『世界は救えないと知っている勇者が、それでも剣を取る理由』

夜澄 文

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第三十三話 消える準備

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 名を、
 使わなくなった。

 地方では、
 それで十分だった。

「巡察の人」
「記録を読む人」
「口を出さない人」

 勇者という呼び方は、
 誰もしない。

 それが、
 楽だった。

 俺は、
 判断記録を
 まとめ直していた。

 中央向けではない。

 地方向けだ。

 失敗例も、
 削らない。

 理由も、
 書く。

 「なぜ間違えたか」
 「なぜ迷ったか」

 英雄の記録ではない。

 迷った人間の、
 覚え書きだ。

 夜、
 魔王が現れる。

「随分、
 地味だね」

「消えるには、
 これくらいでいい」

「本気で、
 戻らないつもりか」

「戻れないようにする」

 魔王は、
 しばらく黙った。

「……寂しい?」

「いいや」

 嘘ではない。

「役割が、
 軽くなるのは
 悪くない」

 そのとき、
 異変が起きた。

 遠くで、
 鐘が鳴る。

 規則的じゃない。

 警鐘だ。

 村の外れ。

 人が集まっている。

「何があった」

「判断が、
 割れました」

 村人が言う。

「山の向こうで、
 争いが起きている」

「介入すべきか、
 待つべきか」

 どちらも、
 根拠がある。

 だが、
 決まらない。

 時間だけが、
 過ぎる。

 俺は、
 一歩引く。

「俺は、
 判断しない」

 言葉が、
 ざわつく。

「だが、
 問いは投げる」

 地図を指す。

「争いが
 拡大した場合の
 被害は」

「介入した場合の
 代償は」

「最悪は、
 どれだ」

 沈黙。

 やがて、
 一人が言う。

「……待つ方が、
 最悪です」

 別の声。

「介入すれば、
 巻き込まれる」

「だが、
 何もしなければ、
 火が来る」

 決断が、
 下る。

 遅い。
 だが、
 自分たちの判断だ。

 翌朝、
 争いは沈静化していた。

 被害は、
 小さい。

 完璧ではない。

 だが、
 致命的でもない。

 それでいい。

 その夜、
 一通の手紙が届く。

 封蝋は、
 王家のもの。

 だが、
 文面は短い。

レイン

公には、
もう頼めません。

それでも、
一度だけ、
個人として
会ってほしい。

——あなたが
消える前に。

 魔王が、
 横で笑う。

「最後の呼び出しだ」

「そうだな」

「行くのか」

 俺は、
 手紙を畳む。

「確認だけだ」

「何を」

「本当に、
 俺がいなくても
 大丈夫かどうか」

 魔王は、
 頷いた。

「それを
 確かめるのは、
 君の仕事だ」

 翌朝、
 村を出る。

 誰も、
 引き留めない。

 それでいい。

 世界は救えない。

 だが、
 自分が消える準備を
 整えることは、
 最後まで
 自分でできる。
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