愛を知らない者たちの愛

らがまふぃん

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 「やあ、実に不満そうな顔をしているね」
 王都の一画、裏通りの奥の奥。四人の男が安酒を囲んで何やら話し込んでいる。そこに似つかわしくない、楽しそうな声がかかった。男たちは、声をかけた男をギロリと睨んだ。それに構わず、男は遠慮なくそのテーブルに混ざる。
 「なんだテメェ。痛い目見たくなきゃとっとと失せな」
 「実に小物のセリフだね。それじゃあいつまで経っても大事は成せないよ」
 前髪が長くかかって目は見えない。けれどその唇は妖艶に弧を描いている。身長こそ高いようだが、四人の男たちと比べてその体は華奢に見えた。
 「おい兄ちゃん。ケンカしてぇなら余所行きな。オレたちゃ今忙しいんだ」
 見逃してやるからどこかへ行け、と一人の男が追い出しにかかる。
 「キミたちにチャンスをあげるよ」
 前髪の長い男は構うことなく続ける。
 「おいテメェッ」
 いきり立つ一人の男を、別の男が制する。
 「なんだ、おまえ。何を言っている?」
 「この国を混乱に陥れたいんでしょう?その手伝いをしてやろう、と言っているんだよ」
 四人の男は警戒を最大に上げた。
 「なんの話だ」
 「今キミたちが話していたじゃあないか」
 男たちはギョッとする。この喧噪だ。聞こえるはずがない。聞こえたとしても、当然警戒をして隠語を使用している。世間話をしているようにしか感じられないはずなのだ。
 「嘘を吐くな。オレたちは世間話をしているだけだ。変なことを言うのは止めろ」
 「チャンスをやろうって言っているのに棒に振るの?」
 男たちは黙る。互いに目配せをする。
 「仮にそれが本当だとして、おまえの話に乗るのに、信用に足るものは」
 「ないなあ。どうすればいい?その通りにするよ」
 男たちは頷き合う。
 「セルシッシェ伯爵、わかるか」
 「いいや」
 「じゃあカタストロフ侯爵は」
 「ああ、それならわかるよ」
 「侯爵の隣、南の領地を治めているのがセルシッシェ伯爵だ。今、伯爵は王都から離れて領地に戻っている。そいつの首を持って来い」
 男たちは男の反応を固唾を呑んで待った。男はなんの気負いもなく、わかった、と妖艶に唇に弧を描いた。
 「すぐがいい?」
 男がそう言うと、男たちは顔を見合わせた。
 「そう、だな。早い方が、いい」
 あまりにもあっさり請け負うものだから、男たちは面食らう。
 「うーん、これ、かなあ」
 男が前髪の上から目を押さえながら呟いた。
 「ねえ、その伯爵、グレイヘアで口髭生やした五十くらいの人で間違いない?」
 男たちはキョトンとした。知らない、と言っていなかったか。
 「あ、ああ、なんだ、知っているじゃないか」
 「わかった」
 男はそう言うなり、姿が消えた。男たちは椅子から立ち上がり、辺りを見回す。
 「な、んだあ?」
 「消えた、ぞ」
 ゴクリと男たちは喉を鳴らす。伯爵の首を、と言ったが、無理だろうと思っていた。伯爵はかなり警戒心が強く、切れ者だ。恨みはないが、改革に間違いなく立ちはだかる邪魔な存在であることは確かだった。
 「どこに、行ったんだろうな」
 「まさか、転移魔法か?」
 そんな上級の魔法が使える者だったのか。だが、例え転移魔法が使えたとしても、貴族の屋敷がその対策をしていないはずがない。魔法での侵入は無理なのだ。そんな話をしていると、
 「ねえ」
 消えたはずの男が何事もなかったかのようにそこにいた。男たちは驚いて尻餅をつく。酒場の客たちが何人かこちらを見た。
 「お、おまえ、どこから、いや、どこへ」
 まとまらない言葉を発する男たちを気にすることなく、男は手招きをした。
 「こっちこっち。一応確認して」
 酒場を後にし、その裏手に回る。暗く狭いその場所に、一人の男が壁に磔にされていた。
 貴族の屋敷が魔法の対策をしていないはずがない。ないのだが。
 「せ、せる、しっしぇ、伯」
 間違いなく、そこにいたのはお目当ての人物であった。しかも、伯爵領までかなりの距離があるのだが、五分もせずに戻って来た。一度に跳べる距離がおかしくないだろうか。
 「あ、合ってた?」
 男たちの驚愕を余所に、男が声を弾ませた。
 「よかった。違ったらまたやり直しだからね。合っててよかった」
 男が手を一閃させると、伯爵の首が落ちた。
 「はい。約束のもの」
 バタバタと流れ落ちる血に構うことなく、男はその首を差し出した。相変わらずその口元は、妖艶な弧を描いていた。


 *つづく*
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