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出航

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次の日の朝、私が甲板に出るとミカエルが木刀を持ち素振りをしていた。
もう薄っすらと汗をかいているので、朝早くから鍛錬をしていた事が伺える。
その努力する姿とキラキラと光る美しい金の髪が相まって、何だか神々しく見えた。

「ミカエル、おはようございます。」

私が声をかけるとミカエルは素振りをやめて笑顔を見せた。
後ろでフローラがポーッとした顔をしている。隠しているつもりのようだが、彼女が筋肉フェチな上に美少年が好きな事を私は知っている。きっとミカエルの容姿はストライクゾーンドンピシャなのだろう。

私が振り返りニヤリとした顔でフローラを見ると、私の意図に気付きフローラの顔は真っ赤になった。赤い髪と合わさってゆでダコ状態である。
その様子を見た私は、凶悪な顔に屈強な身体の男が私の好みだという事を今後フローラからかわれることは無いだろうと安堵した。

「ミカエル、
「フローラをお願いします。彼女は私と違って普通の女の子だから。」

「それは良いけど、お前だって少し強いだけで普通の女の子だろ?」

ミカエルの言葉にフローラが大きく頷き加勢してくる。

「そんな事無いよ。コイツまあまあ化け物だから心配すんな!」

大丈夫と私が口を開く前に、ポンッと音を立てて現れたカイエンがそう言い放った。

「誰がバケモンよ!!」

怒る私にカイエンはニヤリと笑う。それは秘密を暴露するのを楽しむ悪ガキの様な顔だ。

「コイツ、激強の魔物並みに魔法が使えるんだよ。」

「「えっ!!??」」

その言葉を聞いたフローラとミカエルは、同じ様な顔で驚きそして固まった。

ってか、激強って何よ!?私は心の中でツッコミを入れる。

この世界で魔法が使えるのはそれほど驚くべき事ではない。
しかし、人間で魔法を使えるのは一部の者だけだ。
使えても激強の魔物ほど使えるとなると、騎士団に所属する極一部の先鋭達だけだろう。

そしてそれが魔物との戦争で人間達が敗北した大きな原因であった。
魔物は種族に関わらず、皆魔法が使える上に魔力量も桁外れに多い。
魔物達の先鋭をよりすぐれば、数人だけで人間を殲滅する事が出来るだろう。
それほど歴然の差があった事が、今回判明したのだ。

生まれつき魔力量の多い魔物達と違い、人間は魔法の腕を磨かなければ魔力量が増えていかない。
騎士団の先鋭達が強いのは、魔法の腕を磨き続けているからだ。
ただの令嬢がそれに匹敵するほど、いやそれ以上に魔法が使えるなどと聞けば普通の人は驚いて当然である。

「それは、、カイエン様と契約しているからですか?」

フローラが恐る恐る聞いた。

「いや、元はと言えば、コイツの魔力に引き寄せられてコイツと出会ったんだ。ガキの頃からコイツの魔力量は桁外れだったよ。」

カイエンの言葉にフローラとミカエルがまた驚いた。
ギギギギッと音がするのでは?と思うほどぎこちない首の動きをして、私の顔を見てくる。

「もう、2人とも大げさですよ?カイエンが大袈裟に言っているだけなのだから気にしないで!!で?そんな事よりミカエル!あなたはフローラを守ってくれるんですよね!?」

「えっ?あっ、、はい。てか、もう隠し事は無いのか?」

半眼で見つめてくるミカエルに私は腕組みに仁王立ちで答えた。

「ありません!」

ハッキリそう答えたにも関わらず、2人にジト目で見つめられ居心地悪くなり、その場をそそくさと後にした。

「もう、隠し事なんて無いのに!」

プリプリと怒りながら廊下を歩き、ちょうど朝食時だった事を思い出した私は、コックを手伝いに厨房へと向かった。
貴族の令嬢は普通家事は出来無い。
はしたない事とされていたからだ。
嫁入り前の嗜みとして、侍女として位の高い人に仕える事はあるが、洗濯、料理といった事までは普通しない。
実家にお金が無いとなれば話しは別なのだが。

私は小さな厨房で忙しなく動き回るコックの横に立った。コックのルフランは自然に私を受け入れてくれる。
最近40歳になったルフランという名のこの男は、我が家のお抱えコックだった。
彼は私達と一緒に逃げていたのだが、今回人質として故郷へと帰る私に付いて行くと申し出てくれたのだ。
そしてそんな彼の横で料理を手伝うのは私の昔からの日課だったのだ。

「今日は何にするのルフラン?」

ルフランは彫りの深いラテン系の男である。
彼は20歳で結婚したのだが、妻を30歳の若さで亡くし、それからは誰とも関係を持たず妻を愛し続けている、、、と私はそう思っていた。
どうやら、知らぬ所で遊びまくっていたらしい。お母様に、あの色香にやられて手を出されない様にと注意された時には、驚き過ぎてドン引きしたものだ。

「サンドウィッチにしますね、お嬢様。」

ルフランにウィンクされて私の胸はドキリと跳ねる。
ここ数日忙しかった為か無精髭が生えたワイルドな彼に私の心は鷲掴みだ。

「ルフラン、あなたわざとやってる?」

私が睨むとルフランは笑った。

「お嬢様が可愛らしいからですよ。」

「、、ルフラン、あなた熟女好きだったわよね?」

「フフフッ、お嬢様、私の守備範囲は海より広いのですよ。」

「、、、それ自慢になるの?まぁ、良いわ。皆がお腹空かして来る前に作りましょうよ。」

「そうですね。」

軽口を叩いていると昔に戻ったみたいである。だからこそこんな事を口に出してしまったのかもしれない。

「お父様とお母様はどうしているかしら?」

「、、お嬢様。」

一瞬空気が凍ったような気がした。しかし、ルフランはいつものようにヘラッと笑いながら言った。

「あの人達の事です。上手く生き延びて今頃新しい事業を立ち上げているかもしれませんよ?」

ルフランは私を元気付ける為にそう言ったのだが、2人を思い出せばあながち間違いではないような気がした。

「そうね。そうかもしれないわ。」

また穏やかになった厨房で、ルフランの鼻歌が聞こえていた。
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