勿論それは、美咲が一時間彼の授業が終わるのを待つ事を意味する。智恵が構ってやる事もできるが、彼女にも仕事があるので、常につきっきりというわけにもいかない。
そんな一人兄が来るのを待っている妹が考え出した究極の暇つぶし──それこそが、
──妄想である。
そう、妄想。頭の中で自分に甘々に接してくれる兄の姿を想像する。そしてむふふ……となりかけた頃には一時間が経っているために、目を開ければそこにはリアル志貴登場。という、完璧な作戦を思いついた彼女は、さっさく実践している。まあ、他人から見れば微動だにしないようにも見えるが。
はいそこ、ヤベーやつとか言わない。
──コンコンッ
「失礼しまーす、みーちゃんいますか?」
ふと、保健室のトビラから音がした。数回鳴ったその音が止んだかと思えば、今度はガラガラッという音を伴って扉は開かれた。
そして、扉を超えて廊下から現れたのは、少女だった。
年は美咲と同じくらいだろう。茶色い髪の毛を長いツインテールにして束ねている。丸っこい両目が可愛らしく、美咲が『儚い』なら、この子は『元気』といった感じだ。
「あ、りーちゃん。どうしたの?」
美咲の事をみーちゃんと呼んだ、りーちゃん──歌川 絵里は素早い動きで美咲の元へと駆け寄る。
「どうしたの、じゃないよ。みーちゃんがいきなり保健室に行くから、何事かと思って…………大丈夫、なんだよね? また倒れたりしたら、私……っ」
あどけない瞳に微かに涙を宿した絵里を見た美咲は、笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。今日はたまたまちょっと体調が良くなかっただけだから。念のために保健室に来ただけだし、そんなに大袈裟な事じゃないよ」
「うぅ……そうは言ったって、ただでさえみーちゃん病弱なんだし、心配もしちゃうよ……」
「ありがとう、りーちゃん。でも今日は本当に大丈夫だから、できれば布団で涙を拭くのをやめてほしいかな……後で高槻先生に怒られちゃいそうだし……」
それを聞いた絵里は顔を押し付けていた布団から、バッと離れた。その素早い動きを見た美咲は「あはは……」と渇いた笑いを出していた。
以前に似たような事で絵里が思いっきり布団を汚した時、どうやら智恵からかなり手酷いお説教を喰らったらしく、それ以来どうにも彼女は智恵を苦手としているようだ。
「まあ、もう気づいているけどね」
ふと、絵里の後ろから声が聞こえた。彼女と向かい合う位置に居る美咲には、その声の主の姿が見えているために、心の中で絵里に「が、頑張れ……」と小さな応援を送る事しかできない。
そして当人の絵里は、ギギギと壊れた歯車のような音を出しながらゆっくりと後ろを振り返る。するとそこには、ある意味で予想通りの人物がいた。
「………………こんにちは、高槻先生……」
「ええ、こんにちは絵里ちゃん。さて、これはどういう事か聴かせてくれるかな?」
ソッと智恵の手を見てみれば、そこには絵里の涙やらでシミができてしまった布団があった。勿論、洗濯をすれば落ちるのだろうが、そういう問題ではないと言いたそうな目をする智恵に、絵里はガクガクブルブルと震えていた。
「…………三六計逃げるに如かず! さよならっ!」
小学校四年生にしては随分と難しいセリフを吐きながら、絵里はつむじ風と共に保健室から逃げてしまった。
「あ、待ちなさいっ!」
そして智恵はそれを追いかけていってしまった。
つまりは、美咲は今保健室に一人になっていた。
「行っちゃった…………りーちゃん、頑張ってね……」
美咲は、半分諦めたかのような祈りを込めた言葉を呟いた。
そもそも大人と子供では体格が違いすぎる。大方、一〇分をすれば捕まって戻ってくるだろうなぁ……と遠い目をしていた美咲だったが、その目にはすぐに輝きが宿る。
「お、美咲居たか。……って、高槻先生はどうしたんだ? それに絵里ちゃんのランドセルも置いてあるし、二人ともどっか行ったのか?」
美咲の瞳に輝きが生まれた理由。それは、授業を終えた志貴がやってきた事だ。
「来てくれたんだね、お兄ちゃん。りーちゃんと先生なら…………お、鬼ごっこしてるよっ」
「鬼ごっこ? …………まさか、来る途中に向かいの廊下から聞こえた絶叫って……」
それ以上考えるのはやめよう。そう考えた兄妹は、露骨に話題を変えていく。
「あ、ああ、ならどうする? このまま絵里ちゃんを待ってから帰るか?」
「う、うん、そうしようかな」
あはは……。と、虚しい二つの笑いが保健室に響いたが、それを気にしたら負けなのだろう。何にかは知らないが。
「ともあれ。絵里ちゃんは絶賛逃走中だろうし、暫く二人で待ってるか」
