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五頭龍に愛の微笑みを
二人目の同行者
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ところは再び、第一岩屋の最奥。
人の目に触れたら大変だという空木の提案で、赤紐は手蝋貸出所脇の白い円柱に結ぶことにした。野沢のギターもすぐ回収出来るということで、異論はなかった。
「さて。これで時間の問題も解決した。いよいよ突入しようと思うが、よろしいか?」
「オーケーだ」
「大丈夫です」
男二人が了承したのを見取り、彼女は小さくうなずいた。そして奥の木戸に手をかけ、押し開けた。
「ふむ。灯りがないだけで、整っているな」
純度百パーセントの暗闇をペンライト一本で進む。上下左右、何かの点検をするように至るところを照らしながら歩いていく。
「しばらくは足元もしっかりしていますし、大丈夫なんですけど……問題はしばらく歩いた先でして」
空木の言うしばらくは思ったよりすぐだった。だいたい十分ほど歩みを進めた頃だろうか。目の前に滑り台のような縦穴が待ち構えていた。アマネがペンライトで穴を照らしてみるが、どうやら斜めに伸びているようで、途中の斜面までしか照らせない。
目の無い怪物が、大きな口を開けて獲物が落ちるのを待ち構えているようで、野沢は顔を歪めた。と、そこでアマネが、一本の鉄杭が穴の手前に打ち込んであるのを発見する。
「どうやら、これまでにこの先に進んだ者はいるようですね」
空木が頷く。
「ええ……。しかし問題はこの穴を下った先らしく、度重なる地震で落石が起きて先に進めなくなっているとかなんとか」
「おいおい。詰みじゃねえか」
と、野沢は頭を抱えたが、アマネは真っ直ぐに穴を見据えて言った。
「大丈夫です。私に任せてください。空木さんはこれを」
これまで常に対策を講じてきたアマネの言葉を信じて、三人はその斜面を命綱無しで滑り降りた。
「おい、それ親父の形見だろう。良いのか?」
降りた先で、野沢が空木の持つソレを指差して言った。アマネがペンライトを空木に向ける。
「死ぬかと思いました。というか実際、途中で岩の出っ張りに頭と肘と膝を打ったのに、全く痛くないです。どうなってるんですかこれ」
空木は手に持つそれをまじまじと眺めている。かなり興奮ぎみだ。
「父の盟友である迦楼羅天|《かるらてん》から授かった羽で作られた羽団扇です。悪魔を降す力を初めとして、病除、延命、防毒、降雨、神風、止風雨といった加護がこもっている超万能アイテムです。持ち手の妖力によって威力は変わりますが、能力ゼロの人が持っても微力ながら効果を発揮してくれる優れもの。本当はあまり持ち出したくない宝物なのですが、今回は空木さんがいるので、致し方ありません」
迦楼羅天の羽団扇は実に美しい光沢を放つ代物だった。深紫色の羽なのだが、揺れるとほのかに赤く光る。さながら闇夜に揺らめくルビーのようだ。
ちなみに迦楼羅天とはインド神話で名を博したガルーダを、仏教視点で呼んだ名前だ。仏法を守護する神の一員で、二大護法善神である帝釈天をも凌ぐ霊力を持っているという。アマネも一度、父と住んでいた霊山で会ったことがあるらしく、陽気で音楽が大好きなナイスガイだったとのこと。
空木は奇跡を連続で体感したことに興奮しているのか、女性のすすり泣く声もそっちのけで、意気揚々と羽団扇を振り回しながら歩みを進めた。
「おい、放っておいて良いのかあれ」
野沢の心配にアマネが答えた。
「んー。道のりも、彼に待ち受けているであろう試練も、まだまだ先ですからね。今この時だけでも気楽でいてもらいましょう」
間もなくして、問題の箇所にぶち当たった。
「あー。こりゃあ難儀だな」
アマネが眼前の状況に、ふうと息を吐いた。
斜面を滑り台のように下ってからは、洞穴の幅も高さも、三人が直立で横に並んで歩いても余裕なほどあったが、歩みを進めるにつれて、躓くほどの石やら岩やらがゴロゴロと現れ始めた。ようやっとの思いで辿り着いた件の場所では、野沢の背丈の二倍に当たるであろう高さまで岩が積み重なり、三人の行く先を通せんぼしていた。
「完全に崩れてんなあ。一番上の方に隙間らしきものは見えるが、確か一度崩れた場所は、再発しやすいから危険なんだっけか」
