隣の席の、あなた

双子のたまご

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第六章

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「いらっしゃい、です。」

「うん。お邪魔します。
これ、お茶請け。
後で一緒に食べよう。」

来る途中で買ったクッキーを渡す。
これから奏ちゃんと、奏ちゃんの家で二人きり。
正直、緊張している。
でも、

「ありがとうございます。」

奏ちゃんはいつも通り。
意識してるのは僕だけ。







「『ヨルと森』…DVD化されたんですね。」

「うん、琥珀が持って帰ってきた。」

奏ちゃんの許可を取って、再生の準備をする。
あとはボタンを押すだけ。
ソファに座ると、コーヒーが入ったマグカップを持った奏ちゃんが台所から戻ってきた。
マグカップを机の上に置いて、僕の隣に座る。
肩が触れる距離でも、今日の奏ちゃんは頬を染めることはない。

「準備はいい?」

「はい。」

再生ボタンを押す。
テレビ画面が一度、真っ暗になる。
並んで座る僕らが画面に反射している。

あの日を、思い出す。


「今日は、泣かないの?」

「えっ」


奏ちゃんが驚いた顔で僕を見る。

こんな聞き方だと、泣いて欲しいみたいだ。

そうじゃなくて、また辛い気持ちになっているのなら我慢しないで欲しいし、
泣かないなら、もう芝居への想いは薄らいだのかと安心したかっただけ。

















一度見た作品だと、初めて見たときより早く終わる感じがする。
二人きりのこの部屋に、エンドロールにのせて流れる劇中歌の音だけが存在を主張している。




「…私はもう、舞台の上にはいないのだと」




急に、静かに奏ちゃんが呟いた。
奏ちゃんの方に目をやる。
奏ちゃんは画面をじっと見ていた。

「もう夢は叶わないという諦めと絶望で、泣きました。」

あの日の話を、しているのだ。
あの日の質問に、性懲りもなく二時間ほど前にも聞いた質問に今、答えてくれている。

答えを聞いて、後悔した。
あんなことを聞いてしまったことを。

彼女にとってこの話題は、いつまで経っても心に残っているんだ。
消えることがない。

似た話を、龍海にしたことがあった。
妹を亡くしている翠ちゃん。
龍海がその妹の代わりに彼女の生きる理由になりたいと言ったとき。



『思い上がるなよ。』



あの時、僕が龍海に吐いた言葉がそのまま僕へ矛先を変えて向かってくる。




『何が妹の代わりだ。そんなものなれるわけがない。彼女たち姉妹の絆は誰にも踏み入れない。
…僕は、“お前は”翠ちゃんと会話する覚悟はあるのかと聞いている。』




絶望の深さは、人による。
翠ちゃんが肉親を失った絶望と、奏ちゃんが夢を諦めた絶望は同じくらいだったんじゃないだろうか。
知らず知らずのうちに、僕は君の夢への想いを軽んじていたのかもしれない。

しかも僕は、今、彼女の傷を抉ったと、感じている。
なんで泣いていたかなんて聞いて、彼女の今の気持ちを探ろうとした。
…僕こそ、君と会話する覚悟がなかった。

「ねぇ。」

「はい。」

「泣かないで。」

「泣いていません。」

泣いているように見えるよ。
…僕が、そんな顔にさせてしまったんだ。








泣かないで。
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