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絢爛たる撫子
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キンモクセイの甘くて優しい香りが鼻をくすぐった。
季節は紅葉色めく秋の中頃で、スカートからタイツやジャージを生やす女子生徒も増えてきた。スカートの下にジャージを着用する者は学校の規則と生徒指導担当教師の意識の高さに則って厳しい注意を受けるが、女子生徒側もそれくらいは承知でジャージを履いてくる。高坂陽葵も、決められた恰好をしなければならないことに異を唱えている一人で、彼女にいたっては足首まで隠れる超ロングスカートを履いて登校していた。わざわざ丈詰めをしていない学校指定のスカートを購入しているのだから、こだわりは相当なものである。
「おい高坂! いったいいつになったらそれやめるんだ! スケバンのつもりか!」
「すいませーん。すぐ脱ぐんでー。普通のスカートもこの下に履いてるんでー」
「おい待て!」
「あ、遅刻しちゃうんで、すみませーん」
へらへらと教師の追従をかわし、さっさと昇降口の扉をくぐる。親友の友坂里恵が小さく呻いた。
「もー。そろそろちゃんとしないと反省文書かされるよ? 絶対」
「いいのいいの。男はズボン、女はスカートって時点でおかしいんだからさ。なんでこんなクソ寒いのに足出してなきゃいけないのよ。もはや虐待でしょ。反省文上等」
「いやいや。それならタイツ履けば良いじゃん」
「タイツなんて履いたって意味ないから。全然寒いから。二重三重に履く猛者もいるみたいだけど、脚が太く見えそうで嫌だし、一部男子がエロい目で見てくるかもだし。なんかキモイ」
「うわー。陽葵それ自意識過剰」
陽葵は学校の校則が嫌いだった。最もらしい規則と肩を並べるような形で平然と意味の分からない規則が横行しているからである。それがなんだか大人の都合というか、腐った慣習というか……とにかく気持ちが悪かった。陽葵が休日にネットで調べたところ、学校によっては下着の色までチェックしてくるらしい。常識的に考えてセクシャルハラスメントだと思う。PTAもっと頑張れ。モンスターペアレントよ、今こそ立ち上がれ。と陽葵はその時、顔の前に握り拳を振り上げて強く強く願った。
「にしても陽葵って、ほんとバンカラだよね」
ばんから? 聞き慣れない言葉に頭をひねらせてから、あっと声を出して親友に指を向けた。
「また大正ロマン語だな?」
「野蛮の"蛮"に、貝殻の"殻"で蛮殻。一般的にカタカナでバンカラと書きます。荒々しく振る舞う人のことを言うよ」
ふふんと得意げになる里恵の頭に陽葵はチョップをかました。
「誰が野蛮だ」
「野蛮じゃないよ。バンカラだよ。あのね、バンカラはね、見た目に惑わされずに本質を大事にする人のことでもあるんだよ。頑なに超ロングスカート登校を続ける陽葵にはピッタリな呼び名だと思うの」
「おまえ、さっき私のこと自意識過剰とか言ってなかったっけ?」
里恵は大正マニアで、一九一二年から一九二六年の十五年間という短い年月で生まれた和洋折衷な世界観に魅了されている。彼女曰く、かの時代は大和魂を持つ人達が西洋というものに対して各々の見解を持って接している時代だという。そこにはプラスの感情もマイナスの感情も存在していて、日本人の在り方というものを誰もが考えていたのではないかとのこと。洋式に染まりつつある現代人では決して持ちうることの出来ないであろう思想と時代背景が、大正の景色をノスタルジックに染める。日本人らしさを捨てまいとしながら、洋式を少しずつ受け入れていく和洋折衷の時代は、彼女の目には和と洋がせめぎ合っているように見えるそうで、それがなんとも哀愁を誘うのだという。しかしそれと同時に新しい様式の芽吹きを感じられる時代でもあり、多種多様なものが衰退したり、発展したりしたそうだ。
――気勢に満ちているのに、どことなく陰があって、なんだかそれがとても幻想的。というのは彼女がよく口にする言葉だ。
異国の文化が自国の文化と混ざりあっていくあの時代でしか生まれることのなかったドラマも沢山あるらしく、里恵はよく陽葵にその話をする。陽葵は陽葵でよくもまあここまで夢中になれるなあと彼女に一種の尊敬の念を抱くとともに、大正トークを案外楽しみにしていたりするのだった。
「ところで陽葵ちゃん。最近駅前に出来た大正ロマン街あるでしょ?」
「あるもなにも土日遊びに行ってるだろ。ほぼ毎週」
「まあまあ。……なんかね。大正ロマン愛好会の間でとある噂が飛び交っててさ、超絶美人のハイカラさんが出没するらしいんだよ。ハイカラといっても、クロッシェ帽子を被っているようなモダンガールじゃなくてね、秋草文様の京友禅に女袴の女学生なんだってさ。めっちゃマブくない? ねえ今日の放課後にでも探してみようよ」
陽葵にはアキクサモヨウもキョウユウゼンもなんのことやら分からなかったが、とにかく超絶美人なのだということだけは分かった。
里恵の影響によるところが大きいが、陽葵は段々と和洋折衷の魅力に気付き始めていた。なんというか現代にはない宝物を見つけるような感覚。見慣れない文化に自身を投影してうっとりするような感覚。当時の人達の思想に想いを馳せて神妙になる感覚。それは人生で初めて遊園地に行った時のような気持ちに似ていた。
「しょうがないなあ。そんじゃ探す前に琥珀堂のオムライスで腹ごしらえね」
「おっけー!」
誰かが流行は循環していると言っていた。どんな新しいものでもいずれは古いものへと変わっていく。古くなりすぎたものは忘れ去られていく。そして忘れ去られたものは新しいに等しい。流行の循環は時代にスポットを当て、日本各地に様々な時代様式の街を作り上げた。
先人達の思想に賛否問わず理解を持ってほしいという偉い人達が、政策に賛成した地域と協力して実施しているプロジェクトなのだという。陽葵と里恵にとっては日本各地に面白いテーマパークが出来たくらいの感覚だが、世間では大いに物議を醸しているプロジェクトであった。やれ人種差別だの、やれ軍事国家転身への布石だのと、その批判の声は枚挙にいとまがない。
「んー! オムライスうっま! マジでここのオムライスうまいんですけど! うますぎるんですけど!」
「陽葵ちゃん……はしたないよ。恥ずかしいからもうちょっと声小さくしてよ」
大正ロマン街の南門から三〇〇メートルほど進み、かぐわしいクロワッサンと本の香りの順に通り過ぎたところに『純喫茶琥珀堂』はあった。当時の息遣いを感じさせるようなヴィンテージもので店内は溢れかえっており、懐古趣味御用達の店として各方面から一目を置かれている名店である。店内はお洒落なカフェミュージックが大半流れているが、松井須磨子の『ゴンドラの唄』が必ず一時間周期で一度流れる。
大正ロマン街が出来てから今日まで数えてわずか一ヶ月ほど。琥珀堂の店主である黒井義信は大の和洋折衷マニアで、明治後期から大正にかけてのこだわりが尋常ではない人物だった。また黒井店主は今回のプロジェクトの中心人物である新任の文部科学省大臣とも積極的に連携を取り合っていて、今後の大正ロマン街の発展にも大きく関わってくるちょっとした有名人でもあった。
「お待たせいたしました。ホットケーキセットと、シベリアセットになります」
上品な光沢を放つ漆塗りテーブルにことり、ことりと純白の皿が二枚置かれた。
「ありがとうございます!」
「わー。ありがとうございます」
柔らかそうなバターの下でメイプルシロップが四方からとろりと流れ落ちる姿を目の当たりにして、陽葵はキャーと歓声をあげた。それとは対照的に里恵は幸せそうに静かに微笑む。それがなんとなく面白かったのか、黒井店主はブラジルコーヒーをカップに注ぎながら朗らかに笑った。
「いつもお越しいただきありがとうございます。お二人は白城高校の学生さんですよね? 学生の常連さんってお二人くらいなので覚えちゃいました。これからも贔屓にしてくださいね」
陽葵と里恵は一度顔を見合わせてから、少し恥ずかしそうに笑いあった。
「こちらこそこんな美味しいオムライス食べたことなかったので、これからも食べに来ると思います! こちらこそいつもありがとうございます!」
「私……大正時代のファンなんですけど、このお店に初めて来た時から、もう本当に素敵なお店だなって思ってました。お店の見た目も、インテリアもお食事のメニューも愛に溢れているというかなんというか。もうほんとありがとうございますって感じです。はい」
二人の言葉に黒井店主は三度目の笑みを浮かべた。それはそれはとても嬉しそうに。
「ありがとう。お近づきの印にデザート一つサービスするよ。どうかな?」
少女達もこれまた顔を見合わせたかと思いきや、声を合わせて黒井店主に向き直った。
「いただきます!」
こくりと頷き、黒井店主は厨房へと姿を消していく。すると里恵が気の抜けたようなため息を吐いた。
「カッコいいなあ……黒井さん。スマートだし優しいし穏やかだし笑顔は素敵だし包容力ありそうだし守ってくれそうだしもう最高! これが大人の色気ってやつかなぁ……ね、陽葵もそう思うでしょ?」
両手を頬に当ててぶんぶんと顔を振っていた里恵が陽葵を見やると、すんとした顔で里恵を見据えていた。
「いや、ないね。そもそも男に興味ないし」
「もー。陽葵は女っけなさすぎるよー。せっかくの花の女子高生だっていうのにさ」
「んなこと言われても興味ないもんは興味ないし」
陽葵はあたかもこの話は終わりだと言わんばかりに目を伏せて、ブラジルコーヒーの入ったカップを持ち上げて口につけた。
大正ロマン街に黄昏が満ちる。街道の中央を走る黄金色の小川は、水面を揺らめかせてキラキラと輝く光を運んでいく。朱に染められた夕空ではチドリたちが隊列を組んで力強く泳ぐように飛んでいた。和と洋の入り混じった夕暮れの町並みは不思議な暖かみを放ち、見るもの全てに幻想的で心地よくてどこか哀愁を誘う世界を感じさせる。異郷を着飾った絢爛たる故郷には、古めかしい村々にもシステマティックな巨大都市にもない美しい華があった。
陽葵と里恵は締めに注文したラムネを飲み干した。カーッと陽葵が両目をきゅっと瞑る。
