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3.どうやら恋敵が出来たらしい
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「あー、くそっ」
空を睨み付けて悪態をつく。
……朝まで、確かに晴れてたんだ。昼休みだって青空が拝めた。
放課後だって。十分位前までは『ちょっと曇ってきたかな?』ってレベルだった。
「カサ、持ってきてないし」
天気予報は見てくるべきだったか。いや、多分見ても持ってこなかったと思う。しつこいけど、あんなに晴れてたから。
「めんどくせぇ」
独りごちて、玄関でため息。
土砂降り近い雨足。アスファルトに跳ねる雫の群れを見ながら、こりゃずぶ濡れ覚悟だと観念する。
少し遅くまで学校に残ってたらこれだ。帰宅部の俺は、普段はもっと早く帰ってたのに。
……仕方ない、帰るか。
今度こそ覚悟を決めて、俺は水溜まりの溢れる中に一方踏み出そうとした。
「陸斗君」
背中にぶつかってきた声。聞き知ったそれに、まさかと振り返る。
「ゴリ……いや、吾郎」
五里合 吾郎の、やたら場所を取る身体が立っていた。
「あ。今ゴリラって言ったでしょ」
責めるような口調とは裏腹に、その顔は笑ってるし目も優しげだ。
2mほどの身長で見下ろしてくる男の手には、カサが二本。
「悪いかよ。高校生として有り得ないぜ、その体格」
「アハハ、酷いなぁ」
やっぱり大して酷いと思ってないような顔で笑ってから、ボソリと一言。
「……まぁ覚えてないかな」
「あ? なんの事だ」
問い正しても、今度は誤魔化し笑いしやがる。なんかすごくムカついて『あっそ』と言い捨てて、背中を向けた。
「一緒に帰ろ」
「ヤダ」
確かにカサ持ってる。でも、コイツと一緒に帰りたくない。
だってそうだろ、ゴリラだもん。しかも、婚約者を自称する変態ゴリラだ。保健所か動物園に通報しないだけ、マシだと思え。
「でもカサ、ないでしょ」
困ったような声と共に、巨体が隣に来る。
狭い、暑苦しい。やっぱり一緒に歩きたくない。
「無くても帰れる」
そうだ。ずぶ濡れになれば、帰れる。
「もう……意地っ張りだなぁ。変わんないね」
「あ゙? うっせぇな。元々の性格が変わるかよ」
「うんうん。それで良いよ、陸斗君は」
そう言うと、一本を俺に押し付ける。
「貸すから」
「要らねぇって」
ゴリラに情けを掛けられてたまるか。
後でバナナ10キロ要求されたら、どーすんだよ……ってのは冗談で。
「あー。濡れて帰ったら、おばさん怒るだろうねぇ」
「うっ」
確かにそうだ。しかも今朝、天気予報見た母さんに『カサ持ってけ』て言われたのに。
ギャーギャー言われるのは避けられない。
「ほら使いな」
「しかたねぇな……ありが、と」
借りたら礼を言うのは、当たり前のことだ。
なのにこのゴリラ。
「!」
急に顔を真っ赤にして、暫くうつむいた後。
「なにこれ、すごく……ここにクる」
そう胸を指差しながら、ゴチャゴチャ言いやがる。
なんだドラミングか、不整脈か。まさか照れてるのか。
訳わかんない。ゴリラのくせに、マッチョ男のクセに。
「な、なんだよ」
そんな反応されたら、こっちまで変に緊張しちまうだろ。
散々、手握ったりチューしたりしてきたのに。たった一言の 『ありがとう』でこのザマか。
「陸斗君、全然変わんない。すっごく良い子だなって」
「でも、意地っ張りなんだろ」
「そうだけどさ。そこが良いよ、君は」
「バッカじゃねーの」
……こんな男ほめて、何が楽しいんだか。
理解不能な俺は、受け取ったカサを開いて外に飛び出した。
「陸斗君っ、待ってよ!」
「早く来いゴリラ」
別に一緒に帰るんじゃない。同じ時間帯に、同じ道を、同方向に歩くだけだ
ただコイツの家は隣だし、後で返しに行くのが面倒だからだ。決して、一緒に並んで歩くためではない。
「ちょ、またゴリラって……」
自分のカサ(やけに小さく見えるのは、錯覚か?) を広げながら、デカい肩を小さくすくめてやって来た。
「あぁ、オランウータンか」
「少し類人猿から離れよう? ほら……ウサギとか」
「馬鹿言え、捕食する方じゃないか。全世界のウサギと、兎年の人に土下座しやがれ。このバカ野郎が」