「──うんっ」
保健室に置かれている大きめの机に、三つずつ計六個の椅子がその机を囲むように置いてあるが、そのうち彼は入り口側の右端の椅子に座る。ちなみに、入り口側の真ん中の椅子には美咲が座っているため、二人は隣り合って座る事になっている。
「そういえばお兄ちゃん。もう帰りの会が始まっている時間だけど、戻らなくていいの?」
妹のその純真な瞳に、思わず「う……っ」と小さく呻いてしまった志貴だったが、すぐに気を取り戻す。
「その、ちょっと教室の雰囲気が良くなくてな……めんどくさくて、サボってきた」
バツが悪そうにそう言う志貴に、美咲は突如としてギューっと抱きついてきた。
「えへへ、それってつまり、早く私に会いたかったって事だよね? 私も早くお兄ちゃんに会いたかったし……つまりこれが、相思相愛っ!」
額を彼の胸板がある位置に押し付けてスリスリしながら割ととんでもない事を言い出した美咲に、志貴は微妙な笑みを浮かべるしかなかった。
正直に言えば、妹のことは愛している。ただ、それがいったい家族としてなのか異性としてなのかが、彼には分からなかった。
だがそれも無理からぬ事だろう。妹に対する愛のベクトルなど、同じ状況なら大人ですら判別できかねる。それを、ただの小学校六年生に判断しろという方が酷というものだ。
「なあ、美咲」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
急に優しい口調で話しかけてきた志貴に、彼女は疑問を抱く。まあ、頭はグリグリしたままだけど。
「美咲にとって、お兄ちゃんってなんだ?」
──やっぱなし。恥ずかしさから、彼がそう言おうとしたが、それよりも早く美咲が口を開いた。
「──大切な人だよ。私にとって、一番信頼できる人で、一番好きな人。兄妹だからどうとか、そういう問題じゃないの。私は、ただの人間として、貴方の事を愛している」
「…………それ、は……」
──ただの人間として、貴方を愛している。
とても小学校四年生の放つ言葉とは思えず、そして、小学校四年生とは思えない程の覚悟の篭った言葉だ。その言葉がどれだけの意味と重責を担うものか、志貴は勿論のこと、言い放った本人である美咲でも理解している。
兄妹だから。倫理的にダメだから。世間的にダメだから。
どんなに『ダメ』と言われたところで、感情とはそんなもので抑えつけられるものではない。まして小学生の彼女の感情を、いったい誰が止められるというのか。それこそ、血の繋がった兄ですら不可能なのかもしれない。
それでも、彼は言わなくてはならない。
「──ごめん。今の俺には、美咲の気持ちには応えられない」
「──────────ッ」
悲しそうで、辛そうで、今にも死んでしまいそうな表情。そんな妹を見た彼は、思わず先の言葉を撤回したくなるが、それではダメだと自らを奮い立たせる。
「今の俺には、美咲を守る事すらできやしない。だからどうか、こんな情けない兄でもいいんだったらさ。後、一〇年待ってくれないか? 本当の意味で俺が責任を持てるようになった、その時には──俺の気持ちを、伝えさせてほしい」
言い終わった志貴も、気付いている。これは自分の身勝手なお願いなのだと。こんな一時の感情のために、妹の人生を縛り付ける事になるかもしれないと。自分が本当に兄に徹するならば、こんな事ではダメなのだろう。
でも、彼だって未だ小学生なのだ。ほんの少しの我儘と反抗くらい、許してほしい。
「──はい。一〇年でも、二〇年でも、例え一〇〇年経っても、ずっとずっと貴方の事を待ち続けています」
満面の笑みを浮かべて、何の疑いも抱かずにそう言ってしまう美咲に、志貴はとうとう理解する。
──嗚呼、彼は愛する妹の人生を束縛してしまった。
人は彼を『勇気ある者』と称えるかもしれない。
人は彼を『最低の屑男』と罵るかもしれない。
けれど、それでいい。どんな賞賛も、どんな罵倒だって甘んじて受けよう。それで彼女の幸せが約束されるのだったら、自分はなんだってしてみせる。
それがどれだけの覚悟なのか、未だに彼は理解していない。でも、それがどれだけの地獄なのか、既に彼は理解している。
小学校六年生の身には、あまりに重すぎる覚悟。
小学校四年生の身には、あまりに辛すぎる現実。
それら全てを、この兄妹はその瞬間に背負う事になったのだ。
神もいなければ慈悲もない。過酷な運命を前に、それでも彼等は抗い続ける。例え、世界の全てが敵に回ろうとも、目の前の妹を守ると決めたから。
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