「ぷはー! これこれー!」
「レモネードがなんでラムネになったのか未だに謎だよねえ」
「そうだねえ。レモネード、レムネ、ラムネってなっていったっぽいけどさ、まずレモネードからレムネに繋がるのが分からん」
「確かに。まあラムネの方が聞こえが良い気もするけど」
「レェムネェレェムネェ、ラムネェ。レェムネェレェムネェ、ラムネェ」
「おいやめろ」
変な訛りをまじえてふざける陽葵の頭を、里恵は爆笑しながらはたいた。
「まあおふざけはこれくらいにして、そろそろ本命を探しに行きますか」
「時間も頃合いだな!」
超絶美人の女学生は夕刻より現れる。当時の令嬢の魂が宿ったとも噂される現身は、一挙手一投足が優雅の極み。目撃した者はたちまちその立ち居振る舞いに釘付けとなり、姿が見えなくなるまで見惚れて身動きが出来なくなるという。
「……もしやとは思いますがお二人も噂の女学生を探している口ですか?」
シルバートレイを胸に抱えた黒井がやってくる。どこかその顔は浮かない様子だった。気になった陽葵が返事をする。
「そうですけど……なにかまずかったですか?」
「いえ、噂そのものは問題ないと思うのですが」
からんとラムネのエー玉が踊った。黒井の声音はいつもより低い。何か心配事があるのは明らかだった。今度は里恵が話しかける。
「実はお化けとか?」
「え、やだ怖い」
ぞっとして身体をすくめる陽葵を見て、黒井は小さく笑った。
「お化けではないですよ。ただ……噂目当てに少々ガラの悪い輩が夜に現れるようになりまして。奴らが悪さしないように住民のみんなで協力して巡回をしているんです。しかし輩の数が増加傾向にあるのと、住民誰もが毎日暇であるわけもなく……もちろん警察にも相談してパトロールの強化をしていただいているのですが、奴らもなかなかずる賢くて警察から隠れて悪事を働くのです」
「輩、ですか」
と、里恵が神妙な顔で言った。
どうやら陽葵と里恵が思っているよりも物騒なことになっているようだった。噂というのは人を呼ぶ力があるが、必ずしも良い人間ばかりが集まるわけはない。落書きだらけのホラースポットや廃墟などが良い例である。大抵の悪事は人目に触れないところで密かに行われる。ゴミのポイ捨て、恐喝、暴行、殺人。その悪事の度合いも人によってまちまちだ。だからこそ厳粛に取り締まっていかなければならない。
夢に見ていた大正の世界がこうして誕生し、これから発展させていきたいと思っている黒井にとっては盛大に頭を悩ませる問題なのは明らかだった。このまま軟弱な姿勢を取っていれば、次第に街の景観がゴミと悪戯によって汚され、威圧と暴力が客足を遠のかせる。かといって早急に国の力を借りて強硬手段を取ってしまえば、冷徹な印象を与えてしまいかねない。そうなれば同じく悪いイメージがついてしまい諍いは今よりも増えてしまう。
大正ロマン街の情勢は様々な行動のタイミングを推し量らなければならない、繊細かつ微妙な時にあった。
「今日は平日ですし、そこまで輩の数も多くはないと思いますが、絡まれないように注意してくださいね」
「まあ絡んできたら返り討ちにしてやりますよ!」
そう言って、力こぶを作った細腕をもう片方の手でバシッとはたく陽葵に、
「喧嘩はダメですよ。必ず逃げてください。怖がらせることばかり言ってしまってすみません。けれど本当に危険ですので」
黒井は張り付いたような笑みを浮かべた。
金色の街はとても穏やかでゆったりとしていた。今しがたの黒井の忠告などなかったかのように、優しくて暖かい空気に満ちていた。地面に敷き詰められたレンガを踏んで行き交う人々は皆笑い、連れと楽しそうに街を散策している。その出で立ちもチェスターコートにタートルネックを着る者から、カンカン帽を頭にかぶって着物の上からトンビマントという外套を羽織る者までいて大正から現代までのファッションが入り乱れていてなんだか可笑しかった。陽葵と里恵が辺りに注意を払っても、どこにも悪党の影はなく、キンモクセイの香りが穏やかな風にたゆたうのみ。二人は密かに胸を撫でおろした心地になったあと、自ずと顔を見合わせた。
「ま、さくっと見つけて帰ろうぜ」
「うん、そうだね」
ではさっそくと二人は琥珀堂を後にして、黄金の光の中を歩み始めた。
大正ロマン街は岐阜県の山間にある町――濃花(こいばな)町の駅周辺三キロメートルを、十年越しの大規模な開発計画の末に完成させたものだ。もともと寂れていた町というのもあって、反対の声は少なかった。潤沢な資金の元で行われた区画整理は背の高いビルと、景観をそこなう場所に建つ家を一切合切取り壊した。こうしてこだわりを徹底した町づくりは功を奏し、住みやすさと景観を兼ね備えた大正の町へと生まれ変わることとなる。世間の風向きによっては、町の拡大も話に上がっているという。
この町には今、一般的な都市部と違って背の高い建物は病院や学校、銭湯の煙突などと指で数えるほどしかなく、息苦しさを感じない。見晴らしが良いということは心に清々しさをもたらしてくれるものだ。その点だけ見ても住民と観光客の評価は良いという投稿を陽葵はSNSで読んでいた。なお見晴らしの良さが評価に繋がることを先読みしていたかのように、街には一般的な一戸建て住宅の敷地ほどある高台が点々と設置されていて、どこにどのような店と建物があるかを上から見下ろせるような趣向が凝らされている。
「ねえ里恵、高台作戦いっちゃう?」
「いやあ。この時間帯はどこの高台も人でごった返してるからねぇ。人の波に揉まれてばかりになって、集中して人探しなんか出来ないんじゃないかな」
「確かに。そうでした」
美しく幻想的な街並みをカメラに収めようとする人、目的地が分からずに迷っている人、人間観察がしたい人。色んな目的を持った人達によって高台は強い人気を誇っている。特に夕方の時刻はその美しい景色を上から一目見ようとする人で溢れかえるため、生半可な覚悟で高台を利用しようとすると後悔する結果となる。陽葵と里恵も一度だけ夕方の景色をなんとか高台で見ようと頑張ったことがあったが、予想以上の人だかりを目の当たりにして恐れをなし、撤退を余儀なくした。
「あ、良いこと思いついたよ陽葵」
お? と顔を明るくする陽葵に里恵はスマホの画面を差し向けた。液晶に映っていたのはSNSの『つぶつぶ』。スマホ越しに里恵のにやり顔がちらついて、陽葵は少しだけ顔をしかめた。
「つぶつぶ? それでどうやって……あ!」
「気付いた?」
「うん! いやーなんで気付かなかったかなー! めっちゃ簡単に見つけられんじゃんね」
「よし、さっそくやろう」
「おっけー!」
二人が策として講じたのはつぶつぶの画像付き投稿だった。ただでさえ噂になっている超絶美人の着物女学生だ。出没したとなれば、つぶつぶユーザーが黙っていないはず。彼らが女学生の姿をスマホで撮って、すぐさまつぶつぶに投稿するのは容易に想像ができた。
「おおおおおお!!」
と、陽葵が黄色い声を上げる。
「え、え、え!? どうしたどうした! まさか見つけた!?」
「見つけた!!」
陽葵が里恵に向けた画面には、人波の中を悠然と歩んでいる様子の女学生だった。はあ~と里恵が吐息を漏らした。
「めっちゃ綺麗じゃん。そんでもってすっごい可愛いじゃん。どこぞの金持ちお嬢様とかなんじゃないのこれ」
「落ち着け里恵」
「落ち着いてるよ!」
若干引いている陽葵を一喝した里恵はぐぐぐっと画面に顔を近づけて目を凝らす。その姿は老眼のおじいちゃんがバス停の時刻表を眺めている時に似ていた。しかし道のど真ん中でそんな恰好をしているおかげで、二人は道行く人達の恰好の話のネタとなっていた。
「ちょっと里恵……私らの画像もつぶつぶに投稿されちゃうって」
陽葵の言葉などお構いなしに里恵はふんふんと画像の至るところに瞳を動かす。人生で初めて人間の瞳にスマホの画面が反射しているのを生で見た陽葵は、なんとも言えない表情でその様子を見守っていた。
「ええっと……この場所は……うーん。後ろに見えるのきつつき書店か? そうすると隣はミチコ理容室のはず……うん! そうだ間違いない!」
「場所分かったの? すげー」
「行くよ! 陽葵!」
「わっ、ちょっと待ってよ! いや、すげーけどさあ!」
陽葵の右手で上下に揺れるつぶつぶの検索ページが更新される。そこにはスマホを間近で凝視する女子高生と、悲壮感溢れる顔をした女子高生が映っていた。
目的地は大正ロマン街の北西にあった。先ほどまで二人がいた琥珀堂のある通りは中央通り。大正ロマン街の中心を南から北に真っすぐ貫いたメイン通りである。大正ロマン街は田の字を描くように四つの区画に分かれていて、それぞれ特徴のある趣を持っていた。四つの区画の特性を併せ持ちつつ、もっとも綺麗に整えられているのが中央通りであるのに対し、四つの区画はその道を極めた造りをしていた。
陽葵たちが向かった北西の区画は童心通りと呼ばれ、未舗装の砂利道に面して古き良き建物が立ち並ぶ場所だった。神社、寺院、駄菓子屋、紙芝居屋、小間物屋、魚屋、肉屋、八百屋といった人と人が心を深く交わらせる店が多く、どこか懐かしさを覚えて童心に帰らせてくれることからその名を付けられたという。
理屈よりも愛嬌と人情と信心の精神が尊ばれていた場所。そこには確かに人の強い繋がりがあった。過ぎ去りし郷里の香りに憧れを抱くものは少なくなく、お年寄りをメインに童心通りを目当てに訪れる観光客の数は目玉の中央通りと負けず劣らずだった。
「あの人だかりじゃない?」
「間違いないな!」
里恵が指差す方向の人山を見て、陽葵が力強く頷く。しかし二人が人山に近づくにつれ、様子がおかしいことに気付く。その場の雰囲気が明るいものではなく、困惑と心配の色をしている。陽葵がまさかと思い、人を強引にかき分けて問題の輪の中へ繰り出すと――
「お姉ちゃん、間近で見るとめっちゃくちゃ可愛いなあ。噂以上だぜ」
紫の蛍光パーカーに身を包んだ明らかに輩という風貌の男に噂の女学生が絡まれていた。
「大正娘と俺の組み合わせヤバくねぇ!? もしかして俺って異世界転生の主人公かもぉ!?」
声を荒げる紫パーカーに、仲間らしき輩達がゲラゲラゲラと笑いで応えた。ふと里恵の頭に疑問が浮かんだ。
今まで全く輩の姿を見なかったのに……どうしてこんな急に大勢?
