上 下
3 / 3

オレにはできない

しおりを挟む
 生きるためだ。洗脳されないためだ。

 使用人に尊大な態度をとって、当たり前のように暴言を吐いて、婚約者をときに叩き、突き飛ばしたボーセイヌ・ボウセイはもういない。
 これまでの所業を怪しまれないよう実行に移そうと、何度も、なんども、心の中でどんな理屈を、どんな屁理屈をならべてみてもオレには、もう同じことをすることはできなかった。

オレがオレであるために他のひとに当たるなんて、到底できはしなかった。オレにできたのは「ふんっ」 や「チっ」と舌を打って不機嫌さを表すそれくらいが限界だ。

 ムリなんだ。もうオレにはできない……

 いま記憶を振り返れば幼い子どもだからこそ、他者への考えが及ばずに酷い行いもしてきた。けれど記憶が生えてしまったオレにあるのは、ただただ強い罪悪感。

 おかしく思われていないないだろうか…

 そんなオレの心配をよそに使用人たちは、いつもより静かでよかったくらいの認識のようで、オレという人間の評価に変化はなかった。
 そのことに気付いたオレは一つの決心した。
 
「相手を睨みつける目つきで相手を遠ざけ、命令口調と不機嫌な態度で相手を威圧して接触をへらせば心身の負担も減らせる。あとは、偉そうな態度でごまかせばいいんだ。それならオレでもなんとかできるはずだ。そうだ、手を出さないようが、尊大かつ不機嫌で物事を多く語らない次期領主という認識になるように在り方に変えていこう」

 そうしてボーセイヌは浮かんだ名案に従うように、自身の路線を変更して生活を始めるのであった。

それから数日あと。自室にいたボーセイヌのもとにはシャリーヌが訪れていた。
「コンコンコン」とドアのノック音のあとに、声が掛かる。
「ボーセイヌ様、授業のお時間です」
オレはシャリーヌの声に返事と入室の許可を出した。
「わかった。入れ」
年上である彼女に対して命令口調をすることに抵抗がないわけではない。けれど、彼女の正体はともかくとして、表向きな彼女の身分は一般の民草である。
 たとえシャリーヌが教育係いう立場であろうと、身分差で言えば上位者はオレだ。そうしないわけにもいかないのだ。

 オレという在り方を示すうえでも……。

 今日は教育係であるシャリーヌによる魔法についての授業になるのだが、実は記憶が生えてから初めての顔合わせになる。
 
 ボロをださないようにしなければ。

「それでは今日は初の魔法の授業ということで、まずは魔力量と属性を調べていきます。こちらの水晶に手をかざしていただけますか」
 シャリーヌが取り出したのは、彼女の手のひらよりも大きな丸い水晶であった。オレはいわれるがままに手をかざせば、まばゆく黄の色に輝き、次に、黒く淀んだ。
シャリーヌはその様を見て取り言葉を口した。
「どうやら雷属性が得意で、弱いですが闇属性が補助という形の2属性をお持ちのようです。輝きの加減からすると潜在的な魔力量は、並みよりは高いといった輝きかと思われます。」

 このRPGであった世界には、光、闇、火、水、地、風、雷、木の8つの属性が存在する。
主属性に光や闇を持つものはかなり希少な存在であり、主属性に光と闇を抜いた6つの属性のどれか一つになるケースが主であり、補助に光か闇は入ることもあるが稀である。
 
 そういう意味でオレは稀なケースだ。がそれでも特別レアというものではなく、いるところにはいるよ?という程度で、それによる希少的な価値は皆無に等しかった。
 というのも、得意属性は伸びやすく、補助はほとんど伸びない。そのため、おおくのひとたちは補助を授かったとしても結局、モノになる前に諦めて主属性に絞って鍛錬を行うのが通例だ。そんななか、ゲームのボーセイヌは雷魔法で攻撃しながら、闇魔法でデバフをするスタイルを確立していて、かなりの研鑽を積んだことが窺える。
 或いは、ただのゲーム上の設定なのか。真偽はわからないけれど、ある種の実例はあるというのは、一つの希望である。
 しかしそこで一つの疑問が浮かぶことになった。
 この世界において補助属性は、ほとんど伸びることがないのだ。それなのにゲーム上においてオレは、いまのオレがもっとも警戒しているうちの一つで思考を誘導するであろう「マインドマイン」という上級に位置する魔法を普通に使用していた。
 ゲームの主人公側として対決したボーセイヌが使っていたことから覚えられるはずなのだが、補助程度の適正ではせいぜい初級までで、よくても、中級に届くか届かないかであることをおれの知識が訴えていた。
 
 本来なら覚えることはできないはずだ。なにか方法があるのか?

