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大丈夫≠大丈夫
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あの日から伊織は学校に行けなくなった。
それどころか家から出る事もままならなく、引きこもり状態から二週間ほど経過している。
『伊織、大丈夫なの?』
締め切った部屋のドアから姉である綾萌の声が鈍く響く。
しかしなにも返せず沈黙する彼は、ベッドの上でタオルケットにくるまって震えていた。
――ごめんなさい……ごめんなさい……。
できる限り小さくなってこのまま消えてしまえたらどれだけ楽だろうか。
そんなことを考えるくらい、伊織は追い詰められていた。
発端はやはり怜央との再会。
そしてかつてのイジメ首謀者である元親友が地元に戻ってきているということを聞いてから。
あれから何度も悪夢はみた。
日に日に寝るのが怖くなり、それでも落ちるように眠った夜はすぐに魘され飛び起きるという負のループ。
――どうすればいいんだろう。
学校にも行けなくなった。
外に出れば見つかるかもしれない。そうなればどんな目に遭うか。
想像するだけで身の毛のよだつ気分であった。
「う……ぅ……」
すすり泣く声はきっとドアの向こうには届かない。
そうであってくれと祈りながらも、枕に顔を埋めるようにして泣くことが増えた。
綾萌に心配かけているのは充分理解しているがどうしようもなく。身体と心が悲鳴をあげてしまっている。
――僕は最低だ。
こうやってまた一番大切な人に心配させて、それでも動けずにいるなんて。
スマホも部屋のすみに放ってしまっていた。
夏休みがもうすぐ始まるというのに登校出来ない自分を気にかけて、LINEまでくれる人達がいるというのに。
「なんで」
今まで必死にやってきたじゃないか。平凡で平和な生活を守って、楽しんできたというのに呆気なく崩れていくなんて。
「ひぐっ……ぅ……うぅ……ぐすっ……」
大粒の涙が溢れては流れて、頬やベッドシーツを濡らしていく。
懸命に守ってきた時間だってあっという間に転落して崩れていく。もうこんな思いになりたくなかったのに。
――ああ、まただ。
着信を告げる電子音。
LINEなら放っておくがこればかりはそうにはいかない。
シーツを頭からかぶったままの緩慢な動きで、伊織は部屋のすみに落ちてるスマホを拾い上げた。
「電話……電話……」
辛抱強くなり続けるそれを操作し、ようやく耳に当てる。
すると覚えのある声が優しく。
『オレだよ、伊織』
と話しかけきた。
「……怜央」
また涙が一雫。
縋るような気持ちでありながら不安で怖くてたまらなくなる。
『大丈夫か』
「……」
『怖いよな。だってあいつがこの町にいるんだもんな』
「……」
『でも情報があるんだ』
「!」
情報、という二文字に肌を掻きむしりたくなった。
もし自分や姉のすぐ近くに潜んでいるとしたら。
それにあることない事を今の友人たちやクラスメイトに吹き込まれたらもう生きていけないかもしれない。
そんなことを考えて黙って震えている伊織に、彼の優しい声が響く。
『怖がるなよ。ちゃんとオレが守るから』
「そ、そん……な、こと……」
できるわけないと口にする前に。
『一度会って話そう』
と言われて答えに窮する。
「で、でも」
『大丈夫、オレが家に行くから』
あくまでも優しく、勇気づけられる声色での言葉に一瞬躊躇するも了承してしまう。
『あいつは伊織には近づけさせないから』
「でもあの時のことをバラされたら――」
『オトモダチに知られたくないよね』
「!」
オトモダチ、というのは恭弥のことだ。それを理解して伊織は真っ青になる。
もうイジメの事実を知られているのは分かっている。でも『あんな事』をされたと他の者の口から聞かされたら今度こそ軽蔑されるだろう。
それは命を奪われるより辛いことだった。
「わかった……」
――もう怜央に助けてもらうしかない。
それはなんと愚かな決断であっただろう。
