あなたへ

深崎香菜

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彼女の決意

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その日の夜、僕は彼女の電話を鳴らした。
けれど数回しても出る様子がない。
なのであまり取りたくない行動だったが、
一通だけメールを送った。
飾った言葉を使わず、ただ僕の気持ちをそのまま…。
10000文字ギリギリに収まった僕の気持ちは(長すぎたな…)
少し震える僕の親指が彼女へと届けてくれた。
返信がくる様子もなく、僕はその日ゆっくりと目を閉じた…



次の日になっても彼女から返信がくる事はなかった。
何かあったんじゃ…と心配になったが
僕はメールの最後の行に書いたのだ。

―僕はあなたの返事を待ちますね。
 それまで僕はあなたを我慢します。
 だから、待ってます。返事。―

少し焦りすぎたのだろうか?
と、時間が経てば経つほど不安になっていく。
ご飯に手もつかず机の上においた携帯を一日中見つめていた。




~~~~♪♪



いつのまにか眠っていたみたいだ。
机の上の携帯が震えて音楽を鳴らしている。
少し心臓が高鳴ったのだがその音楽はアラーム音だ…。
僕はため息をつきながらアラームを止め、
顔を洗いに洗面台へと行った。
それからのろのろと用意を済ませ学校へ行く。
そうだ。
学校で会えるのだからこうなったら直接言おうか。うん。



しかし、彼女は教室にはいなかった。
保健室にも、いつもの中庭のベンチにも…。
先生の話だとしばらく休むと連絡が合ったらしい
僕は心配で具合が悪いのかなんかを聞きたかったが
自然と手が伸びる携帯を鞄の奥へとしまった。


彼女が休みだして三日目。
あんなに毎日一緒にいたのだから
僕らが付き合っていることを知らない人間はいない。
教授たちでさえ知っている仲なだけだ。
すれ違うたび、教授や先生に
「瀬戸は大丈夫なのか?もう三日だぞ。
 アイツ病欠やなんやでずっと落ちっぱなしだからな・・」
僕はただ、「あ、はい」としか答えられず…。
僕自身が知りたいくらいだ。
彼女がどうしているのか、大丈夫なのか…。

それはクラス内でも同じだった。
「明日香どうしたのかな?連絡取れなくて家にもいなくって」
その言葉で僕は彼女が実家にいるとわかった。
曖昧な返事を続けていると
一週間後には『二人は別れた?』という噂も耳にした。
この噂に対して腹を立てたのは中尾だった。

「お前、別れたんじゃないのにどうして否定しないんだ!」
「…してるよ。
 けど、最近思うんだよ。実際そうなのかなってな。
 お前と話した日にメールを送った。
 すっげー馬鹿げたことも書いたし、呆れられるかな?くらい。
 でもずっと返事こなくてさ、
 明日香さんの気持ちの整理がつくまで返事待つって。
 こっちからは何もしないで待つって約束して我慢してた。
 けど一昨日我慢できなくなってもう一通メール送った。」
「…こないのか。返事」
僕は静かに頷いた。
頷いたとき、ずっと堪えていた涙が零れそうになり慌てて上を向く。
涙は目の奥へと帰っていく。
「会いに…行かないのか」
「昨日実家に足運んだけど誰もいなかった。
 夜11時まで待ったかな…誰も」
「…そうか」

それでも僕は負けなかった。
今実際泣きそうだしかなり弱っているわけだが
やっぱり彼女が好きだ。
彼女は僕とどうなりたいのか知らないわけだが、
それでも実際会って話がしたい。
もう、彼女が解決するのを待つとか言わない。
聞き出す。
何で悩んでどうして泣いて…
僕にはそれくらいしか出来ないのだ。





彼女の家へ向う途中、一通のメールを受信した。
…彼女からだった。
僕は足早に歩きながらも携帯を覗く。
そして足がピタッと石のように固まる・・・・・・



―ごめんね、別れて下さい。
 これが私の決意…覚悟かな。―




冗談じゃない。



僕は走る。
返信なんてしないで走った。
何を言ってるんだ。
納得いかない。何がいけないんだ。
いや、僕に駄目なところがあるのなら言ってくれればいい。
