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レプティリアンの魔宮
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機械共を追い抜けるなんて思い上がりさ。
俺達はアイツらを狩って、捌いて、そいつで武装して、
出し抜き続けていくしかねェんだ。
未来永劫な……。
──復元された音声記録の断片(発言者不明)
火星周回軌道、ポイントEZ643。
そこにレプティリアンと呼ばれる遊撃特化型兵器の製造拠点…巣穴があった。
レプティリアンは、その名の通り太古の爬虫類を模したような姿をしており、周囲の状況に合わせて戦術を変転させるといった特性を持つ。
その為、ナイト・タイプが指揮する小隊で波状攻撃を仕掛け、そのネストの位置を絞り込むという、年単位の長期作戦が展開されていた。
しかし、正確な座標を把握出来ないまま、人類は悪戯に戦力と時間を費やし続けており、その不明瞭な存在感から、当該巣穴は〈魔宮〉と呼ばれるようになったのである。
「それで、その〈魔宮〉の座標が見つかったの」
3ヶ月のスリープから目覚めたばかりのファロスは驚いて言った。
『うん、正確には、巡航ルートだけど』
彼の目の前のコンソールに浮かび上がる、少女のホログラムが、あどけない声で答える。
ファロスの乗機である赤いナイト・タイプの機動兵器、テスタメントのインターフェースAIである。
「巡航? 巣穴が移動してたのか?」
『すごくレアなケースだね。あたしの記録にも無いから』
テスタメントは防衛拠点の一つ、カルカッセを出立し、遊撃任務に向かう途中であったが、緊急の次元接続通信を受け、〈魔宮〉攻略部隊に編成されていた。
「チーム戦は苦手なのに」
『文句言わないの。あたしがフォローするから』
テスタメントに嗜められ、ファロスは仕方なく進行ルートの変更を受け入れた。
1stランデヴーポイントに到着すると、既に戦闘が始まっていた。
戦闘特化型のナイト・タイプ、黄金のヴァジュラの背部ユニットから放たれたマルチホーミングレーザーが、暗黒の空間を割いて、同時に6機のレプティリアンを撃墜した。
どうやら、この宙域の敵機は、今のでほぼ片付いてしまっているようだった。
『…深紅のテスタメントのお出ましか』
ヴァジュラの深い声がファロスに語りかける。
「黄金のヴァジュラ…この目で見るのは初めてだ」
ファロスはヴァジュラの戦闘力に圧倒されていた。
『…そうか。世代が変わったのだったな』
ヴァジュラは、どこか寂しそうに、そう呟く。
『ここには他に5機のナイト・タイプが来てるんでしょ?』
2人の会話を切るように、テスタメントが割って入る。
『そうだ』
ヴァジュラの黄金の指が一点を指差す。
『この先に〈魔宮〉を永らく隠し通してきた複数の重力渦がある。
俺がここで派手に暴れてレプティリアンどもを抑えている間、2機2組のチームがそれらを避けて侵攻する』
『ふんふん。あとの1機は?』
『漆黒のベリアルだ。ブラックホール爆弾を携行して単独潜行している。この作戦の本命だ』
「その爆弾、危険は無いのか?」
ファロスは訝しむ。
『400年前の事故の事を言っているのか? 安心しろ、木星圏にのさばるエルダーズの流用品だ。性能については信頼がおける。
…ラボの連中は複製する前に使うなと喚いていたがな』
『渡さなくて正解ね』
『同感だ』
テスタメントの独り言に、ヴァジュラが同意したのを聞いて、
「人間も信用なくなったな……」
ファロスは自嘲気味に笑った。
「それで、俺たちはどうすればいいんだ?」
