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喪ったモノ
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目を覚ますとまた点滴で繋がれていた。
「あ、起きた」
嬉しそうに言って顔を覗き込んでくる大きな瞳。
アーモンド型でどこか血統書付きの猫を思わせる目の持ち主は、街で見れば百人中百人は振り返るような美少女で。
「ねぇ、みんな起きたよ!」
美少女が向こう側を振り返り嬉しそうに声をあげた。
すると『おお』や『やっとか』などのいくつもの声があがり、数人がこちらに近寄ってくるのが分かる。
「おー、起きた起きた」
「待ちわびたぞ、寝坊助め」
「思ったより顔色良さそうだな」
「ちょっと髪のびたんじゃね?」
途端、色々な言葉をなげかけられて伊織の起きばかりでぼやける頭が上手く処理出来ない。
――えっと。
視線だけで辺りを見渡せば、やはりここは病室。相変わらずホテルかなにかのような高級感のある内装に目がチカチカしてくる。
しかしなんとか目をこすりながら起き上がり、彼らを見返した。
「おいまさかオレたちのこと忘れてねぇよな」
「嘘だろ親友」
「心の友よ!」
好き勝手言って抱きついてくるオタク友だちを押しのけつつ、伊織は苦笑いした。
「そんなの……忘れたくても忘れられないよ」
「「「伊織ぃぃぃッ!!!」」」
途端にさらにぎゅうぎゅうと力が強まって難儀するものの、やはり嬉しくないわけはなく。
――ちゃんと心配してくれたんだ。
と安堵と共に涙腺まで緩くなっていく。
「お、こいつ泣いてるぞ!」
「なんだと!? 感動の涙なんて可愛いヤツめ」
「オレらがついてるからな!! 一人で泣くんじゃねぇぞ」
果ては頬まで暑苦しく寄せてくる始末。
でも本当にそうなのだ。伊織が思っていたほど彼らは無関心ではないし、ちゃんと心悩ませ心配して駆けつけて来たのだ。
意識が無意識か彼はどうも人間不信であるらしい。
それはやはり過去にある、親友だったはずの者からのイジメによるものだ。
異様なほどの自己肯定感の低さもそうだし、この後に及んでも他人が自分になんて優しくしたり心を砕いたりするはずがないと思ってしまう。
だからそうではないとひとつずつ証明されることで戸惑い、そして嬉し泣きさえしてしまうのだろう。
「みん、な、ごめん、ありがとう……」
「おいおいおい」
つっかえながら、そして泣きながらつぶやく伊織に貴田が苦笑いしながら頭を撫でる。
「常々水臭い奴だとは思ってたが、オレらはそんなに薄情じゃねぇぞ」
「そうだよ、伊織ちゃん」
オタク達から少しだけ離れたところにいた少年が言葉を差し込む。
多賀 巡だった。
「多賀くんまでありがとう」
「ま、オレは代理ってやつ」
「代理?」
そこで頭に若干の痛みが走る。しかし一瞬顔をしかめるだけでやり過ごしながらも、伊織は首をかしげた。
「ええっと……誰の?」
「誰って恭弥――痛ッ、やべ!」
隣にいた稀美がさり気なく横っ腹を小突いたらしい。呻き声と共に焦った顔をする。
しかし伊織にはそれらの反応をまったく理解していなかった。なぜなら。
「あの」
おずおずと言った様子で疑問を口にする。
「恭弥って…………だれ?」
彼らは途方に暮れたような顔で見合った。
結局、友人らが帰ったあと伊織は様々な感情を抱えることとなる。
――みんなにも心配かけちゃったなぁ。
まず申し訳なさが先に立つのはまったく彼らしいというか。
あとはあの時の皆の反応と空気。
――ていうか、恭弥って誰だっけ……クラスにいた? もしかして先輩だったりする?