「もうっ、酷いなぁ」
俺の罵倒も軽く受け流して、隣を歩く。
―――カサに当たる雨音が、心地いい。
少しだけ、雨の勢いがマシになったみたいだった。
足元を見がちになりながら、時折そっとアイツの方を盗み見する。
……顔は良いんだよ、顔は。
いや別に女じゃないから、男の顔なんてどーでもいいけどな。
「ん?」
あ、バレた。いくら傘で隠してても、アイツの顔の位置が高すぎるのが良くない。
ていうか……顔だけ見てると、あの『アイちゃん』なんだよなぁ。でもあの頃の方がやっぱり可愛かった。
「別に。なに食ったら、そんなにデカくなるわけ?」
俺だって、ここまでのゴリラは嫌だけど筋肉は付けたい。だって女の子って、男らしい男が好きだろ? あと高身長も羨ましいっちゃあ、羨ましい。
「ええっと、タンパク質中心だったかな」
「ガチじゃないか……」
「まぁそれなりに、ね」
なにがコイツを駆り立てたんだよ。でも高校生で、ここまでガチムチになっちまうのも凄い。きっと体質もあるんだろうな、なんて思う。
「陸斗君は、部活入んなかったの?」
「んー……まぁな」
俺はこの通り、熱中する事がない。
理由の一つは、すぐに来るこの無気力のせいだ。
この時期が来れば必要最低限以外、何もしたくない。本当は食事も億劫になる。ひたすら眠っていたいくらいなんだ。
でもそういう訳にはいかない。
だから鉛のような身体引きずって、無理にでも生活するハメになる。
こればかりは誰に相談しても、笑われるか心配されるか……酷いと『やる気がないだけ』と怒られる始末。
「陸斗君。相変わらず調子良くない時、あるんだね」
「あ? あー、吾郎には言ってたんだっけな」
正しくは『アイちゃん』に、だけど。
「うん。だって陸斗君、本当に辛そうだったから」
「覚えてたのか」
朝起きるのも辛い俺に、アイちゃんは優しかった。
起こしてくれるのはもちろん、着替えも手伝ってくれて。食事だって、口に運んでくれるほどのかいがいしさ。
日常生活で、かなり助けてもらったんだよなぁ。だから俺がアイちゃんに惚れたのは、別に顔だけじゃない。
その優しさと明るい性格と……まぁ面倒見のいい子って好きなんだ。
「今も無理してるんでしょ」
「別に。慣れた」
無理はしてる、かも。でもそれは、俺だけが思ってる事らしい。皆同じだよ、と何度さとされた事か。
「本当にえらいね。陸斗君は」
えらい? 初めて言われた。
他人から見れば最低限の生活だ。ほめられる事なんてなかった……あ。
「アイちゃん、前も褒めてくれた」
そう口に出してから『しまった』と思った。
俺にとって、このゴリラはアイちゃんじゃないのに。
「陸斗君」
急に真剣な声で名を呼んだ。そして止めた足に合わせて、俺も立ち止まる。
「僕も変わってないんだよ、全然」
なぜかその表情は、うかがい知れなかった。下げたカサに隠れて、ギリギリ見えた口元は笑っていたのかもしれない。
「変わったじゃねぇか」
だってあの頃は、こんなに逞しくなかった。
細くて可憐で可愛くて。俺の理想の……ん?
ふと感じた違和感に、思考を止める。なんだろ、なんか違う気がする。何がって言うと困るけど。
「ううん。変わってない。僕も、陸斗君も」
そうなのか、じゃあそうなんだろう。なんだだか少し頭が痛むのは、雨だからか? 低気圧ってやつ。
小さく息を吐いた時だった。
「あ、あの人」
道向かいのコンビニの前。降り注ぐ雫から逃れるように、ピッタリと店に張り付いて立ってる女の子。
「うちの学校だな」
制服を見たらすぐ分かる。
そう口にした俺に『同じクラスだ』と今度は吾郎が呟く。
「じゃあ後輩か……あ。可愛い」
ボブヘアで、前髪は眉上のパッツン。目つきは少し悪くて、難しい表情してるのがまた整った顔に似合っている。
「ふーん。よく見えるね」
渋い声の彼を、鼻で笑う。
俺は目良いんだよ。特に、可愛い女の子を見る時は。
「あぁいうのがタイプ?」
「んー……基本女の子、どれもタイプ」
本当はもっと目が大きくて。大和撫子? 的な感じ。色素は少し薄くて……って。アイちゃんだな、これ。
初恋をいまだ引きずってる、女々しい自分を再確認させられた気分。
でもまぁ、男ってそういうとこあるだろ?
