Ωですがなにか

田中 乃那加

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いわゆるデートらしいですが3

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 水族館なんて幼い頃、一度だけ祖父母に連れて行ってもらったきりだ。
 あんまり覚えてないのが正直なところだし、こんなに綺麗だと思わなかった。

「あの魚は美味そう」
「君ってやつは」

 情緒の欠片もない男を横目で睨む。それから蒼くライティングされた、巨大水槽を見上げた。
 群れで泳ぐ小魚達や悠々闊歩するかの如くの大型魚も、どこかコミカルな動きの海老や蟹など。
 色鮮やかな珊瑚や熱帯魚も目に楽しい。

「あ、クラゲの水槽ある!」
「はしゃぎすぎだろ、ガキかよ」

 もうすっかり夢中になった僕は、たしかに子供みたいだったと思う。

 だってとにかく綺麗なんだもん。魚だけじゃなくて、水の揺らめきにだって目を奪われる。
 週末ってことで家族連れも多くて。子供たちにまじって水槽にかじりつく僕を、凪由斗は鼻で笑う。

「凪由斗もほら、クラゲ見てみなよ。別世界みたいだ」

 ふわふわ踊ってるみたい。照明もすごくて、水槽ごとに別の世界が広がってる。

「ほんと楽しそうだな」
「楽しいよ! 凪由斗は楽しくないの?」

 そう聞くと。

「どっちかっつーと」

 そう言って伸ばされる手。

「お前見てる方がおもしろい」

 ふんわりと頭、撫でられた。

「な、なんだよそれ」

 くすぐったいような、変な感じがして慌ててクラゲたちに視線を戻す。

「綺麗だな」
「うん」

 気まずいと思ってるのは僕だけみたいで、凪由斗は珍しく静かにつぶやく。

「水族館なんて、どこが楽しいんだって思ってた」
「え?」

 思いがけない言葉に見上げると、彼の横顔が青白い光に照らされてた。

「前に付き合ってた女がやたら夜景とか水族館デートがしたいって言うから。でも全然楽しくないじゃん。めんどくさいしでイライラしてた。部屋とかホテルでヤってた方がいい」

 うっわ、最低だ。こんな彼氏の元カノさんも気の毒。

「でもなんか今は、こんなのも悪くねぇなって」
「え……?」
「お前がそこらのアホガキみたく、はしゃいでんのも面白いし。まあなんだ、可愛く見えなくもない」
「なんだそれ」

 それってまるで僕を可愛いって思ってるみたいじゃないか。
 遠回しすぎるし、なにより癪に障る言い方のはずなのに。

「暁歩」
「!」

 ダメだ、胸が。胸がおかしい。
 なにこれ。心臓病にでもなっちゃったのかな。苦しいようなむず痒いような。変な感じがする。

「な、凪由斗は家族で水族館行ったことあるの?」

 変なことを口走る前に、僕は慌てて話題を変えた。

「ちなみにうちは両親が仕事で忙しくて、たまに祖父母が遊びに連れてってくれるんだけどさ。水族館には一度だけ。あ、でも小さくてほとんど覚えてないや。アシカだかイルカだかのショーでびっくりして半泣きの写真が残ってたくらい」
「お前らしいな」
「あはは」

 なに僕は焦ってるんだろ。でもなんか変な空気になるのが嫌だ。
 気づくのが嫌だったのかもしれない。

「俺も一度だけ母さんと行った」

 凪由斗がぽつりと言った。

「その時は楽しかった?」

 そう聞くと少し考えてから。

「多分な」

 と何故か寂しそうに笑う。

「俺の名前知って無反応なのはお前だけだ」
「ええっと、大企業のお坊ちゃんだっけ」
「そんないいもんじゃないけどな」

 その言葉を合図にするように、僕らはゆっくりとクラゲ水槽から離れて歩き出す。

「ここ最近なんだ、名前変わったの」

 苗字のことか。親の離婚とか再婚で変わるのは分かるけど。

「もともとは未婚で俺を産んだんだと。相手の男から、というか久遠家から逃げて」
「え?」
「余程とんでもねぇ男だったんだと思ったけど違った。そいつがαで、久遠家に養子に迎えられたと聞いて身を引いたって話。バカかと思った」

 凪由斗のお母さんはΩで、αの父親とはともに施設育ちだったらしい。
 高校卒業とともに施設を出たお母さんは、その一年後に身ごもった。

 でも相手の男性がαだと発覚してすぐ、施設から久遠家に引き取られることになった。だからひっそりと姿を消して、一人で息子を産み育てたということのようだ。

「母さんも最初はちゃんと男に認知させようって思ったらしいけど、久遠家の奴らに邪魔されてな」
「なんで」
「体裁がわるかったんだろ。優秀なαの息子が、何処の馬の骨ともわからないΩ男を孕ませるなんて」