『テスタメントの合流は当初の作戦計画に無い。味方の動きを邪魔せず支援してくれれば、あとはベリアルがカタをつける』
「了解した。行こう、テスタ。ここはヴァジュラだけの方が良い」
言って、ファロスはテスタメントのコントロールを取り、機体を重力渦の方へ向かわせた。
青白いスラスター光が尾を引いて去って行くのを見つめながら、ヴァジュラは『人間か……』とごちた。
〈彼〉がパイロットを乗せなくなって、半世紀が経っていた。
テスタメントは慣性と重心移動による姿勢制御を駆使しながら、重力渦の間を抜ける。
旧帝国兵器軍が好んで使用する重力兵器は、任意のポイントに重力の渦を作り出し、磁場や物理兵器、及び光学兵器やセンサー類を狂わせる。
渦の端に絡め取られたら、中心まで一気に引き寄せられ、最悪圧壊するか、壊れない場合でも、時間牢に閉じ込められてしまう。
目に見えない渦を視覚化できるのはテスタメントのセンサーのお陰だ。
『11時から2機くるよ』
「回収は考えなくて良いんだ。撃墜しよう」
『おっけー。マスターアーム・オン。フォトンライフル・アクティベート』
ファロスがトリガーを引くと、テスタメントの右腕から翠の光条が伸び、前方から接近してきたレプティリアン2機を貫いた。
動力炉を失ったレプティリアン達は、そのまま機能を停止し、重力渦に飲み込まれて圧壊する。
それを横目に見届けながら、ファロスとテスタメントは〈魔宮〉を目指した。
そのまま3回程の戦闘をこなし、〈魔宮〉の北側からアプローチすると、眼下では別の戦闘による火球が煌めいていた。
『識別信号確認。翡翠のカッカラ、薄紅のブロッサム、濃燈のフリント、紫紺のテンペスト』
「テンペストか…」
ファロスの胸に、苦い思い出が甦る。
『深紅の!』
その時、少年のような声が響いて、ファロスの暗い感情を拭き消した。
『ブロッサム、63年ぶりね』
『いいや、15年2ヶ月と18日ぶりだよ。ネクロポリス攻略戦には、ボクも後方支援で参加してたんだ』
得意げに言うブロッサムに、パイロットのジェンマが「やめろ」と一言で制した。
『…ファロス・テスタメント、400秒前にベリアルのビーコンがターゲットの3マイル手前で静止したまま、動いていない』
ジェンマは、ぼやくようにそう言った。
「潜入がバレたとか?」
『そんなヘマをするヤツじゃない。……が、何を考えてるのか、わからん』
「僕らが行くよ」
『頼む。俺たち陽動班はここから動けん』
テスタのホロヴィジョンが、何が言いたげではあったが、ファロスは目配せして黙らせた。
彼はそのままスロットルを開き、テスタメントを〈魔宮〉の内部へと侵入させる。
『ファロス』
「悪い、テスタ。でも、ブロッサム達はともかく、アイツに背中を預けたくないんだ」
『分かってるわよ』
慰めるような口調で返すテスタに、ファロスは小さく「ありがとう」と呟いた。
〈魔宮〉の内部は、一般的な巣穴と同じで、防衛システムが厚い場所の先に生産ユニットが置かれていた。
防衛部隊のレプティリアン達にもクロークシステムは有効だったので、ファロス達は迷う事なくベリアルのビーコンが示す座標まで侵入する事が出来た。
ベリアルのハッキングを受け、システムダウンした区画だ。
『遅かったな、深紅』
昏い声に、ファロスはハッとする。
視線を動かした先に、白銀の立方体を携えた漆黒のナイト・タイプが佇んでいた。
『ベリアルよ』
テスタの声に、ファロスはゴクリと唾を飲む。
「ターゲットはこの先なんだろ? 何をしてるんだ」
緊張を悟られないよう、ファロスは注意深く告げた。
『オマエたちを待っていた』
「…どうして?」
『決まっている』
ゆらり、とベリアルが正面に向き合う。
頭部の赤いセンサーアイが微細な点滅を繰り返した。
(…光学通信?)