「あの子、カサ無くて困ってるのかな」
「そうだろうな」
吾郎の言葉に頷く。
さて、ここでどうするか。勿論決まってる。
「えっ、どこ行くの!?」
突然歩き出すと、彼が戸惑った声を上げた。
「決まってるだろ、カサ貸してくる」
「又貸しするつもり?」
「あ……」
忘れてた。これ、俺のじゃなかった。じゃあ。
「買いに行く。買ってわたせば問題ない」
瞬時に解決策を叩き出して、歩みを止めず道を渡ろうと足を踏み出した―――。
「っ、陸斗君!!!」
「!!」
突然、鋭い声と共に手を掴まれる。そのまま後ろに仰け反るが、転けることはなかった。
「うぉッ!? 何すん……」
「車、気を付けて」
俺の身体を、後ろから軽く支えたのは逞しい胸筋らしい。
開いたまま転がったカサが2つ。それと、そこそこのスピードで通り過ぎる軽自動車と。
「いつも言われてたでしょ」
「ゔ……すまん」
まるでガキの頃みたいだ。
アイちゃん。可愛い顔して、年上の俺を叱ってくれたもんなぁ。
ついつい懐かしさで素直に謝る俺に、アイツは一瞬目を丸くしてから『良い子』とほほえんだ。
「ほら、慌てないの。一緒に行こ」
宥めるように言われて、傘を手渡される。
なんだか少し、情けない気分。
「カサは、又貸ししていいからね」
「え?」
……なんだ。さっきは、惜しむような感じだったじゃないかよ。
相変わらず眉を下げる顔を、マジマジと見るけどよく分からん。
―――そうこうする内に、コンビニの前。
やっぱり、遠くで見たとおりクール系の可愛い女子。
制服もうちの学校だし、俺たちを見て『あっ』と声を上げたのを聞いた。
「五里合君」
「やぁ、伍代さん」
女子の目が、少しだけ見開かれる。
「あ。陸斗君、彼女はクラスメイトの伍代 華子さんだよ」
「……ども」
お世辞にも目付きが良いとは言えない。
俺はそのなんとも良くない空気に、少し怖気付いた。女の子に初対面でこんなに警戒されたのって、正直初めてだったから。
「あ、彼はね」
「知ってますよ。三年の岸辺陸斗、有名ですから」
その冷たい視線を外すことなく、そう口を挟んだ。
その言葉の引っ掛かりに内心汗をかく。
「ゆ、有名って」
恐る恐る口を開いた俺に今度は、ふっと冷笑じみた表情が向けられた。
「お二人、許嫁だか婚約中だとか。ようするに、恋人同士なんですよね」
「!?」
「でもこの日本においては、同性で婚姻を結ぶ事は出来ません。となると養子縁組するか、いっその事同性婚が可能な国の、国籍取得ですかね。どちらにせよ、イバラの道には変わりありませんが……」
「えぇぇぇぇっ、ちょ、待って待って!?」
淡々とトンデモ無いことを言う彼女を、必死で遮る。
なんか色々誤解してないか!? いや、端的に言えば誤解とは……いやいやいや、誤解だ誤解。大誤解だッ。
「お、俺は別にホモじゃないからね!? 結婚の云々も、コイツが勝手に……」
「別に恥じらいとか、そういうの良いで」
「いや、だからね……」
「それなら、彼を私に下さい」
「!?!?!?!?」
彼女が、真面目な顔で言い放った。
その言葉に面食らったのは、隣に立ってる吾郎も同じだったらしい。
「ご、伍代、さん?」
「華子でいいですよ、陸斗さん」
「は、華子、さん……」
「華子で」
「華子。君はもしかして、コイツの事を……」
「えぇ、好きですよ?」
その後に『ですけど何か?』って言いたげだ。
つまりその……そういう事、らしい。
「つまり」
「あっ!」
サッと俺の手から、傘をひったくった彼女。
それをクルリと一回し。そして、その薄い口元だけの笑みを作って言った―――。
「私と陸斗さんは、恋のライバルってヤツです」
空を睨み付けて悪態をつく。
……朝まで、確かに晴れてたんだ。昼休みだって青空が拝めた。
放課後だって。十分位前までは『ちょっと曇ってきたかな?』ってレベルだった。
「カサ、持ってきてないし」
