Desire ―好きだと言えなくて、誰とも結ばれない物語―

雷仙キリト

文字の大きさ
6 / 39

6.帰宅。命に別状はなし

しおりを挟む

 誰かの声が聞こえる。
 あれは誰の声だ。
 あれは……
 
「パパ」

 声変わりを迎えていない、中性的な子供の声。

「パパ、今日もお仕事?」

 パパと呼ばれた男は頷く。

「ああ」

 その声を聞いて、心臓が強く音を立てて軋んだ。

 ここ数年、記憶の中ですら聞いていない男の声。
 これはオレの親父の声だ。

 ということは、もう一人の子供は……オレなのか。

「何時に帰ってくる?」

「帰れたらすぐに帰る。良い子で待っていなさい」

「うん……いってらっしゃい」

 親父はオレに背を向け、ドアの向こうに立ち去っていく。

 その背中をどれだけ見つめていただろうか。ドアが再び開かれることがないのを待って、オレはドアに鍵をかけた。

 リビングに戻る。

 母さんがいなくなってから明るさを失った部屋。
 家族全員で使っていたものは全て捨てられ、ソファーもカーテンも新しいものに買い換えられていた。

 リビングの部屋にオレはぼんやりと立ち尽くしていた。
 そして、おもむろに。

 へらりと笑った。
 

××××



 _____ティローン、ティローン。



 窓の外から差し込む光を見つめながら、ぼーっとする。片手にはスマートフォンが握られていた。
 五感を現実に引き戻すべく強く握りしめると、スマホに括り付けられたストラップの硬さが、オレの掌に鈍い痛みをもたらした。

「また、あの頃の夢か」

 どうしてあんなに昔の記憶を思い出すんだろうか。それも、大して思い出しても面白くないことを。

 折角の夢なんだからもっと楽しいことが浮かべばいいのにさ。

 億万長者になる夢とか、食べ物がいっぱい食べられる夢とか。魔王を倒して一攫千金、とか。

 そんなことを考えていたら、ドアをノックされた。

「起きてまーす」

 気怠く返事をすると、ひょこりとユキさんが顔を出した。

「珍しいですね、もう起きてるんですか?」

「なんか今日は寝覚めがよかったみたいです」

 というよりは、これ以上眠る気になれないというのが正しい。

「いいことですね! 毎日こうなら、もっと嬉しいんですけど」

「それは無理な注文ですね。寝起きが悪いのは主人公になるための必須条件。言い換えるならば、寝坊しなければその人は主人公ではないんです。オレは一応主人公ですので、そのセオリーに則って行動しなければなりません!」

「何を言っているのか私にはわかりません。もしかして、まだ寝ぼけてるんですか?」

「そうかもしれません。寝覚めがよかったせいで、却って寝足りないのかもしれない。というわけで」

 ベッドに寝転がる。

「お休みなさーい」

「そうはさせませんよ! もう朝ご飯できてるんですから!」

 服の裾を掴まれ、体を持ち上げられる。

「だから、なんで持ち上げられるんだ_____」

 ゴキッ_____

「あ」

 と小さく呟かれたユキさんの声は、オレの情けない悲鳴によってかき消された。

 ユキさん、日に日に腕力が強くなってないか……?



「美味しいですか」

「はい」

「そう言ってもらえて嬉しいです」

 用意された朝食を静かに平らげていく。ユキさんは、頬杖をついてじっとオレを眺めている。

「ユキさん」

「なんですか?」

「昨日の夜、父さんが帰ってきてました?」

「えーっと……」

 ユキさんは指を顎に当て、小首をかしげる。

「はい。確かに帰ってきてましたね。仕事があるからと、すぐに出ていってしまいましたが」

「それっていつの話ですか?」

「大体夜中の三時くらいでしょうか……それがどうかしましたか?」

「どうってわけじゃないけど、夜中、玄関の方で声が聞こえたから」

「もしかしてうるさかったですか?」

「いや、そうじゃなくて……何か言ってました? 伝言とか」

「特にないですね。何かを取りに戻ってきただけみたいでしたので」

「そっか。仕事忙しいんだな。体調壊さないといいけど」

「本当に。心配になりますよね」

 ユキさんは朝食はパン派だ。いつもはカリッと美味しい焼きたてパンが、ちょっと湿っぽい話をしたせいか心なししんなりしていた。

 だけど、オレの陰鬱な気持ちを晴らすように、ユキさんが朗らかな声を上げた。

「希くんも体調に気をつけてくださいね」

「え、オレ?」

「魔王ゼロアスを倒すのにも、かなり体力がいりますからね」

 ……その設定すっかり忘れてたわ。

「だから今日の朝飯、こんなに肉が多いのか」

「お弁当にも沢山お肉を入れておきました」

「そりゃどうも」

「据え膳食わぬは男の恥、ですよ。ファイト!」

 あなたは健全な青少年に何を勧めてるんだ。

「それを言うなら、腹が減っては戦が出来ぬ、じゃないですかね」

「あれ、そうでしたっけ?」

 ユキさんがこてりと首をかしげる。ああ、なんというか……癒される。

 何処かで聞き齧った戦の心得を、ユキさんはオレに滔滔と語ってくれ、気がつけば学校に行く時間になっていた。 

「これ、今日のお弁当です」

「ありがとう。行ってきます」

 いつも立てられているはずの写真立てが、今日は伏せて置かれていた。親父の仕業だろう。


「……母さんも、行ってくるな」




 そうしてオレは、同じ日常を「再構築」する。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸Twitterもぜひ遊びに来てください🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

処理中です...