1秒間に最大140文字分の信号が送れるそれは、記録に残りにくい通信手段だった。
『…ベリアル、今の、あたしのコーデックで解けないんだけど』
『……フン』
不満そうな態度を見せるベリアルに、ファロスは眉根を寄せた。
「今のは、なに? テスタ」
『さぁ…』
テスタもかぶりを振っている。
『…それなら、それで構わん。…ここは消し飛ばしてやる。さっさと行け』
背を向けて飛び立つベリアルを呆然と見つめ、ファロスはテスタメントを退かせた。
「なんなんだ、アイツ」
『漆黒のベリアルは、あたし達にもよく分からないのよ…』
愚痴のように溢すテスタの言は珍しく、彼はその事にも静かに驚いた。
「…とにかく、俺たちの作戦は終了らしい。脱出しよう、テスタ」
『うん、そうだね』
ベリアルを敵から離す為、テスタメントは、わざとレプティリアン達の目を惹きながら〈魔宮〉の南側へ向かった。
〈魔宮〉の外に集結していたと思われていたレプティリアン達だったが、ネスト内部防衛用の戦力は思いの外厚く、相手をするには数が多かった。
その時、正面からテスタメントの5倍以上の体躯を持つ大型レプティリアンが出現し、ファロスは舌打ちした。
「ちっ、まだこんなに戦力が残っていたのか」
大型レプティリアンはフォールディングアームを広げ、テスタメントのボディ目掛け、プラズマカッターを振り下ろす。
それをヒラリと躱し、距離を取った。
『ウィスプの残量にはまだ余裕があるよ』
「蹴散らそう」
『わかった! フォトンバスター展開』
右腕のフォトンライフルの銃身が伸び、ガシャリと広がった。
『禁圧解除、チャンバー内正常に加圧、放射ベクトル固定』
唸り声のようなアイドリングを始めるテスタメントの周囲に、粒状のプラズマ光が漂い始める。
「おとなしく滅びてろ…‼︎」
死刑宣告のように強く囁いて、ファロスはトリガーを引いた。
刹那、超圧縮されたフォトンの光条が、大型レプティリアンの炉心を貫き、熱された飴の様に溶かし切った。
「今だテスタ! 前方にシールド展開、一気に脱出する!」
『まかせて!』
テスタメントの前面に薄い光の膜が浮かび、同時に背面のスラスターが一斉に輝きを放つ。
瞬間、凄まじい加重と共に、テスタメントのボディは〈魔宮〉の壁面を砕きながら、宇宙空間へと飛び立って行った。
火星軌道、ニジェリナ・コロニー。
『〈魔宮〉攻略もこれで完了か。長かったなぁ』
馴染みのブローカーの一人が、補給作業をしながら、しみじみと呟いた。
『これで火星圏も、残すは〈クロノスの独楽〉だけかな』
「重力渦の違時元空間だっけ…。あんな場所、人間にどうにかできるとは思えないね」
テスタメントの独り言に、ファロスは呻くように呟いた。
人間に、という言葉を発した瞬間、ファロスの脳裏に漆黒のナイト・タイプ、ベリアルの姿が浮かんだ。
本質的に、底が知れない機械は恐ろしく映る。
それは、この得体の知れない不気味な戦争が生み出した、新しい人間の本能なのかも知れなかった。
…終わりの見えない髑髏戦争は続いている…。
了
俺達はアイツらを狩って、捌いて、そいつで武装して、
出し抜き続けていくしかねェんだ。
未来永劫な……。
──復元された音声記録の断片(発言者不明)
火星周回軌道、ポイントEZ643。
そこにレプティリアンと呼ばれる遊撃特化型兵器の製造拠点…巣穴があった。
レプティリアンは、その名の通り太古の爬虫類を模したような姿をしており、周囲の状況に合わせて戦術を変転させるといった特性を持つ。
その為、ナイト・タイプが指揮する小隊で波状攻撃を仕掛け、そのネストの位置を絞り込むという、年単位の長期作戦が展開されていた。
しかし、正確な座標を把握出来ないまま、人類は悪戯に戦力と時間を費やし続けており、その不明瞭な存在感から、当該巣穴は〈魔宮〉と呼ばれるようになったのである。
「それで、その〈魔宮〉の座標が見つかったの」
3ヶ月のスリープから目覚めたばかりのファロスは驚いて言った。
『うん、正確には、巡航ルートだけど』
彼の目の前のコンソールに浮かび上がる、少女のホログラムが、あどけない声で答える。
ファロスの乗機である赤いナイト・タイプの機動兵器、テスタメントのインターフェースAIである。
「巡航? 巣穴が移動してたのか?」
『すごくレアなケースだね。あたしの記録にも無いから』
テスタメントは防衛拠点の一つ、カルカッセを出立し、遊撃任務に向かう途中であったが、緊急の次元接続通信を受け、〈魔宮〉攻略部隊に編成されていた。
「チーム戦は苦手なのに」
『文句言わないの。あたしがフォローするから』
テスタメントに嗜められ、ファロスは仕方なく進行ルートの変更を受け入れた。
1stランデヴーポイントに到着すると、既に戦闘が始まっていた。
戦闘特化型のナイト・タイプ、黄金のヴァジュラの背部ユニットから放たれたマルチホーミングレーザーが、暗黒の空間を割いて、同時に6機のレプティリアンを撃墜した。
どうやら、この宙域の敵機は、今のでほぼ片付いてしまっているようだった。
『…深紅のテスタメントのお出ましか』
