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閑話その1
宵闇通り
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「誕生日に何をしてあげれば良いか分からんだあ? ウチを灯り代わりに使ったと思えば、次は恋愛相談か」
テラ公の言葉にこくりと頷く野沢。
「明人。お前正気か? お前を好きなんは見て分かるやん。誕生日の前日にもなって何を言うとるんよ」
天照大神。
野沢がひょんなことから盟約を結ぶに至った神様の一人だ。
野沢は振る舞いが犬のように愛らしいこと、アマネと名前が被ることからアマテラスをテラ公という愛称で呼んでいる。
当初は「神への冒涜だ」やら「神社の人に怒られろ」などと言っていたが、今ではさして嫌がる様子はない。
「テラ公。お前こそ本気か? 俺がヘタレなのは知ってるだろう」
彼の返しに神は頭を抱えた。
「お前はほんっとに、漢として失格やな。……よし。ウチは決めたぞ」
「な、なんだよ」
うろたえる野沢に、びしっと指を差して答える。
「明日の誕生日にアマネとデートしろ! お前から格好よく誘え! パフェを食べるだけで終わらすな!」
ズガガーンと雷鳴に打たれたかのような錯覚に陥る。俺がアマネとデ、デ、デートだと。
「アマネが喜ぶ贈り物はなに?」
「服とか……靴とかだろうな。オシャレするの好きだからコイツ」
「分かってんやん! 明日はアマネとデートして、喜ぶ贈り物をしろ。それだけでこの女はエヘエヘするから」
テラ公は未だに熟睡しているアマネの頭を、そこらへんに転がっていた空のペットボトルでばしばし叩く。
「いいな? 明人。今ウチが言ったことを出来やんかったら、金輪際お前の呼び出しには応じん! 菓子友の盟約も破棄や!」
「お、おい。なにもそこまで」
「なにも……そこまで、やと? おい明人。言葉には気を付けろ? 今回だけはこの女の味方したるわ。お前、女を甘くみんなよ? こんだけ部屋が汚いズボラなやつでも女は女。記念日っちゅうのは、心を通じ合わせる大っ切な行事や! お前からのお祝いを心待ちにしとるに決まっとる! ちゃんとコイツの期待に答えたれ」
⋯⋯とんでもないことになった。と、彼は心中で思った。
「ま。女の扱いがお子ちゃまの明人にウチも期待はしとらん。明人が頑張る気になったら、ウチも陰ながら手伝ったるから気を強く持つんやぞ」
呆然と立ち尽くして思考停止している明人に、テラ公は去り際そう言い残して高天原に戻った。
「俺が、コイツを、デートに誘う? いつも振り回されている側の俺が?」
活発な少女の姿をした神様がいなくなった研究事務所には、振り子時計が奏でる秒針の音と、アマネの穏やかな寝息だけが聞こえいていた。
夜の友人町。南口の駅前には友人横丁というアーケード街が西に向かって伸びている。
この横丁は駅側から奥に行けば行くほど、建物が古くなっていく。アーケード街を突き進み、五つ目の十字路を越えると昭和を彷彿とさせる昔ながらの店が立ち並ぶエリアになる。
道中には小さな神社があったりもして、風情溢れる通りとなっている。誰が呼んだか宵闇に灯る味わい深い提灯や、粗末な電球によるどこか懐かしい店明かりに親しさが込められて、この場所は『宵闇通り』という名で年配を中心に親しまれていた。
時刻は二十三時。江ノ島から帰宅し、疲れ果てて眠りこけていたアマネがようやっと起床した。
野沢は待ってましたと言わんばかりに彼女を引き連れ、宵闇通りで夜飯にありついていたのだった。
「いやー。めんごめんご! 爆睡こいちゃいましたね」
「お前の愛用枕がヨダレでデロデロになってたぞ」
ぐいっと御猪口に入った日本酒を呷る野沢。その隣でアマネがご近所のおばさまよろしく手のひらをパタパタさせる。
「やあねえアッキー。お洗濯も助手の仕事じゃないですかあ」
眉間に力が入りつつも、もう一杯。アマネはその姿をニヤニヤ見つつ、大根を頬張る。
二人が飲み食いしている店は、行きつけのおでん屋台だ。アマネが物思いに耽るかのように頬杖を付いて言った。
「いやあ。アッキーと出逢って丁度半年かー。もう三年以上は一緒にいる気がシマスネ」
「そらそうだ。毎日同じ屋根の下で寝食を共にしてりゃあな」
「このおでん屋台で一緒に食べるのも、そろそろ百回は越えたかしらん」
「あ、おい」
と、アマネが野沢の持っていた御猪口を奪い取り、中身をぐいっと飲み干した。彼女はデヘヘと笑って、野沢の二の腕に頭をもたれる。
野沢は直感した。
こ、ここか!? デートに誘うのはここなのか!?
