めんどくさがりの魔法使い

沢庵

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 とある国の東の方にある港町に、一人の魔法使いが店を構えた。
 女の魔法使いだ。少し薹がたっているようにみえたが町の住民たちは喜んだ。
 魔法使いは町に少なくても「ひとり」いるのが普通である。しかし、何故かこの港町には何十年もの間魔法使いがいなかった。来てもひと月もしない内に町からでていってしまうのである。だからこそ新しい魔法使いが来たとしても、近いうちにいなくなるだろうと踏んでいた住民たちだったが、一ヶ月経って、二ヶ月経って、一年、二年、三年と店を構え続ける魔法使いに大喜びし、魔法使いの店は繁盛していた。

 今日も店の扉が開かれた。カランカランと軽い鐘の音とともに入ってきたのはこの国特有の金髪の髪をした女の子である。

「ルー姉おはよう!!」

 薬草が天井からぶら下がり、薬の入った色とりどりの小瓶が壁際の棚にずらりと並ぶ。何に使うのか分からないまじないの道具はカウンターの近くに山積みにされていた。そんなカウンターから身を乗り出し、店の奥の方へ声が通るように叫ぶ女の子。……数分後、目を擦り寝癖をつけたまま出てきたのは、ルーチェ・チヴェッタ。今年で二十八歳、男無し、まじない兼薬屋の店主であり魔法使いである。

「ルー姉おはよう!! もう朝だよ!!」
「……おはようアンナ、まだ五時なんだけど……いつものまじない?」
「うん! 昨日切れちゃったからお母さんが買って来いって!」

 「少し待ってて」と店の中にある椅子にアンナを座らせ、一度店の奥へ引っ込んだルーチェはココアの入ったマグカップと、風の精霊と水の精霊のまじないがかかっている塩を持ってくる。

「はい、まずはココアを飲んで、それから持って行くこと」
「はーい! いただきます!!」

 勢いよくごくごくと熱々のココアを飲んでいくアンナに火傷しないかと心配しつつ、「ごちそうさま!」とお金を払い笑顔で店を出て行くアンナに「まいど~」と手を振った。

 扉を締め、魔法で鍵をかける。
 寝る前にも鍵をかけた。筈なのにあの子には通用しないようだ。魔法の鍵は魔力がないものを弾くように設定している。あの子以外の住民は弾かれているのに対し、アンナは扉を弾かれることなく朝から突撃してくる。ということは、あの子はこの町の住民には珍しく魔力があるということだ。
 そろそろ弟子でも作るべきか、いや、面倒くさいな。と生来の面倒臭がりの性格が発動する。
 何にしてももう二時間は寝れる、と鳥の巣のようになっている頭をかきながら、店の奥へ戻り、マグカップを流しに置いて二階の寝室、布団の中へもぐりこんだ。







 ある日のおやつ時、町のご婦人たちが店にお菓子を持ってきてくれたので、休憩という名をうってみんなでアフタヌーンティーを楽しんでいた。

「はぁルーチェちゃんの淹れる紅茶はいつ飲んでもおいしいねぇ」
「はは、お世辞はありがたくもらいますよ」
「ほんとほんと、私達が淹れてもこうはならないのよね」

 首を傾げながら紅茶を啜るおばさま達に私は苦笑する。そりゃ師匠から魔法以外に紅茶の淹れ方も徹底的に仕込まれましたからね、下手すると魔法よりも厳しかったかもしれない。と遠い目をする。
 おばさま達の手作りであろうマフィンをむさぼりつつ、今日は早めに店を閉めて発注のかかってる仕事でも片付けようかなと、やるべきことを頭の中に書き出していた時だった。

 店の外が騒がしい。なんだなんだと様子を見ていれば、店の扉が勢いよく開き、木こりのおじさんが息を切らしながら「ルーチェ! 怪我人をみてくれ!!」と叫んだ。なんやなんやここに医者はいないよ!?

「応急処置ならできるけど、また屋根から落ちた?」
「町はずれの森に魔物が出たんだ! んでうちの弟子が作業していたときに襲われた!!」

 魔物と聞き、おばさま達が悲鳴を上げる。
 この町の周りは何故か魔物が多いのは良く知られている。だからこの町に来る商人たちは護衛付きで、大人数でくるからこそ、町が潤うといった具合なのだが……いくらはずれの方とは言え魔物が町の中に入ってくるなんて、結界が壊れたか、または誰かが引き入れたか。

 運び込まれた怪我人の状態を確認し、町医者を呼ぶよう伝える。
 医者は領主の家の近くに住んでいる。森から医者の方へ運ぶよりもうちの方が近かったからこっちに運んだようだ。魔物につけられた傷ならば毒もありえる。早く処置をせねばとおばさま達にお湯と綺麗な布を準備するよう大声で言い、状態を確認するべく腹部の服を切って毒はないと確認。ならば傷を塞ぐだけだと痛みの緩和と意識を保たせる魔法をかけつつ手当をする。