「……はい。千九百九十三年の記録によれば、この場所こそ調査隊が到達した最終地点のようです。野沢さんのおっしゃる通り一度落石が起こると、その周辺の石壁も、はく離しやすい状態なっています。人が触れただけで落石を起こすこともあるので、こんな奥まった場所でカッターを入れることも出来ず。ここで断念……と、聞いています」
「一つ気になるんだが。第一岩屋の最奥にあった看板には『富士山まで続いていると言われてきた』という書き方をしていただろう。なぜ途中で行き止まりになっていることを言わないんだ?」
「そんなの当たり前だろアッキー。威光が弱まるからだよ。これまで積み上げてきた江ノ島の神秘性が失われるじゃないか」
アマネの言葉に空木が口を挟む。
「人の夢を大切にしていると言ってくれませんか。この江ノ島をきっかけに結ばれた人や、友情を誓った人、祈りを捧げている人……多くの人がこの島を大事に想っているんです。そんな人達ががっかりするような事実は言わなくて良いなら、言わなくて良いと思います」
「君の言うことには、私も至極同感だが」
アマネはねっとりとした笑みを空木に向ける。
「優しい嘘と、苦汁を飲まないでいることは全く別の話だよなあ?」
「……分かっています。そのために僕はここまで付いて来ましたから。今は呼び出してくれたことに感謝しています」
野沢は理解出来なかったが、空木はアマネが何を言わんとしているのか分かったようで、苦しそうな表情を浮かべて返事をした。
「なあ、アマネ。そろそろネタバラシしてくれないか? 気になってしょうがねえ。空木の反応を見るに、この場で事情を知らないのは俺だけだよな?」
と、野沢はついに根を上げた。
「えー。私からのチューはいらないってことですか?」
不服そうに口をへの字に曲げて問うアマネに「それなんだが」と、野沢がぽりぽりと頬を掻いた。
「よくよく考えたんだが、たぶん俺、本当にされたら照れすぎて死ぬと思う」
「……そうですか! それはしょうがないですねえ」
彼女は野沢の返答に一瞬はっとしたが、すぐににんまりとする。彼の言葉に満足したのか、しきりに「うんうん。しょうがないしょうがない」とつぶやいて首肯している。
と、そこでアマネは空木の冷めた視線に気付き、一度咳払いをした。
「おほん。ネタバラシはこの後するとして、その前に立ち塞がる岩どもを片付けようじゃないか」
もう何度目か分からないが、アマネは肩掛けカバンを漁り始める。ごそごそと漁るアマネに近づく野沢。
「ここまでくると四次元ポケットだな。アマえもんって呼んでいいか」
「アーマッマッマッマ」
野沢と空木が閉口する。
「なんだ今の鳴き声は」
「少なくとも地球には存在しませんね」
「このシュールな笑い声の良さが分からないとは、二人ともまだまだですね」
口では気丈に振る舞うアマネだったが、不服そうに頬を膨らませている。
「ほら、一人一つ持ってください」
男ども二人の胸にぐぐっと押し付けられたソレは、まさしくレンガコテだった。平たい部分を使って、セメントを広げたりするアレである。
「こ、こんなものでなにをしろと?」
空木の言葉を聞き、彼女は岩群の前に立った。丁度彼女の胸くらいの高さにある岩にレンガコテを当て、すっと下になぞる。
すると彼女がコテでなぞった岩肌部分から、でろりとした液体が垂れていた。
「それはなんです?」
という空木の問いに、アマネがこちら側に振り返る。
「はちみつだ!」
驚くべき答えが返ってきた。
「このコテは、どんな物でもなぞった部分をはちみつに変えてしまう代物です。もちろん人体も例外じゃないから注意すること。まあ空木さんも含めて、妖力に包まれている私達は、多少なぞっても大丈夫なんだけどね」
と、岩群に向き直ったアマネが「あれ?」とつぶやいたまま固まった。
「どうしたアマネ」
野沢が聞くと、アマネがペンライトを覗き込みながら再びこちらに振り返ったところで、灯りが消えた。
「……おい。まじかお前」
「あー……ごめん、アッキー。非常に不服ではあるが、テラスちゃんを喚んでくれる?」
「テラスちゃんとは?」
空木の質問には聞こえないフリをして、野沢は小さくため息を吐いた。
「アマテラスノオオミカミ。菓子友の盟約のもと、その姿を現さん」
