『世界は救えないと知っている勇者が、それでも剣を取る理由』

夜澄 文

文字の大きさ
7 / 18

第六話 選択を管理する者

しおりを挟む
 王都への召喚は、命令ではなかった。

 だが、拒否できる類のものでもない。

「勇者殿、王女殿下がお会いになりたいそうです」

 文官はそう言って、視線を逸らした。
 彼も分かっている。これは、確認だ。

 ――お前は、制御可能か。

 王城の一室は、簡素だった。
 余計な装飾がなく、実務用の机と椅子だけ。

 セレーナ王女は、窓辺に立っていた。

「来てくれて、ありがとう」

 礼の言葉は、形式的ではない。
 だが、親しみでもない。

「座って」

 向かい合う。

 彼女は、しばらく俺を見た。
 評価する目だ。

「水源の調停、報告は受けています」

「結果も?」

「当然」

 一拍、間が空く。

「死者が出たことも含めて」

 逃げない。
 それが、この王女のやり方だ。

「あなたの判断は、間違っていない」

 第五話で文官が言った言葉と、同じだ。
 だが、重さが違う。

「それでも、問題がある」

「……勇者の判断が、結果として戦火を広げた」

「ええ」

 即答だった。

「だから、あなたを責めているわけではありません」

 彼女は机に手を置く。

「勇者の選択は、影響が大きすぎる」

 理解している。
 俺が動けば、国が動く。

「私たちは、あなたの選択を“政策”として扱う必要がある」

「管理する、と?」

 言葉にすると、露骨だ。

 セレーナは否定しなかった。

「ええ。管理します」

 躊躇がない。

「あなたが何を選ぶかで、何万人が動く。
 それを個人の良心に委ねるのは、無責任です」

 正論だ。

 だから、反論しづらい。

「では、俺は何だ」

 問いは、静かだった。

「意思を持つ人間か。
 それとも、判断装置か」

 彼女は、すぐに答えなかった。

 しばらくして、口を開く。

「両方です」

 曖昧だが、誠実な答えだ。

「だからこそ、あなたには選ばせる」

「……命令しない、と?」

「命令すれば、あなたは壊れる」

 核心だった。

「あなたは、命令で動く勇者ではない。
 自分で選び続けるからこそ、ここまで来た」

 彼女の手が、わずかに震える。

「それを壊したくはありません」

 政治的制約の中での、精一杯の配慮だ。

「だが」

 彼女は続ける。

「選択の“幅”は、私が決めます」

 自由ではない。
 だが、完全な檻でもない。

「次の任務です」

 書類が差し出される。

「国境付近の宗教都市。
 魔王信仰の芽が出始めています」

 宗教。
 厄介な話だ。

「弾圧はしません」

 先に釘を刺される。

「観察と、抑止。
 あなたがそこに“いる”だけでいい」

 存在そのものが、力になる。

 それが、勇者という役割だ。

「拒否は?」

「可能です」

 王女は言った。

「その場合、別の者を派遣する」

 結果は変わらない。
 むしろ、悪くなる可能性が高い。

 選択肢は、最初から狭い。

「……引き受ける」

 そう答えると、
 彼女は静かに息を吐いた。

「ありがとうございます」

 感謝は、個人的なものだ。

「一つ、聞かせてください」

 王女が言う。

「あなたは、なぜ動くのですか」

 魔王と同じ問いだ。

 だが、こちらは逃げられない。

「……止まれば、世界が早く壊れる」

 それだけじゃない。
 だが、それ以上は言葉にならない。

 王女は、少しだけ目を伏せた。

「それで十分です」

 部屋を出るとき、
 背中に視線を感じた。

 期待ではない。
 責任だ。

 城を出て、剣を確かめる。

 相変わらず、軽い。

 だが、少しだけ違う。

 この剣は、
 俺個人のものではなくなりつつある。

 世界は救えない。

 それでも、
 選択を管理されながら、
 俺は歩き続ける。

 次は、信仰だ。

 意味を与えるものと、
 意味を奪う現実が、
 ぶつかる場所へ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

なんか修羅場が始まってるんだけどwww

一樹
ファンタジー
とある学校の卒業パーティでの1幕。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...