アルファが僕を選ばない10の理由

田中 乃那加

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暇な休日のあとには波乱万丈

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 休みだからって予定が詰まっている訳でもない。
 まして恋人がいるわけでもない陰キャ男子高校生の休日は本当に味気のないもので。

「勉強……って気分でもないしなぁ」

 伊織は惰性でするゲームを前に独り言をつぶやく。
 特に上手いわけではないが、かと言って特別下手くそという訳でもなく。まあまあ楽しめるレベルといったところか。

 オンラインのアクションゲームはもはや作業感満載の時間なわけだが。

「……」

 ――そろそろ飽きてきたなぁ。

 ため息をついて終了。ベッドにそのまま倒れ込んだ。

「ああああ」

 暇になればなるほど余計な考えが頭をよぎる。

 ――まず恭弥くんのこと……。

 透龍があんな足ざまに彼のことをいうのはかなり腹が立ったが否定できないのも事実で。

「でも別に悪い人じゃないし!」

 思わず小声でつぶやくのは本音だ。
 しかしそこで気付いてしまった。

 自分が彼の何も知らないことを。
 噂では色々聞いている。家柄が良くて金持ちだとか、なのにどうしてこんな市立高校に通っているかというと有名私立中学 (もちろん金持ち御用達のところだ)で理事長の孫娘だかに手を出して問題になったとか。

 または以前、オメガを同時進行で数人孕ませたがそれを金とコネで揉み消しているだとか。
 果ては高校生にして私生児が二桁を超えているだとか。

 荒唐無稽ともいえる噂話だけがまことしやかに流れている。
 
 こんなクラスの端っこにいる陰キャ三軍男子の耳に入るくらいだ。もっとえげつない話は腐るほどあるのだろう。

 ――それでも。

 盲目になるのはやはり自分に向けられる不器用だが優しい眼差しを知っているから。
 でもそれは過去の女の子たちに対するものとは決定的に違うというのも。

 だって自分は男だしベータだからだ。

「……オメガ、かぁ」

 もし自分がオメガだと診断されたら、と想像を巡らせる。

 きっと定期的にくる発情期や飲まなければいけない抑制剤は大変だろう。

 ――でも。

 布団の上で寝返りをうつ。

「僕なら幸せかも……」

 いくら遊ばれたとしても好きな人の子どもを産めるなら。それは所詮男として生きてきた彼の浅はかで幼稚な考えなのだろうが。

 それくらい恋愛に対して臆病で諦めたくて、それでいてどこかでは欲しくて仕方なかったのだ。

 ――でも口にさえしなきゃ友達くらいではいられるよね?

