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#24 ヴァルネ村、人の顔をした鳥
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エレノアが高位呪文を授かるための聖堂通いを終えるまで、デミールたちは魔王城へ帰れずにいた。
「んーっ! このパン、石みたいに硬い!」
貸家の埃っぽい食堂で、ペナミが不満げにパンをかじる。
「文句言うな。ここにはパン窯がねえんだから、市場で買ったパンで我慢しろ」
「魔王城のスープが恋しいよ…。王都の飯、見た目ばっかで、値段高いだけ。」
セリオンが銀髪を揺らし、笑って応じた。
「ほんとね。エルフ郷なら木の実と湧き水で十分なのに。人間の都は贅沢すぎて落ち着かないわ。」
その時だった。貸家の扉が、壊れるほど乱暴にノックされた。
「なんだ!?」
レオナートが扉を開けると、そこには王家の紋章をまとった騎士が、疲れと苛立ちを浮かべた顔で立っていた。
「王命である! 勇者レオナート、僧侶エレノア、魔法使いデミール! 即刻、ヴァルネ村へ向かい、魔王軍の残党を討て!」
騎士が巻物を突き出すと、ペナミが横から覗き込んで噛みついた。
「ちょっと! 王様ご自慢の『五十を超える精鋭隊』はどうしたわけ!? なんでまた、あたしたちがこき使われなきゃなんないのよ!」
騎士は、ペナミを鼻で笑った。
「怪物はあらかた片付けた。だがな、アレは……どうにも、気味が悪い」
「気味が悪い、ですって?」
エレノアが聞き返すが、騎士はそれ以上何も言わず、さっさと馬車で去ってしまった。
「正規軍が逃げ出すような化け物、か……」
レオナートが巻物を握りしめる。
「ハッ、王の精鋭部隊サマがビビって丸投げたってことか。いいご身分だな、王様ってのはよ」
デミールが悪態をついた。
「……ソリスよ、導きたまえ……」
エレノアは守護符を握り、祈りの言葉を呟いた。
ヴァルネ村に到着した一行は、空を舞う無数の異形を目にして言葉を失った。
半透明の人間の顔に、不釣り合いなほど長い翼が生えた、人面鳥の群れ。
「よう、オルセン……」
「おれ、生きてるよ、エルダ…」
虚ろな瞳、不気味に何かを囁く口。それは、この村の村人や、討伐に来た兵士たちの顔だった。
「父ちゃん……! やめて、戻ってきてよぉ!」
広場の端で泣き叫ぶ少年が、父親の顔を持つ鳥に手を伸ばす。
「オルセン、俺だよ……」
「危ない!」
レオナートが少年を庇おうとするが、少年は「邪魔するな!」とその手を振り払った。
「おい……マジで、こいつの親父なのか……?」
デミールが魔法を構え、火球を放つ。だが、鳥はふわりとそれを避けた。
その瞬間、デミールのマントの裾がぐい、と引かれる。
「やめて……父さんを、いじめないで……!」
小さな女の子が、涙の瞳でデミールを見上げていた。
(クソッ、子供に止められると……撃てねえだろうが!)
