マグダレナの姉妹達

田中 乃那加

文字の大きさ
上 下
1 / 20

1.好奇心の猫に恋をする

しおりを挟む
暦は霜月、それも残り僅か。師走の声も間近に控え、朝の街は薄ら凍えつつあった。

 それでも朝に差した陽の光に慰めとばかりに暖められた掌を摩り歩く、一人の少年。
 彼の名は十都 譲治じゅうと じょうじ、この近くの土留高校どどめこうこうに通う一年生である。

 少年の見目は普通の男子高校生としては、わずかばかり逞しいものであった。
 冬なのに日焼けしたような褐色の肌に黒々とした短髪。さらに背は185程あり、がっしりとした体格は格闘家かアスリート顔負けである。
 さらにその容姿は、眉は濃く彫りが深い。知り合い曰く『胸焼けのしそうな濃い味の顔』らしいが、その実整っていてさながらハーフのようであった。

「ハァ……」

 譲治は首に巻いたマフラーの中で小さく息つく。
 寒空ながら蒼とした空は決して憂鬱なモノでは無いはずなのだ。しかし彼は今ため息をついている。
 それは今から迎えに行く彼の『親友』に纏わることであった。



「……眠い」
「お前なぁ」

 玄関のドアを開けて開口一番に発せられた言葉に、譲治は形ばかりの眉をひそめる。
 事実、眠そうに不機嫌そうに細められた目に寝癖の取れきれない髪。
 朝に弱い親友らしい、と内心微笑ましくさえ思っていたりする。

「また夜更かしか。ほら、髪」

 せっかく可愛い顔しているのに……とは言わなかった。
 その言葉は親友でも幼馴染でもない、恋人に囁くものだと彼には分かっていたから。
 
 ……どこからクシを取り出した譲治に、大人しく髪を直されている彼。
 少しクセのある髪は染めてもいないのに茶味がかっていた。
 猫のようなアーモンド型の目の中の瞳も、抜けるような肌も。全てわずかばかり色素が薄い。

 六道 六兎(ろくどう りくと)それが名前である。
 譲治の幼馴染であり親友、朝の弱い華奢なこの少年。
 実はその性格はとんでもないものであった。

「また妙な事に首突っ込んでねぇだろうな!?」

 ついでに六兎のマフラーを巻き直す譲治は、軽く睨み付けて言う。
 当の彼はほんの一瞬だけ、視線を泳がしてから。

「……ン。全っ然」

 と肩を竦める。
 
(あぁもう、こいつは!)

 苛立ち半分、諦め半分で本日何度目かになるため息を吐いた。

 『好奇心旺盛』それが六兎を構成する成分だと彼は思っている。
 物心着いた頃から見知っている、まさに兄弟のような仲であるが未だに譲治には理解出来ない。
 幼少期から 『何故』や『どうして』等の謎を追求してやまない子供であった。
 
 それが長じて、碌でもない方向に進化する。
 彼らの住む釣姫町つるべちょうで起こる事件……ストーカーや窃盗事件、放火事件や殺人事件にまで興味を示すようになった。
 いや、興味を示すまでなら良い。彼はその先の『犯人は誰』『動機は』『被害者、加害者の心理状態』にまで興味を示し、調べあげようとするのだ。

 ……まるで無鉄砲な素人探偵の出来上がりである。しかも彼には平均的な高校生よりわずかばかり高い知能指数と、偏狭的で且つ爆発的な行動力が備わっていた。
 それが六兎を事件捜査に掻き立てる。

「まさか先週あったひったくりか?」

 確か町の外れで多発している連続ひったくり犯が、まだ捕まっていないはずだ。と、譲治の朝から習慣となっている新聞拝読を元に彼が言えば。

「あれか……あれはもう終わった」

 と欠伸を噛み締める六兎。

「は!? まだ逮捕されてねぇだろ」
「……あー。商店街にさ。古本屋があるだろう」
「お、おぅ。あるな」

 町の中心地の商店街を頭に描きつつ、譲治は頷いた。

「あそこの次男。アイツだよ」
「えぇ? あの……」

 メガネを掛けてヒョロりとした青白い青年。確か彼らよりいくつか上で、近くの大学の大学生だが。

「もうやらないだろ。それにしてもあの度胸、後々役に立ちそうな人材だよなァ」
「まさかお前……」
「ん? 僕は警察に突き出すまでは趣味じゃあないぜ。あくまで犯人を見つけて、話を聞くまでだ」
 
 そう言って薄く笑う自分と同じ歳の男を、譲治は呆れ果てて見つめていた。
 つまり六道 六兎というのは、そういう人間なのだ。
 
 倫理観と恐怖と危機感のセンサーがぶっ壊れたとしか思えない、と譲治は考える。
 その性格のせいで幼馴染の彼は六兎が何度も危険に巻き込まれて、怪我または死にかける所を見てきた。
 その度に己をも渦中に投じて助け出して来ること幾度。

 譲治は嫌だったのだ。
 自分の幼馴染であり親友、そして想い人が自らの抗い難し『好奇心』を満たす欲の末に傷付くのが。

 ……そう、彼はこのイカれた幼馴染に恋焦がれている。

 六兎は容姿端麗。一見すれば可憐な美少女にみえるような容姿すらしていた。
 しかし譲治の胸を焦がすのは、その外見のみならずイカれ歪んだ性格だったり我儘な女王様然とした態度、それでいてふと見せる優しさだったりするのだから。

 譲治自身も、一般的男子高校生としては少し性格をしているのかもしれない。

「……まだかよ」

 髪を撫でる彼を、くすぐったそうに身動ぎしながら見上げる六兎。

「遅刻する」
 
 口を尖らせて偉そうな様子。生意気とも取れるその態度。

「へいへい。じゃ、行くか」
「ん」

 それでも決して譲治を遠ざける事は無い背中。
 
 ―――玄関の僅かな段差すら躓かないか注視する、この大きく逞しく不器用な男の心には秘められた恋が燻っていた。
しおりを挟む

処理中です...