「あっ」
その疑問に対する答えは今も陽葵の手に握られているスマホの画面にあった。……そう。少し考えてみればすぐに分かることだった。琥珀堂の黒井も言っていた。奴らはずる賢い連中だと。おそらく街の住民に顔も割れているのだろう。辺りをうろつけばすぐに警戒されてしまうと思った奴らは、自分達と同じくつぶつぶを利用して、目撃情報が投稿されるまで虎視眈々と機を待っていたのだ。
「これはやばいな。どうする里恵。助けようか?」
「え? あ、ごめんちょっと待って」
里恵は陽葵の提案を保留にした。
違和感が拭えない。何かが変だ。里恵の中で疑問が渦巻く。そして――
「さあてこれで夢も叶ったし、退散しようかなぁ! 俺らお邪魔みたいだしさぁ!」
紫パーカーがいやらしい笑みを浮かべて、口を女学生の耳元へ近づける。この言葉が誰にも聞かれないように。
「……じゃあね、かわい子ちゃん」
紫パーカーは女学生が身をすくめたのを見届けると、盛大な笑い声を上げながら取り巻き達を従えて、その場から立ち去っていく。
「オラァ! どけよ! 通行の邪魔だろうがボケ!」
取り巻き達が人垣を肩や腕で押しのけて、陽葵たちとは反対の方角へと消えていく。陽葵が意外そうな声を上げた。
「えぇ? 帰っちゃうのかよ! 絶対にさらうと思ってたのにな。案外マジでただのファンだったりして」
「なんて日なの」
一方の里恵はどこか遠くを眺めながら、冷静な声を上げる。彼女はまだ陽葵が思い至っていない先の未来を見据えていた。
「え、どういうこと?」
「陽葵が大活躍出来るかもしれないってこと! あたし黒井さんのところに協力お願いしてくるから、女学生のこと見失わないで!」
それは女学生のことを遠くから見張っていろということだろうか? 里恵はとてつもなく慌てているのか、陽葵にとって全く要領を得ない言い分を残して走り去っていく。そうはいくかと陽葵は腹に力を込めた。
「ちょっと待ってよ! どういうこと!?」
里恵が身体ごと振り返る。それからどこか迷った様子でしばし立ち止まったが、再び陽葵に背中を向けて駆けだしてしまった。
秋月が大正の街を照らしていた。
ススキの花穂が童心通りから中央通りへと続くあぜ道を左右から見下ろしている。普通自動車ほどの幅があるこのあぜ道は見た目通りの名でススキ通りと呼ばれている。田畑として機能しているのは農業体験用として工事が進んでいるごく一部の区画で、それ以外は景観のために設けられている。そのため通常の田畑と違って細道があちらこちらに伸びており、ススキだけが一面に広がるススキ草原や花壇が敷き詰められたフラワーロードに繋がっていたり、『ススキ茶屋』と呼ばれる甘味処が田んぼの四分の一をごっそり切り取ったところに建っていたりする。
陽葵は手首を翻して、腕時計にちらりと目をやった。時刻は二十時四十分。花の女子高生が外で遊ぶ時間としては充分すぎるくらいの時間だった。母親には遅くなるとメールをしてあるが、もうしばらくして父親が帰ってきたら電話がかかってくるかもしれない。陽葵は二つの意味で内心ヒヤヒヤしていた。
夜のススキ通りは照明も少なく、人通りはあまりない。そもそも服と靴が汚れるという理由で人気がなく、大抵の観光客はガス灯と街の雰囲気が作り出す幻想的な世界に酔いしれるため、メイン通りに集中している。
「もー、いつまで続けてりゃいいのよこれ」
陽葵の視線の先にはしゃなりしゃなりと歩く噂の女学生と、杖をついて歩く腰の曲がったおじいさんがいた。二人との距離は十メートルほどで、走ればすぐに追いつける距離だ。
《スマホはどうしても必要な時以外は見ないで》
里恵に電話して三回目の留守番メッセージを聞いた後だった。陽葵が里恵からこのメールを受け取ったのは。どうやら自分がなにか良くないことに巻き込まれているらしいということだけは分かった。
だがいったいいつまでこのようなことをしていれば良いのか。さすがの陽葵でも、いいかげん気持ちがめげてきた頃――
「え?」
陽葵の目を疑うような出来事が起きた。陽葵は条件反射的に全力疾走をしていた。
「おいやめろこらぁ!」
なんとおじいさんが突然杖を投げ捨て、女学生に襲い掛かったのだ。陽葵は地面を蹴って、おじいさんの脇腹に渾身の飛び蹴りを喰らわせる。やけに弾力のある感触に驚き、ぐっと首を曲げて自身の脚とおじいさんの身体を見た。
耐えている! 押しつけられた衝撃を打ち返さんとするばかりに、ぐぐぐっと腰を落として足を踏ん張って耐えている!!
「うぅぅぅらぁああ!!」
その刹那、おじいさんから獣のような雄たけびが放たれた。女学生の両肩を掴んでいたおじいさんの手が浮いたかと思いきや、しなる枝のようにぐわんと腰から上を回転させて、脇腹に突き刺さる陽葵の脚をがっちりと掴んだ。
「あ、お前!」
片目だけ大きく見開き、邪悪な笑みを浮かべている目の前の人物。緑のポロシャツを着て、白髪のカツラを被っているが間違いない。あのとき女学生に絡んでいた紫パーカーだ!
この世界は無重力ではない。あっと思った時には陽葵の身体は自然と下に落ちた。自ずと片足を掴まれた状態となる。形勢としては非常に不利だ。紫パーカーは陽葵の脚から片手を離し、懐から取り出したアーミーナイフでスカートをぺらりとめくった。思わぬ行動に陽葵は呆気に取られ、文字通り開いた口が塞がらなくなる。
「お前……白はねえだろぉ。色気もくそもねえなぁ? おい?」
「うるせぇぇー!!」
紫パーカーの敗因は里恵の采配だった。顔を真っ赤にした陽葵が全体重をかけて身体を回転させる。地面を離れた軸足のかかとが紫電一閃の如き鋭さを持って、紫パーカーの顎を撃ち抜いた。空手の有段者である陽葵に隙を見せた時点で勝敗は決していたのだ。
「あ、あ、れ……ぇ?」
風船が弾けたかのように紫パーカーはパッと陽葵の脚を放り、焦点の定まらない目をして振り子のように身体を揺らす。誰がどう見ても視界で星が散って昏倒寸前なのは明らかだった。
「大丈夫!?」
陽葵はとっさに女学生に駆け寄って肩を抱く。その時、陽葵はかすかな違和感を感じた。
「なにしてくれてんだおらぁ!」
「女のくせに調子乗んじゃねえぞぉ!」
「今度はなによ!」
なんと中央通りと童心通りの両方から、紫パーカーの仲間と思われる輩たちが怒涛のように押し寄せてきた。その数はざっと見ても十五……いや、二十人はいるだろう。奴らは紫パーカーと同じように変装をしていたようで、その見た目はスーツだったり、着物だったり、男子学生だったりと様々だった。
あともう少しで確実に挟み撃ちされてしまう。もうこれはススキの中に突っ込むしかないと周囲に視線を巡らした瞬間――
「いくぞぉぉぉ!」
「うおおおおお!!」
パパパパッと田畑のあちらこちらから懐中電灯らしき光が無数にこちらへと舞い込んできた。それから現れたのは老若男女問わずの大勢の大人たち。誰もが懐中電灯を振りかざし、輩どもへ突撃していく。ロイド眼鏡に山高帽といういわゆるヨーロピアンスタイルの紳士らがステッキを盛大に振り回し、着物の上にエプロンを羽織ったウェイトレスらが調理器具を鈍器として打ち下ろし、タキシードに身を包んだウェイターらが両手に持ったシルバートレイで仲間たちの盾となる。大正と令和の戦いが今、陽葵の目の前で繰り広げられていた。
「おらおらおとなしくしろぉ!」
二倍以上いる相手勢力に恐れをなしたのか、輩どもの大半は尻尾を巻いて元来た方角へと逃げ出していく。
「待てこらぁ!」
それを許すまいと大正の人達は輩どもに食らいついていく。逃げ出さなかった輩どもは依然として大人達に応戦して暴れ回っていたが、それも複数の大人たちによって組み伏せられ、みるみるうちに制圧されつつあった。目の前で星を散らしていた紫パーカーもまんまと取り押さえられた。
「これでもう大丈夫だね」
と、陽葵が傍らの女学生に笑いかけたが――
「え……あれ?」
今しがたまでそばにいた女学生の姿が見えない。いったいどこに……。
「陽葵! あの子を追いかけて!」
駆けまわる大人たちの間から、懐中電灯を持った里恵が現れた。
「調子乗んじゃねえぞごらあ!」
と、里恵に気を取られていた陽葵の背後にゆうに二メートルは超えているだろう巨漢が、今すぐにも陽葵に覆いかぶさろうとしていた。陽葵はとっさに両足に力を込める。が、おそらく間に合わない。このまま組みつかれる……!
