血染めの世界に花は咲くか

巳水

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16話:ロスウェル子爵と案内依頼

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 状況が飲み込めぬまま、二人に連れられて丘の上に建つ領主の館へと赴く。遠くからはよく見ていたが、こうして立ち入るのは初めてだ。
 館の外周は腰ほどの高さの石垣で囲われ、正面には鉄で補強された木製の大門が備えられ、その両脇には門番が立っている。門番に通されて門をくぐると目の前には、灰白色の石に暗褐色の木枠が組み合わされた二階建ての立派な建物が出迎える。落ち着きがあり、されど貴族らしい威厳も感じる建物だ。

「どう? ここが貴族のおうちよ。凄いでしょ!」

「凄いが、なんでお前が自慢気なんだ?」

 あれか? 自分たちはこんな凄いところに泊っているんだというアピールか?
 謎に胸を張るリアナに、コーネルも苦笑を浮かべる。

「はは……さあこちらです。子爵様とカイルさんが応接室でお待ちですから、詳しいお話はそちらで」

 館に入るとメイドが出迎え、そのまま来客用の応接室に案内される。メイドが部屋の扉を叩くと中から男性の声で入室を促す声が聞こえた。促されるまま応接室に入ると、見栄えの良い家具が出迎える。
 部屋の中央には長方形の木製テーブルと、それを囲む革張りの重厚な椅子が六脚あり、その奥に領主のロスウェル子爵が座っていた。領主様の隣には兵士長のバルドルさんが立ち、入り口に近いところにはカイルとエマが座っている。

「よく来たアゼル君。先日は娘と彼らを助けたことに感謝する」

 聡明さと厳格さの中に、こちらを気遣う優しさが含まれた声で、領主様は俺の来訪を歓迎する。

「はっ、昨日は領主様の御子女を危険な目に合わせてしまったことを、ここに深くお詫び申し上げます。全ては私の浅慮により招いたこと――咎は私が負います故、どうか家族には寛大な処置を……」

「いやいや、そんなに畏まる必要はない。君のことはあの子からよく聞いているし、あの子の性格については親として十分に理解しているつもりだ。危険な森に入ったことに思うところがないわけではないが、それはひとりの大人としての心配から来るものだ。今回の件で君に責任を負わせるようなことはない」

 そう言ってから領主様は、俺たちを椅子に座るように促した。ふう、どうやら大惨事にはならなそうだ。
 視界の端でリアナが信じられないものを見たような顔をしているのが気になるが、努めてそちらを見ないようにする。

「私に頼みがあるとお聞きしましたが、いったいなんでしょう? 私程度が何かできるとは思いませんが……」

「そう謙遜することはないだろうが……そうだな、まずは事の経緯を説明しよう。バルドル、頼む」

 指名されたバルドルさんは厳かに返事をすると、説明を始める。
 俺は居住まいを正し、これから語られることに耳を傾ける。最初に語られたのはやはり、先日の盗賊団のことについてだった。

「数日前に、捜査隊が村を出たことは知っているな?」

「はい。東の森に盗賊団が出たと聞いてます」

「そうだ。知っての通り、我々は任務を果たし成果を持って帰還した。だが件の盗賊団は、俺たちが現場に到着した時にはすでに息絶えていたのだ」

「なんと」

 うん。驚いたふりをしたが、当事者なので当然知っている。だがどうして冒険者に依頼を出す事態になったのだろう? やはり隠蔽が杜撰だったのだろうか?

「現場には盗賊の遺体の他にCランクの魔物――夜狩熊ハンターベア死体と、それよりも大きな獣の痕跡が残されていた」

「……夜狩熊ハンターベアよりも大きな獣?」

 それは知らなかったな。そうか、夜狩熊ハンターベアよりも大きいとなるとここら辺にいる魔物ではない。それで冒険者に依頼を……。

「それから遺体の状態も不自然でな。夜狩熊ハンターベアも含めて、んだ」

「は?」

「驚くのも無理はないが、その場に有った遺体はすべて、一滴の血も残っていなかった。子爵様はこのことを深く受け止め、詳しい調査のために冒険者協会に依頼を出し彼らを呼び寄せたというわけだ」

 バルドルさんが丁寧に説明してくれたが、俺は動揺を押し殺すのに必死だった。
 死体に血がなかった、だと? それはない。それだけはない。
 たしかに夜狩熊ハンターベアからは血を抜き採ったが、盗賊たちからは不自然にならないよう血は少量しか採っていない。