伊織は彼らの困ったような戸惑ったような顔を思い出す。
ということはきっと自分やみんなとはかなり親しい人物で、もしかしたら入院の原因だったりするのだろうか。
ここまで考えて、また軽い頭痛を覚えて頭をおさえる。
そうしているとまた病室がノックされて、ゆっくり控えめに開かれた。
「伊織」
「姉ちゃん……と、透龍さん」
顔を出したのは姉の綾萌とその婚約者。すでに彼の家族とも顔合わせをしたらしく、今は仕事と家のことに加えて結婚準備にまで忙しそうだ。
「毎日来れなくてごめんね」
すまなさそうに表情を曇らせている彼女に伊織は軽く手を振ってこたえる。
「いいって、姉ちゃん今は忙しいでしょ。それにこんなすごい部屋、お金大丈夫なの?」
なんの理由で入院させられているのか分からないが治療費に個室代にと、恐らく多額の料金がかかっているはずだ。それらは一体どう工面されているのかが目下の不安でもあったのだ。
しかし今度は綾萌の方が笑いながら首を振る。
「そんなこと子どもは心配しないの、大丈夫だから」
「そうだよ伊織君」
横から言うのは透龍だ。相変わらず穏やかな大人の男という風貌で、さり気なく彼女に寄り添う様子からこの二人がもうすぐカップルから夫婦になるのが現実として突きつけられる。
――もちろん少し複雑だけど……。
それでもこれが一番幸せな未来なんだと覚悟もできた。
とは言ってもやはり高校を出たら就職して一人暮らしをしたいとは思っているのだが。
――オメガだからむしろそっちの枠で就職先あるだろうし。
オメガが弱者として虐げられるばかりの時代ではない。
もちろん普通に就職するのは至難の業なので、企業にはオメガ採用枠での雇用が義務付けられているのだ。
しかしきっとこれを口に出すと二人はまた悲しいような困ったような顔をするだろうか。
「姉ちゃん。僕はいつ退院できるの」
「伊織……」
「そもそもどうして入院してるの。僕の身体、病気でもあるの?」
「そんな病気だなんて」
彼の問いかけに綾萌はやはり哀しそうな顔をする。
後悔しかけるがそうも言ってられなかった。
「今、夏休みだよ。宿題してるけどもう終わっちゃいそうだし……あ、今日友達が来てくれたんだ。あいつらも、稀美さん達も」
「っ、一ノ瀬 恭弥も来たの!?」
「へ?」
突然、綾萌が叫んだ。
「伊織、答えなさい! あの子もここに来たの!?」
もう呆気にとられるくらいの半狂乱ぶりにすがるように透龍を見る。すると彼も驚いていたがすぐに。
「綾萌。落ち着いて、彼はここには来れないから」
なんてまたしても意味の分からない事を言う。
「でもっ、でもっ!」
「綾萌」
「あいつは伊織の人生を狂わせたのよ!!!」
そして次の瞬間、彼女の口から出た言葉に伊織はますます混乱することになる。
「この子をオメガに、しかも番にしたアルファを許せっていうの!?」
――番……? オメガに『した』? それにアルファって……恭弥って人のこと?