 そんなこんなで、町医者が来る頃には応急処置は終わっていて「俺の出番なくね?」といいながら診察していた。

「うん、いい応急処置だな。あまり深くはないっぽいし毎日包帯変えて薬塗って、痛み止め飲んでたらすぐ治る治る」
「だって、よかったねおやっさん」

 「すまねぇすまねぇ」と頭をさげながら、怪我をした弟子を連れて帰って行った。弟子はケロリとした顔で「合法的にサボれる!」と笑っていたが、人から預かった子だもんねぇ、やっぱり弟子をもつのはやめよう。

「ルーチェお前医者の嫁にならねぇ?」
「ほざけ二代目」

 「いいじゃんよー毎度お前が手当してくれるおかげで俺も助かってんだからこれはもう魔法と医術を融合させてだな」とぶつぶつ言う野郎は町医者としてこの町に居を構えた医者の二代目、カルブ・ドゥトールである。

「そんなことよりも、魔物の事自警団に言った? 森は封鎖しなきゃいけないだろうし、結界が壊れてるなら直すけど」
「領主様には伝えたぞ。あと結界のぎょくなら外にあんだし、みてくるか?」

 「外にある?」と首を傾げた私にカルブは「あーお前町の外から来たもんな」といい、店を一旦閉じて結界の玉がある場所へと一緒に向かう。
 普通結界の元となるものは傷つけられないよう隠されているものだ。なのに外? と疑問を覚えながら辿りついたのは、町の中心地にある噴水である。 え、もしかしてこの中にあるとか言う? とカルブをみれば「ほれ、噴水の上にある銅像の女神様が持ってるあれな」ってうそだろおい、嘘だと言ってくれ……! と願いながら女神像の持つ球体をみて、私は溜息を吐いた。本物の結界の玉だわ。しかもかなりの魔力と精巧な魔方陣が組まれている。これ作った人は高位の魔法使いに違いない。
 私、この町に三年住み続けていたのに気付かなかったわけ? 魔法使いとしてかなりショックなんだけど……。


「どうだ? なんかあったか?」
「どうもこうも、寿命というか魔力が切れかかっているというか」

 ほら。とカルブに玉を見せると、野次馬根性丸出しの住民たちが一緒になってみはじめる。が、ここの住民たちは魔力が無い人が多いので、何が違うのかよくわからないのだろう。みんな一様に首を傾げた。

「結界の元となるものに魔力を纏わせて、それを動力に結界を長期間張るの。んで魔力は色がついてるの。例えば私は黄色ね」

 「この玉は魔力が切れかかっているからただの透明な玉だけど、私の魔力を込めると……」と、自分の魔力を注ぎ込んでいくと、玉が黄色を帯びてきた。住民たちの「おぉ!」という声が聞こえ、女神像のところへ玉を戻すと拍手が巻き起こる。ほんとこの町の住民たちは他人を褒めるのが上手だなぁ。

「悪いなルーチェ、てか魔力を使うってことは疲れんだろ? 怪我人にも使ってたのに大丈夫か?」
「大丈夫じゃないからあそこの屋台にある串鳥と、棗の砂糖漬け買って」

 「程よくぼったくんじゃねぇよ!」とまたぶつぶつ言いながらも買ってくれるカルブは嫁の尻に敷かれるんだろうなというどうでもいいことを考える。
 私は人よりも魔力が多い方なのでこれくらいなんてことはないのだが、一度町の外に出て私以外の魔法使いもみたことがあるカルブにとっては心配なのだろう。魔法使いにとって魔力は無くなると死活問題だと知っているのだ。普通の人は一晩寝れば何とかなるが、容量を意図的に増加させた魔法使いが魔力を枯渇してしまうと、長期間寝続ける。それだけですまない場合もあるけれど。といっても滅多なことが無い限り枯渇なんてしないのだけどね。

 仕事に戻るというカルブと別れ、買ってもらった串鳥を食べながら歩く。
 あの結界の玉はそろそろ寿命だろう。というか普通は町全体に結界なんて張らない。
 王城にあるような精巧な結界がこの町に張られているのには前々から疑問を覚えていた。ただ魔物から守るためにしては大げさすぎるし、張られたのはもう何百年も前だ。下手すると千年は経ってるかもしれない。魔法陣にエルフ文字が含まれていたけど、今使われているエルフ文字じゃなかった、それに使われている水晶も値段にしたら国庫を半年は賄えるであろう上物。全く持って意味が解らない、わかりたくもない。面倒臭い。