「この件の裏には吸血鬼の存在が隠れている可能性もあり、極めて危うい状況であると言える。しかし、すでにそれなりの日数が経過しているにもかかわらず決定的な手がかりが得られなくてな……」

 吸血鬼。魔族に最も近い魔物とも、魔族と契約した人間の末裔とも言われる、人間の血を啜って生きる知性の高い生き物。
 話を聴いて俺もその存在が頭をよぎったが、奴らは生きた人間からしか血を吸わない。盗賊団を殺したのは俺だから、仮に吸血鬼がいたとしても死体には目もくれないはずだ。よって、吸血鬼がいる可能性ははぼゼロだ。

「あの、吸血鬼の他に血を糧に生きる魔物っているのでしょうか?」

 俺の疑問にカイルが答えた。

「ああ。血翼蝙蝠サングバットというコウモリの魔物がいる。もっと強い魔物ならばBランクの穿血羽虫ヘマスカリオンという大型吸血昆虫がいる」

「そいつらは死体から血を吸うような魔物ですか?」

「まあ、そう言えるな。生きているモノを襲うことが多いが、死体からも血を吸うことがある。だがそいつらは飛行しているし、地面に足跡を残すような魔物じゃない。そもそも多くの吸血性の魔物は虫型や飛行するモノが多い。俺が知らないだけで、獣型の吸血魔物がいるかもしれないが……」

「そう、か」

 盗賊の死が魔物や吸血鬼の仕業ではないことを知っているのは俺だけ。だがこれはバレるわけにはいかない、俺だけの秘密だ。ここは口を噤むしかない。死体から血を奪った存在は確実にいる。それは南の森にいたあの咆哮の主である可能性が高い。
 これはなんとしても正体を突き止めなければ、本当に村に人死にが出るかもしれないな……。

「死体から血を吸う、ですか……面白い考えをしますね。どうしてその可能性を思いついたのですか?」

「あー、なんとなくだ。もしかしたら、盗賊を襲った魔物と血を吸った魔物は別なんじゃないかと思ってな」

「ふむ、なるほど。確かに多方向から物事を考えるのはとても良いことです。話を遮ってしまい申し訳ない」

「…………」

 なんだ? 一瞬だがコイツ、何かを思い出したような顔をしなかったか? 俺に質問している時も、妙な視線を感じたし……俺みたいに、自分だけ知っている情報を持っているのだろうか?

「こほん。話を戻すが、これまでの調査で手がかりがまったく無かったわけではない。カイル殿たちの働きにより、盗賊たちの遺体と同じように血が残っていない変死体が森の中で点々と発見されたそうだ。そうだな、カイル殿?」

「はい。動物も魔物もそれぞれの食性も異なっていましたが、いずれも大きな力で圧し潰されていたり、鋭い爪や牙で傷つけられていたりと……間違いなく大型の生物によるものですね。盗賊の遺体も調べさせてもらいましたが、似通っているところがあると感じました。東の森を起点にその痕跡を辿り、南の方へ向かって調査を進めていました。そして昨日、ついに大型の魔物の咆哮を耳にしたというわけです。それはアゼル君もフィリアお嬢様も聞いたはずです」

 カイルが俺に視線を送ったので、俺はその証言を保証するために頷きを返す。

「俺も咆哮を聞きましたし、彼の言う通りあれは大型の獣の鳴き声だったと思います。私は狩りのために何度か南の森へ入ったことがありますが、あのような鳴き声は聞いたことがありません……もしかして、彼らの証言が本当か確認するために、私を呼んだのですか?」

「それもあるが、あくまでおまけだ。本題は別にある……」

  領主様は神妙な面持ちで言葉を引き継ぐ。

「君には彼らの案内人として、例の魔物の調査に協力してほしい」

「俺が? こほん、失礼しました……私がですか?」

「うむ。南の森はCランクの魔物も生息する危険地帯だ。村の熟練の猟師でさえも滅多なことでは立ち入らず、知っていることもあまり多くはない。だが彼らからの話を聞く限り、君は随分とあの森に詳しいようだね。兵に頼んで村の猟師たちから情報を集めたが、君意外誰も南の森に渡り鳥が来ることなど知らなかった。私が思うに、現状この村で一番南の森に詳しいのは君だ」

 ふむ。確かにまあ森に関しては他の者よりも知っていると自負している。とはいえ俺は十六歳の若造だ。多少狩りの腕があるだけの農民に、Cランクの魔物がいる危険な森へ行けというのはなんとも領主様らしくない判断だな。