頭の中に疑問符だけが飛びまわり、泣きわめく姉とそれを一生懸命なだめる男を呆然と眺めていた。
「姉ちゃん、透龍さん」
ようやく落ち着いてきたらしい二人に向かって口を開く。
「恭弥って……誰? 僕は最初からオメガなんじゃないの……」
「そうよ伊織」
綾萌が彼をまるで悪夢に脅えた幼子のようにその身体を抱く。
「伊織はなんにも気にしなくていいの。ずっと私たちが守ってあげるからね」
「そうだよ伊織君。君はオレたちの大事な弟なんだから」
二人に抱きしめられながら、彼はゆっくり頷いた。
しかしその胸の中には一人の名前が。
――恭弥……一ノ瀬 恭弥ってどんな人だろう。
きっとみんな知っている。でも自分には教えてくれないだろう、となんとなく分かっていた。
それでも知りたかった。
ぽっかりと空いた記憶と感情穴を埋めるために。
――そうすれば早く退院できるかもしれないし。
小さな窓から差し込んだ夕陽を横目で見ながら、伊織は独りごちた。
「あ、起きた」
嬉しそうに言って顔を覗き込んでくる大きな瞳。
アーモンド型でどこか血統書付きの猫を思わせる目の持ち主は、街で見れば百人中百人は振り返るような美少女で。
「ねぇ、みんな起きたよ!」
美少女が向こう側を振り返り嬉しそうに声をあげた。
すると『おお』や『やっとか』などのいくつもの声があがり、数人がこちらに近寄ってくるのが分かる。
「おー、起きた起きた」
「待ちわびたぞ、寝坊助め」
「思ったより顔色良さそうだな」
「ちょっと髪のびたんじゃね?」
途端、色々な言葉をなげかけられて伊織の起きばかりでぼやける頭が上手く処理出来ない。
――えっと。
視線だけで辺りを見渡せば、やはりここは病室。相変わらずホテルかなにかのような高級感のある内装に目がチカチカしてくる。
しかしなんとか目をこすりながら起き上がり、彼らを見返した。
「おいまさかオレたちのこと忘れてねぇよな」
「嘘だろ親友」
「心の友よ!」
好き勝手言って抱きついてくるオタク友だちを押しのけつつ、伊織は苦笑いした。
「そんなの……忘れたくても忘れられないよ」
「「「伊織ぃぃぃッ!!!」」」
途端にさらにぎゅうぎゅうと力が強まって難儀するものの、やはり嬉しくないわけはなく。
――ちゃんと心配してくれたんだ。
と安堵と共に涙腺まで緩くなっていく。
「お、こいつ泣いてるぞ!」
「なんだと!? 感動の涙なんて可愛いヤツめ」
「オレらがついてるからな!! 一人で泣くんじゃねぇぞ」
果ては頬まで暑苦しく寄せてくる始末。
でも本当にそうなのだ。伊織が思っていたほど彼らは無関心ではないし、ちゃんと心悩ませ心配して駆けつけて来たのだ。
意識が無意識か彼はどうも人間不信であるらしい。
それはやはり過去にある、親友だったはずの者からのイジメによるものだ。
異様なほどの自己肯定感の低さもそうだし、この後に及んでも他人が自分になんて優しくしたり心を砕いたりするはずがないと思ってしまう。
だからそうではないとひとつずつ証明されることで戸惑い、そして嬉し泣きさえしてしまうのだろう。
「みん、な、ごめん、ありがとう……」
「おいおいおい」
つっかえながら、そして泣きながらつぶやく伊織に貴田が苦笑いしながら頭を撫でる。
「常々水臭い奴だとは思ってたが、オレらはそんなに薄情じゃねぇぞ」
「そうだよ、伊織ちゃん」
オタク達から少しだけ離れたところにいた少年が言葉を差し込む。
多賀 巡だった。
「多賀くんまでありがとう」
「ま、オレは代理ってやつ」
「代理?」
そこで頭に若干の痛みが走る。しかし一瞬顔をしかめるだけでやり過ごしながらも、伊織は首をかしげた。
「ええっと……誰の?」
「誰って恭弥――痛ッ、やべ!」
隣にいた稀美がさり気なく横っ腹を小突いたらしい。呻き声と共に焦った顔をする。
しかし伊織にはそれらの反応をまったく理解していなかった。なぜなら。
「あの」
おずおずと言った様子で疑問を口にする。
「恭弥って…………だれ?」
彼らは途方に暮れたような顔で見合った。
結局、友人らが帰ったあと伊織は様々な感情を抱えることとなる。
――みんなにも心配かけちゃったなぁ。
まず申し訳なさが先に立つのはまったく彼らしいというか。
あとはあの時の皆の反応と空気。
――ていうか、恭弥って誰だっけ……クラスにいた? もしかして先輩だったりする?