村人たちも駆け寄り、デミールの腕を掴んで懇願する。
「やめてあげてくれ! この子たちの親なんだ!」
「レオナート、あそこ!」
セリオンの鋭い目が、森の奥に魔力の光を見つけた。
「魔術の気配がするわ!」
「よし!」
二人が森へ突っ込むと、そこには羽と血にまみれた水晶が置かれた、禍々しい祭壇があった。
「召喚の祭壇……! けど、術師の気配はない。罠か!?」
「問答無用だ!」
レオナートが剣で水晶を叩き割り、セリオンが矢で羽根飾りを射抜く。祭壇は光を放って崩壊した。
だが――空の人面鳥は、一羽たりとも消えていない。
「やっぱり囮……!?」
「精鋭隊って名前だけじゃない! こんな時に役立たず!」
ペナミが舌打ちし、鳥の翼を短剣で切り裂く。だが、すぐに村人に押さえつけられた。
「やめて! 私の弟を殺さないで!」
その時だった。広場の奥から、あの紫衣の男――ヘンケル司祭が、静かに姿を現した。
遠巻きに見ていた正規軍の兵士たちが、彼に敬礼し、後ずさる。
「聖女エレノア。今こそ、高位呪文を使うのです。」
ヘンケルの冷たい銀色の瞳が、エレノアを射抜いた。
「ソリスの光で、この穢れた魂を神の御許へ導きなさい」
「高位呪文……浄化の技ですか!? でも、この鳥は村人たちの……!」
エレノアが怯むと、ヘンケルは穏やかだが、有無を言わせぬ口調で続けた。
「迷いは穢れだ。――不浄は清められ、神の元へ還るのです。さあ、修行の成果を示しなさい。」
「ソリスよ……導きたまえ……」
エレノアは唇を噛み、祈りを紡ぎ始める。
「聖なる光よ、穢れを払い、清め給え――《ディヴォナ・エクスプルガ》!」
眩い光が広場を包み、人面鳥の群れが、塩の彫刻のように白く固まり地に落ちた。そして、風と共に崩れ落ちていく。
その一瞬、村人たちは凍りついた。やがて起きたことを受け入れ、静寂を破る慟哭が村に響いた。少年たちは塩の残骸をかき集めながら嗚咽を漏らした。
エレノアは、震える足で踏みしめ、叫んだ。
「これで良いのです! 彼らはソリスの御許に召されたのですから!」
その声は、ひどく虚ろだった。
次の瞬間、エレノアの身体がぐらりと傾く。
「エレノア!?」
レオナートがエレノアに駆け寄ると、彼女の瞳が銀色に輝いていた。
デミールが息をのむ。
(あの銀色の光……まさか、魔王城にいた悪霊と同じ……!? なぜ今更エレノアに……!)
エレノアは糸が切れたように倒れ、レオナートの腕に抱えられる。
「……レオナート……デミール……」
再び目を開けた時、瞳の光は消えていた。
デミールは振り返り、ヘンケルを睨みつける。司祭は、ただ静かに微笑むと、紫の衣を翻して去っていった。
朝靄の中、塩の粉塵が舞い、村人たちの泣き声だけが響いていた。
「んーっ! このパン、石みたいに硬い!」
貸家の埃っぽい食堂で、ペナミが不満げにパンをかじる。
「文句言うな。ここにはパン窯がねえんだから、市場で買ったパンで我慢しろ」
「魔王城のスープが恋しいよ…。王都の飯、見た目ばっかで、値段高いだけ。」
セリオンが銀髪を揺らし、笑って応じた。
「ほんとね。エルフ郷なら木の実と湧き水で十分なのに。人間の都は贅沢すぎて落ち着かないわ。」
その時だった。貸家の扉が、壊れるほど乱暴にノックされた。
「なんだ!?」
レオナートが扉を開けると、そこには王家の紋章をまとった騎士が、疲れと苛立ちを浮かべた顔で立っていた。
「王命である! 勇者レオナート、僧侶エレノア、魔法使いデミール! 即刻、ヴァルネ村へ向かい、魔王軍の残党を討て!」
騎士が巻物を突き出すと、ペナミが横から覗き込んで噛みついた。
「ちょっと! 王様ご自慢の『五十を超える精鋭隊』はどうしたわけ!? なんでまた、あたしたちがこき使われなきゃなんないのよ!」
騎士は、ペナミを鼻で笑った。
「怪物はあらかた片付けた。だがな、アレは……どうにも、気味が悪い」
「気味が悪い、ですって?」
エレノアが聞き返すが、騎士はそれ以上何も言わず、さっさと馬車で去ってしまった。
「正規軍が逃げ出すような化け物、か……」
レオナートが巻物を握りしめる。
「ハッ、王の精鋭部隊サマがビビって丸投げたってことか。いいご身分だな、王様ってのはよ」
デミールが悪態をついた。
「……ソリスよ、導きたまえ……」
エレノアは守護符を握り、祈りの言葉を呟いた。
ヴァルネ村に到着した一行は、空を舞う無数の異形を目にして言葉を失った。
半透明の人間の顔に、不釣り合いなほど長い翼が生えた、人面鳥の群れ。
「よう、オルセン……」
「おれ、生きてるよ、エルダ…」
虚ろな瞳、不気味に何かを囁く口。それは、この村の村人や、討伐に来た兵士たちの顔だった。
「父ちゃん……! やめて、戻ってきてよぉ!」
広場の端で泣き叫ぶ少年が、父親の顔を持つ鳥に手を伸ばす。
「オルセン、俺だよ……」
「危ない!」
レオナートが少年を庇おうとするが、少年は「邪魔するな!」とその手を振り払った。
「おい……マジで、こいつの親父なのか……?」
デミールが魔法を構え、火球を放つ。だが、鳥はふわりとそれを避けた。
その瞬間、デミールのマントの裾がぐい、と引かれる。
「やめて……父さんを、いじめないで……!」
小さな女の子が、涙の瞳でデミールを見上げていた。
(クソッ、子供に止められると……撃てねえだろうが!)