「危ない!」
――と。誰かの大声が耳に突き刺さったかと思ったのも束の間、何かが風を切りながら近づいてきた。
「うぎゃ」
次の瞬間にはカコーンという気持ちの良い音が鳴り響いて、巨漢が大手を広げて仰向けに倒れこむ。いったいなにが起きたのかと風の音が近づいてきた方に陽葵が顔を向けると、そこにはタキシード姿の男性が一人立っていた。その姿は既に土まみれで髪もぼさぼさになっていたが、先ほど会ったばかりゆえにすぐに誰か分かった。
「黒井さん!」
彼は人差し指を陽葵の後方に向けて叫ぶ。
「さあ行くんだ!」
「陽葵! 急いで!」
そして再び里恵の声。
彼女はあっちあっちと言わんばかりに懐中電灯を振り回して、ススキで埋め尽くされたススキ草原の方角へ光を当てる。陽葵が目を凝らすと確かにススキとススキの間に人が一人通れるほどの隙間があることが分かった。
陽葵は里恵に大きく頷き、二度目の全力疾走を始めた。里恵の言わんとしていることはすぐに理解した。
――女学生を一人にしてはいけない。必ず救い出せ。
ススキの花穂が時折顔をはたく。思っていたよりも道の幅は広く、そこまでススキに進行を邪魔されることはなかった。しかしガス灯の数は乏しく、次のガス灯まで五十メートルはありそうだった。頼りなのは秋月がもたらす青白い光だけ。
ススキの道を駆ける陽葵は、女学生を心配する気持ちの片隅で月明かりに感心していた。
月明かりってこんなに綺麗なものだったんだ。
陽葵はガス灯の数が少ないことに納得した。心がすぅっと澄んでいくこの別世界のような景色は、月明かりとススキだから成し得るものだ。ガス灯の明かりが多すぎると一気に台無しになる。むしろこの景色を飾るようにほんの少しだけガス灯があるくらいで丁度良い。
ススキをさわさわと揺らす秋風は陽葵の前髪と頬をもてあそび、少しくすぐったい。しかしそれはじゃれつく子犬のようでありながら、凛とした涼しさを持っていて思慮深さと聡明さを兼ね備えているように思えた。
半月が見下ろすススキ草原を、陽葵は涼風と戯れながら駆ける。まるで姫を救わんとする武士が勇敢に邁進しているシーンのようだ。ここには月とススキとガス灯、そして自分しかいない。今日の夜に見る夢の舞台はここが良い。風がさましてくれる汗の冷たさを覚えながら、陽葵は漠然とそう思った。
「……いた!」
陽葵はささやくように声を出す。
ふと左右にそびえていたススキの壁がパッとなくなり、長方形に開けた空間が広がった。依然として真っすぐと伸びている道の左右にはそれぞれ三段の木の段差がある。段差の先には木製の長椅子が等間隔に二つ並んでいた。ススキ草原に転落しないようにするためだろう、長方形の端にはステンレス製の手すりが設置されている。
噂の女学生は右手側の段差を上った先――月が見下ろしている方角の手すり前に立っていて、ぼぅっと月を仰いでいた。着物に描かれた鮮やかな秋の七草が月の光に照らされて、つややかに輝いていた。
「もう逃げないの?」
びくりと肩を震わせながら女学生が振り返る。彼女は段差の下で息を切らす陽葵の姿を認めて、少しだけほっとしたように胸を撫でおろした。そのしぐさ一つ一つが女性らしさに溢れていて陽葵は胸を高鳴るのを感じた。
噂通りの美人だと陽葵は思った。けれどそれだけじゃない。この子は女性としての魅力を存分に持っている。それが人を惹きつけてやまないのだろう。
「やっぱり警察に捕まるのが嫌だった?」
女学生は身をすくめて胸の中心で手を組んだ。どうやら図星のようだと陽葵は察した。これだけ大騒動を起こしておいて、警察による事情聴取を逃れられるほど社会は甘くない。繋がりを絶たない以上、社会はつきまとい続ける。そして整合的な手順に則って迫ってくるのだ。
――そう。ここで言う繋がりを絶つというのは、この子が女学生の姿をやめるということに他ならない。誰にもバレないように事をすますにはそれしかない。
陽葵は思い切って単刀直入に切り出すことを心に決めた。これはおせっかいで暑苦しくて図太い陽葵だから出来ることだと、里恵は読んでいたに違いない。自分の親友がふと憎たらしくなって笑いそうになる。いったいどこまで先を読めば気が済むのか、と。
だが陽葵が陽葵である以上、己の考えに従うしかない。この子の心が挫けてしまう方向に進んでしまったら、一生大正の女学生の恰好をすることが出来なくなってしまうかもしれないのだから。それが分かってしまった今となっては、もう放っておけるわけがない。陽葵はそういう人間だ。
「あんた、男でしょ」
女学生が息を呑むのが陽葵には分かった。驚きの表情を浮かべて硬直している。しかしすぐに気を取り直してぶんぶんと顔を横に振る。あくまで違うと言い張る姿勢のようだった。陽葵は切り出して良かったと密かに思う。
「喋らないのが証拠だよね。一発で男だってバレちゃうからじゃないの?」
すると女学生は胸の上に置いた両手を握りしめて、ぎゅっと両目を瞑く。それから五秒くらい経っただろうか。ふいに両手をだらりとたらして俯いた。
「そうだよ」
とても青年らしい声だった。澄んでいて、ほんの少し精悍で、包み込んでくれるような穏やかさと頼もしさがあった。陽葵はニッと笑いかける。
「良いじゃん。男でも」
「あなたがそう言ってくれても、他のみんなはそう思わない」
ひときわ強い秋風が吹いて、ススキがさわさわと大きく揺れた。まるで彼に何かを言いたいかのように。陽葵はススキの音が鳴り止むのを待ってから答えを返した。
「そうかー? あんたすげー可愛いし、むしろ喜んでくれるかもよ」
彼はぽっと頬を赤らめて、袖口で口元を覆った。恥ずかしそうに斜め下へと目を向ける。
「あ、あなたは私と正反対で男らしいですよね。見事な胴回しでした。……格好良かったです」
「でしょ?」
陽葵の頬がかすかに赤くなる。なんだか気恥ずかしくなって陽葵はそっぽを向いた。そのまま言葉を続ける。
「あんたが良かったらなんだけど、今度一緒にこの街を散歩しない? 私は男装とかしちゃってさ。面白そうでしょ」
「ふふ。変な人ですね」
「それはあんたもでしょ」
二人は笑みを交わす。それからしばらくしんとした空気が流れた。月が二人を照らして、そよそよとススキが揺れるだけ。そんな時間がしばらく続いた。
「……みんな変だったら良いのにね」
ぽつりと陽葵が寂しそうに言葉を漏らした。彼はそれに答えるかのように両手をお腹の前で組んだ。なにかを決意するかのように。ゆったりと、しとやかに。
「あなたはこれからも変な人でいてくれますか?」
「もちろん!」
陽葵の快活な笑みに、彼はにこりと笑い返す。
「では、私も変でいようと思います」
「おっ? それってつまり――」
と、その時。ススキがざわついた。それは明らかに風の力ではない。誰かがススキを乱暴にかきわけている。
「さあ観念しろゴラ……ぁ?」
唐突にススキの壁から飛び出してきた輩だったが、その瞬間を陽葵が見逃すはずはなかった。盛大に音を鳴らしておいて、奇襲もなにもあったものではない。陽葵の正拳突きはもろに輩のみぞおちを直撃した。輩はあっという間に気絶し、道の上でうつぶせに倒れたまま動かない。
陽葵はしまったと言わんばかりに呻いた。
「あちゃー。やりすぎたなこりゃ。気絶するレベルだし、間違いなく肋骨折ったわ」
それからわしわしと髪をかきむしり、陽葵はにやりと噂の女学生に顔を向ける。
「これは正当防衛だと証明してくれる証人が必要だな。あんたこのあと一緒についてきてよ。私が無実だって警察に説明してくれない?」
彼はふふっと小さく声を漏らして笑うと、袖口で口元を覆って首をわずかにかしげた。
「よくってよ」
振袖に描かれた撫子の花が彼という人によく似合っていて、陽葵は自身の胸が最高潮に高鳴るのを感じていた。
季節は紅葉色めく秋の中頃で、スカートからタイツやジャージを生やす女子生徒も増えてきた。スカートの下にジャージを着用する者は学校の規則と生徒指導担当教師の意識の高さに則って厳しい注意を受けるが、女子生徒側もそれくらいは承知でジャージを履いてくる。高坂陽葵も、決められた恰好をしなければならないことに異を唱えている一人で、彼女にいたっては足首まで隠れる超ロングスカートを履いて登校していた。わざわざ丈詰めをしていない学校指定のスカートを購入しているのだから、こだわりは相当なものである。
「おい高坂! いったいいつになったらそれやめるんだ! スケバンのつもりか!」
「すいませーん。すぐ脱ぐんでー。普通のスカートもこの下に履いてるんでー」
「おい待て!」
「あ、遅刻しちゃうんで、すみませーん」
へらへらと教師の追従をかわし、さっさと昇降口の扉をくぐる。親友の友坂里恵が小さく呻いた。
「もー。そろそろちゃんとしないと反省文書かされるよ? 絶対」
「いいのいいの。男はズボン、女はスカートって時点でおかしいんだからさ。なんでこんなクソ寒いのに足出してなきゃいけないのよ。もはや虐待でしょ。反省文上等」
「いやいや。それならタイツ履けば良いじゃん」
「タイツなんて履いたって意味ないから。全然寒いから。二重三重に履く猛者もいるみたいだけど、脚が太く見えそうで嫌だし、一部男子がエロい目で見てくるかもだし。なんかキモイ」
「うわー。陽葵それ自意識過剰」
