血染めの世界に花は咲くか

巳水

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導入:死と転生

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「ごふ……」

 胸の内側からあふれ出るソレを吐き出すと、鉄錆に似た苦味と生臭さが口内を満たす。ここ数百年で血の香りはすっかり馴染んでしまったが、味わうのは随分と久しぶりだ。

「せん、せい……」

 震える声で俺は、目の前の人物に言葉を投げかける。
 いかな感情を堪えているのかわからないが、険しい顔のまま俺の心臓に剣を突き立てている。
 孤児だった俺を拾い、弟子として家族として受け入れてくれた人。俺の夢を受け止め、思い悩みながらも送り出してくれたかけがえのない恩人。

「クロ……」

「は、はは……まだ、そう呼んでくれるんですね」

 弟子時代に何度も呼ばれた愛称。その響きがあまりに懐かしく思わず笑みが漏れる。
 俺の言葉に動揺したのか、突き刺さった剣がわずかに震え、胸に再び痛みが走った。
 ……身体が冷え込んできた。
 どういうからくりかはわからないが、俺の不死の肉体が死んでいくのがわかる。

「……これでやっと、終われます」

 多くの人を殺め、果ては国を滅ぼした俺は、間違いなく地獄行きだろう。復讐に狂い、魔族と契約を交わし不老不死の肉体と無限の時間を与えられた上での大虐殺。もはや現世の法では裁ききれないだろう。
 しかしそんな大罪人でも、最後を看取ってくれる人がいる。なんとも幸せなことだ。
 
「先生――」

 抗い難い眠気が襲ってくる。もう血も魔力も、時間も残っていないのだろう。掠れる視界と意識の中、俺は敬愛する恩師であり、唯一残った家族に最後の言葉を贈る。

「ありがとう、ございました」

 万感の思いを込めて言い放った俺は、俺の人生は終わった。


……

………

…………ん?

 柔らかな暗闇の中、ほのかに光を感じる。
 暗い部屋に灯る蝋燭のような。夜に輝く月のような。真っ暗な空間の中で、導くような光を視覚する。

「――、――。――――」

「――――。――――――?」

 声が聞こえる。遠くから、しかし妙に近くから。
(誰だ、俺の側に誰かいるのか?)
 意識が急速に浮上して、そこでようやく自身が目を閉じているのだと気が付いた。
 やけに重たい瞼を開けると、まず目に入ったのは木製の天井。それから若い女と男の姿。

(誰だこいつ? 俺は先生に殺されたはずじゃ……ちっ、また死にぞこなったか)

 状況はわからない。目の前の人間が誰か、目的は何か。

(とりあえず、何か武器が必要だ)

 おそらく自分はベッドに寝かされている。普通の寝室、または治療室ならば何かあるはずだ。そう思い腕を動かすが、やけに体が重い。それどころか腕を伸ばそうとしただけで、体が左右に転がる。首もやけに不安定だ。

「あ、えあ⁉︎」

 体験したことのない違和感に思わず声を上げるが、呂律が上手く回らない。

(くそっ! 毒でも盛られたか⁉︎)

 痛みはまったく感じないが、自力で起き上がることもできない。幸い腕は動くようだから、何か武器になるようなものを探る。同時に視線を動かし周囲を観察する。
 簡素な造りの部屋と、家具。部屋の奥には若い男の姿が見える。恰好と体格から兵士の類ではない。農家か?

(軍の隔離病棟や研究所の類ではなさそうだが……普通の民家? いやそんなわけが――)

「あら、起きちゃった?」

 俺の様子に気がついた女がこちらに手を伸ばす。
 手を伸ばしたが触れられる物は無かった。仕方がない、こいつがどういった目的を持っているか知らないが、毒が抜けるのを待ちつつ、隙を見つけるしかないな。身体が動けずとも、舌をかみ切るくらいまで回復すれば――てか、なんかこいつデカくね?

「ぅあ?」

 今起こった現象にこれまでの思考がすべて吹っ飛び、舌足らずな間抜けな声を漏らしてしまった。
 女は俺の脇に手を入れると、軽い様子で身体を持ち上げてしまった。そのまま慣れた手つきで自身の身体へ引き寄せ、まるで赤子のように俺をあやし始めた。

「……あうはい?」

 ここまできてようやく理解できた。いやなぜこうなったのかは、まったく分からないのだが。
 どうやら俺は赤ん坊になったようだ。

 ……いや、ホントになんで?
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