別れるのなら理由が聞きたい。
とにかく僕は走った。
目に妬きつくたった一言。『別れ』という文字を忘れようと走った。



インターホンを押すと彼女の母が出た。
僕の顔がカメラに映ったのだろう。
ハッと息を呑む声が聞こえた。
「お久しぶりです。
 明日香さんと少し話がしたいのですがよろしいでしょうか。」
「りょ、亮介君…。
 明日香はね、今、家にいないのよ」
「アパートにもいませんでした。
 何処です?向います。」
「また…今度は駄目かしら?」
「すみません。無理です。」
そう告げるとプツンと音がした。
切られた…のか。

しかし間もなくして玄関のドアがあいた。
お母さんがゆっくりと外へ出てくる。
「亮介君、明日香はあなたに会いたくないの言っているの。」
「僕は会って話がしたいです。」
「…えっと。どうして・・かしら」
「彼女とずっと話をしてません。
 少し納得いかないメールが届いたので理由を聞きにきました。」
「…あの子とうとう言ったのね。」
「とうとうってなんですか」
お母さんは少し寂しそうな顔をした。
「私は、あなたなら大丈夫って言ったんだけど…。
 あの子がここに戻ってきてからずっと迷ってたの。
 決心…してしまったのね」
意味がわからなかった。
何の話なんだろう?


「亮介君、あの子ね、目が見えなくなったの…」
「え?」
「もっと早く処置すれば助かったの…
 けど、あの子最後まで何も言わなかったみたいで…。
 突然電話がかかってきてね、
 朝にならないって。様子もおかしいから行ってみたら、
 緑内障って言われたの。普通なら・・・・・・・」
妙に落ち着いて僕に事情を話すお母さんとは正反対に、
僕は頭の中がパニックになりそうだった。
「それ…で、彼女は別れようと、言ったんですか…」
「ええ…あなたに…あなたのこの先の幸せを奪うことになるって…」
僕にはわかる。
彼女は普段ホワホワしてる分、人一倍気を使っていたことも…
中尾の事だってそうだ。
彼女はきっともうわかっているだろう。
けれど知らないフリをすることで中尾と接した。
今回も…僕の幸せ…を・・・・

「今の僕にとって彼女が離れることのほうが
 この先の幸せを奪われたようなものなんです。」
「でもね。亮介君…」
「青臭い。わかってます。
 けれど、この気持ちを変えるつもりはありません。
 彼女は…何処ですか」
お母さんは初めて涙を流した。
落ち着いていたんじゃない…落ち着かせていた…



お母さんが落ち着くのを待ち、僕は教えてもらった病院へと急いだ。
彼女は数週間前からそこに入院していたみたいだった。
彼女が検査入院していたときに訪れたことがあるので
顔見知りの看護婦さんに聞くと彼女の病室を教えてくれた。
ゆっくりと震える手でノックする。
「はい…」
彼女の小さな声がする。
僕はドアを開けようとするのだが鍵が閉まっていた。
「…ここ、開けてくれませんか?」
「・・・・亮…ちゃん?」
「はい。話がしたいです。あんなメールで終わらせようとして…
 僕は納得がいきません。少し話せませんか」
彼女は返事をしなかった。
僕が同じ事を繰り返し聞くと涙声だった。
「駄目…駄目!」
「何が駄目なんですか。
 廊下で話をしていたら他の患者さんに迷惑でしょう」
「ごめん…帰って…
 ここに来たなら知ってるでしょ!聞いたんでしょ!」
「…知ってますし聞きました。それが何か」
「・・・・もう、駄目なの。
 私は亮ちゃんの幸せを奪うことはできない」
「奪うって何ですか」
「奪うじゃない…私の目は回復しないの…
 ずっと変だって思ってた。
 まわりがぼんやりしてたり変な点がたまに視界に入ったり
 色がおかしく見えたり…
 怖くなって、自宅に篭ってたら朝が来なくなったの…
 小さな光しか見えないの!!!」
彼女から改めて聞かされてまた身体が震えだす。
あの時、あの時彼女はすでに・・・・



―まだ霧はあるくなぁい?―

あの時彼女には本当に霧が見えていた。
霧ではなく…ぼやけた視界・・

―どうしてわざわざありがちな色を使ったりしたの?―

彼女はあの作品、オリジナルな色なんて使わなかった。