姉や他にも信頼出来る者たちがいたはずなのに。伊織は彼らに失望され嫌われたくないという一心で、かつて自分を裏切って逃げ出した男にすがろうとしている。
しかしこれこそが一種の洗脳とも言えよう。
『じゃあ今から行くよ』
「今から?」
『うん。ゆっくり話したいからお姉さんがいない時間に』
そう言われて時計を見た。
現在は平日の九時半。綾萌はすでに出勤のために家を出ているだろう。
伊織は大きく息を吸う。
「夕方までに……来て欲しい」
『わかったよ、伊織』
電話の向こうの声はわずかに笑っていた。
「姉ちゃん……」
重い体を引きずって部屋を出たら朝食にと用意してくれてただろう、皿に乗ったラップ付きの握り飯が二つと小さなメモ紙が置いてあった。
【大丈夫だから】
と一言だけ。
――大丈夫、か。
怜央もずっと言っていた言葉だが、なぜかこの一枚にだけ心が温かくなっていくのを感じた。
「ごめんなさい……」
つぅ、とまた流れる涙をぬぐうこともせずに皿を手に降りていく。
ここ二週間ろくに部屋から出てなかったせいか、ゆっくり歩かないとよろけてしまうし立ちくらみもあった。
ようやくリビングにたどり着いて皿をテーブルに置いた時には、大きく息をついていた。
――お風呂、入らないと。
人の会うのだ。それくらいはしておきたかった。
だからそのままタオルをもって風呂場へ歩く。
そこで流れのまま服を脱いで洗濯機に叩き込んでいると。
「うわ……」
自分の身体が洗面所の鏡に写り、思わず小さな声をあげてしまった。
食事もろくにとっていなかったせいか伊織の身体は前より痩せてしまっていたのだ。
ただでさえ華奢だった体格は不健康にまで思えるほどに。
――さすがにヤバいかも。
こんなのを姉が見たら泣いてしまうかもしれない。
中学の頃のイジメで一時期病んでしまった時も、弟の痩せた身体を目にした彼女は血の気がひいた顔をしてその後ひっそり泣いていた。
あの時、もう心配かけないと心に誓ったはずなのに。
不甲斐なさにうなだれながら脱衣所をあとにした。
風呂場の硬いタイルを踏みながら、伊織はシャワーの蛇口をひねる。
最初は冷たく、そして徐々に温かい湯が出てくるのを確認してからそれを頭からかぶった。
床を叩く水音に包まれながら、まるで自分がこの水流と一体になれるような幻想に浸る。
このままなにも考えることなく流れて消えてしまえれば、なんてまたしても現実逃避だ。
しかしそれだけ彼にとっては今の状況が辛かったということだろう。
「……はぁ」
髪も身体もひとしきり洗って、伊織は曇った浴室の鏡をこする。
顔色もきっと悪いのだろう。でもこれではよく見えない事になぜか少し安堵した。
ぽたりぽたりと身体中から雫をしたたらせながら浴室から脚を出しながら、置いてあったバスタオルを手繰り寄せる。
相変わらずろくに体毛も生えない裸体と、濡れぼそった髪を拭きながら洗面台へ。
一人だからとバスタオルを腰に巻くこともせずに歯磨きをした。
それをするだけで妙にスッキリしていくから不思議だ。
――人ってやっぱり身なりを整える事からなのかな。
そこに構わなくなる、いや構えなくなるのが鬱々とした気分を加速させるのかもしれない。
そう考えながら全裸のままリビングに戻ってきた。
「あ、着替え忘れた」
いつもならしないミスに頭が回っていないことを再認識しつつ、のろのろと部屋に戻る。
――もうすぐ夏休みだなぁ。
部屋のカレンダーをぼんやりと眺めた。
過度な期待をしていたわけでも、夢をみていたわけでもない。
ただ人並みに青春くらい味わってみたかっただけだ。
――それもただの夢物語になっちゃったけど。
もうすぐ終業式からの夏休みの宿題があるだろう。
出来れば二学期には復帰したいが、それも叶うかどうか。いまはそれすら考えられない心理状態であった。
「あ……」
ふと部屋に置きっぱなしのスマホから着信。タイミング良く鳴ったそれに躊躇しつつ、手に取ってみる。
「稀美さん、か」
なにを期待していたんだか。そう自嘲した