伊織は彼らの困ったような戸惑ったような顔を思い出す。
ということはきっと自分やみんなとはかなり親しい人物で、もしかしたら入院の原因だったりするのだろうか。
ここまで考えて、また軽い頭痛を覚えて頭をおさえる。
そうしているとまた病室がノックされて、ゆっくり控えめに開かれた。
「伊織」
「姉ちゃん……と、透龍さん」
顔を出したのは姉の綾萌とその婚約者。すでに彼の家族とも顔合わせをしたらしく、今は仕事と家のことに加えて結婚準備にまで忙しそうだ。
「毎日来れなくてごめんね」
すまなさそうに表情を曇らせている彼女に伊織は軽く手を振ってこたえる。
「いいって、姉ちゃん今は忙しいでしょ。それにこんなすごい部屋、お金大丈夫なの?」
なんの理由で入院させられているのか分からないが治療費に個室代にと、恐らく多額の料金がかかっているはずだ。それらは一体どう工面されているのかが目下の不安でもあったのだ。
しかし今度は綾萌の方が笑いながら首を振る。
「そんなこと子どもは心配しないの、大丈夫だから」
「そうだよ伊織君」
横から言うのは透龍だ。相変わらず穏やかな大人の男という風貌で、さり気なく彼女に寄り添う様子からこの二人がもうすぐカップルから夫婦になるのが現実として突きつけられる。
――もちろん少し複雑だけど……。
それでもこれが一番幸せな未来なんだと覚悟もできた。
とは言ってもやはり高校を出たら就職して一人暮らしをしたいとは思っているのだが。
――オメガだからむしろそっちの枠で就職先あるだろうし。
オメガが弱者として虐げられるばかりの時代ではない。
もちろん普通に就職するのは至難の業なので、企業にはオメガ採用枠での雇用が義務付けられているのだ。
しかしきっとこれを口に出すと二人はまた悲しいような困ったような顔をするだろうか。
「姉ちゃん。僕はいつ退院できるの」
「伊織……」
「そもそもどうして入院してるの。僕の身体、病気でもあるの?」
「そんな病気だなんて」
彼の問いかけに綾萌はやはり哀しそうな顔をする。
後悔しかけるがそうも言ってられなかった。
「今、夏休みだよ。宿題してるけどもう終わっちゃいそうだし……あ、今日友達が来てくれたんだ。あいつらも、稀美さん達も」
「っ、一ノ瀬 恭弥も来たの!?」
「へ?」
突然、綾萌が叫んだ。
「伊織、答えなさい! あの子もここに来たの!?」
もう呆気にとられるくらいの半狂乱ぶりにすがるように透龍を見る。すると彼も驚いていたがすぐに。
「綾萌。落ち着いて、彼はここには来れないから」
なんてまたしても意味の分からない事を言う。
「でもっ、でもっ!」
「綾萌」
「あいつは伊織の人生を狂わせたのよ!!!」
そして次の瞬間、彼女の口から出た言葉に伊織はますます混乱することになる。
「この子をオメガに、しかも番にしたアルファを許せっていうの!?」
――番……? オメガに『した』? それにアルファって……恭弥って人のこと?
頭の中に疑問符だけが飛びまわり、泣きわめく姉とそれを一生懸命なだめる男を呆然と眺めていた。
「姉ちゃん、透龍さん」
ようやく落ち着いてきたらしい二人に向かって口を開く。
「恭弥って……誰? 僕は最初からオメガなんじゃないの……」
「そうよ伊織」
綾萌が彼をまるで悪夢に脅えた幼子のようにその身体を抱く。
「伊織はなんにも気にしなくていいの。ずっと私たちが守ってあげるからね」
「そうだよ伊織君。君はオレたちの大事な弟なんだから」
二人に抱きしめられながら、彼はゆっくり頷いた。
しかしその胸の中には一人の名前が。
――恭弥……一ノ瀬 恭弥ってどんな人だろう。
きっとみんな知っている。でも自分には教えてくれないだろう、となんとなく分かっていた。
それでも知りたかった。
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