陽葵は学校の校則が嫌いだった。最もらしい規則と肩を並べるような形で平然と意味の分からない規則が横行しているからである。それがなんだか大人の都合というか、腐った慣習というか……とにかく気持ちが悪かった。陽葵が休日にネットで調べたところ、学校によっては下着の色までチェックしてくるらしい。常識的に考えてセクシャルハラスメントだと思う。PTAもっと頑張れ。モンスターペアレントよ、今こそ立ち上がれ。と陽葵はその時、顔の前に握り拳を振り上げて強く強く願った。
「にしても陽葵って、ほんとバンカラだよね」
ばんから? 聞き慣れない言葉に頭をひねらせてから、あっと声を出して親友に指を向けた。
「また大正ロマン語だな?」
「野蛮の"蛮"に、貝殻の"殻"で蛮殻。一般的にカタカナでバンカラと書きます。荒々しく振る舞う人のことを言うよ」
ふふんと得意げになる里恵の頭に陽葵はチョップをかました。
「誰が野蛮だ」
「野蛮じゃないよ。バンカラだよ。あのね、バンカラはね、見た目に惑わされずに本質を大事にする人のことでもあるんだよ。頑なに超ロングスカート登校を続ける陽葵にはピッタリな呼び名だと思うの」
「おまえ、さっき私のこと自意識過剰とか言ってなかったっけ?」
里恵は大正マニアで、一九一二年から一九二六年の十五年間という短い年月で生まれた和洋折衷な世界観に魅了されている。彼女曰く、かの時代は大和魂を持つ人達が西洋というものに対して各々の見解を持って接している時代だという。そこにはプラスの感情もマイナスの感情も存在していて、日本人の在り方というものを誰もが考えていたのではないかとのこと。洋式に染まりつつある現代人では決して持ちうることの出来ないであろう思想と時代背景が、大正の景色をノスタルジックに染める。日本人らしさを捨てまいとしながら、洋式を少しずつ受け入れていく和洋折衷の時代は、彼女の目には和と洋がせめぎ合っているように見えるそうで、それがなんとも哀愁を誘うのだという。しかしそれと同時に新しい様式の芽吹きを感じられる時代でもあり、多種多様なものが衰退したり、発展したりしたそうだ。
――気勢に満ちているのに、どことなく陰があって、なんだかそれがとても幻想的。というのは彼女がよく口にする言葉だ。
異国の文化が自国の文化と混ざりあっていくあの時代でしか生まれることのなかったドラマも沢山あるらしく、里恵はよく陽葵にその話をする。陽葵は陽葵でよくもまあここまで夢中になれるなあと彼女に一種の尊敬の念を抱くとともに、大正トークを案外楽しみにしていたりするのだった。
「ところで陽葵ちゃん。最近駅前に出来た大正ロマン街あるでしょ?」
「あるもなにも土日遊びに行ってるだろ。ほぼ毎週」
「まあまあ。……なんかね。大正ロマン愛好会の間でとある噂が飛び交っててさ、超絶美人のハイカラさんが出没するらしいんだよ。ハイカラといっても、クロッシェ帽子を被っているようなモダンガールじゃなくてね、秋草文様の京友禅に女袴の女学生なんだってさ。めっちゃマブくない? ねえ今日の放課後にでも探してみようよ」
陽葵にはアキクサモヨウもキョウユウゼンもなんのことやら分からなかったが、とにかく超絶美人なのだということだけは分かった。
里恵の影響によるところが大きいが、陽葵は段々と和洋折衷の魅力に気付き始めていた。なんというか現代にはない宝物を見つけるような感覚。見慣れない文化に自身を投影してうっとりするような感覚。当時の人達の思想に想いを馳せて神妙になる感覚。それは人生で初めて遊園地に行った時のような気持ちに似ていた。
「しょうがないなあ。そんじゃ探す前に琥珀堂のオムライスで腹ごしらえね」
「おっけー!」
誰かが流行は循環していると言っていた。どんな新しいものでもいずれは古いものへと変わっていく。古くなりすぎたものは忘れ去られていく。そして忘れ去られたものは新しいに等しい。流行の循環は時代にスポットを当て、日本各地に様々な時代様式の街を作り上げた。
先人達の思想に賛否問わず理解を持ってほしいという偉い人達が、政策に賛成した地域と協力して実施しているプロジェクトなのだという。陽葵と里恵にとっては日本各地に面白いテーマパークが出来たくらいの感覚だが、世間では大いに物議を醸しているプロジェクトであった。やれ人種差別だの、やれ軍事国家転身への布石だのと、その批判の声は枚挙にいとまがない。
「んー! オムライスうっま! マジでここのオムライスうまいんですけど! うますぎるんですけど!」
「陽葵ちゃん……はしたないよ。恥ずかしいからもうちょっと声小さくしてよ」
大正ロマン街の南門から三〇〇メートルほど進み、かぐわしいクロワッサンと本の香りの順に通り過ぎたところに『純喫茶琥珀堂』はあった。当時の息遣いを感じさせるようなヴィンテージもので店内は溢れかえっており、懐古趣味御用達の店として各方面から一目を置かれている名店である。店内はお洒落なカフェミュージックが大半流れているが、松井須磨子の『ゴンドラの唄』が必ず一時間周期で一度流れる。
大正ロマン街が出来てから今日まで数えてわずか一ヶ月ほど。琥珀堂の店主である黒井義信は大の和洋折衷マニアで、明治後期から大正にかけてのこだわりが尋常ではない人物だった。また黒井店主は今回のプロジェクトの中心人物である新任の文部科学省大臣とも積極的に連携を取り合っていて、今後の大正ロマン街の発展にも大きく関わってくるちょっとした有名人でもあった。
「お待たせいたしました。ホットケーキセットと、シベリアセットになります」
上品な光沢を放つ漆塗りテーブルにことり、ことりと純白の皿が二枚置かれた。
「ありがとうございます!」
「わー。ありがとうございます」
柔らかそうなバターの下でメイプルシロップが四方からとろりと流れ落ちる姿を目の当たりにして、陽葵はキャーと歓声をあげた。それとは対照的に里恵は幸せそうに静かに微笑む。それがなんとなく面白かったのか、黒井店主はブラジルコーヒーをカップに注ぎながら朗らかに笑った。
「いつもお越しいただきありがとうございます。お二人は白城高校の学生さんですよね? 学生の常連さんってお二人くらいなので覚えちゃいました。これからも贔屓にしてくださいね」
陽葵と里恵は一度顔を見合わせてから、少し恥ずかしそうに笑いあった。
「こちらこそこんな美味しいオムライス食べたことなかったので、これからも食べに来ると思います! こちらこそいつもありがとうございます!」
「私……大正時代のファンなんですけど、このお店に初めて来た時から、もう本当に素敵なお店だなって思ってました。お店の見た目も、インテリアもお食事のメニューも愛に溢れているというかなんというか。もうほんとありがとうございますって感じです。はい」
二人の言葉に黒井店主は三度目の笑みを浮かべた。それはそれはとても嬉しそうに。
「ありがとう。お近づきの印にデザート一つサービスするよ。どうかな?」
少女達もこれまた顔を見合わせたかと思いきや、声を合わせて黒井店主に向き直った。
「いただきます!」
こくりと頷き、黒井店主は厨房へと姿を消していく。すると里恵が気の抜けたようなため息を吐いた。
「カッコいいなあ……黒井さん。スマートだし優しいし穏やかだし笑顔は素敵だし包容力ありそうだし守ってくれそうだしもう最高! これが大人の色気ってやつかなぁ……ね、陽葵もそう思うでしょ?」
両手を頬に当ててぶんぶんと顔を振っていた里恵が陽葵を見やると、すんとした顔で里恵を見据えていた。
「いや、ないね。そもそも男に興味ないし」
「もー。陽葵は女っけなさすぎるよー。せっかくの花の女子高生だっていうのにさ」
「んなこと言われても興味ないもんは興味ないし」
陽葵はあたかもこの話は終わりだと言わんばかりに目を伏せて、ブラジルコーヒーの入ったカップを持ち上げて口につけた。
大正ロマン街に黄昏が満ちる。街道の中央を走る黄金色の小川は、水面を揺らめかせてキラキラと輝く光を運んでいく。朱に染められた夕空ではチドリたちが隊列を組んで力強く泳ぐように飛んでいた。和と洋の入り混じった夕暮れの町並みは不思議な暖かみを放ち、見るもの全てに幻想的で心地よくてどこか哀愁を誘う世界を感じさせる。異郷を着飾った絢爛たる故郷には、古めかしい村々にもシステマティックな巨大都市にもない美しい華があった。
陽葵と里恵は締めに注文したラムネを飲み干した。カーッと陽葵が両目をきゅっと瞑る。
「ぷはー! これこれー!」
「レモネードがなんでラムネになったのか未だに謎だよねえ」
「そうだねえ。レモネード、レムネ、ラムネってなっていったっぽいけどさ、まずレモネードからレムネに繋がるのが分からん」
「確かに。まあラムネの方が聞こえが良い気もするけど」
「レェムネェレェムネェ、ラムネェ。レェムネェレェムネェ、ラムネェ」
「おいやめろ」
変な訛りをまじえてふざける陽葵の頭を、里恵は爆笑しながらはたいた。
「まあおふざけはこれくらいにして、そろそろ本命を探しに行きますか」
「時間も頃合いだな!」
超絶美人の女学生は夕刻より現れる。当時の令嬢の魂が宿ったとも噂される現身は、一挙手一投足が優雅の極み。目撃した者はたちまちその立ち居振る舞いに釘付けとなり、姿が見えなくなるまで見惚れて身動きが出来なくなるという。
「……もしやとは思いますがお二人も噂の女学生を探している口ですか?」
