Desire ―好きだと言えなくて、誰とも結ばれない物語―

雷仙キリト

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20.海。青い記憶

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 結局、オレは小可さんに「世界を救う旅」について話す羽目になった。

 小可さんは声を噛み殺して笑い続け、その笑いは一分近く続いていた。正気を取り戻そうとしては、オレの顔を見て吹き出している。

「……笑い過ぎ」

「だ、だって、魔王って、勇者って……っ、言い訳するにも、もっとマシな口実があるだろ! 変なの!」

 変人のあんたにだけは言われたくない。

「二人とも、何をコソコソと喋っているんですか?」

 またしても何も知らないユキさんは、こてりと首を傾げる。

「ユキさんは知らなくても良い話ですよ」

「また私に内緒の話ですか? 希くんって意地悪ですね」

 ユキさんは頬を膨らませて拗ねる。今日も変わらず、ユキさんは可愛いね。
 
 道中、ぽつねんと聳え立つ自販機を発見した。小可さんは千円札を投入し、三人分のポカなんとかを購入してくれる。

「ほらよ、ユキさんもどうぞ」

 小可さんはオレたちにペットボトルを渡してくる。

 早速キャップを開け、中身を勢い良く呷る。冷えた液体が喉を通り過ぎ、体の底から熱を奪っていく。しかし、脳をシャッキリさせるにはまだ足りないみたいだ。
 横目でユキさんを見遣ると、ユキさんはペットボトルを頬に押し当て、気持ち良さそうに目を細めていた。

 ユキさんは、オレが飲み物を欲しがっていると思ったのか、まだ開封すらしていないそれを、

「どうぞ、希くん!」

 と差し出してくる。

「二人とも海に行くのは初めてかい?」

 小可さんはポカなんとかを少しずつ口に含み、飲み込みながら、尋ねてくる。飲み物を飲みたいがお喋りもしたい、というせっかちな性分が飲み方に現れていて、ちょっと面白い。

「オレもユキさんも、あまり外に出歩くタイプじゃないんです。親父も家に帰ってこないから、家族で出かけることもあまりなかった」

「今回のことが良い思い出になると良いね」

「……そうですね」

 風が吹き、独特の潮の香りを鼻腔が拾う。

 実は、すぐ横に顔を向ければ、海は見えるのだ。だけど、何となくもったいなくて、初めての瞬間を引き延ばし続けている。

 白いガードレールが途切れ、海岸へと向かうコンクリートの階段が出現する。海から吹きつけてくる強い風。波音。潮の匂いが濃くて、頭を重くさせる。

 階段を下り切ったオレは、顔を上げた。

 すぐ目の前に、海が広がっている。
 押し寄せる波の音は不思議と静謐だ。
 風に揺れる青いワンピースを手で押さえつけながら、ユキさんは海に向かって真っ直ぐに歩いていった。砂浜に点々と靴の跡が綴られる。

「あまり先に行くと、バランスを崩しますよ」

 初めて見る光景に、オレ以上に感動しているのだろう。ユキさんは答えない。ただ熱心に、前を見つめ続けている。今まで追い求めてきた答えがそこにあるかのように。

 ユキさんは波打ち際にしゃがみ込み、きめ細かい泡の浮かぶ水面を手で掬い上げた。白い手の隙間から、さらさらと水が溢れ落ち、海に落ちていく。

 それを何度か繰り返した後、薄い唇が「懐かしい」と小さく言葉を紡いだ。

「懐かしい? ここに来たことがあるんですか?」

 桜色の髪が揺れる。

「レイが以前共有してくれたんです」

 レイ。その名前にオレは思わず眉をひそめる。

 共有、ね。機械じみた言い方が、実にあいつらしくて、馬鹿馬鹿しい。
 
「昔、日本に来る時に船で海を渡って来たんだって。その時の光景を教えてもらったことがあるんです。今も昔も、きっと変わらない光景なんでしょうね」

 波の音が、ユキさんの言葉の端々を攫っていく。

 どっちの服が似合うかと尋ねられた時に、青い方を指差さなければ良かった。

 波に攫われ、眼前に広がる大自然にユキさんが溶け込む……。

 ユキさんの手を掴んだ。ユキさんはそこで初めて振り返り、大きなまん丸の目にオレを映し出す。

「……海、来て、良かったですか?」

 ユキさんはうっすらと微笑み、こくりと頷いた。

「本当は歩望さんにも来てほしかったんですけど……仕事を理由に断られちゃいました」

 寂しそうに視線を落とし、水の中で、砂をかき混ぜるように撫でる。

「似合わなすぎる。あの人が海に来るなんて想像できないな。スーツ姿でここに来るのも、普段着のあの人も。

 あの人がここに来なくたって、別に……」

 笑いかけると、ユキさんは寂しげに眉を下げ、笑い返してくる。

「……そうですか」

 



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