全て見たものを描いていた…
そして、僕の作品を見てどうせ見たまま描かないなら
ありがちな緑なんかを使わないで描けば?と言いたかった…




「このまま私といたって亮ちゃんは楽しくなんかならないし
 幸せにだってなれないんだよ…?
 これ以上進行が進まないようにはしてもらうことはできたけれど、
 この視力は二度と回復しないって言われた…
 ぼんやりと光が見えるくらいの世界…
 そんなんな私なのに亮ちゃんは一緒にいて幸せになれるの?!」
何も返せなかった。
確かにそうだろう。
このまま彼女といたとしても以前を取り戻すことは決してないだろう。
彼女には僕の表情も読めず、
暗い世界の中で声や音だけを頼りとして生きていく。
以前のように週末は一緒に…なんてことももう無理だろう。
そう、以前はなくなってしまうわけだ…。

それでも・・・・・
それでも・・・・



「先…はわかりません。
 明日香さんの言う通りになるかもしれない。
 けど、…子供みたいなこと言いますが…。
 明日香さんがいなかったこの数日間。
 僕はすごく絶えられなかった…
 あなたにメールを送ったあと、決心したのに我慢できなかった。
 すごく、不安で怖くて仕方なかった…。
 あなたがあの夜言ったように
 僕も怖い…あなたを失ってしまうんじゃないかって怖くて仕方がなかった。
 あなたがあの夜言った僕を失うって言うのは
 僕が見えなくなるという意味ですか?
 それとも別れの日がやってくるとでも?
 僕は無理です。
 以前のような幸せが予想できないのなら
 新しい幸せを探せばいい。
 僕はあなたから離れる気、ありません。
 僕にとってあなたが離れることが幸せを奪われることです。」

僕が言うと彼女は震えながら笑った。
「本当…ワガママで青臭い子供みたいだね…。」
「ですよね…」
「でも・・そんな言葉がすごく嬉しいなんて…私変…」
「…変なのは前からですよ」
扉は未だに開かない。
けれど僕にはわかった。
彼女はこの扉の丁度向こう側にいるということ。
こじ開けたいものだが彼女が開けてくれるのを待つ。

「・・・ック・・・ぅッ・・・ひっく・・・」
扉の向こうから漏れる彼女の泣き声。
僕はなんだか申し訳ないような気分になりつつゆっくりと扉にもたれかかる。

・・・もたれ・・・・かかる・・・・





「・・まぁ、映画のような、ドラマのようなで
 素敵でいいのですが・・・
 他の患者さんの迷惑になるので喧嘩・・・はお静かにお願いします。」
名前も知らない医者が僕を見て言う。
その周りには僕を批判の目やなんだか妙に暖かい眼差しで・・・・


「あああああっすかさん!
 中、とととりあえず中に入れてください!!
 明日香さん!?あすかぁぁ?!!!!」
彼女は何事かと慌てて扉を開けてくれた。
お。こういう作戦があったのかーなんて調子のいい事を考えつつ
彼女の顔が見えるか見えないかのタイミングで僕は中へと滑り込む。


お互い顔を見ないで気まずい空気が流れる。
そして彼女が沈黙を破ってくれる。
「あ・・・の、ベッドに戻っていい?」
「あ、はい。」
彼女は床に膝をつけて進む。
右手は下に、左手は空中に・・・ぶつからないためだろうか。
その姿を見て僕は急いで駆け寄り彼女を立たせた。
「え?」
「さ、そのまま歩いてください」
彼女は何も言わず僕に体を預けてくれる。
そう、これでいいんだ。
こうやって助け合えばいい。

彼女をベッドに寝かせると、また涙を流し始めた。
「・・・どうしたんですか?」
僕はそういうと近くにあったタオルで涙を拭いてあげる。
「本当・・・に、いいの?私、なんかで・・・
 もう、まともに、歩けなく・・・って、
 今リハビリしてるけど、うまくいかなくて・・・
 そんな、私でも・・・・・・・」
それ以上彼女が何も言えなくなるように僕は彼女の口を塞ぐ。
彼女はもう何も言わなくなり僕に手をギュっと回してくれた。


甘い考えかもしれない。
けれど今は僕が少しでも支えになれる。
そう信じてはいけないだろうか・・・? 
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