彼が呪文めいたことを言い終えてから、十秒ほど経った頃だろうか。ふいにあたりが明るくなった。LEDの蛍光灯に照らされているようだ。
「よう。丁度、暇しとったから遊びに来てやったぞ。……それにしても、お前らはいつも妙なところにいるな。ここは洞窟か何かか?」
急な光に目が慣れてきたところで、空木が声のする方に目を向けた。
「え、誰!」
至極当然の反応であった。野沢は仕方なく説明することにした。
「天照大神だよ。知ってるだろ? 神様と仲良くなれば、困った時に助けてくれるんだよ。どこからでも呼び出せるようになるには、盟約という名の約束事を作らなきゃいけないんだけどな」
空木は頭を抱えながら言う。
「いや、もう……大丈夫です。慣れました。はい」
「ん? こいつ能無しやんな? なんでウチの事が見えとんの?」
言ってから、空木の持っている羽団扇を目視する。
「ああ。納得納得」
様々な装飾品が付いた巫女服と、栗毛色のショートヘアをしゃらんと揺らして、彼女は辺りを見回した。それから改めて野沢に向き直る。アマネに挨拶はしない。アマテラスはアマネが嫌いだった。
「――して、ウチを喚んだワケを聞こうか?」
アマテラスは身長が百五十センチほどしかないので、野沢が神に見上げられる構図となる。とても複雑な心境だ。
「テラ公は話が早くて助かる」
野沢は振る舞いが犬のように愛らしいこと、アマネと名前が被ることからアマテラスをテラ公という愛称で呼んでいた。当初は「神への冒涜だ」やら「神社の人に怒られろ」などと言っていたが、今ではさして嫌がる様子はない。
「ぬっふっふ。よく来たなテラスちゃん」
はちみつコテを両手に持ったアマネが近寄ってくる。テラ公があからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「誰じゃお前」
「テラスちゃん。さすがにそれはひどくないか」
アマネはぴたりと歩みを止めた。見かねた野沢がテラ公にこれまでの経緯を簡潔に説明する。
「……まとめると、つまりあれか? お前ら神を灯り代わりに呼んだのか? 神様をなんだと思ってんの?」
「灯り代わりだけじゃないよー。岩をはちみつにするのも手伝うんだよ!」
彼女の不遜な態度に、いよいよテラ公は両手で握り拳を作り、アマネに飛びかかった。
人の目に触れたら大変だという空木の提案で、赤紐は手蝋貸出所脇の白い円柱に結ぶことにした。野沢のギターもすぐ回収出来るということで、異論はなかった。
「さて。これで時間の問題も解決した。いよいよ突入しようと思うが、よろしいか?」
「オーケーだ」
「大丈夫です」
男二人が了承したのを見取り、彼女は小さくうなずいた。そして奥の木戸に手をかけ、押し開けた。
「ふむ。灯りがないだけで、整っているな」
純度百パーセントの暗闇をペンライト一本で進む。上下左右、何かの点検をするように至るところを照らしながら歩いていく。
「しばらくは足元もしっかりしていますし、大丈夫なんですけど……問題はしばらく歩いた先でして」
空木の言うしばらくは思ったよりすぐだった。だいたい十分ほど歩みを進めた頃だろうか。目の前に滑り台のような縦穴が待ち構えていた。アマネがペンライトで穴を照らしてみるが、どうやら斜めに伸びているようで、途中の斜面までしか照らせない。
目の無い怪物が、大きな口を開けて獲物が落ちるのを待ち構えているようで、野沢は顔を歪めた。と、そこでアマネが、一本の鉄杭が穴の手前に打ち込んであるのを発見する。
「どうやら、これまでにこの先に進んだ者はいるようですね」
空木が頷く。
「ええ……。しかし問題はこの穴を下った先らしく、度重なる地震で落石が起きて先に進めなくなっているとかなんとか」
「おいおい。詰みじゃねえか」
と、野沢は頭を抱えたが、アマネは真っ直ぐに穴を見据えて言った。
「大丈夫です。私に任せてください。空木さんはこれを」
これまで常に対策を講じてきたアマネの言葉を信じて、三人はその斜面を命綱無しで滑り降りた。
「おい、それ親父の形見だろう。良いのか?」
降りた先で、野沢が空木の持つソレを指差して言った。アマネがペンライトを空木に向ける。
「死ぬかと思いました。というか実際、途中で岩の出っ張りに頭と肘と膝を打ったのに、全く痛くないです。どうなってるんですかこれ」