ヴァジュラの深い声がファロスに語りかける。
「黄金のヴァジュラ…この目で見るのは初めてだ」
ファロスはヴァジュラの戦闘力に圧倒されていた。
『…そうか。世代が変わったのだったな』
ヴァジュラは、どこか寂しそうに、そう呟く。
『ここには他に5機のナイト・タイプが来てるんでしょ?』
2人の会話を切るように、テスタメントが割って入る。
『そうだ』
ヴァジュラの黄金の指が一点を指差す。
『この先に〈魔宮〉を永らく隠し通してきた複数の重力渦がある。
俺がここで派手に暴れてレプティリアンどもを抑えている間、2機2組のチームがそれらを避けて侵攻する』
『ふんふん。あとの1機は?』
『漆黒のベリアルだ。ブラックホール爆弾を携行して単独潜行している。この作戦の本命だ』
「その爆弾、危険は無いのか?」
ファロスは訝しむ。
『400年前の事故の事を言っているのか? 安心しろ、木星圏にのさばるエルダーズの流用品だ。性能については信頼がおける。
…ラボの連中は複製する前に使うなと喚いていたがな』
『渡さなくて正解ね』
『同感だ』
テスタメントの独り言に、ヴァジュラが同意したのを聞いて、
「人間も信用なくなったな……」
ファロスは自嘲気味に笑った。
「それで、俺たちはどうすればいいんだ?」
『テスタメントの合流は当初の作戦計画に無い。味方の動きを邪魔せず支援してくれれば、あとはベリアルがカタをつける』
「了解した。行こう、テスタ。ここはヴァジュラだけの方が良い」
言って、ファロスはテスタメントのコントロールを取り、機体を重力渦の方へ向かわせた。
青白いスラスター光が尾を引いて去って行くのを見つめながら、ヴァジュラは『人間か……』とごちた。
〈彼〉がパイロットを乗せなくなって、半世紀が経っていた。
テスタメントは慣性と重心移動による姿勢制御を駆使しながら、重力渦の間を抜ける。
旧帝国兵器軍が好んで使用する重力兵器は、任意のポイントに重力の渦を作り出し、磁場や物理兵器、及び光学兵器やセンサー類を狂わせる。
渦の端に絡め取られたら、中心まで一気に引き寄せられ、最悪圧壊するか、壊れない場合でも、時間牢に閉じ込められてしまう。
目に見えない渦を視覚化できるのはテスタメントのセンサーのお陰だ。
『11時から2機くるよ』
「回収は考えなくて良いんだ。撃墜しよう」
『おっけー。マスターアーム・オン。フォトンライフル・アクティベート』
ファロスがトリガーを引くと、テスタメントの右腕から翠の光条が伸び、前方から接近してきたレプティリアン2機を貫いた。
動力炉を失ったレプティリアン達は、そのまま機能を停止し、重力渦に飲み込まれて圧壊する。
それを横目に見届けながら、ファロスとテスタメントは〈魔宮〉を目指した。
そのまま3回程の戦闘をこなし、〈魔宮〉の北側からアプローチすると、眼下では別の戦闘による火球が煌めいていた。
『識別信号確認。翡翠のカッカラ、薄紅のブロッサム、濃燈のフリント、紫紺のテンペスト』
「テンペストか…」
ファロスの胸に、苦い思い出が甦る。
『深紅の!』
その時、少年のような声が響いて、ファロスの暗い感情を拭き消した。
『ブロッサム、63年ぶりね』
『いいや、15年2ヶ月と18日ぶりだよ。ネクロポリス攻略戦には、ボクも後方支援で参加してたんだ』
得意げに言うブロッサムに、パイロットのジェンマが「やめろ」と一言で制した。
『…ファロス・テスタメント、400秒前にベリアルのビーコンがターゲットの3マイル手前で静止したまま、動いていない』
ジェンマは、ぼやくようにそう言った。
「潜入がバレたとか?」
『そんなヘマをするヤツじゃない。……が、何を考えてるのか、わからん』
「僕らが行くよ」
『頼む。俺たち陽動班はここから動けん』
テスタのホロヴィジョンが、何が言いたげではあったが、ファロスは目配せして黙らせた。
彼はそのままスロットルを開き、テスタメントを〈魔宮〉の内部へと侵入させる。
『ファロス』
「悪い、テスタ。でも、ブロッサム達はともかく、アイツに背中を預けたくないんだ」
『分かってるわよ』
慰めるような口調で返すテスタに、ファロスは小さく「ありがとう」と呟いた。
〈魔宮〉の内部は、一般的な巣穴と同じで、防衛システムが厚い場所の先に生産ユニットが置かれていた。
防衛部隊のレプティリアン達にもクロークシステムは有効だったので、ファロス達は迷う事なくベリアルのビーコンが示す座標まで侵入する事が出来た。
ベリアルのハッキングを受け、システムダウンした区画だ。
『遅かったな、深紅』
昏い声に、ファロスはハッとする。
視線を動かした先に、白銀の立方体を携えた漆黒のナイト・タイプが佇んでいた。
『ベリアルよ』
テスタの声に、ファロスはゴクリと唾を飲む。
「ターゲットはこの先なんだろ? 何をしてるんだ」
緊張を悟られないよう、ファロスは注意深く告げた。
『オマエたちを待っていた』
「…どうして?」
『決まっている』
ゆらり、とベリアルが正面に向き合う。
頭部の赤いセンサーアイが微細な点滅を繰り返した。
(…光学通信?)
