Say my name.

雷仙キリト

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7〜それからの俺とお前〜

7-1

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 季節は秋になった。吹く風は夏の面影を感じさせる暖かさをしているが、辺りの景色にはチラホラと赤や黄色が混じり始めている。

「秋ってさ」
「うん」

 隣にいるりんに呼びかけると、小さな返事がやってくる。

「綺麗だよな」
「うん」
「でもさ」
「うん」
「臭いよな」

 凜は足元に落ちていた銀杏を俺の方に蹴っ飛ばしてきた。

「おい、やめろって」
「そんなに臭いの?」
「臭いなんてもんじゃないぞ。地獄だ、地獄」

 小学校のプールを思い出す。生徒はプールの入り口で上履きを脱ぐんだが、すぐそばにイチョウの木があるから、足元に銀杏が転がってるんだ。そんで、プールに入る時にどうしても1個は踏んじまう。
 下ネタ大好きな男子なんかは調子に乗ってわざと踏み始めるから、辺りにはそれはもう、やばい匂いが充満していた。

 白状します。その下ネタ大好き男子とはクソガキ時代の俺のことです。
 女子にガチ泣きされてしまったので、次の学校からは下ネタを封印した。今はこの通り、せーれんけっぱくの身だ。

「嗅いだことねえの?」
「俺の住んでたところにはなかった。それに俺、背が高いから」
「ああ……」

 銀杏の匂いの元となる酪酸……だったかは果肉の部分にあるらしい。だから、踏んで皮を破かない限りはあんまり匂いはしない。凜は背が高いから、足元の銀杏の匂いがあまり届いてこないんだろう。

「嗅いでみたら?」

 銀杏を凜の足元に蹴り返す。凜はそれを指で摘み上げ、鼻の近くに寄せ……フレーメン反応みてえな顔をした。

「あっははは! 凜、顔、顔! モデルがやっちゃいけねえ顔になってる!」
「何これ……臭い」
「また一つ日本の新しい一面を知れたな。ちなみに茶碗蒸しに入ってる銀杏はめっちゃ美味いぞ。今度食ってみ」
「茶碗蒸し?」
「食ったことねえの?」
「ああ」
「じゃ、今度食い行こう。お前が時間ある時に」

 凜は日に日に人気を増し、今やモデル以外にも仕事の範囲を広げている。事務所としては芸能界に理解のある学校に凜を転校させたいようだが、凜は頑なに今の学校を離れようとしない。
 自分で言いたくはないが、恐らく俺がいるからだろう。

 朝時間がある時は、こうして一緒に通学する。長い時間一緒にいたいからと、凜は俺といる時は車に乗らなくなった。いや、厳密に言うと、わざわざ俺の家の前まで車できて、そこから歩いて学校に行くようになった。金持ちめ。

 取り留めない話をする。最近流行ってる遊びのことだったり、仕事の話だったり。何もない時は黙って歩いた。衣替えをしてから、こっそりと手を繋ぎやすくて助かると凜は喜んでいる。
 人のいないところタイミングで小指を絡ませる。そこから薬指、中指、人差し、親指と順番に絡ませ、恋人繋ぎをする。
 
 凜は器用で、いつも喋りながら辺りを見回して手を繋ぐタイミングを探している。俺にはまだ勇気が足りないから、大体凜の方から手を差し伸べてくれる。俺はそれを受け取るだけ。
 本当にいいのだろうか、とも思う。俺ばっかり受け取って、俺ばっかり愛されて、俺はそんな凜に甘えていて。

 でも、やっぱ、他人に俺達の関係がバレるのは怖い。

 一度、凜を担当するマネージャーとやらが俺に直談判をしてきたことがある。凜と別れてくれ、と。それは無理だと伝えると、今度は「じゃあうちのモデルになってくれ」と謎の提案をされた。

 マネージャーとしては、マスコミにすっぱ抜かれるよりは、自分達からアピールしてしまった方がマシだと考えたらしい。要するに、まあ、「BL営業」みたいな。確かに普段からアピールしてりゃ、どんなに仲よくてもそういう営業だと思われるのかもしれないが、俺達の関係が偽物だと思われるのも、赤の他人にネタにされるのも好きじゃない。
 つか、そんな理由で俺まで芸能人に仕立て上げようとすんなよ。イマイチ冴えなくて恥をかくのは俺なんだから。

「いやいや、楓太さんならできますよ」と煽てられ、「颯太さんならいかにもな男らしさよりも、ユニセックスなファッションの方が似合います」とデビューしてないにも関わらず売り出しの方向性を決められ、名刺を押し付けられてしまった。今のところ事務所に所属するかどうかは保留にさせてもらっているが、知らぬ間に所属していることになっていたとしても驚かない。

 俺は絶対、周りから流されてデビューなんてしないけどな。もしやるとしたら、自分で「そうしたい」と決めてからだ。ま、そんな日は来ねえだろうけど。姉ちゃん達の忙しさ見てると、正直芸能活動はしたくない。

「……はあ」

 大きなため息を吐く。どうにも、俺は周りに振り回されてばっかりな気がする。

「朝からため息なんて吐いてどうした」
「いや、なんかさ、俺達の関係ってそんな周りから見て変なのかなって思って」
「……俺は別れるつもりはないよ」
「まだ何も言ってねえだろうが」

 今、そんな話の流れだったか?

 凜はむっと唇を尖らせる。以前に比べると表情豊かになったな。それとも、俺がこいつの感情を悟りやすくなったのか。

「安心しろ。周りから何言われようと、俺はお前から離れるつもりはないからさ」
「……だったらいいけど」

凜の、あまり使われないせいで柔らかな表情筋を、皮膚の上から揉み込む。

「何? 俺がお前のこと好きかどうかそんなに不安? こんなにベタ惚れにさせといて、随分とワガママなんじゃねえの」
「不安に決まってる。先に好きになったのは俺で、お前をつけ回してやっとのことで振り向いてもらったからな」

 ストーキングしてた自覚あんだ、こいつ。

「時々思うんだ。俺は、お前を虐めてた奴等と何ら変わりないんじゃないかと。一方的に自分の思いをぶつけて、振り回して、お前に迷惑ばかりかけてきた。俺が関わりさえしなければ、お前はもっと平穏な生活を送っていたかもしれないのに」

 俺達が正式に付き合うことになった数日後、柏木が唐突に引っ越した。その時に俺は凜から、虐めの首謀者が柏木であることを知らされたのだった。

 もちろん驚きはしたが、所詮以前クラスが同じだっただけの薄い関わりだ。俺は柏木のことをあまり知らないので、傷つくこともない。あいつにもあいつの事情があったのかもしれないし、あまりその件については深く考えないことに決めた。

 どちらかと言うと、虐めの件では俺よりも凜の方が胸を痛めているようだった。数ヶ月経った今も、当時のことを思い出しては後悔の念を口にする。
 
「お前はあいつらとは違うよ。少なくとも、お前は俺のことを知ろうとしてくれた」
「だが……」
「凜」

 凜の名前を呼び、服の袖を引っ張る。近くに人がいないことを確認して、凜にキスをしてやる。

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