「疑問に感じるのはわかる。私としても、先日危険な目にあったばかりの君にこんなことを頼むのは気が引けるのだが……だが彼らからの評価は、私が考えているより高くてな」

 そう言うと領主様は冒険者の一団へ視線を向けた。そういえばこいつらは俺の放った【紅穿こうせん】を見ていたし、小悪鬼ゴブリンを調べた時も高く評価してくれていたな。

「はい。先日の彼の動きを見たところ、能力的にはここにいるリアナに引けを取らないと、このコーネルは判断しました。彼女はDランク冒険者ですが、実力では既にCランクの域に届いております。そんな彼女と並ぶアゼル君も、Cランク相当の力を持っていると判断します。加えて環境に対する高い観察力や分析力、とっさの判断力にも優れています。彼が冒険者協会に入ったならば、優秀な探索者シーカーになれるでしょう」

「私も! コイツがいると助かると思うわ、です!」

 コーネルとリアナから推薦の声が上がる。リアナはともかくとして、コーネルからの推薦かあ……さっきの視線を考えると、別の意図がありそうだが。まあ、こちらとしても不都合はないから黙っておく。

「俺は少し不安だが、Bランク冒険者のコーネルさんがこう言っているし、実際昨日は彼が居てくれたおかげで危機を脱することができた。こちらとしても現地に詳しい人が居るとありがたいのは確かだ」

「……そういうことらしい。君の魔術の腕についてはフィリアから聞いている。それから先日の小悪鬼ゴブリンとの戦闘についてもな。バルドルからも意見を聞いたうえで、君に任せてみようと考えたのだ――無論危険なことには変わりない。この話を聞いたからと言って、立場を利用して君に何かを強制するつもりはない。断ったとしても責めはしない」

 領主様が話を締めくくり、俺に選択を委ねる。彼らとの同行は予想外だが、それ以上に俺にとっても都合がいい。断る理由はない。
 俺は胸に手を当て、恭しく首を垂れる。

「そのご依頼、謹んでお受けいたします。非才な身ではありますが、この身を粉として案内人として全力を尽くし、必ずや彼らと共に魔物の脅威を排除して見せましょう」

「……フィリアから聞いた通り――いや聞いていた以上に誠実な若者だ。ロスウェル村を治める者として礼を言う」

 そうして話はまとまった。
 その後、報酬の話も詰めたが、その時に提示された額はなんと銀貨五十枚。
 農民の一か月の収入が銀貨三から五枚程度で、裕福な農家でも十枚前後だと考えると、とんでもない額だ。少なくとも一年、いやそれ以上は遊んで暮らせる。さすがは貴族階級、太っ腹だ。
 報酬の話も済んで解散となったが、領主様はせっかくだからと夕食に招待してくれた。領主様直々のお誘いなので、俺は是非にとその招待を受けた。貴族の誘いを断るのも失礼だしな。

 食事の席には領主様の家族が揃っており、俺はそこに混ざる形になっていた。
 領主様本人にもそうだが、村の祭り以外に子爵家の人と会うのは初めてで、少しばかり緊張した。奥様や跡継ぎの長男、フィリアの姉にを見たのも久しぶりだ。
 まあ、むしろそれが当たり前で、しょっちゅう村で見かけるフィリアが異常なだけだ。
 そんなフィリアだが、家族の前だからかいつものおてんばさは鳴りを潜め、おしとやかに食事をしている。
 おー、凄え。珍しいもん見たな。
 貴族と混じって食事をするのは初めて(フィリアを除く)だが、前世では傍からその光景を何度か見ていたため、前世の記憶やフィリアたちの所作を参考に、最低限失礼に見えないような食事はできたと思う。

 ただ礼儀作法とは別に、奥様を筆頭に妙にフィリアとの交友を尋ねられた。
 フィリア本人にならいくらでも本心を言えるが、領主様がいる手前で好き勝手言える度胸はさすがの俺にもない。俺は努めて笑みを浮かべ、時には褒めるなどをして当たり障りのない回答をしておいた。
 ただ、領主様や尋ねた奥様――あとついでに姉の方も微妙に残念そうな雰囲気を感じたが……あまり上手い回答を言えなかったかな?
 フィリアはなんかわからんが、頻繁にむせていた。食べ物はよく噛まないと駄目だぞ?

 そんなこんなで、贅沢な食事を楽しんだ後俺は兵士に送られて家に帰った。あたりはすっかり暗くなり、ふと俺は夜空に昇る月を見上げる。青白い澄んだ光で夜を照らしている月を見つめて、俺は密かに決意を固めたのだった。
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