まさか恭弥から連絡がくるとでも思っていたのか、と。
自惚れるのもたいがいにしろなんて声が聞こえそうだった。
――恭弥くんがこんな僕を心配なんてするはずがない。
他の男に汚されたやつを。しかも男が恋愛対象の変態なんかを。
己を傷つける言葉はいくつも出てくる。そのたびに傷つくのはもはや自傷行為ともいえた。
「もしもし」
『あ、やっとつながった』
恐る恐る出てみれば、焦った様子の彼女の声。
『伊織ちゃん、ずっと心配してたんだよ』
「ごめん。ちょっと……調子悪くて」
体調不良を理由にするには少しばかり長すぎたがそういうしかない。
すると稀美は少し沈黙を置いてから。
『もしかして恭弥がなんかした?』
――なんかした、か。
そんな言葉尻にも二人の関係の深さをみた気がして密かに落ち込む、自分の女々しさに呆れるやら情けないやらで。
「ううん、そういう事じゃないんだ。ただその……」
『伊織ちゃんに会って話したい事があるの』
「え?」
唐突な申し出に面食らってしまう。
すると彼女は続ける。
『明日はどうかな』
その言葉に少しホッとした。怜央と鉢合わせするのだけは避けたかったからだ。
しかし明日も平日だ。学校があるだろうから放課後に来るのだろうか。
彼は身構えたまま、わかったと短く答える。
――もしかしてあのことかな。
伊織は中学の頃にイジメられていたことを恭弥は知っていた。稀美もと考えて不思議はないだろう。
だとすればこれを理由に絶縁……なんてことは彼女に限って無いかもしれないが、少なくとも将来有望なアルファで幼なじみである恭弥の傍にいて欲しくない人間だと考えても責められない。
『ねえ、伊織ちゃん』
「……うん」
『大丈夫だからね』
――また大丈夫、かぁ。
食傷気味だと聞き流してしまえばいいのに、なぜか不自然に感じてしまう言葉。
――なにも大丈夫じゃないんだよ。
それから彼女は他にもいくつか言っていたが、ろくに聴くことも出来ず空虚な返事を繰り返して通話を切った。
「はぁ……」
完全に病んでる。それはよく分かっているがどうすればいいか途方に暮れていると、インターホンが鳴った。
それどころか家から出る事もままならなく、引きこもり状態から二週間ほど経過している。
『伊織、大丈夫なの?』
締め切った部屋のドアから姉である綾萌の声が鈍く響く。
しかしなにも返せず沈黙する彼は、ベッドの上でタオルケットにくるまって震えていた。
――ごめんなさい……ごめんなさい……。
できる限り小さくなってこのまま消えてしまえたらどれだけ楽だろうか。
そんなことを考えるくらい、伊織は追い詰められていた。
発端はやはり怜央との再会。
そしてかつてのイジメ首謀者である元親友が地元に戻ってきているということを聞いてから。
あれから何度も悪夢はみた。
日に日に寝るのが怖くなり、それでも落ちるように眠った夜はすぐに魘され飛び起きるという負のループ。
――どうすればいいんだろう。
学校にも行けなくなった。
外に出れば見つかるかもしれない。そうなればどんな目に遭うか。
想像するだけで身の毛のよだつ気分であった。
「う……ぅ……」
すすり泣く声はきっとドアの向こうには届かない。
そうであってくれと祈りながらも、枕に顔を埋めるようにして泣くことが増えた。
綾萌に心配かけているのは充分理解しているがどうしようもなく。身体と心が悲鳴をあげてしまっている。
――僕は最低だ。
こうやってまた一番大切な人に心配させて、それでも動けずにいるなんて。
スマホも部屋のすみに放ってしまっていた。
夏休みがもうすぐ始まるというのに登校出来ない自分を気にかけて、LINEまでくれる人達がいるというのに。
「なんで」
今まで必死にやってきたじゃないか。平凡で平和な生活を守って、楽しんできたというのに呆気なく崩れていくなんて。
「ひぐっ……ぅ……うぅ……ぐすっ……」
大粒の涙が溢れては流れて、頬やベッドシーツを濡らしていく。
懸命に守ってきた時間だってあっという間に転落して崩れていく。もうこんな思いになりたくなかったのに。
