箱庭の楽園

らがまふぃん

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最終話 奇跡の一族

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 下げられた頭を、フォスクロスはジッと見つめた。
 「王子妃の件かい?」
 フォスガイアは答えない。それが肯定であるとわかる。
 フォスガイアが王族のままでいれば、またどこかの令嬢を迎えなくてはならなくなる。優和ゆうわと離れると決めていたから、それを受け入れていた。だが、もう離れる理由はない。そうであれば、他の令嬢を迎えることなど出来ない。王族としての義務を果たせない。無理に誰かと婚約をしても、優和以外を抱き締めることはない。誰も、幸せになれない。
 「おまえと優和が幸せになれるのは、とても喜ばしい。だが、出て行かれるのは、淋しいよ、フォスガイア」
 顔を上げなさい、と優しく促され、フォスガイアはフォスクロスを見る。嬉しそうな、でも、泣きそうな顔でフォスガイアを見つめていた。
 「父上も母上も、気難しい顔をしていたのはね、迷っていたからなんだよ」
 フォスガイアは僅かに首をかしげる。
 「お二人とも、おまえが優和と共になると言ったら、おまえを手放さなくてはならなくなる。それに、迷っておられたんだ」
 健気けなげな優和がいじらしい。けれど、この子と一緒になるなら、フォスガイアは自分たちから離れていってしまう。フォスガイアは器用ではない。王子妃と愛妾を抱えることは出来ないだろうから。
 「父上と、母上が」
 優和を連れ帰り、二人に事情を説明すると、二人は渋い顔をした。それでも、優和を手元に置くことには何とか頷いてくれた。最初から、こうなる結末が見えていたのかも知れない。自分が王子という立場である以上、優和は王子妃になれない。王子妃に求められるものを、何一つ持つことが出来ないからだ。そうなると、別に王子妃となる者を立てなくてはならなくなる。両親の言う通り、二人を愛することは出来ないし、分けて考えることも出来ない。臣籍降下は当然と言えた。一代限りの公爵家となれば、優和に社交を求めることもない。二人静かに暮らせばいい。面倒ごとは、全部自分がやればいいだけだ。
 「父上と母上は、おまえの意志を尊重すると言っておられた」
 フォスガイアは目を見開く。
 「きっと、おまえがずっと、何に悩んでいたのか、知っていたのだろうね」
 奇跡の一族。命を分け与える不思議な一族。愛する人の命を守りたい。フォスガイアも優和も、お互い同じ思いだっただけ。
 フォスガイアは、深く頭を下げた。


*~*~*~*~*


 ~ある男の手記~

 神はドラマチックな演出を好むようだ。
 後で考えても、なぜその時にそうしたのかわからない、そんな不可解な出来事を引き起こす。よりドラマチックになるように。
 それほどまで、奇跡の一族にまつわる話は劇的なものにあふれている。
 その命を分け与えるとき、常にドラマチックなのだ。
 あるじと定められた男で普通に寿命を迎えたものは、私の知る限り、調べる限り、いない。必ず何かが起きて、命を散らせようとする。それを奇跡の一族が救う。
 この演出は、何なのか。
 神が楽しむためだけのものか。そのために奇跡の一族は人の形なのか。それとももっと別の意味があるのか。
 神の考えなど、人間如きが推し量れようはずもない。
 奇跡の一族。
 彼女たちは、本当に、一体…


*~*~*~*~*


 フォスクロスは手帳を閉じた。
 「奇跡の一族、か」
 立ち上がり、窓の外を見る。
 フォスガイアが、優和の頭に花冠を載せて微笑んでいる。優和が無邪気に笑っている。幸せな光景に、涙が滲む。
 「良かったな、フォスガイア、優和」
 フォスガイアはもうじきここを出て行く。二人を見ていられるのも後僅かだ。
 フォスクロスは思う。
 あの手帳を記した男の考えを否定はしない。男の考え通り、彼女たちが淋しくないよう与えた、彼女たちのための能力なのかもしれない。
 けれど。
 これは、確かに神からの贈り物かも知れない。ただし、誰よりも淋しがりな男を、独りにしないための、贈り物。そして、誰よりも淋しがりな女性が、愛情深い、奇跡の一族として生まれるのだ。
 「そう考えた方が、世界は優しく見えないだろうか」


 *おわり*



 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 健気な女の子を、ただひたすらに純粋な女の子を書きたくなって出来た作品です。
 いろいろ首を捻りたくなる場面もあったかと思いますが、最後に優和が笑えてよかったね、くらいに読んでいただければと思います。
 
 
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