シルバートレイを胸に抱えた黒井がやってくる。どこかその顔は浮かない様子だった。気になった陽葵が返事をする。
「そうですけど……なにかまずかったですか?」
「いえ、噂そのものは問題ないと思うのですが」
からんとラムネのエー玉が踊った。黒井の声音はいつもより低い。何か心配事があるのは明らかだった。今度は里恵が話しかける。
「実はお化けとか?」
「え、やだ怖い」
ぞっとして身体をすくめる陽葵を見て、黒井は小さく笑った。
「お化けではないですよ。ただ……噂目当てに少々ガラの悪い輩が夜に現れるようになりまして。奴らが悪さしないように住民のみんなで協力して巡回をしているんです。しかし輩の数が増加傾向にあるのと、住民誰もが毎日暇であるわけもなく……もちろん警察にも相談してパトロールの強化をしていただいているのですが、奴らもなかなかずる賢くて警察から隠れて悪事を働くのです」
「輩、ですか」
と、里恵が神妙な顔で言った。
どうやら陽葵と里恵が思っているよりも物騒なことになっているようだった。噂というのは人を呼ぶ力があるが、必ずしも良い人間ばかりが集まるわけはない。落書きだらけのホラースポットや廃墟などが良い例である。大抵の悪事は人目に触れないところで密かに行われる。ゴミのポイ捨て、恐喝、暴行、殺人。その悪事の度合いも人によってまちまちだ。だからこそ厳粛に取り締まっていかなければならない。
夢に見ていた大正の世界がこうして誕生し、これから発展させていきたいと思っている黒井にとっては盛大に頭を悩ませる問題なのは明らかだった。このまま軟弱な姿勢を取っていれば、次第に街の景観がゴミと悪戯によって汚され、威圧と暴力が客足を遠のかせる。かといって早急に国の力を借りて強硬手段を取ってしまえば、冷徹な印象を与えてしまいかねない。そうなれば同じく悪いイメージがついてしまい諍いは今よりも増えてしまう。
大正ロマン街の情勢は様々な行動のタイミングを推し量らなければならない、繊細かつ微妙な時にあった。
「今日は平日ですし、そこまで輩の数も多くはないと思いますが、絡まれないように注意してくださいね」
「まあ絡んできたら返り討ちにしてやりますよ!」
そう言って、力こぶを作った細腕をもう片方の手でバシッとはたく陽葵に、
「喧嘩はダメですよ。必ず逃げてください。怖がらせることばかり言ってしまってすみません。けれど本当に危険ですので」
黒井は張り付いたような笑みを浮かべた。
金色の街はとても穏やかでゆったりとしていた。今しがたの黒井の忠告などなかったかのように、優しくて暖かい空気に満ちていた。地面に敷き詰められたレンガを踏んで行き交う人々は皆笑い、連れと楽しそうに街を散策している。その出で立ちもチェスターコートにタートルネックを着る者から、カンカン帽を頭にかぶって着物の上からトンビマントという外套を羽織る者までいて大正から現代までのファッションが入り乱れていてなんだか可笑しかった。陽葵と里恵が辺りに注意を払っても、どこにも悪党の影はなく、キンモクセイの香りが穏やかな風にたゆたうのみ。二人は密かに胸を撫でおろした心地になったあと、自ずと顔を見合わせた。
「ま、さくっと見つけて帰ろうぜ」
「うん、そうだね」
ではさっそくと二人は琥珀堂を後にして、黄金の光の中を歩み始めた。
大正ロマン街は岐阜県の山間にある町――濃花(こいばな)町の駅周辺三キロメートルを、十年越しの大規模な開発計画の末に完成させたものだ。もともと寂れていた町というのもあって、反対の声は少なかった。潤沢な資金の元で行われた区画整理は背の高いビルと、景観をそこなう場所に建つ家を一切合切取り壊した。こうしてこだわりを徹底した町づくりは功を奏し、住みやすさと景観を兼ね備えた大正の町へと生まれ変わることとなる。世間の風向きによっては、町の拡大も話に上がっているという。
この町には今、一般的な都市部と違って背の高い建物は病院や学校、銭湯の煙突などと指で数えるほどしかなく、息苦しさを感じない。見晴らしが良いということは心に清々しさをもたらしてくれるものだ。その点だけ見ても住民と観光客の評価は良いという投稿を陽葵はSNSで読んでいた。なお見晴らしの良さが評価に繋がることを先読みしていたかのように、街には一般的な一戸建て住宅の敷地ほどある高台が点々と設置されていて、どこにどのような店と建物があるかを上から見下ろせるような趣向が凝らされている。
「ねえ里恵、高台作戦いっちゃう?」
「いやあ。この時間帯はどこの高台も人でごった返してるからねぇ。人の波に揉まれてばかりになって、集中して人探しなんか出来ないんじゃないかな」
「確かに。そうでした」
美しく幻想的な街並みをカメラに収めようとする人、目的地が分からずに迷っている人、人間観察がしたい人。色んな目的を持った人達によって高台は強い人気を誇っている。特に夕方の時刻はその美しい景色を上から一目見ようとする人で溢れかえるため、生半可な覚悟で高台を利用しようとすると後悔する結果となる。陽葵と里恵も一度だけ夕方の景色をなんとか高台で見ようと頑張ったことがあったが、予想以上の人だかりを目の当たりにして恐れをなし、撤退を余儀なくした。
「あ、良いこと思いついたよ陽葵」
お? と顔を明るくする陽葵に里恵はスマホの画面を差し向けた。液晶に映っていたのはSNSの『つぶつぶ』。スマホ越しに里恵のにやり顔がちらついて、陽葵は少しだけ顔をしかめた。
「つぶつぶ? それでどうやって……あ!」
「気付いた?」
「うん! いやーなんで気付かなかったかなー! めっちゃ簡単に見つけられんじゃんね」
「よし、さっそくやろう」
「おっけー!」
二人が策として講じたのはつぶつぶの画像付き投稿だった。ただでさえ噂になっている超絶美人の着物女学生だ。出没したとなれば、つぶつぶユーザーが黙っていないはず。彼らが女学生の姿をスマホで撮って、すぐさまつぶつぶに投稿するのは容易に想像ができた。
「おおおおおお!!」
と、陽葵が黄色い声を上げる。
「え、え、え!? どうしたどうした! まさか見つけた!?」
「見つけた!!」
陽葵が里恵に向けた画面には、人波の中を悠然と歩んでいる様子の女学生だった。はあ~と里恵が吐息を漏らした。
「めっちゃ綺麗じゃん。そんでもってすっごい可愛いじゃん。どこぞの金持ちお嬢様とかなんじゃないのこれ」
「落ち着け里恵」
「落ち着いてるよ!」
若干引いている陽葵を一喝した里恵はぐぐぐっと画面に顔を近づけて目を凝らす。その姿は老眼のおじいちゃんがバス停の時刻表を眺めている時に似ていた。しかし道のど真ん中でそんな恰好をしているおかげで、二人は道行く人達の恰好の話のネタとなっていた。
「ちょっと里恵……私らの画像もつぶつぶに投稿されちゃうって」
陽葵の言葉などお構いなしに里恵はふんふんと画像の至るところに瞳を動かす。人生で初めて人間の瞳にスマホの画面が反射しているのを生で見た陽葵は、なんとも言えない表情でその様子を見守っていた。
「ええっと……この場所は……うーん。後ろに見えるのきつつき書店か? そうすると隣はミチコ理容室のはず……うん! そうだ間違いない!」
「場所分かったの? すげー」
「行くよ! 陽葵!」
「わっ、ちょっと待ってよ! いや、すげーけどさあ!」
陽葵の右手で上下に揺れるつぶつぶの検索ページが更新される。そこにはスマホを間近で凝視する女子高生と、悲壮感溢れる顔をした女子高生が映っていた。
目的地は大正ロマン街の北西にあった。先ほどまで二人がいた琥珀堂のある通りは中央通り。大正ロマン街の中心を南から北に真っすぐ貫いたメイン通りである。大正ロマン街は田の字を描くように四つの区画に分かれていて、それぞれ特徴のある趣を持っていた。四つの区画の特性を併せ持ちつつ、もっとも綺麗に整えられているのが中央通りであるのに対し、四つの区画はその道を極めた造りをしていた。
陽葵たちが向かった北西の区画は童心通りと呼ばれ、未舗装の砂利道に面して古き良き建物が立ち並ぶ場所だった。神社、寺院、駄菓子屋、紙芝居屋、小間物屋、魚屋、肉屋、八百屋といった人と人が心を深く交わらせる店が多く、どこか懐かしさを覚えて童心に帰らせてくれることからその名を付けられたという。
理屈よりも愛嬌と人情と信心の精神が尊ばれていた場所。そこには確かに人の強い繋がりがあった。過ぎ去りし郷里の香りに憧れを抱くものは少なくなく、お年寄りをメインに童心通りを目当てに訪れる観光客の数は目玉の中央通りと負けず劣らずだった。
「あの人だかりじゃない?」
「間違いないな!」
里恵が指差す方向の人山を見て、陽葵が力強く頷く。しかし二人が人山に近づくにつれ、様子がおかしいことに気付く。その場の雰囲気が明るいものではなく、困惑と心配の色をしている。陽葵がまさかと思い、人を強引にかき分けて問題の輪の中へ繰り出すと――
「お姉ちゃん、間近で見るとめっちゃくちゃ可愛いなあ。噂以上だぜ」
紫の蛍光パーカーに身を包んだ明らかに輩という風貌の男に噂の女学生が絡まれていた。
「大正娘と俺の組み合わせヤバくねぇ!? もしかして俺って異世界転生の主人公かもぉ!?」
声を荒げる紫パーカーに、仲間らしき輩達がゲラゲラゲラと笑いで応えた。ふと里恵の頭に疑問が浮かんだ。
今まで全く輩の姿を見なかったのに……どうしてこんな急に大勢?