――ああ、まただ。
着信を告げる電子音。
LINEなら放っておくがこればかりはそうにはいかない。
シーツを頭からかぶったままの緩慢な動きで、伊織は部屋のすみに落ちてるスマホを拾い上げた。
「電話……電話……」
辛抱強くなり続けるそれを操作し、ようやく耳に当てる。
すると覚えのある声が優しく。
『オレだよ、伊織』
と話しかけきた。
「……怜央」
また涙が一雫。
縋るような気持ちでありながら不安で怖くてたまらなくなる。
『大丈夫か』
「……」
『怖いよな。だってあいつがこの町にいるんだもんな』
「……」
『でも情報があるんだ』
「!」
情報、という二文字に肌を掻きむしりたくなった。
もし自分や姉のすぐ近くに潜んでいるとしたら。
それにあることない事を今の友人たちやクラスメイトに吹き込まれたらもう生きていけないかもしれない。
そんなことを考えて黙って震えている伊織に、彼の優しい声が響く。
『怖がるなよ。ちゃんとオレが守るから』
「そ、そん……な、こと……」
できるわけないと口にする前に。
『一度会って話そう』
と言われて答えに窮する。
「で、でも」
『大丈夫、オレが家に行くから』
あくまでも優しく、勇気づけられる声色での言葉に一瞬躊躇するも了承してしまう。
『あいつは伊織には近づけさせないから』
「でもあの時のことをバラされたら――」
『オトモダチに知られたくないよね』
「!」
オトモダチ、というのは恭弥のことだ。それを理解して伊織は真っ青になる。
もうイジメの事実を知られているのは分かっている。でも『あんな事』をされたと他の者の口から聞かされたら今度こそ軽蔑されるだろう。
それは命を奪われるより辛いことだった。
「わかった……」
――もう怜央に助けてもらうしかない。
それはなんと愚かな決断であっただろう。
姉や他にも信頼出来る者たちがいたはずなのに。伊織は彼らに失望され嫌われたくないという一心で、かつて自分を裏切って逃げ出した男にすがろうとしている。
しかしこれこそが一種の洗脳とも言えよう。
『じゃあ今から行くよ』
「今から?」
『うん。ゆっくり話したいからお姉さんがいない時間に』
そう言われて時計を見た。
現在は平日の九時半。綾萌はすでに出勤のために家を出ているだろう。
伊織は大きく息を吸う。
「夕方までに……来て欲しい」
『わかったよ、伊織』
電話の向こうの声はわずかに笑っていた。
「姉ちゃん……」
重い体を引きずって部屋を出たら朝食にと用意してくれてただろう、皿に乗ったラップ付きの握り飯が二つと小さなメモ紙が置いてあった。
【大丈夫だから】
と一言だけ。
――大丈夫、か。
怜央もずっと言っていた言葉だが、なぜかこの一枚にだけ心が温かくなっていくのを感じた。
「ごめんなさい……」
つぅ、とまた流れる涙をぬぐうこともせずに皿を手に降りていく。
ここ二週間ろくに部屋から出てなかったせいか、ゆっくり歩かないとよろけてしまうし立ちくらみもあった。
ようやくリビングにたどり着いて皿をテーブルに置いた時には、大きく息をついていた。
――お風呂、入らないと。
人の会うのだ。それくらいはしておきたかった。
だからそのままタオルをもって風呂場へ歩く。
そこで流れのまま服を脱いで洗濯機に叩き込んでいると。
「うわ……」
自分の身体が洗面所の鏡に写り、思わず小さな声をあげてしまった。
食事もろくにとっていなかったせいか伊織の身体は前より痩せてしまっていたのだ。
ただでさえ華奢だった体格は不健康にまで思えるほどに。
――さすがにヤバいかも。
こんなのを姉が見たら泣いてしまうかもしれない。
中学の頃のイジメで一時期病んでしまった時も、弟の痩せた身体を目にした彼女は血の気がひいた顔をしてその後ひっそり泣いていた。
あの時、もう心配かけないと心に誓ったはずなのに。
不甲斐なさにうなだれながら脱衣所をあとにした。
風呂場の硬いタイルを踏みながら、伊織はシャワーの蛇口をひねる。
最初は冷たく、そして徐々に温かい湯が出てくるのを確認してからそれを頭からかぶった。