天気予報は見てくるべきだったか。いや、多分見ても持ってこなかったと思う。しつこいけど、あんなに晴れてたから。
「めんどくせぇ」
独りごちて、玄関でため息。
土砂降り近い雨足。アスファルトに跳ねる雫の群れを見ながら、こりゃずぶ濡れ覚悟だと観念する。
少し遅くまで学校に残ってたらこれだ。帰宅部の俺は、普段はもっと早く帰ってたのに。
……仕方ない、帰るか。
今度こそ覚悟を決めて、俺は水溜まりの溢れる中に一方踏み出そうとした。
「陸斗君」
背中にぶつかってきた声。聞き知ったそれに、まさかと振り返る。
「ゴリ……いや、吾郎」
五里合 吾郎の、やたら場所を取る身体が立っていた。
「あ。今ゴリラって言ったでしょ」
責めるような口調とは裏腹に、その顔は笑ってるし目も優しげだ。
2mほどの身長で見下ろしてくる男の手には、カサが二本。
「悪いかよ。高校生として有り得ないぜ、その体格」
「アハハ、酷いなぁ」
やっぱり大して酷いと思ってないような顔で笑ってから、ボソリと一言。
「……まぁ覚えてないかな」
「あ? なんの事だ」
問い正しても、今度は誤魔化し笑いしやがる。なんかすごくムカついて『あっそ』と言い捨てて、背中を向けた。
「一緒に帰ろ」
「ヤダ」
確かにカサ持ってる。でも、コイツと一緒に帰りたくない。
だってそうだろ、ゴリラだもん。しかも、婚約者を自称する変態ゴリラだ。保健所か動物園に通報しないだけ、マシだと思え。
「でもカサ、ないでしょ」
困ったような声と共に、巨体が隣に来る。
狭い、暑苦しい。やっぱり一緒に歩きたくない。
「無くても帰れる」
そうだ。ずぶ濡れになれば、帰れる。
「もう……意地っ張りだなぁ。変わんないね」
「あ゙? うっせぇな。元々の性格が変わるかよ」
「うんうん。それで良いよ、陸斗君は」
そう言うと、一本を俺に押し付ける。
「貸すから」
「要らねぇって」
ゴリラに情けを掛けられてたまるか。
後でバナナ10キロ要求されたら、どーすんだよ……ってのは冗談で。
「あー。濡れて帰ったら、おばさん怒るだろうねぇ」
「うっ」
確かにそうだ。しかも今朝、天気予報見た母さんに『カサ持ってけ』て言われたのに。
ギャーギャー言われるのは避けられない。
「ほら使いな」
「しかたねぇな……ありが、と」
借りたら礼を言うのは、当たり前のことだ。
なのにこのゴリラ。
「!」
急に顔を真っ赤にして、暫くうつむいた後。
「なにこれ、すごく……ここにクる」
そう胸を指差しながら、ゴチャゴチャ言いやがる。
なんだドラミングか、不整脈か。まさか照れてるのか。
訳わかんない。ゴリラのくせに、マッチョ男のクセに。
「な、なんだよ」
そんな反応されたら、こっちまで変に緊張しちまうだろ。
散々、手握ったりチューしたりしてきたのに。たった一言の 『ありがとう』でこのザマか。
「陸斗君、全然変わんない。すっごく良い子だなって」
「でも、意地っ張りなんだろ」
「そうだけどさ。そこが良いよ、君は」
「バッカじゃねーの」
……こんな男ほめて、何が楽しいんだか。
理解不能な俺は、受け取ったカサを開いて外に飛び出した。
「陸斗君っ、待ってよ!」
「早く来いゴリラ」
別に一緒に帰るんじゃない。同じ時間帯に、同じ道を、同方向に歩くだけだ
ただコイツの家は隣だし、後で返しに行くのが面倒だからだ。決して、一緒に並んで歩くためではない。
「ちょ、またゴリラって……」
自分のカサ(やけに小さく見えるのは、錯覚か?) を広げながら、デカい肩を小さくすくめてやって来た。
「あぁ、オランウータンか」
「少し類人猿から離れよう? ほら……ウサギとか」
「馬鹿言え、捕食する方じゃないか。全世界のウサギと、兎年の人に土下座しやがれ。このバカ野郎が」
「もうっ、酷いなぁ」
俺の罵倒も軽く受け流して、隣を歩く。
―――カサに当たる雨音が、心地いい。
少しだけ、雨の勢いがマシになったみたいだった。
足元を見がちになりながら、時折そっとアイツの方を盗み見する。