 初恋は目の前で嘲笑されぐちゃぐちゃに目の前で踏みにじられたからなのだろう。
  
 イジメの発端は小学校から仲良くしていた親友に、自分の性的嗜好と好きな人がクラスメイトの中にいるということを恥じらいながら打ち明けた事だった。

 次の日にはまたたく間にその話があることないことの尾鰭を付けて広まり、親友はイジメの首謀者になって嫌がらせを始めたのだ。

 このことは伊織の心に確実に傷を残しており、だからこそ恭弥のあからさまな態度にも気付かずそれどころか嫌われることを恐れている。

 ――このままが幸せなんだ。

 病院になんていきたくない。姉はこの件に対してまったく何も口にしなかった。
 デリケートな事だから機会をうかがっているのか、それとも彼女もまた懐疑的なのか。

 かと言ってこちらから切り出す勇気もなく。

 ――なんか……どうすればいいかわかんないや。

 どうもしたくないが、どうにかしなきゃいけない気もする。そんなモヤモヤとしたモノが胸の中に広がった。

 そうしてふと、伊織は枕元から綺麗に折りたたまれたを取り出す。

「……」

 それに顔を寄せて小さく呼吸をすると、鼻腔をくすぐる香りに目を閉じて感じ入った。

 ――いい匂い……恭弥くんに知られたら絶対に嫌われるだろうけど……。

 あの時受け取ったハンカチはやはり心の安定剤代わりとなっていた。

 特にほのかに感じる匂いになんとも心が安らぐのだ。
 あまりずっと嗅いでいると安らぎを通り越して胸がドキドキしてなにやら妙な気分になるのだが。

「そろそろ洗濯しなきゃなぁ」

 誰に言うともなく独りごちた。
 洗ったらきっと匂いは消えてしまうだろう。それはとても寂しいが、薄汚れてしまうのも嫌だった。

 ――もっと……匂いの強い……服とか……。

 欲しい、と心の中で呟いた途端。

「!?」

 スマホが着信を知らせて飛び上がった。

「わっ、わっ、わっ!?」

 慌てるあまりスマホの持ち方さえ忘れそうになりつつ、なんとか画面を覗き込んだ。

「……へ?」

 それはさっきまで思い描いていた相手で。
 一気に襲ってくる罪悪感と羞恥心にすべて放り出して頭を抱えてしまいそうになる、が気を振り絞って通話に出た。

「もしもし」
『っうぉ!! お、おう!?』
「え?」

 電話の向こうもなにやらテンパっている様子。それでようやく少しこちらは冷静になってくる。

「あ、あの。恭弥くんだよね?」
『……ソウダ』
「ええっと、どうしたのかな」
『イマ、イイカ』

 今度は棒読みだしカタコトだしで挙動不審なのが電話越しでも伝わってきた。伊織はいよいよ頭をかしげつつ。

「恭弥くんどうしたの、大丈夫?」

 なんて優しく声をかけてみた。
 すると向こうでなにか盛大にひっくり返すような、だれかがすっ転ぶような音がしてからすぐに。

『伊織ちゃん元気ぃ~?』

 と元気な声が響いて驚いた。

「ま、稀美さん!? なんで……」

 とここで胸がグッと詰まる。

 ――そりゃそっか。

 この二人が一緒にいるなんて不思議でもなんでもない。
 自分は嫉妬する権利さえないんだと思い知らされて自嘲の笑いさえする気にならなかった。

 しかしそんな伊織の胸の痛みなんて知りもしない、天真爛漫な彼女の声が耳に入っていく。

『えっとね~! 明日は空いてる?』
「明日? 空いてる、けど」
『良かった!! じゃあ迎えに行くね!』
「……へ?」

 ――ムカエニイクネ???

 言葉がうまく頭に入ってこない。
 思考停止しているうちに稀美の流暢に話す言葉だけが流れてきて、やっと拾った内容によると。

『明日、以前から言ってた映画に行くから迎えに行くね!』

 ということらしい。

「映画……」

 そういえば少し前に山口も言っていたのを思い出す。
 とある漫画原作アニメ化済みの実写映画をみんなで見に行きたいという事だった。

 そのために事前準備として漫画にアニメに履修に余念がなかったとか。
 時間も告げられたが、伊織は辛うじてそれだけは頭に叩き込んで。

「あ、うん。わかった」

 とだけ答えた。
 稀美はまだなにか言ってたが通話の向こうでなにやらトラブルがあったらしい。ガタガタと耳障りな雑音の後に。

『俺が! 迎えに行くからな! 絶対に! 逃げるなよ!!!』

 とデジャブのようなことを叫んだのは恭弥だった。音割れするわひどい音質なのに、彼の声というだけで嬉しくなる自分がひどく滑稽だった。

『……稀美ッ、ふざけんなスマホ返せ! ……くそっ、お前らふざけんなよ! 離せッ、おい!!! 伊織ぃぃぃぃ!!!』

 ドタバタと騒音が聞こえて最後には何故か遠くなっていく声。でも確かに彼の名前を呼んだ後ですぐ稀美が電話口に出る。

『というわけで明日お迎えにあがりまーす♡』

 で電話が切れた。

「???」

 ――なんだこれ。

 まったく状況がつかめない中、まるでひどいイタズラ電話を受けたような気分で伊織はしばらく呆然とベッドに座り込んでいた。
 
 ともあれ明日の予定は決まったらしい。
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