床を叩く水音に包まれながら、まるで自分がこの水流と一体になれるような幻想に浸る。
このままなにも考えることなく流れて消えてしまえれば、なんてまたしても現実逃避だ。
しかしそれだけ彼にとっては今の状況が辛かったということだろう。
「……はぁ」
髪も身体もひとしきり洗って、伊織は曇った浴室の鏡をこする。
顔色もきっと悪いのだろう。でもこれではよく見えない事になぜか少し安堵した。
ぽたりぽたりと身体中から雫をしたたらせながら浴室から脚を出しながら、置いてあったバスタオルを手繰り寄せる。
相変わらずろくに体毛も生えない裸体と、濡れぼそった髪を拭きながら洗面台へ。
一人だからとバスタオルを腰に巻くこともせずに歯磨きをした。
それをするだけで妙にスッキリしていくから不思議だ。
――人ってやっぱり身なりを整える事からなのかな。
そこに構わなくなる、いや構えなくなるのが鬱々とした気分を加速させるのかもしれない。
そう考えながら全裸のままリビングに戻ってきた。
「あ、着替え忘れた」
いつもならしないミスに頭が回っていないことを再認識しつつ、のろのろと部屋に戻る。
――もうすぐ夏休みだなぁ。
部屋のカレンダーをぼんやりと眺めた。
過度な期待をしていたわけでも、夢をみていたわけでもない。
ただ人並みに青春くらい味わってみたかっただけだ。
――それもただの夢物語になっちゃったけど。
もうすぐ終業式からの夏休みの宿題があるだろう。
出来れば二学期には復帰したいが、それも叶うかどうか。いまはそれすら考えられない心理状態であった。
「あ……」
ふと部屋に置きっぱなしのスマホから着信。タイミング良く鳴ったそれに躊躇しつつ、手に取ってみる。
「稀美さん、か」
なにを期待していたんだか。そう自嘲した
まさか恭弥から連絡がくるとでも思っていたのか、と。
自惚れるのもたいがいにしろなんて声が聞こえそうだった。
――恭弥くんがこんな僕を心配なんてするはずがない。
他の男に汚されたやつを。しかも男が恋愛対象の変態なんかを。
己を傷つける言葉はいくつも出てくる。そのたびに傷つくのはもはや自傷行為ともいえた。
「もしもし」
『あ、やっとつながった』
恐る恐る出てみれば、焦った様子の彼女の声。
『伊織ちゃん、ずっと心配してたんだよ』
「ごめん。ちょっと……調子悪くて」
体調不良を理由にするには少しばかり長すぎたがそういうしかない。
すると稀美は少し沈黙を置いてから。
『もしかして恭弥がなんかした?』
――なんかした、か。
そんな言葉尻にも二人の関係の深さをみた気がして密かに落ち込む、自分の女々しさに呆れるやら情けないやらで。
「ううん、そういう事じゃないんだ。ただその……」
『伊織ちゃんに会って話したい事があるの』
「え?」
唐突な申し出に面食らってしまう。
すると彼女は続ける。
『明日はどうかな』
その言葉に少しホッとした。怜央と鉢合わせするのだけは避けたかったからだ。
しかし明日も平日だ。学校があるだろうから放課後に来るのだろうか。
彼は身構えたまま、わかったと短く答える。
――もしかしてあのことかな。
伊織は中学の頃にイジメられていたことを恭弥は知っていた。稀美もと考えて不思議はないだろう。
だとすればこれを理由に絶縁……なんてことは彼女に限って無いかもしれないが、少なくとも将来有望なアルファで幼なじみである恭弥の傍にいて欲しくない人間だと考えても責められない。
『ねえ、伊織ちゃん』
「……うん」
『大丈夫だからね』
――また大丈夫、かぁ。
食傷気味だと聞き流してしまえばいいのに、なぜか不自然に感じてしまう言葉。
――なにも大丈夫じゃないんだよ。
それから彼女は他にもいくつか言っていたが、ろくに聴くことも出来ず空虚な返事を繰り返して通話を切った。
「はぁ……」
完全に病んでる。それはよく分かっているがどうすればいいか途方に暮れていると、インターホンが鳴った。
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