……顔は良いんだよ、顔は。
いや別に女じゃないから、男の顔なんてどーでもいいけどな。
「ん?」
あ、バレた。いくら傘で隠してても、アイツの顔の位置が高すぎるのが良くない。
ていうか……顔だけ見てると、あの『アイちゃん』なんだよなぁ。でもあの頃の方がやっぱり可愛かった。
「別に。なに食ったら、そんなにデカくなるわけ?」
俺だって、ここまでのゴリラは嫌だけど筋肉は付けたい。だって女の子って、男らしい男が好きだろ? あと高身長も羨ましいっちゃあ、羨ましい。
「ええっと、タンパク質中心だったかな」
「ガチじゃないか……」
「まぁそれなりに、ね」
なにがコイツを駆り立てたんだよ。でも高校生で、ここまでガチムチになっちまうのも凄い。きっと体質もあるんだろうな、なんて思う。
「陸斗君は、部活入んなかったの?」
「んー……まぁな」
俺はこの通り、熱中する事がない。
理由の一つは、すぐに来るこの無気力のせいだ。
この時期が来れば必要最低限以外、何もしたくない。本当は食事も億劫になる。ひたすら眠っていたいくらいなんだ。
でもそういう訳にはいかない。
だから鉛のような身体引きずって、無理にでも生活するハメになる。
こればかりは誰に相談しても、笑われるか心配されるか……酷いと『やる気がないだけ』と怒られる始末。
「陸斗君。相変わらず調子良くない時、あるんだね」
「あ? あー、吾郎には言ってたんだっけな」
正しくは『アイちゃん』に、だけど。
「うん。だって陸斗君、本当に辛そうだったから」
「覚えてたのか」
朝起きるのも辛い俺に、アイちゃんは優しかった。
起こしてくれるのはもちろん、着替えも手伝ってくれて。食事だって、口に運んでくれるほどのかいがいしさ。
日常生活で、かなり助けてもらったんだよなぁ。だから俺がアイちゃんに惚れたのは、別に顔だけじゃない。
その優しさと明るい性格と……まぁ面倒見のいい子って好きなんだ。
「今も無理してるんでしょ」
「別に。慣れた」
無理はしてる、かも。でもそれは、俺だけが思ってる事らしい。皆同じだよ、と何度さとされた事か。
「本当にえらいね。陸斗君は」
えらい? 初めて言われた。
他人から見れば最低限の生活だ。ほめられる事なんてなかった……あ。
「アイちゃん、前も褒めてくれた」
そう口に出してから『しまった』と思った。
俺にとって、このゴリラはアイちゃんじゃないのに。
「陸斗君」
急に真剣な声で名を呼んだ。そして止めた足に合わせて、俺も立ち止まる。
「僕も変わってないんだよ、全然」
なぜかその表情は、うかがい知れなかった。下げたカサに隠れて、ギリギリ見えた口元は笑っていたのかもしれない。
「変わったじゃねぇか」
だってあの頃は、こんなに逞しくなかった。
細くて可憐で可愛くて。俺の理想の……ん?
ふと感じた違和感に、思考を止める。なんだろ、なんか違う気がする。何がって言うと困るけど。
「ううん。変わってない。僕も、陸斗君も」
そうなのか、じゃあそうなんだろう。なんだだか少し頭が痛むのは、雨だからか? 低気圧ってやつ。
小さく息を吐いた時だった。
「あ、あの人」
道向かいのコンビニの前。降り注ぐ雫から逃れるように、ピッタリと店に張り付いて立ってる女の子。
「うちの学校だな」
制服を見たらすぐ分かる。
そう口にした俺に『同じクラスだ』と今度は吾郎が呟く。
「じゃあ後輩か……あ。可愛い」
ボブヘアで、前髪は眉上のパッツン。目つきは少し悪くて、難しい表情してるのがまた整った顔に似合っている。
「ふーん。よく見えるね」
渋い声の彼を、鼻で笑う。
俺は目良いんだよ。特に、可愛い女の子を見る時は。
「あぁいうのがタイプ?」
「んー……基本女の子、どれもタイプ」
本当はもっと目が大きくて。大和撫子? 的な感じ。色素は少し薄くて……って。アイちゃんだな、これ。
初恋をいまだ引きずってる、女々しい自分を再確認させられた気分。
でもまぁ、男ってそういうとこあるだろ?