そう思考に耽っていると
「どうかなさいましたか?」とシャリーヌに声を掛けられた。意識を思考から引っ張り上げたオレは一先ずこの疑問に蓋をした。
「いやなんでもない、続けてくれ」

 こうして続けられた授業で新たな事実が判明することになる。

 それは魔法の種類に話が及んだときのことだ。それらにRPGあった頃と変わりがないことがわかったけれど、効果についてはどうやら差異がおきているのだ。
 一つ具体的にあげると「ショック」という魔法があるのだが、これは相手を痺れさせるだけで殺傷能力は皆無の魔法であった。
 しかし現実となったこの世界での解釈によると「痺れる電流」であって、弱っている相手にかけると死ぬ可能性があるというのだ。
 実例を挙げて魔法の危険性について丁寧な説明がなされたために、この差異に気付くことができたのは幸いであった。
 
 こういったことで思わぬ失敗をしないように、知らない前提で一つずつ確認していくべきだな。

 シャリーヌの授業は非常に有益であり、彼女自身はRPGであった頃と同様にとても有能な人材だと知れたことで、この先のためにも悪印象は避けるべきだなとオレは心に留めた。

 とは言っても、次期領主のオレからすると彼女は有益で有能な中央からの内偵であり、このボウセイ領の悪行をつまびらかにするためここにいるという敵対感抜群の存在なのが頭の痛い問題だ。

 内偵は、中央から派遣される査察官であり、緊急時には執行官としての権限も持っている。

 つまり、シャリーヌがここにいるいうことはそういうことであり、この領の内情を調べあげるためだ。後ろ暗いことは山ほどあるはずのこの領であるが、代理領主である叔父による厳重かつ鉄壁なガードに手をこまねいていた。という風な描写があったはずなので、時期的にみてある種の安心感も少なからずあった。

 昼を挟みつつ続いた授業が終わり、今日の予定はおおむね終了だ。

 さて、どうしようか…

そう思案したオレはふと思いついたことを実行に移すことにした。
「すこし街の様子を確認してみるか」

 なにがどうであれ、この街の様子を知っておいて損はないはずだ。

 オレは屋敷の執事に外出する旨を伝えて、専属の護衛として雇われている元王宮騎士であるアリフールを呼びだした。
 アリフールは専属の護衛と言っても一日中オレに張り付いているわけではない。普段は屋敷の警護を務めていて、オレが外出するときに呼び出すといった形だ。

「お待たせ致しました」
 アリフールは180センチくらいで筋肉の盛り上がったいかにも騎士然とした男である。
 その強そうな見た目通りに普通に強い。悪政を引くこの領地だからこそ金を積んで屈強な護衛を幾人も抱えているわけだが、その中でも、彼が本気をだして戦えば敵う者はいないだろう。
 王宮騎士だったのは伊達ではない。
当たり前だけれど、そんな男がここにいるのには事情があった。
 王宮騎士というのは庶民からすれば垂涎の出世街道である。庶民から王宮騎士になるには、まず軍への入隊が絶対条件である。
 そこで見習いとして研鑽を積みあげ、治安を荒らす盗賊や山賊といった敵対勢力に加えてモンスターの討伐などそまざまな争いの中で功績を残して、国王から任命されるしか道はない。
 アリフールは類まれなる才能を研鑽する忍耐を持ち、そのうえで戦いで功績をあげて、晴れて王宮騎士へと任命されてのだが、王宮騎士とは出自に厳しい組織であり、彼らの大半が貴族家の継承権のない子息ということもあって、庶民から成り上がった者への風当たりは相当に強かった。
 アリフールはそれでも任務を全うすべく邁進した。けれど庶民からの出世とあっての妬み、大病を抱えた娘を救うために必要な大金の工面が重なり、だんだんと疲弊していくことになる。
 それらの要因に疲れていたアリフールという存在を聞きつけた叔父が、彼を金でこの領に引っ張て来たのだ。出自が庶民ということもあって、処分するときにあと腐れがないという判断ももしかしたらあったのかもしれない。
 こういった中央の情報を抜かりなく集めているあたりにも叔父は情報の重要さを理解しているといえた。

 ボーセイヌはそんなわけありで屈強な護衛を従えて、ボウセイの街にでた。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...