空木は手に持つそれをまじまじと眺めている。かなり興奮ぎみだ。
「父の盟友である迦楼羅天|《かるらてん》から授かった羽で作られた羽団扇です。悪魔を降す力を初めとして、病除、延命、防毒、降雨、神風、止風雨といった加護がこもっている超万能アイテムです。持ち手の妖力によって威力は変わりますが、能力ゼロの人が持っても微力ながら効果を発揮してくれる優れもの。本当はあまり持ち出したくない宝物なのですが、今回は空木さんがいるので、致し方ありません」
迦楼羅天の羽団扇は実に美しい光沢を放つ代物だった。深紫色の羽なのだが、揺れるとほのかに赤く光る。さながら闇夜に揺らめくルビーのようだ。
ちなみに迦楼羅天とはインド神話で名を博したガルーダを、仏教視点で呼んだ名前だ。仏法を守護する神の一員で、二大護法善神である帝釈天をも凌ぐ霊力を持っているという。アマネも一度、父と住んでいた霊山で会ったことがあるらしく、陽気で音楽が大好きなナイスガイだったとのこと。
空木は奇跡を連続で体感したことに興奮しているのか、女性のすすり泣く声もそっちのけで、意気揚々と羽団扇を振り回しながら歩みを進めた。
「おい、放っておいて良いのかあれ」
野沢の心配にアマネが答えた。
「んー。道のりも、彼に待ち受けているであろう試練も、まだまだ先ですからね。今この時だけでも気楽でいてもらいましょう」
間もなくして、問題の箇所にぶち当たった。
「あー。こりゃあ難儀だな」
アマネが眼前の状況に、ふうと息を吐いた。
斜面を滑り台のように下ってからは、洞穴の幅も高さも、三人が直立で横に並んで歩いても余裕なほどあったが、歩みを進めるにつれて、躓くほどの石やら岩やらがゴロゴロと現れ始めた。ようやっとの思いで辿り着いた件の場所では、野沢の背丈の二倍に当たるであろう高さまで岩が積み重なり、三人の行く先を通せんぼしていた。
「完全に崩れてんなあ。一番上の方に隙間らしきものは見えるが、確か一度崩れた場所は、再発しやすいから危険なんだっけか」
「……はい。千九百九十三年の記録によれば、この場所こそ調査隊が到達した最終地点のようです。野沢さんのおっしゃる通り一度落石が起こると、その周辺の石壁も、はく離しやすい状態なっています。人が触れただけで落石を起こすこともあるので、こんな奥まった場所でカッターを入れることも出来ず。ここで断念……と、聞いています」
「一つ気になるんだが。第一岩屋の最奥にあった看板には『富士山まで続いていると言われてきた』という書き方をしていただろう。なぜ途中で行き止まりになっていることを言わないんだ?」
「そんなの当たり前だろアッキー。威光が弱まるからだよ。これまで積み上げてきた江ノ島の神秘性が失われるじゃないか」
アマネの言葉に空木が口を挟む。
「人の夢を大切にしていると言ってくれませんか。この江ノ島をきっかけに結ばれた人や、友情を誓った人、祈りを捧げている人……多くの人がこの島を大事に想っているんです。そんな人達ががっかりするような事実は言わなくて良いなら、言わなくて良いと思います」
「君の言うことには、私も至極同感だが」
アマネはねっとりとした笑みを空木に向ける。
「優しい嘘と、苦汁を飲まないでいることは全く別の話だよなあ?」
「……分かっています。そのために僕はここまで付いて来ましたから。今は呼び出してくれたことに感謝しています」
野沢は理解出来なかったが、空木はアマネが何を言わんとしているのか分かったようで、苦しそうな表情を浮かべて返事をした。
「なあ、アマネ。そろそろネタバラシしてくれないか? 気になってしょうがねえ。空木の反応を見るに、この場で事情を知らないのは俺だけだよな?」
と、野沢はついに根を上げた。
「えー。私からのチューはいらないってことですか?」
不服そうに口をへの字に曲げて問うアマネに「それなんだが」と、野沢がぽりぽりと頬を掻いた。
「よくよく考えたんだが、たぶん俺、本当にされたら照れすぎて死ぬと思う」
「……そうですか! それはしょうがないですねえ」
彼女は野沢の返答に一瞬はっとしたが、すぐににんまりとする。彼の言葉に満足したのか、しきりに「うんうん。しょうがないしょうがない」とつぶやいて首肯している。