 次の日、薬草を調達しに行くついでに結界の綻びを探しに町を歩き回っていると、自警団が魔物を倒したという噂を会う人会う人全員から聞く。
 何でも王様直属の騎士様が偶々近くにいて倒してくれたとか、騎士様は都会の男らしくカッコイイとか、背が高いとか、白馬ではなく黒い馬に乗ってるとか、何故か手柄よりも見た目の情報が多く出回っているようだ。イケメンの運命だろう。
 結界の綻びも無いようだし、結界の玉も魔力を籠められるだけ籠めたから百年くらいはもつだろう。外から結界が壊されなければの話だけど。

 受けていた発注もあとは納品するだけだし、今日は夕飯を豪勢にしようかな、肉食べよ肉! と店舗兼自宅に着き、薬草を仕分けていたところで店の扉が叩かれた。
 なんだなんだ、と驚いていれば、出てこないことをいいことに扉を強く壊すかのように叩く音が家に響く。やばい、こわされるなんてたまったもんじゃないわ!!

「ちょっ扉壊れますから!!」

 今日は店じまいです!! と扉を開ければ、この国特有の金髪は耳にかかることなく丁寧に整えられている。細められた目の奥にある蒼色が私を見下ろし睨みつけていた。

「……ルーチェ・チヴェッタだな?」
「え、あ、はいそうですが」

 私の名前を言う低くも通る声は完全に不機嫌、いや嫌悪丸出しである。なんで? と疑問を覚える間もなく、「貴様を逮捕する」と一言言い放ち、私の腕を掴んだ。

「え、ちょ、なんで!? 何の罪ですか!?」
「言い訳は後で聞く、大人しくしろ」

 町の有志達で構成された自警団の一人ではない。見た目からして騎士、犯罪者なんて沢山つかまえて来たぜ! というような顔をしている男に連れて行かれたのは、この町の領主の邸宅にある牢屋である。逮捕するって言ってたもんね、この町で犯罪を犯した人は大抵ここに連れて行かれるもんね……しっかしまぁ人の話を聞かない男だなあと格子の向こう側にいる男を睨みつける。

「……私は何の罪ですか?」
「結界を壊し町を混乱させた罪だ。怪我人も出ていることからお前の罪は重くなっている」
「私が壊したという証拠はあるのでしょうか?」
「結界の元となっている玉ぎょくからお前の魔力を確認した。言い逃れはできないぞ」
「魔法を勉強したことは?」
「幼い頃からしている。大魔法使いマーリンの弟子メルディンから指導を受けたこの俺を疑うというのか」
「えぇ、あなたは魔力が籠められた時を読み取れていないでしょう? しかし、残念ですがこの町に魔法を知っている人は私とあなたしかいない。ということは御身分がお高いであろうあなたの意見が優先されるでしょうね。それが間違ったものだとしても」
「ほう、お前は時が読み取れるほどの魔法使いなのか? 何故それほどの魔法使いが結界を壊し、魔物を町の中に入れた? 町を襲って何がしたい? 金か? 誰に命令された?」
「このまま話を続けても先には進みそうにありませんね、疲れたので寝てもいいですか?」
「貴様、自分の立場をわかっていないようだな。お前は命令が出次第裁かれる。それだけのことをした、罪を償え」
「おやすみなさい」

 背を向け横になれば、舌打ちをしながら去って行く男。カツカツという足音が遠ざかり、聞こえなくなってからむくりと起き上る。

「チッ、人の話を聞かない野郎だな」

 だけど魔法の腕はあるようだ。と牢屋にかけられた魔力封じの円から、学校の模範生が描いたような教科書通りのものが読み取れる。籠められている魔力もかなり練られた上のものだ、基礎はしっかりしているらしい。
 あぁ面倒臭い。いや、解くのは簡単だけど解いた後「また罪を重ねたな! 後ろめたいからこそ脱走したのだろう!」とか言ってきそうだ、あのタイプ。私のような面倒臭がりのタイプとは反りが合わないだろうな……メルディン様の教え子ならばもう少し緩くあってもいいだろうに。

「しっかしどうすっかなー、ここなんだか居心地悪いし、死ぬのは面倒臭いし、かといって逃げるのも面倒臭いし」

 冷たい石の床の上をゴロゴロ転がりながら「はて?」と違和感を覚える。
 居心地が悪いって何だろうか、正直床は冷たいし暗いしジメジメしてるわで居心地が悪いのもあるが、何か別のものも感じる。この町に来てから微かに感じていたものだったが、この地下牢にいるとそれが濃く感じる。何かを吸い取られていくような、地下深くに吸い込まれていくような……あぁ、いやだ、いやな予感しかしない。めんどくさい。
 とりあえず寝よ。睡眠不足はお肌の敵だ、ついでに高鳴るお腹も無視できる。一瞬だけだけど。

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