 もしかして凪由斗がΩ男を抱かないって言ってた理由って。

「養育費はもらってたみたいだけど、それにほとんど手をつけないで俺を育ててた。朝から晩まで働いてな」

 プライド、なのかな。だとしたらすごく強い人だ、彼のお母さんは。

「監視もされてた。たまに妙な奴らと言い争いしてたし」
「なんでそんな」
「相手の男には死んだと伝えられてるんだと。だから母さんが男に接触しないように」

 そんな話をしながら、ふと行き着いたのは人のあまりいない水槽の前。
 深海魚のコーナーらしい。華やかさこそないけど、静かな空間が広がっていた。

「俺は奴らにとっては邪魔な存在だった」

 彼の表情が見えない。

「俺がαだと判明するまではな」

 αだと分かるとすぐに養子縁組の打診がされた。当然、断ろうとしたが。
 
「すぐ後に母さんが失踪した」

 突然のことだったらしい。

「どうせ久遠家の連中が糸引いてるんだろ。だから利用してやることにしたんだ」

 せいぜい金蔓として使い倒してやる、と憎まれ口叩くその声が少し震えてる気がした。

「電話がな、二ヶ月に一度来るんだ」

 僕はたまらず彼の手に触れると、応えるように握りしめられる。

「ごめんなさいって泣くんだ。俺がどこにいる、帰ってこいって言うと決まって。それでこの前、聞いちまった」

 やっぱり震えてる。繋いだ手からもそれが伝わってきた。

「後ろで男の声が、柚木ゆきって母さんの名前を呼んでた」
「まさかそれって」
「あれは俺の親父だって、なぜかすぐ理解できたよ」

 凪由斗がαだったから死んだとされてた彼の母親は、かつての恋人の元へ。
 でも残された彼は。

「結局、俺の存在が重荷になってたんだよな。母さんにとって」

 僕はどんな言葉を掛けてやればいいのか分からない。
 だからひたすら深海魚を眺めてた。

 本来なら暗く冷たい海の中の生き物達が、こうして僕らの目の前で生きている。それがとても不思議な気分だ。
 でもそう思うと、水族館自体がそうなのかもしれない。

「俺は、Ωが怖い」
「……」
「同時にαである自分が嫌いだ」
「凪由斗」
「お前は俺のこと怖くないか」

 怖いなんて思ったことない。そりゃムカつくし、大嫌いだとは何回も思った。でも、一度も怖いだなんて。

「凪由斗は怖くないよ。僕がそんなに弱い人間に見える?」
「弱っちいだろ、小さいし」
「小さくないよ! 君の図体がデカいだけだよ、バカ!!」

 また出た、憎まれ口。でもやっぱり本気で嫌じゃないんだよな。
 むしろ少し楽しいすらある。これが性別やバースを超えた友情だっていうなら、とても嬉しいことなんだけど。

「それに怖がられる自覚あるなら、その髪色どうにかしたら」

 あんまり頻繁に染めてたらハゲるぞと脅してやろうか。でも、赤も似合うもんな。

「やっぱり黒髪の男の方が好きか」
「僕?」

 なぜか心配そうに聞いてくる彼に、頭をひねる。

「うーん。好きになったら関係ないかな。人間は中身が大事だし」

 そう、やっぱり性格だよね。あとは価値観かな。付き合うのもだし――。

「結婚……」
「あ!?」

 しまった、つい口走った言葉に凪由斗が目をむく。

「い、いや。結婚ってどんな感じかなぁって。僕の親戚にもΩとαで結婚してる夫婦がいて、ずっと仲良くていいなぁって」

 もしかしなくても瑠衣さんのことだ。でもこの前、母さんと電話で相談受けてた。なんか二人目がとかなんとか言ってたけど、なんの事だったんだろう。

「……」
「それだけだから!」

 なにその反応。いや、感情読めない顔やめて!? 地味にやっちゃった感が――。

「したいのか、結婚」
「え?」

 そりゃまあいつかは。というかしなくてもいいんだけど、身の回りに親も含めて幸せそうな夫婦がいれば多少はね。
 あ、もちろん保育士になる夢をちゃんと叶えてからだよ。それが一番だし、あくまで出来たらしたいなっていう願望というか夢? みたいな。

 そんなことをゴニョニョ言っていると。

「お前アホなくせに、意外とちゃんとしてるんだな」

 だなんて。

「アホは余計」
「ふん」
「仕返しだっ、食らえ!」
「おい痛てぇぞ」

 ほんっと人をバカにする奴だな。でも肘鉄するだけで許してやった僕は、すごく優しいと思う。

 ……まあ、このあとすぐヘッドロックかけられたんだけど。


 

 


 

 
 
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