村人たちも駆け寄り、デミールの腕を掴んで懇願する。
「やめてあげてくれ! この子たちの親なんだ!」
「レオナート、あそこ!」
セリオンの鋭い目が、森の奥に魔力の光を見つけた。
「魔術の気配がするわ!」
「よし!」
二人が森へ突っ込むと、そこには羽と血にまみれた水晶が置かれた、禍々しい祭壇があった。
「召喚の祭壇……! けど、術師の気配はない。罠か!?」
「問答無用だ!」
レオナートが剣で水晶を叩き割り、セリオンが矢で羽根飾りを射抜く。祭壇は光を放って崩壊した。
だが――空の人面鳥は、一羽たりとも消えていない。
「やっぱり囮……!?」
「精鋭隊って名前だけじゃない! こんな時に役立たず!」
ペナミが舌打ちし、鳥の翼を短剣で切り裂く。だが、すぐに村人に押さえつけられた。
「やめて! 私の弟を殺さないで!」
その時だった。広場の奥から、あの紫衣の男――ヘンケル司祭が、静かに姿を現した。
遠巻きに見ていた正規軍の兵士たちが、彼に敬礼し、後ずさる。
「聖女エレノア。今こそ、高位呪文を使うのです。」
ヘンケルの冷たい銀色の瞳が、エレノアを射抜いた。
「ソリスの光で、この穢れた魂を神の御許へ導きなさい」
「高位呪文……浄化の技ですか!? でも、この鳥は村人たちの……!」
エレノアが怯むと、ヘンケルは穏やかだが、有無を言わせぬ口調で続けた。
「迷いは穢れだ。――不浄は清められ、神の元へ還るのです。さあ、修行の成果を示しなさい。」
「ソリスよ……導きたまえ……」
エレノアは唇を噛み、祈りを紡ぎ始める。
「聖なる光よ、穢れを払い、清め給え――《ディヴォナ・エクスプルガ》!」
眩い光が広場を包み、人面鳥の群れが、塩の彫刻のように白く固まり地に落ちた。そして、風と共に崩れ落ちていく。
その一瞬、村人たちは凍りついた。やがて起きたことを受け入れ、静寂を破る慟哭が村に響いた。少年たちは塩の残骸をかき集めながら嗚咽を漏らした。
エレノアは、震える足で踏みしめ、叫んだ。
「これで良いのです! 彼らはソリスの御許に召されたのですから!」
その声は、ひどく虚ろだった。
次の瞬間、エレノアの身体がぐらりと傾く。
「エレノア!?」
レオナートがエレノアに駆け寄ると、彼女の瞳が銀色に輝いていた。
デミールが息をのむ。
(あの銀色の光……まさか、魔王城にいた悪霊と同じ……!? なぜ今更エレノアに……!)
エレノアは糸が切れたように倒れ、レオナートの腕に抱えられる。
「……レオナート……デミール……」
再び目を開けた時、瞳の光は消えていた。
デミールは振り返り、ヘンケルを睨みつける。司祭は、ただ静かに微笑むと、紫の衣を翻して去っていった。
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