帝国の曙

Admiral-56

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第七話 トラ・トラ・トラ

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──ハワイ諸島真珠湾──



「急げ!早く艦を港から出すんだ!!」



 日本艦隊の航空攻撃が始まると同時に第五、第七艦隊は真珠湾からの脱出を図っていた。



 一番最初に動いたのは、やはり米太平洋艦隊の主力である戦艦8隻。



元々一列に並んで停泊していた戦艦群はそのまま列を成して港の出口を目指した。



 しかし、この8隻の戦艦はどれも速力22ノットとかなり低速であり、ましてや混乱の中で最大速力を出せる訳がなかった。



 低速で動く巨大な艦が列になっている。これでは正しく、良い的であった。



「敵機、来ます!!」



 まずこの戦艦列に突っ込んだのは10機以上の攻撃機だった。



 超低空で飛行する攻撃機は濃密な対空砲火を潜り抜け、確実に接近する。



「全部叩き落としてやれ!!」



 対空銃座から無数の銃弾が攻撃機に向かって降り注ぐ。



 しかし米艦隊の搭乗員達はどれも経験の浅いものばかりであり、高速で飛来する目標に対して攻撃するのは今回が初めてであった。



 濃密ではあるが見た目ばかりの弾幕は虚しく目標後方の水面し水柱を上げることしかできない。



 しかしそれでも、彼らには一種の余裕があった。



 何故ならば、ここが真珠湾であり、そして今向かってくる機体が明らかに雷撃機であったからだ。



 真珠湾は水深が18mしかなく、実質航空機による雷撃は不可能である。と考えられていた。



 魚雷は投下されると一旦沈み、そしてある程度浮いてから進み始める。



 この時落とす位置が高ければ高い程魚雷は深く沈むのだ。



 外洋であれば、このことは心配しないだろう。しかし水深の浅い真珠湾では魚雷を投下しても直ぐに海底に当たってしまう。



 だから目の前の敵機の雷撃が自分達に当たるとは誰も思っていなかった。



 しかし──



「雷跡を確認!!魚雷が来ます!!」



「な、何だと…!?」



 投下された魚雷は、確かに雷跡を引きながらこちらに向かってくる。



 それも、一本や二本ではない。



「か、回避行動急げ!!」



「無理です!間に合いません!!」



ズドオオォォンッ!!



 10本以上の魚雷が戦艦列に直撃。



 巨大な水柱を立てた。



「アリゾナ、艦尾に被雷!!航行不能に陥りました!!」



「オクラホマ右舷に被雷!浸水止まりません!」



 不幸にも当たり所が悪く、アリゾナ、オクラホマ、ネヴァダの三隻が大きな損害を負い、航行不可能。



 もしくは外洋への進出が危険な状態になってしまう。



 しかし惨劇はそれだけに留まらない。



 損傷した三隻だけでなく、魚雷が命中しなかった残りの五隻にも無数の爆撃機が殺到したのだ。  









──日本第一航空機動艦隊──



「攻撃隊より入電。『我、大型艦ヲ雷撃ス。被害甚大ナリ』」



「攻撃は順調な様だね」



 ハワイ諸島から約460kmの位置から第一波攻撃隊を発艦させた日本海軍聯合艦隊第一航空機動艦隊は、更に南進し約400kmの位置で第二波攻撃隊を発艦。



 発艦完了と同時に反転し、攻撃隊の収用予定地点への移動を開始していた。



 第一航空機動艦隊の編成は以下の通りである。



戦艦   金剛 榛名



航空戦艦 赤城 加賀



航空母艦 翔鶴 瑞鶴 祥鳳 瑞鳳



重巡洋艦 高雄 愛宕 最上 三隈



軽巡洋艦 長良 名取 五十鈴 由良 天龍 龍田



駆逐艦  秋月 冬月 初月 新月 若月 霜月



その他小艦艇11隻



 合計35隻のこの艦隊は、補助艦艇11隻以外は全て新造艦であり、この時どれも世界水準を越えた新鋭艦である。 



 また、極めて特殊な新思考戦艦である“航空戦艦”を日本海軍は8隻建造しており、どれも戦艦の後部に斜めに飛行甲板を設置するという独特なシルエットをしていた。



 大型の空母には劣るものの小型の空母と同等の搭載数を有しながら戦艦としての大火力も備えた、“戦闘航空母艦”とも呼べる艦である。



「…しかし、わたしはとんでもない重荷を背負わされたようだね…」



 その航空戦艦『赤城』の艦橋で一人溜め息をつく初老の女性。



 彼女がこの第一航空機動艦隊の司令長官、南雲一佳なぐもいちかであった。



「ほう、重荷ですか?」



 南雲の溜め息に興味を示したのは、隣に立っていた立年の男──草鹿琉之介くさかりゅうのすけ



 第一航空機動艦隊の副司令である。 



「重荷だよ。出るに出たはいいものの、果たして本当に成功するのか心配でならないよ」



「そこは航空隊の皆を信じましょう。どれも厳しい訓練に耐えてきた精鋭揃いです」



「ま、練度の心配は無いだろうけどもね。聞いた話だと、あの『汰聞丸』が航空隊の訓練を指揮したんだろう?」



「らしいですな。正しく地獄のようだったと言っておるのを聞きました」



「やり方はさておき、そこの分野に問題が無いのはわかっとるよ。しかしねぇ…問題があるのはこの作戦自体さね」



 遠くの水平線を見詰めながら再び溜め息をつく南雲。



「一体誰だい。太平洋を横断してアメリカの一大要塞を叩こうなんて言い出したのは」



 そう皮肉めいたニュアンスの呟きには草鹿も苦笑した。



「ハハハ…初めて作戦を聞かされた時は自分も驚きました。いやはや…山本長官の考える事は凄まじいですな」



「わたしはあの男とはイマイチ反りが合わないからねぇ…」



 皮肉たっぷりに文句を吐き、南雲は視線を落とすついでに手首の時計を確認した。



 丁度、9時を過ぎたところだった。



 