アマネに気の利いたセリフを掛けようとするが、言葉が思いつかない。……というよりも、脳裏にちらつく語群がどう考えても、普段の自分が口にすることは無い言葉ばかりで、声で形にすることへの抵抗があった。
「ねえ、アッキー」
彼の二の腕で目を瞑るアマネ。
「な、なんだ」
「ん? 口ごもっちゃってどうしたんです? くっつかれるの嫌でした?」
完全にタイミングを逃してしまった。とりあえず勘違いしているアマネに訂正をする。
「いや……別に、嫌じゃない」
彼の言葉ににんまりとして、アマネは野沢の二の腕に頬をすりすりした。
「おい……酔いすぎだぞ」
「別に酔っちゃいないですよー。で、話の続きですが、私達が初めて出逢った日のことを憶えていますか?」
「ああ。そういやあの日も丁度同じ時間帯に、このおでん屋台にいたな」
「懐かしいですねえ。思い返せば、アッキーが女になっちゃった時もありましたね。田中君元気かなあ。……というわけで、江ノ島から無事生還した『記念』に祝杯を上げましょうか。思い出話に花でも咲かせながら。どうです?」
記念という言葉に肩をビクリとさせてしまう。もちろん野沢としても、このまま帰宅して就寝という流れにはしたくない。必ずタイミングを見つけてデートに誘ってやると彼は決意を固めた。
「ああ、良いな」
「よっしゃあ! そうと決まれば、上等な酒で行こうぜ!」
アマネはそう言って、顔の横で両手を叩いた、
「大将! ドンペリ!」
「あるわけねえだろ!」
テラ公の言葉にこくりと頷く野沢。
「明人。お前正気か? お前を好きなんは見て分かるやん。誕生日の前日にもなって何を言うとるんよ」
天照大神。
野沢がひょんなことから盟約を結ぶに至った神様の一人だ。
野沢は振る舞いが犬のように愛らしいこと、アマネと名前が被ることからアマテラスをテラ公という愛称で呼んでいる。
当初は「神への冒涜だ」やら「神社の人に怒られろ」などと言っていたが、今ではさして嫌がる様子はない。
「テラ公。お前こそ本気か? 俺がヘタレなのは知ってるだろう」
彼の返しに神は頭を抱えた。
「お前はほんっとに、漢として失格やな。……よし。ウチは決めたぞ」
「な、なんだよ」
うろたえる野沢に、びしっと指を差して答える。
「明日の誕生日にアマネとデートしろ! お前から格好よく誘え! パフェを食べるだけで終わらすな!」
ズガガーンと雷鳴に打たれたかのような錯覚に陥る。俺がアマネとデ、デ、デートだと。
「アマネが喜ぶ贈り物はなに?」
「服とか……靴とかだろうな。オシャレするの好きだからコイツ」
「分かってんやん! 明日はアマネとデートして、喜ぶ贈り物をしろ。それだけでこの女はエヘエヘするから」
テラ公は未だに熟睡しているアマネの頭を、そこらへんに転がっていた空のペットボトルでばしばし叩く。
「いいな? 明人。今ウチが言ったことを出来やんかったら、金輪際お前の呼び出しには応じん! 菓子友の盟約も破棄や!」
「お、おい。なにもそこまで」
「なにも……そこまで、やと? おい明人。言葉には気を付けろ? 今回だけはこの女の味方したるわ。お前、女を甘くみんなよ? こんだけ部屋が汚いズボラなやつでも女は女。記念日っちゅうのは、心を通じ合わせる大っ切な行事や! お前からのお祝いを心待ちにしとるに決まっとる! ちゃんとコイツの期待に答えたれ」
⋯⋯とんでもないことになった。と、彼は心中で思った。
「ま。女の扱いがお子ちゃまの明人にウチも期待はしとらん。明人が頑張る気になったら、ウチも陰ながら手伝ったるから気を強く持つんやぞ」
呆然と立ち尽くして思考停止している明人に、テラ公は去り際そう言い残して高天原に戻った。