「あの子、カサ無くて困ってるのかな」
「そうだろうな」
吾郎の言葉に頷く。
さて、ここでどうするか。勿論決まってる。
「えっ、どこ行くの!?」
突然歩き出すと、彼が戸惑った声を上げた。
「決まってるだろ、カサ貸してくる」
「又貸しするつもり?」
「あ……」
忘れてた。これ、俺のじゃなかった。じゃあ。
「買いに行く。買ってわたせば問題ない」
瞬時に解決策を叩き出して、歩みを止めず道を渡ろうと足を踏み出した―――。
「っ、陸斗君!!!」
「!!」
突然、鋭い声と共に手を掴まれる。そのまま後ろに仰け反るが、転けることはなかった。
「うぉッ!? 何すん……」
「車、気を付けて」
俺の身体を、後ろから軽く支えたのは逞しい胸筋らしい。
開いたまま転がったカサが2つ。それと、そこそこのスピードで通り過ぎる軽自動車と。
「いつも言われてたでしょ」
「ゔ……すまん」
まるでガキの頃みたいだ。
アイちゃん。可愛い顔して、年上の俺を叱ってくれたもんなぁ。
ついつい懐かしさで素直に謝る俺に、アイツは一瞬目を丸くしてから『良い子』とほほえんだ。
「ほら、慌てないの。一緒に行こ」
宥めるように言われて、傘を手渡される。
なんだか少し、情けない気分。
「カサは、又貸ししていいからね」
「え?」
……なんだ。さっきは、惜しむような感じだったじゃないかよ。
相変わらず眉を下げる顔を、マジマジと見るけどよく分からん。
―――そうこうする内に、コンビニの前。
やっぱり、遠くで見たとおりクール系の可愛い女子。
制服もうちの学校だし、俺たちを見て『あっ』と声を上げたのを聞いた。
「五里合君」
「やぁ、伍代さん」
女子の目が、少しだけ見開かれる。
「あ。陸斗君、彼女はクラスメイトの伍代 華子さんだよ」
「……ども」
お世辞にも目付きが良いとは言えない。
俺はそのなんとも良くない空気に、少し怖気付いた。女の子に初対面でこんなに警戒されたのって、正直初めてだったから。
「あ、彼はね」
「知ってますよ。三年の岸辺陸斗、有名ですから」
その冷たい視線を外すことなく、そう口を挟んだ。
その言葉の引っ掛かりに内心汗をかく。
「ゆ、有名って」
恐る恐る口を開いた俺に今度は、ふっと冷笑じみた表情が向けられた。
「お二人、許嫁だか婚約中だとか。ようするに、恋人同士なんですよね」
「!?」
「でもこの日本においては、同性で婚姻を結ぶ事は出来ません。となると養子縁組するか、いっその事同性婚が可能な国の、国籍取得ですかね。どちらにせよ、イバラの道には変わりありませんが……」
「えぇぇぇぇっ、ちょ、待って待って!?」
淡々とトンデモ無いことを言う彼女を、必死で遮る。
なんか色々誤解してないか!? いや、端的に言えば誤解とは……いやいやいや、誤解だ誤解。大誤解だッ。
「お、俺は別にホモじゃないからね!? 結婚の云々も、コイツが勝手に……」
「別に恥じらいとか、そういうの良いで」
「いや、だからね……」
「それなら、彼を私に下さい」
「!?!?!?!?」
彼女が、真面目な顔で言い放った。
その言葉に面食らったのは、隣に立ってる吾郎も同じだったらしい。
「ご、伍代、さん?」
「華子でいいですよ、陸斗さん」
「は、華子、さん……」
「華子で」
「華子。君はもしかして、コイツの事を……」
「えぇ、好きですよ?」
その後に『ですけど何か?』って言いたげだ。
つまりその……そういう事、らしい。
「つまり」
「あっ!」
サッと俺の手から、傘をひったくった彼女。
それをクルリと一回し。そして、その薄い口元だけの笑みを作って言った―――。
「私と陸斗さんは、恋のライバルってヤツです」
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大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
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