迎えに行くね

たま

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私は気付けば病院の病室の中で立っていた。
特に怪我も無く、身体に痛みも無い。

「花音ちゃん……。」 

目を閉じれば、花音ちゃんがあの男と共に陸橋から落ちて行く姿が思い出される。
辺りを見渡したが、私のベットはどこなのか?母は?兄は?何も分からない状態だった。
近くにいた看護師さんに声を掛けたが、忙しいのか相手にして貰えなかった。

「刑事さんの事も気になるし…。」

私は後で咎められるだろうが、病院を抜け出し、アパートへと歩き始めた。
風呂場に閉じ込められた真鍋さんの事も気になったし、急に姿を消した佐藤さんや管理人さんも心配であった。

アパートまで歩いて戻り、恐る恐る2階へと続く階段を登っていった。
202号室の前には誰も立っていなかったが、玄関の扉が開いたままだった。

「真鍋さん?佐藤さん?」

私は玄関に立つと2人の名前を呼んだ。中には誰もおらず、勇気を振り絞って風呂場の扉に手をかけた。

ゴクッ

自分の唾を飲む音が異様に大きく感じる。

ザーザーッ

すると急に中からまた水の流れる音がした。
恐ろしくなって部屋を飛び出したかったが、扉にかけた手に力を入れて一気に開ける。

「!!!!!」

声も出ない程驚き、私はその場にへたり込んだ。
風呂場の中は真っ赤に染まり、人とも肉とも分からない程無残な死体が散らばっていた。
私は黒い物が近くに見え手を伸ばす。

「刑事さんの手帳……」

中を開くと真鍋さんの顔が入った写真があった。血で汚れてはいたが、名前も読み取れる。

「真鍋さん……」

肉塊と化したこの遺体は真鍋さんだったのだ。
私はヨロヨロと立ち上がると、部屋を出ようと玄関へ向かった。

「……警察に電話しないと。」

ポケットを探したが、どうやら病院に携帯を忘れたようだ。カバンも持っていなかったので丸っ切り何も無い。

「これは?」

先程まで気が付かなかったが、携帯電話が落ちている事に気付き持ち上げた。

「真鍋さんのかな?」

中を確認してさせて貰ったが、メモリーには何も入っておらず、電話を掛ける事すら出来そうになかった。
私は管理人室へと向かう事にした。

現実では無いような感覚に陥り、私はフラフラした足取りで目的地へ向かった。あまりにも色んなことが起こり過ぎてキャパオーバーしてしまったのだろう。

「いない。」

管理人室は空っぽだった。

「どうしよう。」

私はアパートを出てフラフラとまた歩き始めた。

「交番……」

今度は交番を探して彷徨う。しかし自分のスマホが無ければ交番がどこか調べる事すら出来ない。
途方に暮れて今度はパン屋さんを目指して歩き始めた。

店長さんなら助けてくれる。

そう思い、先程よりしっかりした足取りで歩き始めた。
少しするとパン屋が見えて来た。
店長さんはこの前と同じように外の掃き掃除をしていた。
店長さんの顔を見ただけでホッとして目頭が熱くなるのを感じる。

「店長!!!」

私は大きな声で叫んだが、店長はコチラを見なかった。

「店長!!!!」

もう少し近付き、今度はもっと大きな声で叫んだが店長はコチラを見ずそのまま店へと入ってしまった。
目が合わなかったが店長は確かにコチラの方を見た。わざと気付かないフリをしか思えなかった。

「そんな……」

私は助けて貰えると確信していただけにショックだった。
私が陸橋から飛び降りようとしたという話しが店長の耳に入ったからだろうか?幽霊と友達だったという話しを刑事さんから聞いたのだろうか?
どっちにしろ私の事を気持ち悪いと認識したのだろう。

「店長……」

私は泣きながら踵を返しまた歩き始めた。
早く真鍋さんの事を警察に言わなければと分かっていたが、そんな事より母と兄に会いたかった。
抱きしめて貰いたかった。

長い長い道のりを私は歩いて帰って行った。

2時間ほどかけて歩き、ようやく我が家が見えて来た。
喜びで走り出そうとした私は足を止める。我が家は大勢の人でごった返していた。

「何があったの!?」

慌てて走り出し、玄関へと向かう。皆喪服を来ており、母の知り合い、親戚の人に私の友達や先生、何せ大勢の人が家に入り切れず外へはみ出している。
私は謝りながら前へ進み家へと入って行った。
嫌な予感が胸を支配し、また涙が溢れてくる。

「お母さん!お兄ちゃん!」

中へ入ると泣き崩れた母とそんな母を抱き抱えるように座る兄の姿が見えた。
奥に祭壇の様なものがあり、、

「私?」

私が棺の中で眠っていた。

「何で?」

私はその場にへたり込んだ。

「お母さん?お兄ちゃん?」

2人のことを呼んだが、2人はこちらを見なかった。

「お母さん!!お兄ちゃん!!」

どんなに叫んでも、近寄って2人を叩いても……。

「私、死んだの?」

その時先程アパートて拾った携帯が鳴り始めた。

「誰!?」

恐る恐る通話を押し、耳に当てる。

「キャー!マジで繋がったんだけど!どうすんの?これどうしたら良いの?」

向こうから若者の声がする。

「分かんないよ、とりあえずもう切れば?」

向こうは何人かいるらしく、キャーキャーと騒いでいた。
私は携帯の持ち主かもしれないと口を開く。

「迎えに行くね。」

私はそんな事言うつもりなど無かったのに、気付けばそう口にしていた。
驚いて自分の口を手で塞ぐ。

「チョット、、迎えに行くって言われたんだけど!!!」

プーップーップーッ

向こうから声がしてそして途切れた。

「迎えに行くってもしかして……」

私は視線が注がれている事に気付き後ろを振り返った。
すると浅黒く痩せこけたあの男がニヤニヤしながらコチラを見ていり。

「コンドカラオマエガツレテコイ。」

ガラガラ声の聞き取りにくい声でそう言うと男は近付いてきた。

「オマエノセイデカノンハキエタ」

そう言うと男は兄の横に立ち兄の頭を手で掴んだ。兄は違和感を感じたのか辺りをキョロキョロと見渡す。

「何を……兄を…離して下さい。」

私は目に涙を溜めながらそう懇願したが、男は嬉しそうにゲラゲラと笑い始めた。

「ソノカオサイコウダナ」

そう言うと兄の頭から手を離し、今度は近くにいた親戚のおばさんの頭を掴む。

「モシオマエガイウコトヲキカナカッタラ」

そしておばさんの頭をリンゴを潰すようにいとも簡単に潰してしまった。

グチャグチャグチャ

皆何が起こったのか分からずボンヤリとその光景を見ていたが、事態を把握すると一斉に叫び声を上げ走り出した。
慌てて逃げ出す人達がぶつかり合うのを、その男は楽しそうに見つめている。

そして私に向き直り。

「アニトハハヲマモリタイダロ?」

そうやって口の端が裂けるほどニヤリと笑った。

それから数十年……私は今もあの男と共にいる。

「迎えに行くね。」
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