と、そこでアマネは空木の冷めた視線に気付き、一度咳払いをした。
「おほん。ネタバラシはこの後するとして、その前に立ち塞がる岩どもを片付けようじゃないか」
もう何度目か分からないが、アマネは肩掛けカバンを漁り始める。ごそごそと漁るアマネに近づく野沢。
「ここまでくると四次元ポケットだな。アマえもんって呼んでいいか」
「アーマッマッマッマ」
野沢と空木が閉口する。
「なんだ今の鳴き声は」
「少なくとも地球には存在しませんね」
「このシュールな笑い声の良さが分からないとは、二人ともまだまだですね」
口では気丈に振る舞うアマネだったが、不服そうに頬を膨らませている。
「ほら、一人一つ持ってください」
男ども二人の胸にぐぐっと押し付けられたソレは、まさしくレンガコテだった。平たい部分を使って、セメントを広げたりするアレである。
「こ、こんなものでなにをしろと?」
空木の言葉を聞き、彼女は岩群の前に立った。丁度彼女の胸くらいの高さにある岩にレンガコテを当て、すっと下になぞる。
すると彼女がコテでなぞった岩肌部分から、でろりとした液体が垂れていた。
「それはなんです?」
という空木の問いに、アマネがこちら側に振り返る。
「はちみつだ!」
驚くべき答えが返ってきた。
「このコテは、どんな物でもなぞった部分をはちみつに変えてしまう代物です。もちろん人体も例外じゃないから注意すること。まあ空木さんも含めて、妖力に包まれている私達は、多少なぞっても大丈夫なんだけどね」
と、岩群に向き直ったアマネが「あれ?」とつぶやいたまま固まった。
「どうしたアマネ」
野沢が聞くと、アマネがペンライトを覗き込みながら再びこちらに振り返ったところで、灯りが消えた。
「……おい。まじかお前」
「あー……ごめん、アッキー。非常に不服ではあるが、テラスちゃんを喚んでくれる?」
「テラスちゃんとは?」
空木の質問には聞こえないフリをして、野沢は小さくため息を吐いた。
「アマテラスノオオミカミ。菓子友の盟約のもと、その姿を現さん」
彼が呪文めいたことを言い終えてから、十秒ほど経った頃だろうか。ふいにあたりが明るくなった。LEDの蛍光灯に照らされているようだ。
「よう。丁度、暇しとったから遊びに来てやったぞ。……それにしても、お前らはいつも妙なところにいるな。ここは洞窟か何かか?」
急な光に目が慣れてきたところで、空木が声のする方に目を向けた。
「え、誰!」
至極当然の反応であった。野沢は仕方なく説明することにした。
「天照大神だよ。知ってるだろ? 神様と仲良くなれば、困った時に助けてくれるんだよ。どこからでも呼び出せるようになるには、盟約という名の約束事を作らなきゃいけないんだけどな」
空木は頭を抱えながら言う。
「いや、もう……大丈夫です。慣れました。はい」
「ん? こいつ能無しやんな? なんでウチの事が見えとんの?」
言ってから、空木の持っている羽団扇を目視する。
「ああ。納得納得」
様々な装飾品が付いた巫女服と、栗毛色のショートヘアをしゃらんと揺らして、彼女は辺りを見回した。それから改めて野沢に向き直る。アマネに挨拶はしない。アマテラスはアマネが嫌いだった。
「――して、ウチを喚んだワケを聞こうか?」
アマテラスは身長が百五十センチほどしかないので、野沢が神に見上げられる構図となる。とても複雑な心境だ。
「テラ公は話が早くて助かる」
野沢は振る舞いが犬のように愛らしいこと、アマネと名前が被ることからアマテラスをテラ公という愛称で呼んでいた。当初は「神への冒涜だ」やら「神社の人に怒られろ」などと言っていたが、今ではさして嫌がる様子はない。
「ぬっふっふ。よく来たなテラスちゃん」
はちみつコテを両手に持ったアマネが近寄ってくる。テラ公があからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「誰じゃお前」
「テラスちゃん。さすがにそれはひどくないか」
アマネはぴたりと歩みを止めた。見かねた野沢がテラ公にこれまでの経緯を簡潔に説明する。
「……まとめると、つまりあれか? お前ら神を灯り代わりに呼んだのか? 神様をなんだと思ってんの?」
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