「あっ」
その疑問に対する答えは今も陽葵の手に握られているスマホの画面にあった。……そう。少し考えてみればすぐに分かることだった。琥珀堂の黒井も言っていた。奴らはずる賢い連中だと。おそらく街の住民に顔も割れているのだろう。辺りをうろつけばすぐに警戒されてしまうと思った奴らは、自分達と同じくつぶつぶを利用して、目撃情報が投稿されるまで虎視眈々と機を待っていたのだ。
「これはやばいな。どうする里恵。助けようか?」
「え? あ、ごめんちょっと待って」
里恵は陽葵の提案を保留にした。
違和感が拭えない。何かが変だ。里恵の中で疑問が渦巻く。そして――
「さあてこれで夢も叶ったし、退散しようかなぁ! 俺らお邪魔みたいだしさぁ!」
紫パーカーがいやらしい笑みを浮かべて、口を女学生の耳元へ近づける。この言葉が誰にも聞かれないように。
「……じゃあね、かわい子ちゃん」
紫パーカーは女学生が身をすくめたのを見届けると、盛大な笑い声を上げながら取り巻き達を従えて、その場から立ち去っていく。
「オラァ! どけよ! 通行の邪魔だろうがボケ!」
取り巻き達が人垣を肩や腕で押しのけて、陽葵たちとは反対の方角へと消えていく。陽葵が意外そうな声を上げた。
「えぇ? 帰っちゃうのかよ! 絶対にさらうと思ってたのにな。案外マジでただのファンだったりして」
「なんて日なの」
一方の里恵はどこか遠くを眺めながら、冷静な声を上げる。彼女はまだ陽葵が思い至っていない先の未来を見据えていた。
「え、どういうこと?」
「陽葵が大活躍出来るかもしれないってこと! あたし黒井さんのところに協力お願いしてくるから、女学生のこと見失わないで!」
それは女学生のことを遠くから見張っていろということだろうか? 里恵はとてつもなく慌てているのか、陽葵にとって全く要領を得ない言い分を残して走り去っていく。そうはいくかと陽葵は腹に力を込めた。
「ちょっと待ってよ! どういうこと!?」
里恵が身体ごと振り返る。それからどこか迷った様子でしばし立ち止まったが、再び陽葵に背中を向けて駆けだしてしまった。
秋月が大正の街を照らしていた。
ススキの花穂が童心通りから中央通りへと続くあぜ道を左右から見下ろしている。普通自動車ほどの幅があるこのあぜ道は見た目通りの名でススキ通りと呼ばれている。田畑として機能しているのは農業体験用として工事が進んでいるごく一部の区画で、それ以外は景観のために設けられている。そのため通常の田畑と違って細道があちらこちらに伸びており、ススキだけが一面に広がるススキ草原や花壇が敷き詰められたフラワーロードに繋がっていたり、『ススキ茶屋』と呼ばれる甘味処が田んぼの四分の一をごっそり切り取ったところに建っていたりする。
陽葵は手首を翻して、腕時計にちらりと目をやった。時刻は二十時四十分。花の女子高生が外で遊ぶ時間としては充分すぎるくらいの時間だった。母親には遅くなるとメールをしてあるが、もうしばらくして父親が帰ってきたら電話がかかってくるかもしれない。陽葵は二つの意味で内心ヒヤヒヤしていた。
夜のススキ通りは照明も少なく、人通りはあまりない。そもそも服と靴が汚れるという理由で人気がなく、大抵の観光客はガス灯と街の雰囲気が作り出す幻想的な世界に酔いしれるため、メイン通りに集中している。
「もー、いつまで続けてりゃいいのよこれ」
陽葵の視線の先にはしゃなりしゃなりと歩く噂の女学生と、杖をついて歩く腰の曲がったおじいさんがいた。二人との距離は十メートルほどで、走ればすぐに追いつける距離だ。
《スマホはどうしても必要な時以外は見ないで》
里恵に電話して三回目の留守番メッセージを聞いた後だった。陽葵が里恵からこのメールを受け取ったのは。どうやら自分がなにか良くないことに巻き込まれているらしいということだけは分かった。
だがいったいいつまでこのようなことをしていれば良いのか。さすがの陽葵でも、いいかげん気持ちがめげてきた頃――
「え?」
陽葵の目を疑うような出来事が起きた。陽葵は条件反射的に全力疾走をしていた。
「おいやめろこらぁ!」
なんとおじいさんが突然杖を投げ捨て、女学生に襲い掛かったのだ。陽葵は地面を蹴って、おじいさんの脇腹に渾身の飛び蹴りを喰らわせる。やけに弾力のある感触に驚き、ぐっと首を曲げて自身の脚とおじいさんの身体を見た。
耐えている! 押しつけられた衝撃を打ち返さんとするばかりに、ぐぐぐっと腰を落として足を踏ん張って耐えている!!
「うぅぅぅらぁああ!!」
その刹那、おじいさんから獣のような雄たけびが放たれた。女学生の両肩を掴んでいたおじいさんの手が浮いたかと思いきや、しなる枝のようにぐわんと腰から上を回転させて、脇腹に突き刺さる陽葵の脚をがっちりと掴んだ。
「あ、お前!」
片目だけ大きく見開き、邪悪な笑みを浮かべている目の前の人物。緑のポロシャツを着て、白髪のカツラを被っているが間違いない。あのとき女学生に絡んでいた紫パーカーだ!
この世界は無重力ではない。あっと思った時には陽葵の身体は自然と下に落ちた。自ずと片足を掴まれた状態となる。形勢としては非常に不利だ。紫パーカーは陽葵の脚から片手を離し、懐から取り出したアーミーナイフでスカートをぺらりとめくった。思わぬ行動に陽葵は呆気に取られ、文字通り開いた口が塞がらなくなる。
「お前……白はねえだろぉ。色気もくそもねえなぁ? おい?」
「うるせぇぇー!!」
紫パーカーの敗因は里恵の采配だった。顔を真っ赤にした陽葵が全体重をかけて身体を回転させる。地面を離れた軸足のかかとが紫電一閃の如き鋭さを持って、紫パーカーの顎を撃ち抜いた。空手の有段者である陽葵に隙を見せた時点で勝敗は決していたのだ。
「あ、あ、れ……ぇ?」
風船が弾けたかのように紫パーカーはパッと陽葵の脚を放り、焦点の定まらない目をして振り子のように身体を揺らす。誰がどう見ても視界で星が散って昏倒寸前なのは明らかだった。
「大丈夫!?」
陽葵はとっさに女学生に駆け寄って肩を抱く。その時、陽葵はかすかな違和感を感じた。
「なにしてくれてんだおらぁ!」
「女のくせに調子乗んじゃねえぞぉ!」
「今度はなによ!」
なんと中央通りと童心通りの両方から、紫パーカーの仲間と思われる輩たちが怒涛のように押し寄せてきた。その数はざっと見ても十五……いや、二十人はいるだろう。奴らは紫パーカーと同じように変装をしていたようで、その見た目はスーツだったり、着物だったり、男子学生だったりと様々だった。
あともう少しで確実に挟み撃ちされてしまう。もうこれはススキの中に突っ込むしかないと周囲に視線を巡らした瞬間――
「いくぞぉぉぉ!」
「うおおおおお!!」
パパパパッと田畑のあちらこちらから懐中電灯らしき光が無数にこちらへと舞い込んできた。それから現れたのは老若男女問わずの大勢の大人たち。誰もが懐中電灯を振りかざし、輩どもへ突撃していく。ロイド眼鏡に山高帽といういわゆるヨーロピアンスタイルの紳士らがステッキを盛大に振り回し、着物の上にエプロンを羽織ったウェイトレスらが調理器具を鈍器として打ち下ろし、タキシードに身を包んだウェイターらが両手に持ったシルバートレイで仲間たちの盾となる。大正と令和の戦いが今、陽葵の目の前で繰り広げられていた。
「おらおらおとなしくしろぉ!」
二倍以上いる相手勢力に恐れをなしたのか、輩どもの大半は尻尾を巻いて元来た方角へと逃げ出していく。
「待てこらぁ!」
それを許すまいと大正の人達は輩どもに食らいついていく。逃げ出さなかった輩どもは依然として大人達に応戦して暴れ回っていたが、それも複数の大人たちによって組み伏せられ、みるみるうちに制圧されつつあった。目の前で星を散らしていた紫パーカーもまんまと取り押さえられた。
「これでもう大丈夫だね」
と、陽葵が傍らの女学生に笑いかけたが――
「え……あれ?」
今しがたまでそばにいた女学生の姿が見えない。いったいどこに……。
「陽葵! あの子を追いかけて!」
駆けまわる大人たちの間から、懐中電灯を持った里恵が現れた。
「調子乗んじゃねえぞごらあ!」
と、里恵に気を取られていた陽葵の背後にゆうに二メートルは超えているだろう巨漢が、今すぐにも陽葵に覆いかぶさろうとしていた。陽葵はとっさに両足に力を込める。が、おそらく間に合わない。このまま組みつかれる……!