「俺が、コイツを、デートに誘う? いつも振り回されている側の俺が?」
活発な少女の姿をした神様がいなくなった研究事務所には、振り子時計が奏でる秒針の音と、アマネの穏やかな寝息だけが聞こえいていた。
夜の友人町。南口の駅前には友人横丁というアーケード街が西に向かって伸びている。
この横丁は駅側から奥に行けば行くほど、建物が古くなっていく。アーケード街を突き進み、五つ目の十字路を越えると昭和を彷彿とさせる昔ながらの店が立ち並ぶエリアになる。
道中には小さな神社があったりもして、風情溢れる通りとなっている。誰が呼んだか宵闇に灯る味わい深い提灯や、粗末な電球によるどこか懐かしい店明かりに親しさが込められて、この場所は『宵闇通り』という名で年配を中心に親しまれていた。
時刻は二十三時。江ノ島から帰宅し、疲れ果てて眠りこけていたアマネがようやっと起床した。
野沢は待ってましたと言わんばかりに彼女を引き連れ、宵闇通りで夜飯にありついていたのだった。
「いやー。めんごめんご! 爆睡こいちゃいましたね」
「お前の愛用枕がヨダレでデロデロになってたぞ」
ぐいっと御猪口に入った日本酒を呷る野沢。その隣でアマネがご近所のおばさまよろしく手のひらをパタパタさせる。
「やあねえアッキー。お洗濯も助手の仕事じゃないですかあ」
眉間に力が入りつつも、もう一杯。アマネはその姿をニヤニヤ見つつ、大根を頬張る。
二人が飲み食いしている店は、行きつけのおでん屋台だ。アマネが物思いに耽るかのように頬杖を付いて言った。
「いやあ。アッキーと出逢って丁度半年かー。もう三年以上は一緒にいる気がシマスネ」
「そらそうだ。毎日同じ屋根の下で寝食を共にしてりゃあな」
「このおでん屋台で一緒に食べるのも、そろそろ百回は越えたかしらん」
「あ、おい」
と、アマネが野沢の持っていた御猪口を奪い取り、中身をぐいっと飲み干した。彼女はデヘヘと笑って、野沢の二の腕に頭をもたれる。
野沢は直感した。
こ、ここか!? デートに誘うのはここなのか!?
アマネに気の利いたセリフを掛けようとするが、言葉が思いつかない。……というよりも、脳裏にちらつく語群がどう考えても、普段の自分が口にすることは無い言葉ばかりで、声で形にすることへの抵抗があった。
「ねえ、アッキー」
彼の二の腕で目を瞑るアマネ。
「な、なんだ」
「ん? 口ごもっちゃってどうしたんです? くっつかれるの嫌でした?」
完全にタイミングを逃してしまった。とりあえず勘違いしているアマネに訂正をする。
「いや……別に、嫌じゃない」
彼の言葉ににんまりとして、アマネは野沢の二の腕に頬をすりすりした。
「おい……酔いすぎだぞ」
「別に酔っちゃいないですよー。で、話の続きですが、私達が初めて出逢った日のことを憶えていますか?」
「ああ。そういやあの日も丁度同じ時間帯に、このおでん屋台にいたな」
「懐かしいですねえ。思い返せば、アッキーが女になっちゃった時もありましたね。田中君元気かなあ。……というわけで、江ノ島から無事生還した『記念』に祝杯を上げましょうか。思い出話に花でも咲かせながら。どうです?」
記念という言葉に肩をビクリとさせてしまう。もちろん野沢としても、このまま帰宅して就寝という流れにはしたくない。必ずタイミングを見つけてデートに誘ってやると彼は決意を固めた。
「ああ、良いな」
「よっしゃあ! そうと決まれば、上等な酒で行こうぜ!」
アマネはそう言って、顔の横で両手を叩いた、
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