手技

wawabubu

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手技(しゅぎ)

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「勃起してます?」

「まだ、ちょっと」

 あたしは、少し座席を後ろに引いて、林さんのあそこに手が届くようにした。

 シフトノブが邪魔しているけれど、左手が動かしやすくなる。

「尚子さんは、こういうことよくされるんですか?」

 こういうことは、あまりしないのだけれど・・・

「頼まれればね」

「ふうん」

「触っていいですか?」

「お、お願いします」

 林さんは、自らベルトをゆるめて、ジッパーを下げた。

 あたしは、前を見ながら手探りで左手を入れる。

 車の中は暗い。

 薄暮だから、当然なのだけれど、目があまり慣れていないのだ。

 下着の布地を通して、まだ軟らかいそれが手指に感じられた。

 勃起していない男性を触ることのほうが、女は少ないのではなかろうか?

 男性は、女性と関係を持つとき、必ずといっていいほど、勃起させて女に見せるそうだから。

 あたしは、見てみたいと思った。

「脱ぎましょうか?」

 彼のほうから言ってきた。

「ええ」

 かちゃかちゃとバックルの音をさせながら、腰を浮かせてズボンとパンツを下ろしてしまった。

 ネクタイ姿で下半身むき出しのあられもない状況は、ずいぶん滑稽だった。

「じゃ」と言ってあたしは、いよいよその部分に手を伸ばした。

 さくっと陰毛に触れ、その中心に、やや硬くなりつつある肉に到達した。

 あたしは依然、前を向いていた。

 もう、街路に明かりが点り、人通りも途絶えた。

 林さんの家のすぐ近くで、あたしたちは「いたして」いたのだ。

「ああ」

 彼が声を絞り出した。

 握りごたえのある、太めのそれはさっきよりも硬さを増しており、反り返ってきた。

「最近、こんなことはないんですか?」

「まったく」

 インポテンツは、ほんとんどの場合、心因性のものだと聞いている。

 林さんもそうなのだ。

 奥さんでは、まったく元気が出ないという。

 それで、夫婦仲がぎくしゃくしてきたなんてことをあたしに打ち明けたのだった。

 手だけの約束で、あたしは「治療」してさしあげることにした。

「お仕事で疲れてらっしゃるのよ。ほら、元気ぃ」

 すっかり、たくましく立ち上がったペニスを見てあたしは励ました。

「ほんとだ。尚子さんだと立つよ」

「あたしじゃなくっても、奥様でもちゃんとできますって。どうします?最後までやっちゃう?」

「お願いできるかな」

「しょうがないですね」

 そう口では言いながら、あたしは射精まで導いてあげることに喜びを感じていた。

 だって、五千円ももらっているのである。

 このまま帰しちゃ、しのびない。

 少し、力をこめて握りながら左手を上下させた。

 最初はあまり早くてもよくないと、本などには書いてあった。

 林さんのモノはあまり長くないので、手のひらの幅の範囲でしごけばいい。

 この異常なシチュエーションに彼はかなり興奮しているみたいだった。

 射精までそんなにかからないだろう。

「溜まってます?」

「自分でもしないですからね。オナニーでも立たないんです」

「そうなの。じゃ、苦しいよね。出しちゃおうね。いっぱいね」

「え、ええ、ああ、すごい。尚子さん」

「いいのよ。出していいのよ」

 あたしは、彼の耳元に口をもっていって、そうささやいてあげた。

 あたしの吐息が彼のスイッチを入れたみたい。

「はふっ、はふぅ」

 荒い息を吐いて、林さんが瘧(おこり)のように震えだした。

 あたしは、いくぶん手を早め、先端に向かって血を集めるようにしごいてあげた。

「あっくぅ」

 喉から声を絞って、腹をせりだす林さん。

 尿道が膨れて何かが通過するのがわかった。

 どぴゃーっ

 長い軌跡を描いてフロントガラスに液体が弾けた。

 もう一度、びしゃっと同じところに当って、流れを作る。

 三度目の射出は足元に落ち、残りがあたしの手に垂れた。

「あららぁ、すごい。めっちゃ溜まってたんですねぇ」

「ごめんなさい、尚子さんの車・・・汚して」

「いいのよ。拭けばすむことだから」

 あたしは、こういうことには慣れていた。

 何度か、この車を客に使わせているから。

 しかし、すごい量だった。

 あたしの乏しい経験の中でも、一番多い人だと思う。

 シートが少し汚れたのが気になったけど。

 シミになるからね。

 ダッシュボードとかガラスはなんとかなるのよ。

 林さんも、一生懸命に後始末をしてくれた。

 車内が栗の花のにおいで充満した。

「窓、あけましょうか」

 あたしもたまらず言ってしまった。



「開けてください。開けて。ひどい臭いだ。残っちゃうね。旦那さんに気づかれるね」

「大丈夫ですって。主人はもう乗らないですから」

「ああ、お体が不自由なんですってね。ほんとにすまない」

 なんだか、えらく恐縮されて、こちらも困ってしまう。



「落ちつきました?もう、行かれます?」

 あたしは、林さんをうながした。

 もう、家はすぐそこなので、ここで別れたほうがいいと思った。

「尚子さん、ありがとう。すっきりしたし、自信もつきました。もう大丈夫なような気がします」

「大丈夫ですよ。奥さんを大事にしてあげてね」

「はい。じゃ、ここで失礼します」

 ドアを開けて、林さんはゆっくりと出て行った。

 そして、一礼して、ドアを静かに閉めて、前方に歩いていった。

 彼の香りの残る、車内に取り残されたあたし。

 あたしだって、濡れてしまっていた。

 林さんの小さくなった後姿を見送って、あたしはエンジンをかけ、ヘッドライトをオンにした。

 ぱっと目の前が明るくなり、まぶしいくらいだった。

 あたしは、家路に急いだ。
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