1秒間に最大140文字分の信号が送れるそれは、記録に残りにくい通信手段だった。
『…ベリアル、今の、あたしのコーデックで解けないんだけど』
『……フン』
不満そうな態度を見せるベリアルに、ファロスは眉根を寄せた。
「今のは、なに? テスタ」
『さぁ…』
テスタもかぶりを振っている。
『…それなら、それで構わん。…ここは消し飛ばしてやる。さっさと行け』
背を向けて飛び立つベリアルを呆然と見つめ、ファロスはテスタメントを退かせた。
「なんなんだ、アイツ」
『漆黒のベリアルは、あたし達にもよく分からないのよ…』
愚痴のように溢すテスタの言は珍しく、彼はその事にも静かに驚いた。
「…とにかく、俺たちの作戦は終了らしい。脱出しよう、テスタ」
『うん、そうだね』
ベリアルを敵から離す為、テスタメントは、わざとレプティリアン達の目を惹きながら〈魔宮〉の南側へ向かった。
〈魔宮〉の外に集結していたと思われていたレプティリアン達だったが、ネスト内部防衛用の戦力は思いの外厚く、相手をするには数が多かった。
その時、正面からテスタメントの5倍以上の体躯を持つ大型レプティリアンが出現し、ファロスは舌打ちした。
「ちっ、まだこんなに戦力が残っていたのか」
大型レプティリアンはフォールディングアームを広げ、テスタメントのボディ目掛け、プラズマカッターを振り下ろす。
それをヒラリと躱し、距離を取った。
『ウィスプの残量にはまだ余裕があるよ』
「蹴散らそう」
『わかった! フォトンバスター展開』
右腕のフォトンライフルの銃身が伸び、ガシャリと広がった。
『禁圧解除、チャンバー内正常に加圧、放射ベクトル固定』
唸り声のようなアイドリングを始めるテスタメントの周囲に、粒状のプラズマ光が漂い始める。
「おとなしく滅びてろ…‼︎」
死刑宣告のように強く囁いて、ファロスはトリガーを引いた。
刹那、超圧縮されたフォトンの光条が、大型レプティリアンの炉心を貫き、熱された飴の様に溶かし切った。
「今だテスタ! 前方にシールド展開、一気に脱出する!」
『まかせて!』
テスタメントの前面に薄い光の膜が浮かび、同時に背面のスラスターが一斉に輝きを放つ。
瞬間、凄まじい加重と共に、テスタメントのボディは〈魔宮〉の壁面を砕きながら、宇宙空間へと飛び立って行った。
火星軌道、ニジェリナ・コロニー。
『〈魔宮〉攻略もこれで完了か。長かったなぁ』
馴染みのブローカーの一人が、補給作業をしながら、しみじみと呟いた。
『これで火星圏も、残すは〈クロノスの独楽〉だけかな』
「重力渦の違時元空間だっけ…。あんな場所、人間にどうにかできるとは思えないね」
テスタメントの独り言に、ファロスは呻くように呟いた。
人間に、という言葉を発した瞬間、ファロスの脳裏に漆黒のナイト・タイプ、ベリアルの姿が浮かんだ。
本質的に、底が知れない機械は恐ろしく映る。
それは、この得体の知れない不気味な戦争が生み出した、新しい人間の本能なのかも知れなかった。
…終わりの見えない髑髏戦争は続いている…。
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