愛を知らない者たちの愛

らがまふぃん

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 「やあ、久しぶりだね。ジョザイア、ベロニカ」
 昨日も会ったかのようないつもの調子で、トキスィクと名乗っていたかさね飄々ひょうひょうと話しかける。
 「おまっ、ふざけんなよ!勝手にいなくなりやがって!せめて!ひと言くらい!あってもいいだろが!」
 襲の胸ぐらを掴もうとした手を、ベロニカが阻止する。
 「やめなさい。襲様、お元気そうで良かったです」
 頭を下げるベロニカに、周囲は困惑していた。貴族たちはジョザイアとベロニカがどういう人間か知っている。そんな者に慕われているようなこの男は一体。特に侯爵家とその使用人たちは狼狽えていた。侯爵は今までの行いに青ざめている。なぜ、どうして、なにが、と、とりとめもなく声が漏れている。使用人たちもこれまでのことを思い出し、目を泳がせている。貴族たちの反応を見ずともわかる。死体や怪我人を蹴飛ばし踏みつける、人を人とも思わない、普通ではない人間。そんな者らが慕う者。
 すでに戦闘という雰囲気ではない。すべての者が三人を注視している。
 「襲様、どうぞ」
 ベロニカに勧められた椅子に、襲は当然のように座る。そして襲は、その長い前髪を掻き上げた。その顔に、全員がゾッとする。目を完全に覆う、白いマスクをしているのだ。その状態で今まで動き回っていたというのか。そのマスクを見た比較的年齢が上の貴族たちは卒倒した。侯爵も例外ではない。
 「う…おお…」
 言葉にならない呻きがそこかしこで聞こえる。
 ベロニカが手櫛で襲の髪を整え、以前のようにハーフアップにしている。ベロニカの手が入る度、襲の髪は艶を纏う。
 「髪を乾かさず放置してはダメですよ。折角の綺麗な髪が台無しではないですか」
 「ええ?面倒だよ」
 そんなやり取りがされる中。
 「白襲しろがさね
 誰かが呟いた。
 その名に、今度は他の貴族たちが卒倒しかける。
 「あ、あれが」
 「まさか」
 「なんという」
 伝説だった。どんな状況でもかすり傷ひとつ負わない地下闘技場の絶対王者。恐ろしくて、でも目が離せない、圧倒的覇者。しかし二年ほど前、忽然と姿を消した。
 それが今、ここにいる。
 なぜ、とは言わない。近年、不審な死を遂げる貴族が片手の指では足りない程度の数いる。彼の遊びの対象が、今はそれなのだ。戯れに貴族を殺している。自分で、ではなく、人を誘導して。セルシッシェ伯に関しては襲が直接殺したが、そんなこと知る由もない。すべて、証拠など何もない。だが、彼の仕業だと理解してしまう。そして今回のターゲットはこの侯爵家。大規模な魔法無効の魔方陣も、彼。反勢力をおびき寄せたのも、彼。国の重鎮が揃うこの日を選んだのも、彼なのだ。この侯爵家を選んだことも、このやり方を選んだことも、理由などない。偶々通りかかったとか、何となく閃いたとか。その程度の理由。そこに私情や大義名分など、何一つ存在しないのだ。
 それが、それこそが、白襲。
 「あーあ、失敗しちゃったなあ」
 侯爵家襲撃は未遂、失敗だ。それなのに襲の口元は笑っている。結果はどうあれ、楽しければそれでいい、ということなのだろう。
 襲が右肘を肘置きに立てて頬杖をついた時だ。血が付いている。辿ると、切りつけられたように服が裂けている。
 それを見た瞬間、ジョザイアは引き金を引いた。


 *つづく*
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