『世界は救えないと知っている勇者が、それでも剣を取る理由』

夜澄 文

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第二十二話 対応不能

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 異変は、
 静かに始まった。

 最初の報告は、
 北部街道沿いの小都市からだった。

「魔物の群れです」

 管理局の連絡員は、
 落ち着いていた。

「数は多いですが、
 個体は弱い」

「勇者候補三名を、
 分散投入します」

 合理的な判断。

 実際、
 これまでなら
 問題にならない規模だ。

 だが、
 続報が来る。

「魔物が、
 街を避けています」

 嫌な言い方だ。

「避ける?」

「はい。
 街道を断ち、
 農村と水源を優先的に破壊しています」

 会議室の空気が、
 一段重くなる。

「統率個体は?」

「確認できていません」

 つまり、
 命令系統がない。

 なのに、
 戦術的だ。

 俺は、
 地図を見つめた。

 点と点が、
 線になる。

「……時間を稼ぐつもりだ」

 誰に向けた言葉でもない。

 王女が、
 すぐに反応した。

「何のために」

「避難と補給を、
 同時に潰す」

 彼女の眉が、
 わずかに動く。

「正面戦闘を、
 成立させない」

 勇者向きじゃない。

 複数投入すればするほど、
 対応が遅れる。

 それでも、
 作戦は変えられなかった。

 制度は、
 一度走り出すと止まらない。

 勇者候補たちは、
 各地に散った。

 初日の報告は、
 成功。

 二日目、
 遅延。

 三日目、
 破綻。

「候補二名、
 補給切れ」

「一名、
 村の防衛に拘束」

 誰も、
 悪くない。

 ただ、
 分担した。

 その結果、
 何も守れなかった。

 王都に、
 避難民が流れ込む。

 水が足りない。
 食料が腐る。

 俺は、
 宿の窓から
 その様子を見ていた。

 動いていない。

 まだ、
 命令はない。

 夜、
 魔王の声がした。

「ほら」

 淡々と。

「複数では、
 対応できない」

「……意図的か」

「もちろん」

 否定しない。

「でも、
 派手な一撃じゃない」

「制度の穴を、
 なぞっただけだ」

 胸が、
 重くなる。

「止められるのは、
 俺だけか」

「君だけだ」

 即答。

「一人で、
 全体を見る存在は、
 他にいない」

 分かっている。

 だから、
 逃げていた。

 翌朝、
 王女が来た。

 顔色が、
 悪い。

「……正式な要請です」

 声が、
 少しだけ震える。

「あなたに、
 全域対応を」

 命令ではない。

 だが、
 選択肢もない。

 俺は、
 少し考える。

 そして、
 頷いた。

「条件がある」

「何でも」

「俺は、
 勇者として動かない」

 王女が、
 目を見開く。

「役割を、
 使わない」

「やることは、
 一つだ」

 地図を指す。

「水と食料を、
 繋ぎ直す」

 戦わない。

 倒さない。

 機能を回復させる。

 王女は、
 理解した。

「……時間は」

「三日」

 それ以上は、
 持たない。

 昼、
 俺は動いた。

 剣は、
 抜かない。

 魔法も、
 最低限。

 井戸を掘り、
 道を繋ぎ、
 倉庫を整理する。

 一人で、
 全体を見る。

 夜が、
 明ける。

 魔物は、
 まだいる。

 だが、
 街は息を吹き返す。

 三日目の朝、
 魔物の動きが止まった。

 目的を、
 失った。

 魔王の声が、
 遠くで響く。

「これが、
 代替不能だ」

 俺は、
 答えない。

 疲れていた。

 だが、
 理解していた。

 勇者は、
 強さじゃない。

 全体を、
 同時に扱う存在だ。

 制度では、
 分解できない。

 王女が、
 静かに言った。

「……戻りましょう」

 俺は、
 空を見上げる。

 世界は救えない。

 だが、
 分けてはいけない仕事が、
 確かにある。

 それを、
 また証明してしまった。
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