「危ない!」
――と。誰かの大声が耳に突き刺さったかと思ったのも束の間、何かが風を切りながら近づいてきた。
「うぎゃ」
次の瞬間にはカコーンという気持ちの良い音が鳴り響いて、巨漢が大手を広げて仰向けに倒れこむ。いったいなにが起きたのかと風の音が近づいてきた方に陽葵が顔を向けると、そこにはタキシード姿の男性が一人立っていた。その姿は既に土まみれで髪もぼさぼさになっていたが、先ほど会ったばかりゆえにすぐに誰か分かった。
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「さあ行くんだ!」
「陽葵! 急いで!」
そして再び里恵の声。
彼女はあっちあっちと言わんばかりに懐中電灯を振り回して、ススキで埋め尽くされたススキ草原の方角へ光を当てる。陽葵が目を凝らすと確かにススキとススキの間に人が一人通れるほどの隙間があることが分かった。
陽葵は里恵に大きく頷き、二度目の全力疾走を始めた。里恵の言わんとしていることはすぐに理解した。
――女学生を一人にしてはいけない。必ず救い出せ。
ススキの花穂が時折顔をはたく。思っていたよりも道の幅は広く、そこまでススキに進行を邪魔されることはなかった。しかしガス灯の数は乏しく、次のガス灯まで五十メートルはありそうだった。頼りなのは秋月がもたらす青白い光だけ。
ススキの道を駆ける陽葵は、女学生を心配する気持ちの片隅で月明かりに感心していた。
月明かりってこんなに綺麗なものだったんだ。
陽葵はガス灯の数が少ないことに納得した。心がすぅっと澄んでいくこの別世界のような景色は、月明かりとススキだから成し得るものだ。ガス灯の明かりが多すぎると一気に台無しになる。むしろこの景色を飾るようにほんの少しだけガス灯があるくらいで丁度良い。
ススキをさわさわと揺らす秋風は陽葵の前髪と頬をもてあそび、少しくすぐったい。しかしそれはじゃれつく子犬のようでありながら、凛とした涼しさを持っていて思慮深さと聡明さを兼ね備えているように思えた。
半月が見下ろすススキ草原を、陽葵は涼風と戯れながら駆ける。まるで姫を救わんとする武士が勇敢に邁進しているシーンのようだ。ここには月とススキとガス灯、そして自分しかいない。今日の夜に見る夢の舞台はここが良い。風がさましてくれる汗の冷たさを覚えながら、陽葵は漠然とそう思った。
「……いた!」
陽葵はささやくように声を出す。
ふと左右にそびえていたススキの壁がパッとなくなり、長方形に開けた空間が広がった。依然として真っすぐと伸びている道の左右にはそれぞれ三段の木の段差がある。段差の先には木製の長椅子が等間隔に二つ並んでいた。ススキ草原に転落しないようにするためだろう、長方形の端にはステンレス製の手すりが設置されている。
噂の女学生は右手側の段差を上った先――月が見下ろしている方角の手すり前に立っていて、ぼぅっと月を仰いでいた。着物に描かれた鮮やかな秋の七草が月の光に照らされて、つややかに輝いていた。
「もう逃げないの?」
びくりと肩を震わせながら女学生が振り返る。彼女は段差の下で息を切らす陽葵の姿を認めて、少しだけほっとしたように胸を撫でおろした。そのしぐさ一つ一つが女性らしさに溢れていて陽葵は胸を高鳴るのを感じた。
噂通りの美人だと陽葵は思った。けれどそれだけじゃない。この子は女性としての魅力を存分に持っている。それが人を惹きつけてやまないのだろう。
「やっぱり警察に捕まるのが嫌だった?」
女学生は身をすくめて胸の中心で手を組んだ。どうやら図星のようだと陽葵は察した。これだけ大騒動を起こしておいて、警察による事情聴取を逃れられるほど社会は甘くない。繋がりを絶たない以上、社会はつきまとい続ける。そして整合的な手順に則って迫ってくるのだ。
――そう。ここで言う繋がりを絶つというのは、この子が女学生の姿をやめるということに他ならない。誰にもバレないように事をすますにはそれしかない。
陽葵は思い切って単刀直入に切り出すことを心に決めた。これはおせっかいで暑苦しくて図太い陽葵だから出来ることだと、里恵は読んでいたに違いない。自分の親友がふと憎たらしくなって笑いそうになる。いったいどこまで先を読めば気が済むのか、と。
だが陽葵が陽葵である以上、己の考えに従うしかない。この子の心が挫けてしまう方向に進んでしまったら、一生大正の女学生の恰好をすることが出来なくなってしまうかもしれないのだから。それが分かってしまった今となっては、もう放っておけるわけがない。陽葵はそういう人間だ。
「あんた、男でしょ」
女学生が息を呑むのが陽葵には分かった。驚きの表情を浮かべて硬直している。しかしすぐに気を取り直してぶんぶんと顔を横に振る。あくまで違うと言い張る姿勢のようだった。陽葵は切り出して良かったと密かに思う。
「喋らないのが証拠だよね。一発で男だってバレちゃうからじゃないの?」
すると女学生は胸の上に置いた両手を握りしめて、ぎゅっと両目を瞑く。それから五秒くらい経っただろうか。ふいに両手をだらりとたらして俯いた。
「そうだよ」
とても青年らしい声だった。澄んでいて、ほんの少し精悍で、包み込んでくれるような穏やかさと頼もしさがあった。陽葵はニッと笑いかける。
「良いじゃん。男でも」
「あなたがそう言ってくれても、他のみんなはそう思わない」
ひときわ強い秋風が吹いて、ススキがさわさわと大きく揺れた。まるで彼に何かを言いたいかのように。陽葵はススキの音が鳴り止むのを待ってから答えを返した。
「そうかー? あんたすげー可愛いし、むしろ喜んでくれるかもよ」
彼はぽっと頬を赤らめて、袖口で口元を覆った。恥ずかしそうに斜め下へと目を向ける。
「あ、あなたは私と正反対で男らしいですよね。見事な胴回しでした。……格好良かったです」
「でしょ?」
陽葵の頬がかすかに赤くなる。なんだか気恥ずかしくなって陽葵はそっぽを向いた。そのまま言葉を続ける。
「あんたが良かったらなんだけど、今度一緒にこの街を散歩しない? 私は男装とかしちゃってさ。面白そうでしょ」
「ふふ。変な人ですね」
「それはあんたもでしょ」
二人は笑みを交わす。それからしばらくしんとした空気が流れた。月が二人を照らして、そよそよとススキが揺れるだけ。そんな時間がしばらく続いた。
「……みんな変だったら良いのにね」
ぽつりと陽葵が寂しそうに言葉を漏らした。彼はそれに答えるかのように両手をお腹の前で組んだ。なにかを決意するかのように。ゆったりと、しとやかに。
「あなたはこれからも変な人でいてくれますか?」
「もちろん!」
陽葵の快活な笑みに、彼はにこりと笑い返す。
「では、私も変でいようと思います」
「おっ? それってつまり――」
と、その時。ススキがざわついた。それは明らかに風の力ではない。誰かがススキを乱暴にかきわけている。
「さあ観念しろゴラ……ぁ?」
唐突にススキの壁から飛び出してきた輩だったが、その瞬間を陽葵が見逃すはずはなかった。盛大に音を鳴らしておいて、奇襲もなにもあったものではない。陽葵の正拳突きはもろに輩のみぞおちを直撃した。輩はあっという間に気絶し、道の上でうつぶせに倒れたまま動かない。
陽葵はしまったと言わんばかりに呻いた。
「あちゃー。やりすぎたなこりゃ。気絶するレベルだし、間違いなく肋骨折ったわ」
それからわしわしと髪をかきむしり、陽葵はにやりと噂の女学生に顔を向ける。
「これは正当防衛だと証明してくれる証人が必要だな。あんたこのあと一緒についてきてよ。私が無実だって警察に説明してくれない?」
彼はふふっと小さく声を漏らして笑うと、袖口で口元を覆って首をわずかにかしげた。
「よくってよ」
振袖に描かれた撫子の花が彼という人によく似合っていて、陽葵は自身の胸が最高潮に高鳴るのを感じていた。
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