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流星花火
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タオルケットは冬の香りがした。
窓から見える三日月と星がとても綺麗で、胸がきゅっと痛んだ。
暖房器具を一切使っていない室内は少しピリッとする澄んだ空気に満ちていて、吐息は白い煙になって低い天井を目指して昇っていく。
「げほ……」
思わず咳が出た。身体というのは不思議だ。私の思った通りに動かせるもののはずなのに、病気になると途端に制御が効かなくなる。実は私が身体を動かしているのではなく、身体が私を動かしているのではないかという問いに苦悶し、『心』というものは存在しないのではないかと一人悲しい気持ちになりながら眠ることがしばしばある。なので私は暗い気持ちへ誘い込む病気というものが大嫌いだった。咳をどうしても我慢できなくなる風邪のようなありふれた病気であろうともそれは変わらない。
『裏山着いた! 星めっちゃ綺麗だよー!!』
友人からチャットアプリを通して連絡が来た。添付されていたファイルを開くと、友人達の楽しそうな顔と満天の星空が映っていた。私はおもむろに窓へとスマートフォンのカメラを向けて一枚の写真を撮った。
『いいなー!! うちも窓から星を見てる! 流星群楽しみだね!』
すぐにスマートフォンが震えた。
『ね! また後で写真送るね!』
その内容を見て、すぐにスマートフォンをスリープモードにした。だって自分だけそこにいないから。一人だけど一人じゃない世の中だけど、やっぱり一人は一人だよ。
それから何度かスマートフォンが震えたけれど、私は手に取らなかった。ずっとタオルケットで身体を包んで星を見上げていた。寒くて静かで動かない景色はまるで終末のようで、私だけ世界に一人取り残されてしまったかのようだった。
「あ」
星が落ちた。と思ったら、雨のように星が落ちてきた。
「げほ……げほ」
けどそれだけだった。綺麗なだけで心に響いてこない。人はアドレナリンが出ると疲れを感じなくなるというけれど、全然ダメ。頭はポーっとするし、身体の節々は痛いし、喉の裏側もムズかゆくて咳も止まらない。
目的を達した私はシーツを手繰り寄せて、頭から被った。このまま眠ってしまおう。スマートフォンの振動くらいでは絶対に目を覚まさないくらいに深く、深く、夢の中へ潜って、悲しいことを全部洗い流してくれるほどの幸せの洪水に飲み込まれたい。そしてそのまま幸せの中で意識を失って、次に起きた時は暖かい陽だまりの中で新しい一日を迎えるの。
そうやって暗闇の中でじぃっとしていると、ふと何かが頭に触れた。
「大丈夫か?」
父親だった。月明かりのせいか、なんだかいつもより優しく笑っているように見える。
「大丈夫。熱も引いたし」
「そうか。なら今からこれでもどうだ?」
ニッと笑う父親が持ち上げた右手には、線香花火の束が握られていた。
一階の縁側に腰を降ろした。パジャマ越しに伝わる木の板の冷たさが火照った身体にはむしろ丁度よかった。外の世界は私が思っているよりもヒンヤリしていて、空気も肺の中に行き渡るのを感じるほどに美味しかった。
「冬に花火とか季節外れも良いところだね」
「冬に食うアイスって旨いだろ?」
思わず吹き出す私の手に線香花火が渡される。父親がポロシャツの胸ポケットからライターを取り出して、私の線香花火を着火してくれた。彗星のような細長い炎を纏い――星がはじけた。
パチパチと弾け飛んでいく星の欠片はまるで空を駆ける流星群のようで、なんだか嬉しくなった。
「おい、空見てみろ。流星群だ。これはすごいな」
「うん……すごく綺麗。ありがとう。お父さん」
私は微笑んで、手元の小さな小さな流星群を見つめていた。
窓から見える三日月と星がとても綺麗で、胸がきゅっと痛んだ。
暖房器具を一切使っていない室内は少しピリッとする澄んだ空気に満ちていて、吐息は白い煙になって低い天井を目指して昇っていく。
「げほ……」
思わず咳が出た。身体というのは不思議だ。私の思った通りに動かせるもののはずなのに、病気になると途端に制御が効かなくなる。実は私が身体を動かしているのではなく、身体が私を動かしているのではないかという問いに苦悶し、『心』というものは存在しないのではないかと一人悲しい気持ちになりながら眠ることがしばしばある。なので私は暗い気持ちへ誘い込む病気というものが大嫌いだった。咳をどうしても我慢できなくなる風邪のようなありふれた病気であろうともそれは変わらない。
『裏山着いた! 星めっちゃ綺麗だよー!!』
友人からチャットアプリを通して連絡が来た。添付されていたファイルを開くと、友人達の楽しそうな顔と満天の星空が映っていた。私はおもむろに窓へとスマートフォンのカメラを向けて一枚の写真を撮った。
『いいなー!! うちも窓から星を見てる! 流星群楽しみだね!』
すぐにスマートフォンが震えた。
『ね! また後で写真送るね!』
その内容を見て、すぐにスマートフォンをスリープモードにした。だって自分だけそこにいないから。一人だけど一人じゃない世の中だけど、やっぱり一人は一人だよ。
それから何度かスマートフォンが震えたけれど、私は手に取らなかった。ずっとタオルケットで身体を包んで星を見上げていた。寒くて静かで動かない景色はまるで終末のようで、私だけ世界に一人取り残されてしまったかのようだった。
「あ」
星が落ちた。と思ったら、雨のように星が落ちてきた。
「げほ……げほ」
けどそれだけだった。綺麗なだけで心に響いてこない。人はアドレナリンが出ると疲れを感じなくなるというけれど、全然ダメ。頭はポーっとするし、身体の節々は痛いし、喉の裏側もムズかゆくて咳も止まらない。
目的を達した私はシーツを手繰り寄せて、頭から被った。このまま眠ってしまおう。スマートフォンの振動くらいでは絶対に目を覚まさないくらいに深く、深く、夢の中へ潜って、悲しいことを全部洗い流してくれるほどの幸せの洪水に飲み込まれたい。そしてそのまま幸せの中で意識を失って、次に起きた時は暖かい陽だまりの中で新しい一日を迎えるの。
そうやって暗闇の中でじぃっとしていると、ふと何かが頭に触れた。
「大丈夫か?」
父親だった。月明かりのせいか、なんだかいつもより優しく笑っているように見える。
「大丈夫。熱も引いたし」
「そうか。なら今からこれでもどうだ?」
ニッと笑う父親が持ち上げた右手には、線香花火の束が握られていた。
一階の縁側に腰を降ろした。パジャマ越しに伝わる木の板の冷たさが火照った身体にはむしろ丁度よかった。外の世界は私が思っているよりもヒンヤリしていて、空気も肺の中に行き渡るのを感じるほどに美味しかった。
「冬に花火とか季節外れも良いところだね」
「冬に食うアイスって旨いだろ?」
思わず吹き出す私の手に線香花火が渡される。父親がポロシャツの胸ポケットからライターを取り出して、私の線香花火を着火してくれた。彗星のような細長い炎を纏い――星がはじけた。
パチパチと弾け飛んでいく星の欠片はまるで空を駆ける流星群のようで、なんだか嬉しくなった。
「おい、空見てみろ。流星群だ。これはすごいな」
「うん……すごく綺麗。ありがとう。お父さん」
私は微笑んで、手元の小さな小さな流星群を見つめていた。
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