──米第五、第七艦隊──



 なんとか難を逃れ真珠湾からの脱出に成功した艦艇達はキンメル提督率いる第七艦隊とスコット中将率いる第五艦隊に再編成されていた。



 そして再編成と同時に、ハワイ諸島周辺にいるはずの日本の空母機動部隊に復讐すべく索敵を行っていた。



「敵艦隊はまだ発見できんのか!?」



「はい…現在全力で捜索しているのですが…」



 キンメルは焦りを隠せなかった。



 第五、第七艦隊の二艦隊での総力戦ならばどんな艦隊が相手でも敗れることはないという自信があったが、それはあくまでも正面からの正々堂々の勝負の場合だけである。



 どんなに強靭な艦隊であっても、奇襲を受け態勢を崩されてしまえばどうなるか分からない。



 彼はそのことをよくわかっていた。



「偵察機も出せるだけ出すんだ。相手に見つかる前に見つけなければ奇襲を受けるかもしれないんだぞ!?」



「は、はいっ!」



「くそ……奴らめ、いったい何処に消えた…?」 



 キンメルの司令を受け、装甲空母キュリオスからも偵察機隊が発艦。



 米艦隊は全力で策敵に当たった。



 また、キンメルは予想されていた日本軍の南西方面進出に備えスラバヤ島に向かっていたハルゼー提督率いる航空機動艦隊に連絡。



 引き返し、合流するよう指示を出した。



 更にハルゼー艦隊の航空母艦レキシントン、サラトガからも偵察機隊が出撃。



 米太平洋艦隊、全力での策敵活動であった。



 しかしそれから数時間経っても日本の機動部隊が見つかることは無く、不安だけが募っていった。











 その頃、米艦隊のはるか上空を飛行する機体があった。



 表面の特殊塗料はレーダー波を吸収するもので、米軍のレーダーには反応していなかったのである。



 超高々度偵察機『最雲』。



 帝国海軍が開発した、新鋭艦上噴式偵察機である。



 実用上昇限度は従来の偵察機を軽く越え、高度一万超えでも行動が可能。



 更に亜音速での高速飛行も可能である。



 例え敵の迎撃機に襲われたとしても、迎撃用の35mm光学速射機関砲が機を守る。



 しかしこの機の最大の武器は高速飛行でも機関砲でもなく、上部に取り付けられた円盤型超広範囲電探であった。



 これにより作戦海域の全艦艇を把握することが可能であり、米艦隊の行動は全て筒抜けだった。













──日本第二航空機動艦隊──



『こちら最雲一番機。敵艦隊は再三に渡って偵察機を飛ばしています』



「敵さん、躍起になって我々を探しているようだな」



 最雲からの報告を聞き、そう呟いたのは第二航空機動艦隊を率いる山口汰門やまぐちたもん提督である。



 「人殺し汰門丸」という渾名を持つ、航空戦の鬼だ。



「ですが、たかが機載レーダーや目視ではこのシールドスクリーン式光学迷彩を破ることはできないでしょう」



 山口の呟きに応えたのは、第二航空機動艦隊旗艦『飛龍』の艦長を務める永澤幸ながさわゆき大佐だ。



 この二人は元々、共和国海軍第三航空船団の指揮をしていた。



 しかしクーデター後再編成された帝国海軍第二航空機動艦隊を任されることになったのである。





 第二航空機動艦隊の編成は以下の通りである。



戦艦   比叡 霧島



航空戦艦 土佐 扶桑 山城



航空母艦 蒼龍 飛龍



重巡洋艦 利根 筑摩



軽巡洋艦 鬼怒 阿武隈



駆逐艦  涼月 霜月 満月 弦月



その他小艦艇16隻



「…ふぅ」



 山口は短く息を吐きながら、窓の縁を擦る。



 その様子はまるで何かを愛でる様な、そういう行為に見えた。



「…長官?どうされました?」



 その光景を不思議に感じた永澤が山口に問い掛ける。



「いや、なに。…初めてこの艦に乗った時から…何か、感じるものがあってな」



「何か…ですか?」



「……いや、気にするな。今は作戦に集中しよう」



 少し何かを考えていた山口であったが、無理矢理考えるのを抑えるかのような頭を振った。



「はぁ……?」



 訝しげな表情の永澤であったが、山口はそれを無視した。



 と、しきりに腕時計を気にし初めた。



「さて、そろそろ時間だな…“黒鉄”は動き出したか?」



「はい。予定通りの行動を取っているようです」



「そうか…では我々も準備を始めようか。両舷微速転針方位120。航海長、予定通り着けるよう上手く調整してくれ」





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